harujion

ハルジオン

ぼくらの胸にある花

俺の身体の一部がどこかへ行ってしまった。ジョージみたいに耳がなくなったんじゃなくて、心にぽっかり穴が開いたんだ。
俺は死ぬはずだった。そういう運命だった。死んだ方が楽だったかなって思うときもあったけど、死ぬのは怖いって思うよ。の亡骸は今でも忘れられないし、の最後のキスは思い出したら今でも涙が出るくらい切ない。俺が悲しんだのと同じくらい家族は悲しんだ。俺が死んでもこのくらい悲しむから、俺の所為で家族が泣かなくてよかったって思った。でも、がいないなんて、考えられない。何も犠牲にしたくなかった。そんな思いは甘いんだろうけど、やっぱみんな誰だってそう思うだろ。俺が死ぬか、家族が死ぬか。そんなの、どっちもいやだ。でもは迷った末に、答えをだしたんだ。俺を愛してくれたんだ。自分を大事にしてくれなかったのは悲しいけど、俺を守ってくれたに、俺は馬鹿やろうって怒鳴ることはできない。だって、俺、死にたくなかった。
時々、店の経営に困って徹夜することがある。商品実験よりも疲れるのは、あんまり楽しくないからだろうな。だから休憩は頻繁にするんだけど、眠気覚ましに苦いコーヒーを飲んでると俺もジョージも黙りこくる。こういうときはたいてい、を想ってる。お前がいてくれたら、今俺たちは新しい商品の開発に悩んだり、ベッドでぐっすり眠れたんじゃないかなって。
三人で同じブランケットをかけて眠った日々が、遠くかすんで見えるよ、
どこいっちまったんだ、俺達は三人でひとつって言ったのに。

どうしようもない思いは、長い年月をかけて納得させていくしかないんだけどきっと、明日になっても、十年経っても、五十年たっても、一生が死んだ理由に納得はできないや。
(胸に咲いた一生消えない傷)


時々夢を見る。それはが生きている未来だ。幸せな未来だって思うだろうけどそれが違うんだ。がいる代わりに、フレッドがいない。と一緒に暗い面持ちでフレッドの墓参りに行って、フレッドという名前の息子の頭を撫で、と二人っきりでバタービールを飲むんだ。は落ち着いた表情で薄く笑ってた。お前の笑顔は微々たるものばかりだけど、俺はそれが大好きで小さい頃から安心して見てた。でも、違うんだよ、お前の笑顔だけじゃ足りないんだ。俺とそっくりの笑顔も隣にいないと駄目なんだ。
夢から醒めたら、フレッドの寝顔をのぞいて俺はどっと安心する。そしたら、がいないんだ。夢でも両方いるところを見られない。遠い過去を自分で掘り下げて思い出さないと、フレッドと一緒にの腕をつかんで走った楽しい思い出は浮かび上がってきてくれない。胸を這いずるのはいつだって喪失感。
お前が死んだ悲しみも、お前がいた場所も誰かが埋めることなんてできない。その場所に花を置いてずっと悼み続けるしかないんだ。忘れることもできやしない。
何年経っても、ふと落ち着いた瞬間に心に咲いた花をみつけて、のことを思い出すんだ。楽しい思い出や優しくて小さな笑顔ばかりなのに、すぐにそれがもう二度と手の届かないところへ逝ってしまったと理解して暗闇のどん底に突き落とされたように絶望する。
俺はどうしても、本当に幸せな想像ができないんだ。がいて、フレッドがいて、俺がいる未来ってやつを。
(咲くのは嘘みたいな幸せばかり)


こんな男の子みたいな名前嫌い。どうしておじさんは、わたしにこんな名前を残したの?そういって泣いたら、パパが寂しそうな顔をした。男の子の名前をつけたパパを恨んでもいいから、その名前のことは恨まないでおくれ。その名前はパパの命を救ってくれた、パパの代わりに死んでしまったおじさんのもう一つの名前なんだから。
そう言ってパパが泣いた。泣くのは初めてみた。パパもジョージおじさんもいつも元気で子供みたいにはしゃいでて、泣くところなんて想像できないけど、死んでしまったおじさんの話をすると泣くのね、こんなにも寂しそうに。おじさんの所為なのね、パパたちが寂しそうにするのは。でも、おじさんのおかげなのね、パパが生きているのも、私がこうして生まれたのも。
おじさんよりもパパのほうが愛してるから、パパを恨むなんてできない。それに、やっぱり名前は好きになれないわ……でも、この先本当に本当に生きていて良かったって思ったとき、私はきっとこの名前を好きになる。きっとよ。約束する。だからパパ、それまで私はわがままをいうの、こんな名前いやよって。ね、今だけだから、いいでしょう?
(私に咲いた、小さな悪態)


ぼくの名前はおじさんの名前。親戚の名前つけるのなんて良くある事だ。
もおじさんのもうひとつの名前なんだそうだけど、だからかなあぼくは彼女と半身みたいな気がするんだ。生まれ変わりとかいうのは信じてないけど、でもぼくらは何かをわけあった。それは、きっとおじさんの愛なんじゃないかと思う。ハリーに聞いた話では、フレッドおじさんの代わりに死んだらしい。
そんなおじさんは、死んでしまう前に名前をひとつあかしてに受け継がれた。は男の子の名前は嫌だとふくれていて、フレッドおじさんはおじさんのことを思い出すと悲しげに目をふせる。パパも心なし寂しそうに背中をむけてしまうから、ぼくはこの名前の人が嫌い。が嫌い。ぼく自身が嫌い。そんなぼくにハリーは言った。って世界で一番優しい名前なんだよ。(ちなみに偉大で勇敢なのはアルバスとセブルスだ)家族をとても愛した、優しい人の名前だ。おじさんのようにならなくていいし、きっとなりたくもないって思うかもしれないけど、でも、って名前の君が今こうして生きて笑っていてくれるだけで僕らは安心してソファでうたた寝して人にたっくさん迷惑をかけるいたずら用品店を経営できるんだよ。そうやってウインクした。
ぼくは、おじさんはやっぱり嫌い。でも、おじさんみたいに、優しい人になりたい。おじさんよりも、もっともっと、優しくなるんだ。だから、命をかけない。生きて、生き抜いて、ぼくがこの世に居続けることが、周りへの一番の優しさなんだ。
おじさん、名前をくれてありがとう。
とフレッドおじさんを、守ってくれてありがとう。
ぼくがこれから先、みんなを守ります。
(優しさを咲かせたい)




あとがき
四周年記念リクエスト募集の中でハルジオンの番外編をリクエストされたので小話程度ではありますが早速書かせていただきました。
フレッドの子供が女の子だってのに主人公の名前つけちゃうのは愛故です。多分第一子であり早速つけたかったんですよ。だけど女の子からしたら男の子みたいな名前じゃなくてもっと可愛い名前欲しかったんでしょうね。でもフレッドにしてみたら世界で一番大好きな、魂を分け合った人の名前なわけですよね。だから名前を嫌っては欲しくないんです。っていうのを電車の中で想像してたら私は涙が出そうになったっていう余談です。自分で考えた話に泣きかけてます。これで実際読んでる人がふーんあーそうなんだーくらいですんだらそれこそ切ないですけど。男の子の方は、主人公にちょっと似てる容姿を妄想です。といっても主人公は一応血縁なんでね、あたりまえなんですけど。性格も若干似てるイメージです。でも、主人公のことはあまり好きではないです。ハリーはなんだかんだ出張ってくる。最終話もハリー視点だったけど、これってありなのかな、普通フレジョこない?って思うけどほら、彼は実は全て知ってる人だから……。フレッドは自分の代わりに死んだ主人公を思って切ないんだけど、自分が死ぬのもいやだから主人公のことは感謝しているわけですね。自ら死を選んだその姿勢には賛成できないけどそれで自分が助かったんだものっていう複雑な心境です。ジョージなんてどっちか必ず失ってたんだからこれはもう夢にみるよ。暗いよ。重いよ。あとがき長くてごめんなさい。
(唯斗さまへ)
すてきなリクエストをありがとうございます。自分の中ではこれ以上書くこともないかなと思ってはいたんですけど言われてみれば書こうかなという風になるものでして、想像してみたらフレッドやジョージの子供たちが私の頭の中にはいて、こんなふうに小話ではありますがお届けできるように形にしました。唯斗さまが言ってくださらなかったらこの話はできなくて、ジュニアたちは姿形を見せること無く闇の中だったと思うので、生んでくれてありがとう!という気持ちでいっぱいです。
20120822