スタンドバイミー
誰が撮ったんだったか忘れたけれど、まあ、多分家族だと思う。額縁の中でが本を読んでいる。全く興味無さそうな顔してるくせに、いつも本ばかり読んでいるからきっとにとっては楽しいとか有意義な事なんだと思う。ふいに、珍しく顔を上げてどこかを見ながら、ちょっと笑った。視線の先に何か楽しいものがあったみたいな顔。それからこちらを見て口を結ぶ。笑っていたのを隠すように。写真を撮っていたことを咎めるように。
そんなは、ものすごい勢いでとびこんできたフレッドとジョージに潰され、額縁の外へ消えた。さっきが見ていたのはフレッドとジョージだったのだろう。そして起き上がった三人はぼさぼさの頭を直し合ってからカメラの方を見た。
は疲れたような顔をしてから、困ったように微笑んだ。
ことん、と、のいる写真立ての前にコーヒーの入ったマグカップが置かれた。
「ちょっと休憩だ」
フレッドがコーヒーを淹れてくれて、ジョージと僕に渡してから自分の分をゆっくりすする。
ここは深夜のWWW。フレッドとジョージとが三人で始めた悪戯専門店。あの戦争が終わり、僕が大人になってからは僕も手伝いをしている。
スタッフスペースの一角には、家族の写真とか、各々の恋人の写真とかが飾ってある所があって、亡き兄であり創業者の一員であるの写真もそこにあった。
夜遅くまで経理や商品開発、発注や発送の準備なんかに追われている中で休憩ついでにコーヒーをいれるとき、フレッドもジョージも、決まっての分も用意する事にしている。僕は最初の分をいれてなかったんだけど、の分も用意しろって言われていれ直させられたことがある。
の分だけお湯を沸かして、コーヒーの準備して、マグカップに注ぐのは、酷く無駄な時間に思えた。もう居ないのに。もう、飲まないのに。おしいいねっていう感想も、熱いという文句も、ふうふうとしきりに冷ます吐息もないのに。
コーヒーの香りがする湯気が目にしみた。煙じゃないのに、なんでしみるんだろうと思った。
次からはの分も入れるようにしたから、面倒じゃなくなったし、変な気分にもならなかったから、湯気が顔に当たっても涙が出るなんてことにはならなかった。
またのためだけにコーヒーをいれる時はどうだろう、泣けて来るのかな。
の残したものは結構少ない。基本的に家族で共用してるのが多かったし、服も兄弟のお下がりとか三つ子で着回しとか。ちなみには背が高くないし細いから、誰の服を着ても少し丈が余っていた。が使っていたペンは店の文房具箱に入っているし、授業に使っていた道具なんかはとっくに自分で捨ててたみたいで、整理してみたら驚く程にものが無かった。
僕たちは戦争が終わったばかりで本人を失ったわけで、の何かをこれ以上捨てることにならなくてよかったけど、今思うとが本当に居たのかさえも危うい程にのモノがない。でも、生きているフレッドとジョージこそが、の遺物なんだと思う。そして僕も、他の兄も、妹も、の事を憶え、想い、悼む人———全て、が残したかったものだったんだろう。それから、もうひとつが残した厄介なモノがある。モノといっていいのか、わからないけど。
それは、一つの空席だ。
実家の食卓にある椅子も、しばらく一つ多いままだった。それはが座らないからで、仕方の無い事だ。ハリーやハーマイオニーが来たりするときは書斎の椅子や兄弟の部屋から勉強用の椅子を持って来たりするんだけど、それでもなぜか一つ空席ができてしまったりする。けれどを知っている人は皆、その空席を排除しようとはしない。
本格的にフレッドとジョージが店を再開するようになったとき、二人は食卓にある椅子を一つ持って行った。
がいつも同じ椅子に座っていた訳じゃないから適当に一つ減らしたにすぎない。でも、フレッドとジョージが選んだ椅子は、特別な椅子になった。そして店に置いても誰も座らない椅子になった。役目を果たせない、可哀相な椅子。
僕もどういうわけか、その椅子に座る気が起きない。
その所為か、外でもどこでも、椅子が一つ置いてあるのが苦手だ。フレッドとジョージと出掛けても、一つの席には二人とも座ろうとしない。が生きてたときは二人して座れよって全く同じタイミングで声を揃えて言うんだ。それなのに今はそれができないから僕やジニー、ハリーやハーマイオニーにまで言う。ジニーもハリーもハーマイオニーもあまり気にしていないようだし、女の人にしてみたらレディーファーストの一貫だろうけど、僕にとっては無理な注文で、余計なお世話だ。
だって、フレッドとジョージに座れって言われたは、ロンが座りなって僕に言うんだ。だから僕は、どんなに関係のない場所でも、一つの空席が苦手だ。
あとがき
短めですが、ロン視点。双子ほどの重みは無いけど(無いつもりで書いてます)、ちょっとトラウマも出来てる感じです。
ロニーは空席だけはトラウマで、フレッドとジョージは逆にあまり気にしていないんだろうなって。すわれよって譲るあたり、主人公居ないんだなって思ってるんだろうけど、他の人に席勧めるのに他意はなくて、むしろ座ってくれちゃった方が寂しくないしほっとする。でもロンは嫌がるんです……っていうはなしが書きたかった。
20150912