EndlessSeventeen


02 最後に交わした言葉(カカシ視点)

ナツオさん、いや、Xがこの里に来てからもうすぐ一年が経とうとしてる。つまり、契約が切れるということだ。
火影さまも先生も何も言わない。
リンやオビトなんかはわかってないから何も言わないのは当然。ナツオさんも、何も言わない。

何も言わずに行くってことか。

もうすぐ上忍試験で、絶対に受かってみせるから。そうしたらナツオさんの隣に立てると思った。それなのに、ナツオさんは風の様に消えてしまうのだろう。

最初は尊敬と、少しだけ畏怖を感じてた。
話したとき、優しさを感じた。
一緒に過ごしていた中で感じたのは、いとしさ。

愛しいと思った。家族とか友達とは違う。
手の届かないくらい高い、声の届かないくらい暗い、そんな所にナツオさんはいるのだ。夜空を見上げる背中にどうしてもすがりつきたくなった。

ナツオさん」

里から出ようとしているあの人を見つけられたのは奇跡か、それともナツオさんが待っていてくれたのか。
黒いマントが風にはためいて、面がこちらをゆっくりと向いた。

「カカシ」

面をつけたXの姿にナツオさんと呼びかけるのは初めてだった。同じ人だとはわかっていたけど、顔が見える時はナツオさんと呼んだし、面を付けている時はXと呼んだ。
きっとどれもあの人の本当の姿じゃないのだろう。
ナツオって名前も、あの落ち着いた眼差しも、どれも嘘なんだ。

「行かないで」
「……」
「この里にいて」
「カカシ」

ナツオさんはなだめるように、囁いた。
ゆっくりと面をくくる紐をほどいて、顔があらわになる。俺と同じように鼻の上までマスクで隠した顔。夜と同じ暗い真っ黒な髪の毛と眸は、月を反射するように艶めいていた。

「この里は凄く素敵なところだった」
「!」

木の葉は今忍び不足と言われていた。幼い忍者でも戦いの前線へ行かされるほどの。そんな中Xはずっと里に居た。俺たちが外へ任務へ行く時は一緒にいったが、それ以外はずっとのんびりと里でくらしていた。
聞いた話では、本当はXは戦いを好まない。外へ出ない代わりに、里を守るという任務についていたのではないだろうか。
現に里はとても平和だった。

「戦うの、嫌いなんでしょ!?なら、この里に居れば良い!!」

他の里に行ったらきっと、また山ほど人の命を奪う仕事をやらされて、精神をすり減らすことになる。
名前も顔も気持ちも隠して、全部全部、Xという”その他”に詰め込んでしまうんだ。

「Xってなんなんだよ、意味わかんないじゃん……それである必要、あるの?」

眸を細めて、ナツオさんは苦笑いを浮かべた。
マントを握る手に、ナツオさんの手が重なり、ゆるりと握られた。手袋をしていて感触はわからないけど、温度はあった。やっぱりあんたは人間じゃないか。
忍でも、バケモノでもなくて、ひとりぼっちの人間だ。


「確かに俺自身Xなんて名前のつもりは無いよ」
「!」
「でも俺はXである必要はあるんだ」

不確かであれ。
無限であれ。
謎であれ。

「あなたは誰なの」


ナツオさんを逃がすまいと手を強く握りかえす。ナツオさんは吐息だけでくすくすと笑った。
この人は今にもどこかへ消えてしまいそうだ。
涙が出そうになる。


いかないで。


「Xってさ、……カカシ知ってる?」


なに、と言おうとしたけれど口には出せなかった。月の光がまぶしくて、視界が滲んでる。

「別れ際の挨拶にも使われるんだ」
「え……」

握っていたはずの手は離れていて、その手でナツオさんは自分のマスクを少しずらした。顔が全部見えるとかいうよりもあまりにも距離が近くて目を見開いた。
左目の傍に何か柔らかいものが触れて、ちゅっと音がして離れた。
同時に、これのこと。と小さな声で囁いた。
思わず目を瞑って、すぐにまた見開いたらもう誰も目の前には居ない。








こんな風に唐突に、ナツオさんは消えてしまった。

2013-07-04

残された人5題/メシア