先輩は誕生日の前日に、引っ越しを告げた。
親戚の家へ世話になることになったんだと困ったように笑う顔が思い浮かぶ。なんでもっと早く言わないんだと怒ったけど、早く言われてもきっとかわらなかっただろう。先輩は結局行ってしまうのだ。
でもやっぱり、言ってほしかった。そしたらなるべく傍にいたのに。
いつだって、傍に居たくて、でも居て良いのか分からないから少し離れたところで先輩の横顔を追うんだ。そしたら先輩は誰かと笑っていて、でも必ず視線はこちらを向く。
どうしたんだよそんなところで、っていって手を引いてくれた。
その手は俺より小さくて、でも俺と同じくらい骨っぽい手だった。優しい触り方と、傷のない手は憧れた。俺の手は骨を砕き鉄を歪める手だ。こんな風に人に幸せを感じさせてやれる手じゃない。
俺が触れても、先輩は幸せになれないんだ。
去って行く背中を追いかける真似はできない。
新羅のマンションから名残惜しくも出て、エレベーターのドアがしまるぎりぎりまで見送りの先輩の眸を見続けた。
「またな」
口だけがそう言って、声は届かなかった。
ガー、という音にかき消される。
「先輩……っ」
それが最後に見た先輩の姿だった。
高校を卒業して何年か経った。新羅や門田たちとは相変わらず時々会って話すし、ノミ蟲の奴は滅多に会わない。ダチとつるんでいたい年頃でもないから別にこの程度でいい。ノミ蟲に至っては死んでればなおいい。
相変わらず仕事は長く続かなかったがある日トム先輩が仕事に誘ってくれた。やりたいこともないし、力が活かせるならと頷き、取り立ての仕事に就くことになった。
幽がくれたバーテン服を来ながら、池袋で暴れ回るようになり、今までも十分噂されていたのがトレードマークまでついちまった。
金髪にバーテン服、サングラス。
高校のときから変わってないのはこの金髪と怪力。先輩が染めなおしてくれた髪の毛は、今ではもうきっと切ってしまった。
何度も何度も染め直して、ずっと金髪にしてきた。
変わってたら、きっと見つけづらいだろうから。
先輩はいつかきっとまた池袋に来るよと笑っていた。だから俺はそれを待ってるしかない。連絡先も、行方も、何も知らないけど。
「トム先輩、煙草いっすか」
「おお、……あ、俺ちょっと電話してくるわ」
「はい」
仕事の合間に、喫煙スペースを見つけてポケットを指差す。トム先輩も吸うだろうと思ったがタイミングよく先輩の携帯は震えた。
俺たちは少し離れて互い互いに休憩することにした。
目の前に広がるのは紫煙と平日にも関わらずごった返す人々。
遠くにトムさんの頭をみつけ、黒や金、茶や赤の頭がごわごわと動いている。その中に先輩はいないかと探してしまう。
こんな人混みの中で、きっとあの人は目立つこと無くこちらにくるんだろう。肩をポンっと叩いて、歯を出してにっと笑うんだ。よ、静雄なんて言って。
取り立てや切れてる最中はなにも思わない。むしろただただイライラしてるだけだ。でも煙草を吸って休憩しながらこんな風に人ごみを見つけると、いつも探してしまう。
会いたいな。
煙とともに、小さな希望を吐き出した。
2013-07-04