04 まいにちを夢に見る
交際するようになってから毎週のように会っているレギュラスだけど、仕事が忙しくないのか、時々疑問になる。レギュラス曰く『うちの会社はブラックだけどホワイト』だそうだ。
しかしそれでも大きな会社で働いていて、なおかつ将来が有望視されている人なのだから、やることは少なくはないのだろう。
「疲れてる?」
心なし顔色が悪い気がして聞いても、レギュラスは首を横に振る。その日はドライブをしていた訳でも、外で食事をしていた訳でもなくて、ただレギュラスの部屋で二人でご飯を食べてテレビを観ていただけだ。少し、とでも言っていればテレビを消してソファに寝転がらせてやるし、毛布だってかけてやったのに。
ご飯を作るのだって簡単なもので良かったし、俺を家まで送る必要もなかった。
次の週に顔を出すと、先週よりももっと顔色が悪くなっていた。
「、ただいま」
仕事が終わる時間の関係で、先に家にお邪魔している俺を見るとレギュラスは目を細めて笑う。お腹すいただろう、すぐご飯にしよう、とスーツのジャケットを脱いでソファの背もたれにかけて、シャツの袖をまくっている腕を掴む。
「具合、悪いんでしょう」
「……悪くないよ」
「自分の顔、鏡でみてきたら?」
じっとりと睨みながら腕をはなすと、レギュラスは手で半分ほど顔を隠して目を伏せた。
「先週から……いや、もっと前から忙しいんじゃないの?」
「仕事はね。でも残業する程じゃないし、には毎週会えるから」
「会えない心配をしてるんじゃなくて、休んでいないのを心配してるの」
レギュラスの言い訳にため息をつく。
もういい、と言いかけると、レギュラスははっとして俺の肩を掴む。
「とりあえず今日は俺がご飯つくるから、その間休んでて」
「———!……え……?」
何かを言いかけたレギュラスは、俺の指示にぽかんとした。
「なに?料理ぐらい一人でできるけど?キッチンの使い方だって分かるし」
「いや、うん、普段一緒に作ってるんだから料理できるのは……知ってる」
「じゃあなに驚いてるの」
「……帰るのかと思った」
「帰って欲しいなら、」
「駄目」
帰るけどとは言わせない勢いで答えるので、思わず小さく笑う。
「ほら、着替えてベッドに入って」
「え、ベッドに?ソファで転がってるだけでも良いよ」
「あっちの方が静かに休めるし、ご飯できたら呼びに行くよ」
背中を押すとたじろぐが、それでもベッドルームに入って行くレギュラスに満足して、夕食の準備を進めた。
レギュラスは夜遅い食事でも平気なので、なるべくゆっくり料理して休む時間を作る。
それでも凝った料理をするわけではないので長時間はかからず、仮眠をとれたかは分からない。
静かにベッドルームを覗き込んでみても、起き上がる気配がなかった。眠りについた所だったら申し訳ないので、様子を見て起こすか否かを決めようと、音を立てないようにして部屋に入る。
実は余程疲れていたのだろう、シャツのままベッドに潜り込んでいる。すやすやと寝息を立てているので、すぐに寝入ったのかもしれない。
「レギュラス?」
「ん……」
眠りは浅いようで、返事はすぐにかえってくる。けれど、起きる様子は見られない。
「ご飯できたよ、食べる?」
「……うん、……すぐ、おきる……」
眠っている状態でも理解して返事をしているのだと思う。それでも身体は全く動かないから、もしかしたらこのまま眠り続けるかもしれない。起きてくる事は期待せずに、部屋を出た。
俺はもうお腹が減っていたので先に食事を終えて、レギュラスが起きるまでテレビを観て待っていた。
あれから一時間くらい眠っていたレギュラスはバタバタと音を立てながら、慌ててリビングに顔を出した。
「ごめん、寝てた……!」
「あ、起きたの」
丁度ドアが開いたのでそちらに顔を向けながらリモコンでテレビの電源を落とす。
料理を温め直す為にソファから立ち上がると、膝に乗っていたクリーチャーがレギュラスにおはようの挨拶をしに行った。
やっぱりさっき起こしに行ったとき、一応起きていたようだ。もしかしたら無意識に返事をしていて、目を覚ましたときに返事をした事を思い出したのかもしれない。
少し乱れた髪の毛を直しながら、コンロに火をつける俺にレギュラスが近寄って来る。
「お皿準備して」
「先食べててくれた?」
「うん、食べちゃった」
「よかった」
健気に待ってるべきかと思ったが、俺はお腹が減ってたし、レギュラスも先に食べててくれた方が罪悪感がわかないだろうし、正解だった。
「……いい匂い、美味しそう」
フライパンの中を見ながら、レギュラスは呟く。
頭に頬をすり寄せて俺を後ろから抱きしめながら、軽く料理をかきまぜているのを眺めていた。
料理がしづらいという程でもないので、放っておくことにした。
「休めた?」
「うん、大分ね」
レギュラスは当然そう答えた。本当は一晩ゆっくり眠らせたいのだが、俺の言う事を聞くだろうか。かといって、本当に仕事が忙しいというなら仕事をしても構わないし、邪魔はしたくないのだけど。
美味しい美味しいとご飯を食べるレギュラスは、にこにこ笑っている。
無理をしているのか、食事が美味しいのか、それとも少し眠ったからなのか、あまり疲れているようには見えなくて困った。本当は疲れが取れていないはずなのに。
「———今晩、泊まっても良い?」
「!?」
咽せそうになったレギュラスは、慌てて口を抑えて食べ物を飲み込んだ。俺は水の入ったコップを渡して飲むように勧める。
「タイミング悪かった?」
「ん、いや、動揺して……、どうしたの急に」
「俺がいたら、仕事の邪魔になるでしょ」
「そんなこと———ああ、邪魔したいってこと?」
「そう。一晩だけレギュラスの時間を俺にちょうだい」
水を飲み終えて、なんとか喋れるようになったレギュラスは顔を赤らめて目に少し涙を浮かべた顔のままわかったと返事をした。
シャワーの後にパジャマを借りて先にベッドに入っていると、レギュラスは逃げ腰でドアの方を指し示す。
「このベッド狭いから……僕はソファで良いよ」
「はあ?何言ってんの」
俺は思わず突っ込みを入れた。
無言で、ベッドの開いている部分をぽんぽん叩いた。う、と小さく唸ったレギュラスは、おずおずとベッドにあがりこみ、俺の腕の上にころりと頭をのせた。毛布をふわっとかけながら正面から抱きしめると、胸の当たりに顔をうずめられる。
柔らかい髪の毛がふわりといい匂いをさせていた。
「、あったかい」
「当然」
そう広くもないベッドなので、わざわざ抱きしめなくても近い距離に彼は居た。
ほっとしたような声は、休めている証拠なのだと思っても良いだろうか。
頬や首を撫でて髪の毛をとかしながら、そっと目を瞑る。
「疲れているって、言わなくてごめん」
「ん?」
もうこのまま眠ると思っていた俺は、レギュラスの小さい謝罪を聞いて目を開いた。
「に疲れたと言ったら一人にされてしまう気がしてた。僕を思ってのことだろうし、疲れていないと嘘をついてもは怒るだろうと思ってたのに」
「うん」
もう一度目を瞑りながらレギュラスの言い分を聞いた。
「でもは帰らなかったし、むしろ僕と一緒に居てくれるんだね。……こんな風に、僕の願いをわかってくれてる。僕は全然を分かっていなかった」
「気にしいだね。俺だって、レギュラスのこと全部わかってるわけじゃない。仕事が忙しくて疲れているのだって、こんな風になるまでわからない。本当はもっと早くわかりたかった」
「そうしたら、やっぱりは来るのを減らしてしまうんじゃないの?」
残念そうな、子供みたいな声がした。そんなに俺といたいんだと思うとレギュラスが赤ん坊のように見えてしまうが、やはり少し違う。彼は俺に、子供としてではなく大人として甘えている。甘える相手はただ一人の俺で、それが出来る事はむしろ良い息抜きになると思う。
「もっと早くわかっていたら、泊まる準備をしてきた」
「———それ、最高」
もぞもぞと身体の位置を下にずらして、レギュラスと顔の位置を合わせる。
ふっと吹き出したレギュラスの息が、俺の頬にぶつかった。
「さ、早く寝て。明日も出勤なんでしょ」
「そうなんだけど、……どうしよう、眠れないかもしれない」
「どうして?さっき眠り過ぎた?」
「がいるから、わくわくして眠れないんだ」
思わずあはっと笑い声が出る。
「遠足前の子供か」
「どっちかっていうと遠足中だよ。駆け回る元気だってある」
「初めて来た公園みたいに?」
「そう」
思えば泊まるのは初めてだし、同じベッドに入るのだって当然なかった。
興奮しているニュアンスが子供っぽくて大変良いが、それも困りものである。
「じゃあもっと一緒に眠って、慣れてもらわないと。休まらないんじゃ意味がないし」
「ほんとう?また来てくれる?」
「うん。なんならずっといようか、無理しないように、いつでも会えるように」
あ、でもまって、と言いかけた所でレギュラスはがばりと起き上がった。本当に子供みたいだ。
ほんとう、とぱちぱちと瞬きをする様子が、間接照明の光に当たってよくみえた。俺はおちつけ、と言いながらレギュラスの腕を引っ張り再び寝かしつける。
「まだ一緒に住むのは無理かも」
「どうして……あ、学校から遠いか」
大学に行くのは実家からの方が近いことに気づいてレギュラスは沈んだ声を出す。
「そうじゃない。俺いま働いていないから家賃とか生活費が出せないし」
「そんなの要らないよ」
「居候はいやだし」
「でもここ賃貸じゃなくて、亡くなった祖母が住んでた部屋なんだ。だから僕も家賃は払っていない」
「え、そうなんだ」
「ねえ、他に問題は?学生だから生活費の捻出が難しいのはしょうがないけど」
レギュラスはやっぱりまだ眠たくはないようで、俺に嬉々として条件を尋ねた。
月々の家賃がなければ、同棲を始めることでさほど困ることはない。バイト代はためてある。
傍に居たいのは俺も同じ気持ちだ。
「問題は……俺の家族に挨拶に来て同棲を許してもらうこと———くらいかな」
「わかった、日にちを決めておいて、なんとしてでも予定開けるから」
あまーーーーい。
100万hit記念のリクエストで、レギュラスとハルジオンの主人公をいただきました。詳細が特に無かったので、続きで……よかったのでしょうか?
Aug.2016