行ってきますの、
昨日、ハリーが一緒に寝たいというのでポッター家に泊まった。
そして次の日の朝、ベッドで目を覚ますと、腕に小さな頭が乗っている。すやすやと眠る幸せそうなハリーの額にはもう稲妻みたいな傷はない。まっさらな肌を優しく撫でた。
「ん〜」
「!」
むにむにと唇を食み、眉をしかめるハリー。薄ぼんやりと瞼をひらき、ちらりと綺麗なエメラルドが覗く。
頬を指で押しながらおはよ、と告げるとハリーはふにゃりと笑った。
「ぎゅうして」
しょうがないなあ、と思いつつ笑みがこぼれる。前はそんなに弟を可愛がっている余裕もなかった。
もう少しロンを抱きしめてあげればよかった。
同じ年頃であろうハリーに前の弟を重ねた。ハリーもロンも別だとは思ってるけど、前に可愛がれなかった分今は存分に可愛がりたい。
もともと頭の下にあった腕はそのままに、もう片方の腕をハリーの身体にまわしてぎゅうっと抱きしめてから持ち上げる。わあ、とハリーは少し驚いたけど、抱き上げられたと気づいて俺の首に腕をまわした。
「このまましたいく!」
「はいはい」
とんとん、と階段を下りてリビングに行くと、ベーコンを焼いた香りがふんわりと鼻孔をくすぐる。
「おはよう、ハリー、
」
「おはよ、リリー」
「おはようママ」
いいわねえハリー、と俺たちの様子を見て笑うリリー。ハリーは得意げな顔をして俺にぎゅっとくっついた。
「おはよのちゅう」
むちゅ、と頬に少し濡れた柔らかいものが吸い付く。一瞬で離れて、びっくりした顔のままハリーを見るとニコニコと笑っていた。
もして、と頼まれたので一度リリーを見てから遠慮がちに頬にキスを落とす。
えへへ、と嬉しそうにしているハリーは俺からおりて、今度はリリーに近づく。
リリーはおはようと言いながらハリーの頬にキスを落とし、ハリーもリリーの頬にキスをする。うちではみんなある程度歳をとったからそんなやりとりはないし、まあやろうとも思わない。幸せな家庭のひとこまを見て朝から和んだ。
リリーの朝ご飯はやっぱり美味しくて、普段朝食はそんなにたくさんとれないのだけど、いつもよりたくさん食べられる気がした。
「おはようみんな」
「おはよう」
朝食の途中でジェームズがリビングに入ってきて、立ったままコーヒーを飲んだ。いまから仕事に行くようだ。
「帰りは八時くらいになるかも」
「気をつけてね」
帰宅予定時刻をつげてリリーに軽くキスをして、今度はハリーに近づく。
「今度の休みに何処に遊びに行くか、決めておくんだよハリー」
「うん」
ハリーは小さな唇をすぼめて、ジェームズの唇にちゅっと当てた。
「
、今度は僕も休みの日に泊まってってね」
「そうする。行ってらっしゃい」
ジェームズはウインクして、行ってきますとリビングから出て行った。
ぱたん、とドアが閉まってからテーブルの端に長財布が置き去りになっている事に気がつき、リリーに尋ねるとジェームズったら忘れてるわと苦笑いをした。俺が届けてくるよ、と立ち上りリビングから出て、玄関で鍵を手にしているジェームズの背中に声をかける。
「どうしたの?行ってらっしゃいのキス?」
「違う、忘れもの」
「おっと、大事なもの忘れてたよ……」
長財布を受け取りポケットに突っ込むジェームズにまた行ってらっしゃいと告げる。
行ってきますと言って外にでると思ったんだけど、ジェームズはじっと俺を見つめた。
「キスしてくれないの?」
「なにいってんの」
「ハリーにおはようのキスしてあげたじゃない」
「見てたの?」
にこ、と笑うだけで返事は無い。
おかしなところで対抗意識を燃やす大人だと常々思う。どっちに妬いてるのか分からない。この場合はハリーに妬いてるんだろうけど、妬く意味が分からない。でもまあ、ジェームズは俺の事も本気で家族として見てるってことがよくわかる。ありがたいし、少しくすぐったい。
減るもんじゃないからいいかな、とジェームズの肩に手をおいて、素早く唇を頬に押当てて離れた。
「財布、わざと?」
「どうだろ」
悪戯をした子供みたいに笑って今度はジェームズの顔が近づいてくるので構えると、頬かと思いきや唇に柔らかい感触。
コーヒーの香りがふわりとした。
音も無く唇が離れ、あまりのことに呆然とした俺は、ジェームズが行ってきますといって玄関から出てドアが閉まるまでフリーズした。
「?ジェームズに渡せた?」
「ああ、うん」
俺がなかなか戻ってこないからか、リビングのドアからリリーが顔をだした。苦い顔をして振り向くとどうしたの、と問われる。
「行ってきますのキスをされたよ」
唇に、とは言えなかった。
ギリギリアウトですね!
Sep.2013