EndlessSeventeen


SugarBaby(静雄視点)

なんで。何で何で、なんで。

先輩」

「臨也くん」


なんで。


「なんで、」
「ん?どうした平和島」
帰り道で1人だった 先輩を見つけて声をかけたら一緒に帰ろうと誘われた。
夕暮れのオレンジ色の光が温かくて、2人の影を伸ばす。
思わずぽつりと呟いた言葉に、 先輩はひょいと俺を見上げた。

「なんで、臨也なんすか」
「?」
臨也だって先輩を慕っていたのは知っている。それで苗字で呼び合っていたはずなのに、何故この前垣間見た2人は名前で呼び合っていたのだろう。
臨也の心底嬉しそうな笑顔が頭にひっかかる。いつも不快な微笑を浮かべている癖に、 先輩といる時だけは本当に笑うあの憎きノミ虫の幸せそうな笑顔が。
俺の言っている言葉の意味がよくわからない先輩は首をかしげた。

冷静になることも、暴れ狂うこともできない。


「どうした?」
具合でも悪いのか、と当たらずしも遠からずなことを言って足を止めた。
人気のない夕方の道路に2人だけがぽつんと佇む。どうして、こんなに胸が締め付けられて苦しくて、愛おしいのだろう。
俺よりも弱くて触ったら壊れてしまいそうなのに触れたくて、男だから柔らかくなさそうなのに抱きしめたいこの存在。

「なんで、臨也って呼んでるんですか……っ」

苦しくて息も絶え絶えな中、なんとか搾り出すと俺の腕を掴んでいた手がほんの少しだけ緩む。思わずぱしっと 先輩の手を握る。
細くて、俺より少しだけ小さく、温かい手だ。どこかで触れた覚えがあるというのに記憶と合致しない。不思議な人。

「臨也くんは昔っからの知り合いなんだよ、実は」
「え……」
「といっても、小さいときにちょっと会ったくらいでね?臨也くん今までそれが俺だってわからなかったんだ」
「……」
「最近思い出したらしくて。……昔みたいに呼んでって言われたから呼んでる」

新羅と同じような理由だった。
それでも、昔にあったことがあってそう呼んでいた。それを思い出したからまた同じ呼び方をする。それは納得のいく答えなのだ。
今年に入って初めてあった俺なんかじゃとうてい追いつけないのだ。それがもどかしくて苦しい。

もっと昔に、先輩に会えていたなら……。



昔会った、先輩みたいに不思議で優しいあの人が、先輩だったらよかったのに。
先輩のはずがないのに、記憶の中では先輩の声で先輩の顔なのだ。だからこそ、名前で呼ばれる権利がほしかった。
どう言葉にしたらいいかもわからず、唇を噛み締めてしまう。

「え、え?平和島……!?」

そばにいた 先輩の狼狽する声。先輩の様子は、滲んだ視界では良く見えなかった。
滲んだ視界、ということは俺は今泣いているのか。格好わりい。
泣き顔を見られたくなくて、顔を隠しながらしゃがみこむ。先輩の気配は遠慮がちに俺の目の前にしゃがんだ。

「せん、っぱい……おれ……」

なんと言ったらいいかもわからないくせに、先輩に呼びかける。先輩は優しく返事をして、俺の頭をわしわしと撫でてくれるけど、やっぱり此処から先に何か言 えそうにはない。
「どうしたら、いいか……」
「?」
ただただ、嗚咽と一緒に零す。ぽたりと垂れた雫は灰色の道路を黒くした。

「拗ねてるのか?」

くす、っと笑った先輩の声が俺の頭に降り注ぐ。涙でぐしゃぐしゃの赤い顔で見上げると先輩はふふっと笑った。オレンジ色の光りを受けて、先輩も少し だけ頬が赤くて、綺麗。
先輩は俺の顔を両手で挟んで少し乱暴に撫でた。先輩の制服が俺の涙を吸い取っていく。
「ほーら、泣くなって」
すぐ近くにいる先輩は楽しそうに笑いながら、俺の額に額をあてた。顔が近くて何も言えずにいると、両頬に吸い付かれる感触。
チュッチュッ、と乱暴に俺の頬を吸ったのは先輩の唇。
思わずぽかんとしたまま固まった。先輩は顔を離してから、今まで撫でていた手を止めた。


「あ、ごめん、つい昔の癖で」
「え……」
「外国に住んでいたころな、甘えんぼな子供がぐずるといつもちゅっちゅっと……いやあごめんごめん」

すくっと立ち上がった先輩は少し照れながらも説明をした。
つまり俺は甘えんぼな子供だったわけだけど、両頬に触れられた感触のほうの衝撃が強くてへこむ暇はなかった。


「唇うばってないんだから簡便な……この癖日本では気をつけないとなー……ははは」


頭をかきながら先輩は走り去っていった。一応照れているのだろう。

俺なんて、顔が真っ赤で熱が出そうだ。




2011-05-16