ちょっと。なんなの、あれ。
授業受ける気が起きないしくだらないと思ったので昼休みにあわせて学校に来た。何故昼休みに学校にくるのかというと、シズちゃんを殺す算段を立てるため
だったり、人を利用するためだったり、先輩に会うためだったり。
昼休みの喧騒を聞き流しいつもの屋上へ上がると、先客が居た。
後姿だったけど知らない人だと思った。けどドアが開いた音に気がついてくるりと振り返った顔は、毎日のようにあっている馴染み深い顔だた。
「え?
先輩」
「おお臨也」
なんなの。これ。
にこにこといつもどおりの笑顔で俺の名前を呼ぶのは紛れも無く
先輩その人だ。けれどいつもと違うところがあった。
髪の毛があの憎たらしいシズちゃんと同じ、金色に染まっている。
あの綺麗な真っ黒な髪の毛は今太陽に照らされてきらきらと光っている。
先輩と金色が似合わないかと聞かれれば、決してそんなことは無い。イメージが変わるけれど、屈託の無い笑顔に金色は酷く似
合っていた。
でも、シズちゃんと同じ色だというのが頗る気に食わない。
これでシズちゃんの髪色が違かったならば、俺は眉をしかめずに済んだはずだ。ああほんともうシズちゃんって嫌いだよ。
「どうした?」
「髪色変えたんですね」
俺が思わず眉をしかめた所為で先輩は首をかしげて顔を覗き込んでくる。笑顔を取り繕って髪色を指摘すると、先輩は嬉しそうに笑った。
「うん、平和島に昨日染めてもらった」
昨日といったら日曜日だ。シズちゃんと休日に会ったという事実も、シズちゃんが染めてあげたという事実も、シズちゃんと同じ髪の毛の色だという事実も全て
捻じ曲げてしまいたくなった。
むかつく。
「やっぱりそうだと思ったけどさあ」
「え?」
口にだしていたっけ、と思って先輩の顔を見ると苦笑いを浮かべている。
「顔に書いてあるからね、気に入らないって」
「そうですか」
俺がそう思っていることすら見透かされていた。人に感情を悟らせないようにするのに長けていたつもりだったけれどこの人の洞察力には負ける。俺がこの人の前だと崩れてしまうからだというのもあるけれど。
つい、と髪の毛をひと房つまんで太陽に透かせる先輩。とても神々しいのに、勿体無いなあ。
そうだ、シズちゃんに頭からペンキかぶせてやろう。そしたら先輩とは別の色になるし憂さも晴れる。
心の中で計画を立て、早く実行に移したいなと思っていると、ガヤガヤと声が聞こえた。
新羅たちが来たのだろうと思って、ふっと悪戯心がわく。シズちゃんが一緒だろうから、滅茶苦茶に暴れさせて少し憂さを晴らそう。
「先輩、髪の毛にごみついてますよ」
「ええ、ほんと?」
自分の耳の辺りを指差して教えると先輩も同じような場所を手で払う。本当はごみなんてついてないけど、俺はにこりと笑って先輩に手を伸ばした。
「ここ―――」
取ってあげる振りをした俺に、先輩はあっさりと手をどかしてじっとした。ふわりと先輩の髪の毛に指が絡まる。髪の毛を染めたというのに傷んでいる様子は見
えない、滑らかな髪質だった。
ガチャリ、と屋上のドアが開いた瞬間、俺は先輩の頭を引き寄せた。
「ぅ、ん?」
上半身から俺のほうに倒れ掛かってきて、空いていた片手で先輩の肩を支える。
近づいてきた顔に狙いを定め、俺は先輩の唇を奪った。
ふに、と柔らかい感触を一瞬だけ食んで、すぐに開放する。入り口の目の前に立ち尽くす人を見やれば、新羅とシズちゃんとドタチンの全員が勢ぞろいしてた。
先輩の唇を奪ったことと、あてつけをできたという喜びが胸から溢れ出す。
「いーざぁーやぁーテメェ、ブッ殺す!!!」
シズちゃんの怒りをもろに受け、わくわくしちゃう。
学校をどんどん壊して、いろんな人に迷惑かけてどんどん肩身が狭くなれば良い。大切で大好きな先輩の唇を奪われたという事実がどれほどあの化け物の心を壊
してくれるだろう。
クスクス笑ってシズちゃんが殴りかかってくるのを待った。
「こらこら、来て早々喧嘩するんじゃないよ」
そこに、先輩のいつもどおりの声がこだました。
ぽかんとしてしまうか、怒るかなにかするかと思っていたけど先輩は本当に平常心だった。
てくてくとシズちゃんのほうへ近寄り、ブルブル震えている両腕に手をかけて抑える。
「先輩、そんな暢気な……あんた今キスされたんですよ」
ドタチンも眉をしかめている。新羅だけはことの成り行きを見て苦笑いだった。
「んんーでも気にしてないし」
「は?本気ですか」
「だって臨也とジュース飲みまわしたことあるし」
「そういう問題じゃねーっす、間接キスとは全然違うじゃないっすか」
「俺にとっては一緒だよお」
あははは、と笑う先輩に、新羅はクスクス笑い始めた。
「つまり臨也は論外ってことだよ、静雄」
新羅の聞き捨てなら無い言葉にぴくりと眉が上がる。
シズちゃんは今にも暴れだしそうな状態だったのにいつの間にか先輩のペースに巻き込まれていた。
「論外っていうのかな?」
「犬猫みたいな」
首をかしげて新羅に尋ねると、新羅はまた失礼なことを言う。
「いやいやさすがに人間だと思ってるって」
もうキスなんて無かったかのように、いつもどおり皆で床に座り込んだ。俺も一緒になって座っていられるこの状況はなんだか不思議だった。こういうときは多
分追い出されたりするはずなのに。それでも先輩の隣は座らせてもらえなかったから俺は向かいに座っている。
「あー弟みたいなもんか」
「弟ねえ」
ドタチンが先輩の言葉を反芻する。
「家族にキスされたってなんとも思わないだろー」
「僕はセルティ以外いやですけどね」
「うん?そうか……でも、ほら、子供の頃家族とキスしたこととかあるだろ」
記憶にはなくても。と先輩が笑う。
まあとにかく弟みたいなもんだから怒る気が起こらないというわけだった。
「じゃあ先輩は静雄ともキスできるんですか」
「は!?」
新羅の言葉にシズちゃんは顔を赤くして驚く。最悪、先輩とシズちゃんがキスするだなんて。
「できるけど、したいとは思わないよ」
ぱくりとパンにかぶりつきながら先輩は表情を変えずに答えた。シズちゃん拒否られてやんのと思ってニヤニヤ笑っていたら先輩が臨也もだからねと笑った。
「されてもどうも思わないし、しようとも思わないよ」
キスしたいと思うのは愛しい人だけだから。
そういった先輩は笑顔のままだった。
先輩の金色の頭が、酷く憎たらしく見えた。
2011-09-30