出会った人のことを は、長い旅をしても、思い出は色褪せないまま胸に残っていると教えてくれた。
僕が居ないときも、きっと は僕の事を忘れないのだろう。たとえばマグカップを目にしたとき、たとえば僕のあげたリングに触れた時、きっと彼は僕を思い出す。
が僕を思い出しているとき、僕は傍に居ない。
僕が を待てずに命つきても、きっときっと、 の胸に僕は生き続けるのだろう。
僕は毎日、思い出す必要がないくらいに傍に居たい。当たり前の様にまた明日が言えるようになりたい。またね、なんて再会を曖昧に信じた挨拶はいやなんだ。
は僕に愛をくれた。温かさをくれた。名前をくれた。そのとき、新しい僕が生まれた。
僕は から生まれたのだ。
何も知らない、何も持っていない、愚かでちっぽけな存在にならなくて済んだ。そんな僕を、お願いだから、置いて行かないで。
に貰ったピアスを毎日つけても、君の声は聞こえないんだよ。
「トム、」
「……ん……?」
優しい、 の声で目が覚めた。でも、彼は僕をトムと呼んだ。どうしてそんな名前で呼ぶのだろう。
朝日の降り注ぐ中、眩しさと呼ばれた名前に眉を顰めて身体を丸める。
次第に頭が冴えて行くと、もう とは昨晩お別れをしたことを思い出す。今日が の誕生日のはずなのだ。だから、昨日は一緒に過ごそうと思って部屋におしかけて、一晩中話していたはずだった。時計の針がてっぺんを指した時、眠くなって意識を失い、目が覚めたらとなりには誰もいないはず。
「 !?」
がばりと起き上がる。
肩を揺すっていた手は僕の勢いに驚きぱっと離れ、顔を見れば昨日まで見ていた大好きな 。僕のあげたピンキーリングは指に嵌っていた。
「おはよ」
「おはよ、う、……なんで、ここにいるの?」
戸惑いながら尋ねると は困ったように笑う。
「それはこっちの台詞というか……なんというか」
言いよどみながら、カーテンを開けるとそこはホグワーツの景色ではなかった。よくみたら部屋の間取りも少し変わっていた。
「トムを……巻き込んじゃったかな」
「それは良いんだけど、なんでそんな風に呼ぶの?」
「え?」
先ほどからなんだかおかしい。 の顔を少し遠くに感じる。
「 ?」
「そうだよ」
ようやく がつけてくれた名前を呼ばれたけど、どうして僕をそう呼んだのか釈然としない。僕がこの名前を嫌っている事は知っているはずなのに。
「わからなかった、小さかったから」
「え」
「あ、でも、ピアスしてたね」
指先がのびて来て触れたのは僕の耳たぶ。
は、小さかったから分からなかったと言ったので、僕はすぐに自分の身体を確認する。掌が、小さい。鏡を見に行くと、僕が初めて に会った時くらいに若返っていた。ピアスだけは健在だったことが救いかもしれない。
が僕をトムと呼んだ理由はこれで分かった。
そして、僕が と一緒に世界を飛んだ事も分かった。
この二つが分かると、僕はだんだんと嬉しくなって来た。 は巻き込んでしまったと言うけれど、叶う事の無いと思っていたお願いが叶ったのだ。
今まで何度も と一緒にいたいと神様にお願いして来たのだ。
今、すごく神様にキスしたい。その前に、僕は の頬にキスをした。
「誕生日おめでとう、 」
今年の君へのプレゼントは僕だ。
2013-12-07