先輩の誕生日は知っていた。知ってるのは、多分俺だけ。
他は、誰も知らないだろう。
だって、みんな祝おうって言わなかったから。
俺だけが、先輩の誕生日を祝ってあげよう。俺と先輩だけで、先輩の特別な日を一緒に過ごそう。独占しちゃおう。
だからプレゼントをこっそりと持って、先輩の部屋を訪ねることにした。
エントランスのセキュリティーをクリアして、先輩の住む階までエレベーターに乗った。ぐん、と身体が上がって行くにつれて、俺の気持ちも上がった。
自然と笑みがこぼれてしまい、真っ黒なドアに自分のにやけた口元が映った。
(びっくりしたかおが、みたいな)
くす、と吐息を吐き出したときエレベーターはちんと音を立てて扉を開けた。
一歩踏み出し、身体が軽くなる。
廊下を進めば、もうすぐそこに先輩の部屋。インターホンを指先で押した。
ぴんぽんと部屋の中で音がするのに一向に誰も出てこない。あの人は時々信じられない程ぐうたらしているから、もしかして寝てるのかな。起こしてあげよう。そう思って鍵をピッキングしてあけてみた。
「え?」
その部屋には、人が住んでいる形跡がこれっぽっちものこされていなかった。
埃すら溜まっていない、綺麗な新築マンション。地面によごれや傷さえもない。何度か上がったことのある、先輩の家の香りもしない。たしかに、この部屋なのに。
「、先輩……?」
靴を脱いで上がり込む。キッチンは水が一滴も零れていない綺麗に拭われた状態になっていて、冷蔵庫などの家具は一切取り去られている。
ついこの前まで学校で昼食を共にしてたのに。
「どういうことなの、新羅」
先輩の隣の部屋には、新羅とセルティが住んでいる。引っ越し作業が行われていたら気づくはずだし、教えてくれたっていいはずだ。
いつのまにか後ろに立っていた気配に、振り向かずに尋ねた。
いたずらにも程があるんじゃない、これって。
「やっぱり、行っちゃったんだね先輩」
「ああ、……知ってたってこと?お前」
振り向けば、ため息まじりに呟き、肩を落とした新羅。顔が思わず歪んで、問いつめる。
なんでお前は知ってるわけ。俺は全然わかってなかったというのに。
「当然。一年前から知ってたよ。あの人がいなくなることなんて」
「!、んで、……なんで!!」
肩をつかんでゆさぶった。なんで、お前が知ってる。なんで言わなかった。なんで、先輩は俺に何も言ってくれないの。
「逆に聞くけど、なんで臨也はわかってなかったの?」
「……は?」
睨みつけられて、たじろいだ。新羅を責めるのはお門違いだってわかってたけど、止められない。
「お前は昔先輩に会ってたこと思い出したんだろ?わかってただろ?あの人が普通とは違うことくらい」
姿が、ちっとも変わってなかった。そのことは、触れなかった。
俺にはとうていわかりっこなかった。どんなに調べたって、先輩の情報は間違いなく十七歳で、普通の人間なんだから。
情報の改竄の形跡がひとつたりともみつからなかったんだ。
同一人物だっていうのはわかってたけど、あの時の姿はきっと俺の思い込みだと思っていた。
「…………、」
「先輩は、一年しか同じところに居られない。誕生日から来て、次の誕生日には去るんだ」
「!」
「あの人は、何度も、何度も、何度も、十七歳をやってきてるんだよ」
なんで、臨也は気づかなかったんだい。あんなに色々引っ掻き回しているのにさ。
新羅に憎まれ口を叩かれても、怒りはおぼえなかった。
ただ悲しくて、寂しかった。
人間を愛してた。先輩を愛してた。
小さな頃から、親を求める子供のように、探し続けていた人だった。ようやくみつけて、笑って、触れて、ただただそこに居てくれていたのに。その人が消えてしまった。
「昨日、先輩はうちに泊まったよ。最後の別れと、祝えないから誕生日会をした」
ぴくり、と身体が動いた。
シズちゃんも、ドタチンも、みんなで誕生日祝いをしたらしい。
そのとき、急だけど引っ越すことになったんだと先輩は言った。シズちゃんもドタチンも驚いて、もっと早く言えと怒ったらしい。けれど先輩は急に決まったことなんだと謝った。仕方が無いことなのだと、苦笑いを浮かべた。だから誰も責めなかった。
誕生日祝ってくれてありがとうと笑ってみんなを送ったのだという。
俺は、新羅の家に集まるっていう誘いを断ったのだ。話をききもせず、今日一人でこっそり先輩を祝おうと思っていたから。
「先輩からの伝言」
絶望のどん底に落とされたようだ。身体が動かない。でも、その言葉にぴくりと身体が動いた。
「”臨也くんによろしく”」
「せんぱ……」
『用事があるならしょーがない。大丈夫、また会えるよ』
先輩はそうって笑っていたらしい。
「ばか」
新羅の一言が、すごく優しく思えて、すごく鋭く胸に刺さった。
ばか、俺のばか。
2013-07-04