忘れられた、
いつも唐突に誘ってくるシリウスが、深夜に電話をかけて来た。寝ぼけた頭でもしもしと電話に出ると寝てたのかと尋ねられる。あたりまえだろうが。今二時だよ。
今から迎えに行くから三十分後に暖かい格好で家の前なと言われて電話を切られる。うん、と返事をして携帯を持った腕を枕の下に入れてうつぶせになる。明日の休日は久々にバイトもないしごろごろしよう、と思いつつ微睡み、はっと起き上がる。
さっきシリウスなんて言ってたっけ……。
なんか迎えにくるみたいな事を言っていた気がする。今から何すんの。頭の中で散々文句いいながらも布団から出る。どうせバイクで連れ回されるのだろう、暖かい格好をしなくては。
ヒートテックとシャツ、ニットを来て上からジャンパーを羽織る。マフラーをぐるぐるに巻いて、手袋を鞄の中に入れっぱなしにしていたのでがさごそと探していたら、外でバイクのエンジン音がした。もう迎えに来た、早い、と思ったけどなんだかんだ俺は二十分も二度寝していたようだ。意識が無いって恐ろしいな。
「おせえ……」
「二度寝から目を覚ましただけマシだと思って」
携帯と財布だけは持とうと思って準備をしていたら少し待たせてしまった。言っておくけど急に誘ったのはシリウスであって俺はこれっぽっちも悪くないと思うんだ。三十分前に電話しただろって理不尽な事言われても困る。運転してる間寝てていいからって優しくされたって、布団で寝たいわ。
「どこいくの」
「一時間くらい飛ばしたところ」
ヘルメットを渡されたので装着しながら尋ねる。そんなにかかるのか。寝る自信がある。
寝てる間に振り落とされるなよ、と言われたので俺はいつも以上にシリウスに密着して抱きついた。腕でお腹を一周してがっちりと掴まれば、寝ても多少は理性が保てるだろう。
しかし苦しかったのだろうシリウスが、俺の手を少し揺するので手はいつも通り腰に当てるだけにした。仕方がないのでシリウスに頭だけを寄りかかる。これ以上文句は言わせない。シリウスも察したのか、大人しくバイクを発進させた。
どのくらい寝てただろうか、移動中ということは一時間は経ってないのだろうけど俺は目を覚ました。振り落とされていないことに安心して寄りかかっていた頭を上げるとエンジン音の向こうからシリウスの声が聞こえた。
「起きたのか」
「んー。どのくらい走った?」
「三十分くらい。まだ寝てていいぞ」
「ふあああ、わかった」
思いきりあくびをしてもう一度こてんと頭をもたげて、浅い眠りにつく。ガタガタ揺れる道も、ビュウビュウ吹き付けてくる風も、ゆりかごにも子守唄にもならないが、この眠気はなかなか覚めない。
うとうとしていたところで、エンジンの音が収まる。寝ぼけつつもバイクから降りてヘルメットを取る。
耳や頬が寒くて、少し頭が冷えたので目が覚めた。
シリウスがつれてきたのは、見晴らしのいい場所だった。いつの間にかどこかの山道を登っていたらしく、見下ろす景色の遠くに街並と、小さな山と、真っ暗な空がある。
なんでこんなところに、という問いは聞かない。だっていつもシリウスは、ここに来たいからという理由で動くのだ。直感で行動する人に理由を求めても仕方が無いし、理由を聞いたって俺の為になるわけでもない。
それに、自分の欲に人を付き合わせるけど、それで俺が不快になった事は一度も無かった。今度もきっと、(深夜に起こされたのは不快かもしれないけど)悪いようにはならないだろう。
「あの星見えるか」
「どれ」
「凄く光ってる星があるだろ」
指差したシリウスの隣に立って、同じ方向を見た。夜空に他の星よりも明るい星が見える。街でみるよりも、十倍くらい綺麗で、空気が澄んでいる。
昔は、空を飛んで、近い場所で星をみれたけどこんな風にわざわざ山に登るのも良いものだ。俺はバイクの後ろで寝ていただけだけど。
「あれがシリウス」
シリウスがまた星を指差した。
「シリウス?」
「そ、俺」
少しぼこぼこした地面に仰向けに寝転がる。
「ああ……星のシリウス」
「に見せたかったんだ」
「…………これ、プロポーズの練習?」
隣に寝転んで両腕を枕にするシリウスを、ちらりと見ると、シリウスもこちらに視線を寄越した。
「なんでだよ」
「いや、女の子にしてたら間違いなくイエスなシチュエーションだなって」
視界が全部星空になるなんて、生まれて初めてだ。
やっぱりシリウスはいつも俺を感動させてくれる。
「だったらどうする?」
「さあ、俺は男だからなあ」
はあ、と吐く白い。俺のうやむやな答えにシリウスは不満げにどっちだよ、と呟く。
俺は星空をうっとり、夢うつつに眺めながら答えた。
「でも、すごく綺麗だ……シリウス」
連れて来てもらえてよかったよ。ありがとう。と囁くように喋るとシリウスは何も言わない。
星空がちかちかと視界を瞬く。俺はもう半分くらい寝てて、目が開いてるのか開いてないのか分からない。もうどっちでもいいかな。ここで寝てしまっても死ぬ前にシリウスが叩き起こしてくれるし。ここで死んでも、きっと今までで一番マシな死に方だ。美しいものを見て、眠って死ぬんだ。
「もー、のっかんないで」
顔に息がかかったからシリウスがいるのだと分かる。
多分覆い被さってるのだろう。あたたかい吐息が俺の冷えた唇を湿らせる。
「」
「、」
シリウスは、俺の唇の上で小さく呟いた。塞がれたので返事はできない。一瞬で離れたので返事をしようとするけれどまた息が出来なくなる。鼻から声をだして、手探りで自分を覆っている身体を押すと、両腕をあっさりと地面に押し付けられた。
「ん……こら、シリウス……、」
顔を背けると、顎をがぶりと甘噛みされる。
「まだ寝るなよ……」
「死ぬ前に起こして……」
その言葉を最後に俺は口を閉じた。
朝、ベンチで目を覚ました。
「あれ、……うわあ……身体固まってる……」
見た事の無い部屋で寝ていた。ブランケット一枚しかかかってないけど部屋の温度は十分すぎるほど暖かい。此処は何処だろうと思いながら周りを見渡すと無人ペンションみたいだと気がつく。窓の外をみるとシリウスのバイクが置いてあって、俺が寝ていた向かいのベンチには黒い塊が寝息を立てている。
トイレを借りて顔を洗ってから自販機でホットコーヒーを二本買ってシリウスの肩を揺すった。
「シリウス、起きて」
「んあ、あーおはよう」
まだ少し眠そうな顔で少しだけ目を開く。コーヒーを買って来たよと言うと腕を掴まれて引き寄せられる。片方の手が俺の顔を撫でて固定した。肘をたてて体を少し起こしたシリウスの顔が異常に近いので、少し熱いくらいの缶コーヒーをぴっとりとくっつけた。
「ぅあっち!なにすんだよ」
「ごめん、だってシリウスが寝ぼけてるから」
シリウスは不満たっぷりの顔で少し唇を尖らせた。
「なんだよ、……昨日は」
「ああ、運んでくれたんでしょ、ありがとう」
「……覚えてないのか?」
「なにが?」
星が綺麗だったことは覚えてるし、だらだら喋っていたような記憶はある。しかし残念ながら会話の内容までは覚えてない。何か大事な話をしただろうか。
なんとなく顎を撫でて考えながら、ふと何かの感触が残っている気がして口を開く。
「あのさ、シリウス昨日俺の———」
「うん」
「顎噛んだ?」
「はあ?」
いやまさか噛むなんてことはしないだろう。
「犬に噛まれる夢を見たんだけど」
そう言うと、シリウスは俺の額を指で弾いてからコーヒーをふんだくる。
知らね。と言いながら缶コーヒーを一気に飲んでゴミ箱に乱暴に捨てに行ってしまった。
犬にはぐはぐされる夢だったと言う。
Sep.2013