眠る間の、
二度目の生を受けた時、僕の身体は当然赤ん坊だったけれど自我は十八歳だった。それから五年後に弟が生まれたときは、弟というよりも息子のように思えた。僕と同じ眸をした赤ん坊で、うっすらと生える髪の毛はふわふわのブロンド。真っ白な肌と小さな口がとても可愛くて、メープルの葉みたいな手を人差し指でくすぐれば、力強く握られる。可愛い、可愛い、僕の弟。少しだけ大きくなるとはすっかり喋れるようになった。あう、とかんーとか言っていた頃も可愛かったけれど、舌ったらずにおしゃべりをする様子が可愛い。
赤ん坊のころはむっちりしていた手足も、少しだけ脂肪が薄くなった。相変わらずふかふかしているけれど。
三歳の誕生日に、両親が買って来たケーキをみて少し嬉しそうな顔をしている。普通に笑ったりおしゃべりしたりはするけれど、はしゃいだりしないから、こんなは珍しかった。甘い物が好きなのは知っていたけど、ケーキは普段あまり食べないから嬉しかったようだ。かわいいなあ、と眺めているとカメラを構えていた母が言う。
「セド、におめでとうのキスして?」
「うん」
促されるまま、を抱き寄せる。おむつで膨らんだまるっこいお尻が膝の上に乗って、顔が近くなった。きょとんと僕を見つめるので頬ではなく唇をちゅっと啄む。小さくて柔らかい唇からは、ミルクの匂いと甘い味がして、美味しかった。
キスをした写真は現像されてリビングに飾られて居り、は時々それを見ると微妙な顔をするようになった。
それから暫くしてが僕の同級生のだったことを知って、微妙な顔をする理由が分かった。それでも僕はを友達というよりも肉親だと思っていた。同じ母のお腹から生まれて来た、まぎれも無い兄弟である彼には、心の底から愛しさがこみ上げてくるのだ。
面倒くさがりなはよく昼寝をしていて、その日もリビングのソファですやすやと眠っていた。五歳をすぎたあたりから前にも増してほっそりしてきて、ふっくらとした赤ん坊っぽさはもう無い。でも頬は相変わらずふんわりした輪郭を描いていて、白い肌に赤い頬はまだまだ健在だ。
髪の毛と同じ、ブロンドの睫毛は色が薄いから、じいっと見ないと分からない。長い前髪を払ってみるとようやく細くて短い眉が見えた。
すうすうと規則正しく呼吸して、小さな唇は無防備に少しだけ開いたまま。もうミルクは飲まないけど、甘いものばっかり食べてるの唇はまだ甘いのだろうか。深く考えずに僕はの唇を舐めた。にキスをするのは二年ぶり。
味はというと、あんまり甘くない。というか無味無臭だった。それでも、弟を愛でる嬉しさがこみ上げて来て、キスを気持ち悪いとは思えないし、後悔の念は浮かばなかった。すくすく育って行く様を一番近くでみていたから親心があるような気がするのだ。
もう少し大きくなれば自然と子離れするかと思ったけれど、相変わらずのことは大好きだった。さすがにが起きているときにキスしたら嫌がられるので、眠っている隙にキスをした。深夜皆が寝静まったころに隣の部屋にひっそりと忍び込み、の月明かりでぼんやりと見える寝顔を少し見つめてから、お休みのキスをする。
やっぱりの唇は良い。キスをした後は胸が一杯になって満足感に浸ったまま眠りにつく。
しかし、そんな僕の日課はが高校生になってから、ほとんど出来なくなっていた。
高校に入ってアルバイトを始めたまでは良かったけれど、友達が増えたのだ。学校の友達だけではなくて、ハリーやハリーの家族たち。スネイプ先生とも仲が良いらしくて、頻繁にお茶をして帰りが遅くなる。特にハリーの家に泊まりに行くことが多くて、僕は日課のキスができなかった。が中学生のときはほぼ毎日していたのに高校生になってからは週に一回だけになった。普段も、はハグも挨拶のキスもしてくれないからつまらない。
そんなある日僕が大学から帰ってくると、が珍しくもう家に居て、リビングでテレビをつけっぱなしにしたまま眠っていた。昨日は帰りが遅かったから今日は眠かったのだろう。
つん、と頬をつついてみるけれど起きない。
大きくなってからは眠りが浅いようで、部屋を訪ねたときに起こした事もしばしばあった。今日はテレビの音がするから僕が帰って来た音に反応はしなかったけれど、触れたら起きるのではないかと思った。しかし、衝撃に眉を顰めて首を逆に捻っただけで、目を覚ます気配はなかった。
つついた指はそのまま頬を撫で、まだほんの少し子供らしい輪郭をなぞる。
ふわ、と唇同士が触れて、僕の胸はぽかぽかと温まる。音も立てず、触れるだけではなす。僕はいつもに舌を入れたりはしない。時々唇を舐めるけど、口内を蹂躙しての舌に絡めたらそれは僕の感情に反する。恋愛感情や性欲は向けていないのだ。
「……」
を見下ろした瞬間、ぱち、と僕と同じ灰色の眸が姿を現した。反射的に上体を起こし、口を半開きにして、目を見開いたまま固まっている。
「セドリック……」
はゆっくりとソファに座り、僕はそのまま床に膝をついたままを見上げた。
「おはよう、起こしちゃったね」
「なんか指でつつかれたなって……思ってたら口塞がれたから息できないし」
「口で息してると喉乾かない?」
「話そらさないでくれる?セドリック」
僕の事をセドリックと呼ぶは怒っている時だ。身体は五歳年下と言えど、の方が精神的にはうんと大人だったことを、このときばかりは思い出す。普段は放っといたら何もしない子だから忘れていた。
「セドリック、彼女とキスしてないの?」
「は別なんだ」
に向ける思いは根本的に違うのだ。
のことを、とても愛しているんだ。性欲ではなく、愛したいという欲求が有るのだと思う。
「俺のこと好きなの?」
「うん、好き。家族としてだけど」
「そりゃよかった。今日は多目にみるけど、」
「もうしちゃ駄目なの?」
の隣に座って、両手を握る。は僕を見上げて怪訝そうな顔つきをした。
「駄目」
「なんで?僕の事嫌い?」
「嫌いじゃないけど、俺はキスしたいと思ってないし」
「寝てる間にこっそりするのは?」
「……もしかして、今までもしてた?」
じいっと見つめられて、頷く。ははあ、とため息を吐いた。だっては起きてたらキスしてくれない。頬や額にはさせてくれたりはするけど、唇にはさせてくれないのだ。僕はの唇にキスがしたいのに。
僕にとってへのキスは、親が子にキスをする気持ちだと思ってる。さすがに高校生にもなった男の子の唇にキスをする親は滅多に居ないだろうけど、はいつまでも僕の天使なんだもの。
「人が寝てる間にそんなことすんな」
ばしん、と頭を叩かれて髪の毛がぐしゃりと崩れる。
「じゃあ起きてるときにしていい?」
「……ほっぺならいいよ」
「週に一回だけでも……!」
こじらせブラコンとか好きです。
おかずじゃありません、おやつです。
Jan.2014