EndlessSeventeen


Pudding(静雄視点)

「なんか……プリン食べたくなってきた」
「へ?」

先輩は、すごくマイペースな人だ。

「平和島の頭見てたら、つい」

くい、と俺を見上げる 先輩は、顔というよりも頭を見ている。そしてはっと気付いた。

「あー……三ヶ月くらい前に染めたきりで……」
「いつも美容院?」
「いや市販っす」

毛先を引っ張り髪の状態を確かめながらそんな会話を続けた。






俺は日曜日、ちょっとした暇つぶしに駅前に来ていた。切らしていた文具を買い足し、本屋をちらりと見て何か面白そうなものはないか歩いたり、これから何を しようかと街中をぼんやりと見つめていた時、ふと声をかけられた。
奇遇だな、と近づいてきたのは 先輩だった。何してんのと聞かれて暇つぶしにふらふらしてただけだと返すと、先輩は笑顔で俺もーと笑った。相変わらずこの 人はふらふら歩くのが好きらしい。学校でも外でもどこかにふらっと足を伸ばして行ってしまうところを何度も見てきた。
そして暇なら暇人同士寄り添って、暇を潰し合おうと提案され、俺は二つ返事で頷いたのだ。


「よし、行こうか」
「え……どこに行くんすか?」
くるりと方向転換して歩き始めた 先輩に大股で歩いて追いつき尋ねる。
「欲望を満たしに!」
にこっと笑ったのを見て、ああプリン買いに行くんだろうと納得してついていくことにした。
一緒に入ったのはドラッグストアだった。こんなところにプリンなんて売っていただろうかと思案しながらも黙ってついていくと、先輩の足は思いも寄らぬ方向 へ進んだ。

「どれがいい?」
「え……?」

染毛液売り場の前でぴたりと足を止めて俺を見上げる先輩。色々な箱を手にとって見ている。

「丁度暇だし。俺が染めてあげる」
「いいんですか?」
「おお」

染めてあげるといわれて、なんだか嬉しくなる。いつも面倒だと思いながら1人で家でやっていたが今回は違う。別に人にやってほしかったわけではないが、親 愛なる先輩の提案に嬉しくないわけがない。
今まで先輩と言う先輩はあまり居なかったし、可愛がってもらえてるようで、人並みに扱われているようで、嬉しいのだ。

「ついでにプリンも買おうな」

そういって先輩はコンビニへ寄った。俺の分のプリンまで買ってくれて、コンビニ袋をぶらさげて道を歩いた。
そして、先輩の住むマンションであり、新羅の住むマンションへ向かった。エレベーターに乗り、静かに上に上がっていくにつれて少し緊張をし始めた。
あまり人の家に訪ねたことはない。子供の頃は友達の家に行ったりはしたが、この年代になると人の家に行くよりも外で会うことが多く、滅多に人の家にあがる ことなかった。
先輩の家の何かを壊してしまったらどうしよう、と一瞬脳裏をよぎり、俺は必要最低限ものに触れないようにしようと決めた。

「はいどうぞ」
「お邪魔します……」

家のドアを開けると、ふわりと先輩の匂いがいつもよりも香る。先輩の家は、当たり前だけど先輩の匂いだ。
石鹸の安心する匂いに胸がいっぱいになる。

「ちょっとちらかってるけど」

雑誌や本が積み上げられていたり、寝巻きが投げられていたりはしたが、基本的には綺麗な部屋だった。埃っぽくもないし、ごみが散乱しているわけでもない。

「さて……染めるか」
腕まくりをしている先輩に、俺ははっとして自分がひっさげているビニル袋から髪染め液の箱を出す。これはもちろん自分で金を出したものだ。
服を汚さないようにとタオルで首を巻かれ、袋をかけられる。
先輩の家はなんでもそろっているように思えてちょっと面白かった。引き出しを開ければ新聞紙の束が出てくるし、棚を空ければ櫛も出てくる。
「暇だからなんか流そうかね」
そういって先輩がリモコンを操作しながらデッキにDVDを入れると映画が始まった。少し前映画化されていたアクション映画で、観たいと思っていたから丁度 良かった。
「じゃ、やるかー」
「あ、お願いします」
ぺこりと頭を下げると先輩はまかせろと笑った。

部屋中に染毛液のにおいが染み渡る。
折角先輩の家は石鹸の香りがするのに、なんだか申し訳ない。謝ると、窓を開ければすぐ抜けるからと笑っていた。
先輩は俺の根元だけに上手に液をつけた。余計なところを染めると傷むだろうと当たり前のように作業をこなしているけど、この作業は普通難しいと思う。一般 人じゃあまりしないんじゃないだろうか。俺だったら間違いなく全部染める。

「んー大分あまった」
「そっすか」

ある程度塗り終わったところで、先輩が後ろで悩ましげに呟いた。あまってしまったなら捨てても構わないから特に気にしなかったが、先輩はどうしようどうし よう、とうめいている。

「捨ててもいいですけど」
「なんかもったいない……あ、じゃあ俺染めようかな」
「え!?」

軽く言ってのけた先輩に俺は驚きすぎて先輩のほうを振り向いて見上げた。その行動に先輩も驚いてきょとりと俺を見下ろしていた。

「あ、でも平和島のお金で買ったんだもんなー」
「いやそれは別にいいっすけど……この色で良いんすか?」
「いいじゃん、平和島とお揃い」

いや?と聞かれても、俺が嫌なわけがない。先輩が良いならぜひ使ってくださいというとにこっと笑って先輩はありがとなーと言った。むしろこっちがお礼を言 いたいくらいなんだが。

「じゃあ染めて」
「うす」
席交換、と笑いながら俺の肩をぽんぽんと叩く先輩。俺は立ち上がり先輩の後ろに回った。
先輩は既に首の周りにタオルを巻き、てきぱきと準備を済ませていた。先ほどまで先輩が使っていたビニル手袋に手を通すと、ほんのりと温かくて少し緊張す る。

「液ぶにょーってかけて揉めば多分大丈夫だから」

どうしようかと悩んでいたことを見抜いたのか、先輩はアバウトな説明をした。別に失敗しても怒らないだろうとは分かっていたけど、先輩の髪の毛に失敗をし たくないのだ。

柔らかい黒の髪を、穢してしまっていいのか恐る恐る液をつけなじませる。
流れている映画の内容はほとんど頭に入ってこなかった。

先輩の髪は柔らかくてさらさらだった。思えば、髪の毛にこうして触るのは初めてかもしれない。こういう機会じゃないときっと触ることは一生無いだろう。ビ ニル手袋越しではあったが、先輩の髪の毛を十分に堪能した。
ようやく塗り終えると丁度液も無くなった。仕上げになじませるように髪を揉み、最後にまた梳かすと先輩がありがとなーと言った。

そして20分くらい置かなければならないため、俺達はその間にプリンを食べた。
プリンなんてものの数分で食べ終わるので、俺は食べ終わった頃先輩に促されて髪の毛を流しに行った。シャンプーも貸してもらい、流しで洗い流してリビング に戻ると先輩は髪の毛乾かせといいながら俺の頭をドライヤーで乾かしてくれた。

ドライヤーの熱と、先輩の手に頭を撫でられて心地よくなる。眠くなりそうで、うとうとしながらも必死に映画に目を向けるが瞼は重くなる一方だ。人に髪を乾 かしてもらうのは子供の頃依頼だが、あの時もいつも眠くなってきていたことを思い出す。
「寝ててもいいぞ」
髪の毛を指で梳かれて、先輩のくすくすと笑う声に後押しされてぷつんと糸が切れた。座ったまま転寝をしてしまった。


「は……っ」
「おはよー」

がばりと起き上がると、俺はクッションを枕に、ラグの上で眠っていた。薄手の毛布までかけてあって、驚き体を起こすと、先輩がのんびりと挨拶を返してき た。

「す、すんません……俺」
「昼寝できるほどくつろいでくれて嬉しいよ」

ころころと笑う先輩に、ますます申し訳なくなって再度謝る。今日でこの人にますます頭が上がらなくなりそうだ。

「座ったままじゃ寝づらいかなって思って体倒したのは俺だから」

勝手に大の字になって寝てたわけじゃないのだと教えられて少しだけほっとする。
先輩の顔を見上げると、すでに髪が金色に染まっていた。蛍光灯に照らされてキラキラ輝いている。
黒髪も良かったけど、金髪も似合うと思った。

「髪、ちゃんと染まりました?」
「あー、ムラもほとんど無いと思うよ」

自分の髪の毛を指で掴んで内側や根元を見せてくれる先輩。とりあえず黒髪の部分が残っていないのを確認してほっとした。

「似合うっす」
「サンキュ」

同じ金色の髪の毛に、優越感を抱いたのは誰にもいえない秘密だ。




2011-08-16