04
宜野座は禾生に免罪体質者の存在を語られた。そして、槙島聖護は生きて捕まえるように命じられた。
「槙島聖護の逮捕には常守執行官を優先的に連れて行け」
「常守、執行官、ですか?」
監視官の朱ではなく、執行官のの方を勧められ、宜野座は思わず聞き返した。
「藤間幸三郎を捕まえた時に常守も共に居た。今回の事でも、彼は躊躇い無く槙島聖護を捕えるだろう」
が槙島の足や肩を撃ったのはこの事を知っていたからかと、宜野座はようやく思い至る。
箝口令の為は詳しく言わなかったが、同じケースだと認識して居たのだろう。なおかつ、命を奪ってはならないとも判断していたのだ。
禾生と別れて廊下を歩いていた宜野座は、提出した報告書を書き直さなければならないことや、今聞いて来た話を頭の中で整理するなど、考え事を繰り返していた。
「おかえりなさい」
一係のオフィスに戻ると、だけが待機しており、宜野座にひかえめに挨拶をしてきた。ああとぞんざいに頷いた宜野座はの後ろを通り過ぎて自分の席に座る。報告書を少し打ち直していたが、宜野座はすぐに手を止めて、モニタや機材の間からの姿を眺める。
「常守執行官」
「はい」
つい呼び止めてしまい、宜野座は返事をしたに二の句が告げない。は無表情のままほんの少しだけ首を傾げて、宜野座の言葉をじっと待っている。
「コーヒーでもどうだ」
「いただきます」
苦し紛れの誘いにはあっさり乗った。
宜野座は特別何かを聞きたかったとか、話を聞いて欲しかったとか、そんなことではなかった。ただ、という存在に対する違和感を感じてしまった。二人きりの空間のなかで、それが零れてしまった。それだけだった。
「誘っておいて缶コーヒーで悪いが」
「いえ、人から貰うコーヒーは総じて美味しいものですよ、いろんな意味で」
休憩所の自販機で購入したコーヒーを持って、外に出ると、宜野座の長い前髪は風にあおられて踊る。も比較的眺めの髪の毛をしていたのでさらさらと流れて顔がいつもよりよく見えた。
「藤間を捕まえたのは君だそうだな」
互いにコーヒーを一口飲んでから、宜野座は口を開いた。
「俺は別に大したことはしてませんが、その場面には居ましたね」
「ドミネーターは?」
「正常でしたよ、異常なのは槙島や藤間の方です」
「そうか……免罪体質者というらしいが」
「へえ、そんな名前」
は興味が無さそうな平淡な声で呟いてから、コーヒーを一口飲む。
「俺の見解にすぎないけど、多分、シビュラシステムに対して不満に思ってたり、自分がシビュラより偉大だとか、そういう事を思ってるヤツらです」
「それは君もか?」
宜野座の問いかけに対して、は初めて驚いた顔をした。きょとんという効果音が似合う小さな驚きだったが、そんな風に目を丸めているのは初めて見た。やがてはふっと息を吐き出して、笑いを懸命に噛み殺す。
「宜野座さんてただの頭でっかちじゃなかったんだ」
肩を震わせているを叱りたいが、それを抑えて眼鏡の位置を直すだけに留めた。しかししっかり睨みつけておくことは忘れない。
「俺はシビュラを信用してますし、利用もしてますし、凄いなあとは思ってますよ」
「だが……」
「前、ドミネーター向けた時に俺の犯罪係数が執行対象から外れていたこと、聞きたいですか?」
言い当てられて、頷くしかない。
「俺は免罪体質者とは違います」
「そうだな」
宜野座はが生まれたときから潜在犯と認定され親も兄弟も分からぬまま隔離され続けて執行官になったという経歴を知っている。
免罪体質者という存在を知るまで、がドミネーターに計測されてトリガーがロックされた時も機械のミスだと思っていたし、の噂もただの噂だと思っていた。
だが、此処へ来て、の存在が非常に不思議だということに気づかされた。
「免罪体質者は、シビュラにとって計り知れない存在です」
忘れてくれと言いかけた宜野座の言葉を遮って、は街の風景を見下ろしながら口を開いた。
「俺は、計らせないようにすることなら出来ます」
「そんなことが出来るはずが、」
「お望みの答えと違いましたか?」
確かに宜野座は答えを望んでいた。その答えはの口から紡がれたのが全てなのだ。
「……そんなことができるなら、ずっとそうしていれば良いんじゃないのか」
「どこにも帰る場所なんてないので、別に良いです」
それに、今の生活は嫌いじゃないとは付け足した。潜在犯には元々自由などなく、執行官になってから多少外に出られるようにはなったが、それでも監視官と一緒でなければ外に出られない。それなのに、は多くを望まない。
宜野座はその欲の薄さが少し怖いと思った。
「それに、俺はシビュラシステムに、嘘つきだとバレてますから」
はそう言って、小さくわらった。
なんだかわかりにくい設定な気もしますが、閉心術的な(ふわふわ)。
May.2015