harujion

shy

空席のない食卓

「やばい」

ふと思い当たって、鞄の中身や、ポケットをまさぐりながら呟く。隣の席に座っているビルはどうかしたのかと顔を上げるが俺は鞄をひっくり返して中身を確認することに必死で、ビルに答えられない。
「うそだろ……」
ようやく一通り探し終えて、見つからなかったことが判明した。肩を落としながら、ビルが心配げにこちらを見ていることを思い出して事情を話した。
「鍵、忘れたみたい」
へにょりと頼りなく指差した、中身が散乱した鞄。ポケットには携帯電話と財布しか入っていないことは確認済みだった。
「時間潰してから帰るか?付き合うよ」
「……今日ダメなんだ」
「まさか……」
俺は、ビルの問いにこくんと頷いた。
昨日から両親は旅行中で、帰ってくるのは明後日の晩。兄のセドリックは仕事の後に友人とオールするから帰らないと、昨日の夜言われていた。
明日は土曜日で、講義はないしバイトも入ってない。だからこそ夜遅くまでDVD観て昼までゆっくり寝ていようと思っていたのに。家にはいれないため、俺のささやかな贅沢はおじゃんになりそうだ。

「仕方ないから誰かに泊めてもらお……」
「じゃあうち来る?」
「え?ビルんち?」
携帯を操作しようとしたが、一番身近に居たビルが提案をしてくれた。
でもウィーズリー家は家族が多すぎて他人が泊まったら正直迷惑だと思う。あの賑やかな家は凄く好きだけれど。
「うちのみんな、またに会いたいって言ってたよ」
以前双子の誕生日パーティーにお邪魔して、家族との再会は一方的に果たしていた。変わることの無い、懐かしくて温かい空気に、どっと安心したことを覚えている。
フレッドとジョージはあれからメールまでするようになって、時間が合うときは会ったりもしているが、他の家族にはあれ以来会っていない。
「料理が美味しいって母さんのことを褒めただろう?また食べにこいってさ」
「ああ、そうか……でも突然行ったら迷惑になるんじゃない?」
「今から連絡すれば大丈夫」
ビルは携帯を持っている手を持ち上げて、軽く振る。さあどうする?と首を傾げてにやりと笑うので、俺もつられて笑った。

「泊めてくれる?ビル」
「勿論」








「こんにちは、
「お邪魔しますモリーさん」
が来るって連絡したらアーサーも早く帰ってくるって言っていたわ」
「本当に?光栄です」
今日は講義が午前中に二コマだけだったので、すぐに連絡をしたビルと昼食をのんびりとって少し寄り道してから帰宅した。おそらく大掃除をしてくれたのだろう、物は多いけど整頓されていた。
俺たちの帰りが早いから、まだ弟たちは帰っていないらしく、家は静かだった。ビルは自分の部屋を少しだけ片付けてくるからと、テーブルの前に掛けてお茶を出された俺は頷いて静かにしていた。

「おかわりどう?
「ありがとう、母さん……あ」
つい、母さんと呼んでしまった。いつも勉強をしているときに紅茶のおかわりを聞いてくれていた時と、今ではもうちがうのに。
恥ずかしくて、少しだけ寂しいような気がして、目頭が熱くなる。

「泣かないで頂戴、。私はとっても嬉しいのよ」
「すみま、せん、ホームシックというわけではないのだけど、モリーさんがとても母さんらしくてつい」
「私もね、のこと息子みたいだって思っていたわ。こんなに子供がいるのにまだ足りないみたいね」
うふふ、と恰幅の良い身体が笑って、知っている石鹸の匂いがふんわりと香る。
埋まってしまえば泣き出してしまいそうな気がしたから、モリーさんの柔らかい肩に手を置いて顔を上げた。
「ビルには、内緒にしてください」
「二人だけの秘密ね」
モリーさんのしっとりとした親指が、俺の目の下に垂れてしまったほんの少量の涙を拭った。
、お待たせ。部屋くるだろう?」
「うん、行く」

やがて、リビングへ降りて来たビルは、俺とモリーさんのやり取りを一切知らずに声をかけた。暫くビルのパソコンでおすすめのサイトを見たり、本棚にある本を借りて読んだりしていた。
その時、部屋のドアがとんとんと叩かれてビルが返事をすると、モリーさんがドアを開けた。
「ビル、悪いのだけどロンとジニーを迎えに行ってあげてくれる?私は買い物してきたいの」
「いいけど……、いいかい?」
「いいよ?」

申し訳なさそうなモリーさんとビルに、そんな顔をしなくてもいいのになあと思う。急に来て泊めてもらうことになったのだし、ロンとジニーにも会いたいし。
腰掛けていたベッドから立ち上がり、ビルの後ろをついて家を出た。小学校は歩いて十分もしない場所にあり、この辺の道を覚えながらビルと歩いた。
「ロンもジニーも、に会いたがっていたからなあ、喜ぶぞ」
「そうなの?」
「まあジニーはともかく、ロンは双子にさんざん標的にされていたからなあ、優しくて構ってくれるに安心するんだろ」
「ふうん。じゃあ今日はもっと可愛がってあげよう」
「そうしてくれ。ああでも、あまりやりすぎるとフレッドとジョージに泣かれるんじゃないか?」
「確かに」

取り合いにならないように出来るかなあと話していればもう小学校の前まで来ていた。門の前で待っていると、見慣れた赤髪を人混みの中に見つけた。

「ロン」

手を挙げて声をかけると、青い眸がこちらを見た。

!どうして此処に居るの?」
ぱたぱたと駆け寄ってくるロンに手を差し出せば何の躊躇いも無く握られる。小さな掌を包み込むようにして、以前より大きくなったとか、温かいとか、色々なことを感じた。
「今日は泊まらせてもらうんだよ、君の家に」
「わ、本当!?」
「ダメ?」
「ううん!何日だって居て良いよなら。代わりにフレッドとジョージを追い出したって良い」
ロンのジョークにふふふと笑っていると、後ろから腰に何かがぶつかって、抱きつかれていると気がついた。空いている手で犯人の頭に手をのせると、顔を見せてくれる。
「おかえり、ジニー」
「ただいま
にこ、と笑った顔が可愛らしい、我らがお姫様のジニーだ。
後ろにはビルも居て、説明したらしくジニーは俺が泊まることを知っていた。
家に帰ると、ロンが嬉しそうにテレビゲームを持って来た。一緒にやろうと言うことなのだろう。
ジニーはまずは宿題でしょうと呆れるけれど、ロンはそんな注意など聞かずに俺の手を引っ張った。
「宿題はいいの?」
「だって、今と遊ばないと後でフレッドとジョージに取られちゃう」
「そう?」
「そうだよ!」
ゲームの準備を手早くして、俺の両足の間にロンは座る。温かい体温の背中が俺の胸とお腹にぴったりとくっついた。

「よーし、勝ー負!!」








「これは夢か?」
「いや夢ではない、現実だ」
「「家に帰って来たら当たり前の様にが居る、現実だ!!」」
ロンとゲームをし始めてから一時間も経たないうちに、家には二つ分の足音がした。お揃いの服を着て、お揃いの顔をして、お揃いのバッグを肩から下げたまま勢いよく俺の背中に飛びついた。お腹に居たロンにどしんと乗りかかると、ロンが苦しそうな声を上げる。
「うげえ、もう帰って来ちゃった。はどうせ行っちゃうんでしょ」
「まだ行かないよロン」
ぶうと頬を膨らますロンの頭の上で顎をすりすりとこすりつける。
「「なんで!?行かないの!?」」
「行かない。手を洗ってうがいをして、部屋の掃除をして宿題まで終わったら二人のところに行くよ」
ったら、なんだかてきぱきしてる」
「まるで兄貴みたいだ」

双子は声を揃えたり、順番で喋ったり、うまい具合に会話に勢いをつけていく。

ロンと操作中のゲームを動かしながら、ぴいぴい騒ぐ双子を追いやっているとソファに座っていたビルはクスクス笑って、少し後から入って来ていた、パーシーが飽きれたようにため息を吐いた。
「おかえりパーシー。お邪魔してるよ」
「ただいま、いらっしゃい、泊まるんだってね」
「うん、お邪魔します。パーシーの勉強の邪魔はしないように双子を引き受けるよ」
「……そりゃありがたいね」
ふん、と鼻で息を吐くパーシーをビルは笑いながら小突いた。
「遊んでもらわなくていいのか?パース」
「!いつ僕が遊んでほしいっていったのさ」
照れているのか凄くムキになって、ずれた眼鏡を直しながらビルに怒鳴る。俺もビルもその様子にクスクスと笑ってしまった。
「〜〜まで笑うな!」
ロンとのゲーム対戦がもう一戦残っていたのではあい、とのんびり返事をしてゲーム画面に視線を戻した。

ゲームが終わったのと、双子がリビングに降りて来たのはほぼ同時だったけれど、その一瞬遅れでモリーさんが夕食の準備を手伝いなさいと子供たちに言いつけた為俺はビルと二人で部屋に上がった。
俺はお客様で、ビルはお客様のお相手なのだと言うことでお手伝い免除である。


ビルの部屋でのんびり過ごしていればチャーリーがアルバイトから帰って来たらしくどかどかと階段を上がって来た。ビルと同じ部屋なのでノックなしに入って来る。
「ビル、が来てるんだって?」
「ああ、お帰りチャーリー」
「おかえり、お邪魔してるよチャーリー」
「ただいま!いらっしゃい」
チャーリーはいつも満面の笑みで迎えてくれる。いつも元気な所は真似しようとしても真似できそうにない。
前見た時よりも身長が伸びている気がして尋ねれば、肯定されたけど逆に俺が全く変わっていないことを指摘される。身長はもうあまり期待はできないけど、もっと食べろよと歳下に説教まがいなことをされてしまった。
小食というほどでもないけど大食いではなく、肉もつきにくい体質なのだから仕方が無いのだと説明したけどチャーリーはうちのご飯を一杯食べればなんとかなると太陽の様に笑った。でも少しは話を聞くことを覚えてほしい。
「なんだかには世話を焼きたくなるんだよな、みんな」
「ああ、そう……」
夕食の準備を手伝うように言われていたらしくチャーリーも部屋を出て行ってしまい、ビルはぼそりと呟いた。俺は曖昧に頷いておいた。
みんな心のどこかで弟だと思っているのだろうか。だとしたら、くすぐったくて、あったかい。

夕食が出来上がる少し前にアーサーさんが帰宅し、俺に挨拶をしにビルの部屋を訪れた。こんなに歓迎されるとは思っていなかった。初めてこの家に来たのは双子の誕生日会で、それ以来一度も来ていないというのに皆温かく迎えてくれる。しかし前世でハリーが家に来たときもわちゃわちゃしていたのでこんなもんなのかもとも思う。
家族だった記憶がある身としては、非常に嬉しいことなのだけど普通の人だったらてんやわんやになるだろうと想像した。
きっといつかハリーとロンは友達になってこの家に来ることになるのだろう。どちらも弟のように思っているから仲良くなってくれたらとても嬉しい。
食卓はただでさえぎゅうぎゅうなのに大人一名追加ということでいつも以上にぎゅうぎゅうだった。やっぱり俺は双子の間に座らされて、ちょっとロンは不満げにしているけれど俺はこの席が良いので今回はロンをフォローしなかった。

「みんな、そろったわね」

モリーさんがそう言って、ぐるりと皆の顔を見る。俺もぐるりと見渡した。
ビルの隣にジニー、パーシー、それからフレッドがいて、俺をはさんでジョージ、その隣にロンとチャーリーが続いて父さんと母さんがにこりと笑う。こうして、ウィーズリー家がテーブルを一周した。このときだけは、俺は前に戻れたような気がした。
誕生日会のときは立食形式だったからこんな風にみんなでぐるりと食卓を囲うことはなくて、俺からしたら二十年ぶりくらいなのだ。
橙色の優しい光に照らされた、血のつながらない、けれど魂の繋がった家族。父さんと母さんと口にすることのない両親は、傷一つない笑顔を浮かべていて俺はそれだけで幸せなのだ。
これが俺の望んでいた未来だったのだから。


チャーリーとアーサーさんは食事中何度も、俺におかわりを勧め、その都度もうお腹いっぱいなのでと断った。フレッドとジョージが親鳥の様に俺の皿に勝手に食事をのせて行くのでこれ以上食べられないのである。

「ちょっと、もういいってば」
「「駄目だよ、もっと食べないと!」」
前はよく面倒くさければ食事を抜いていたし、好きな物ばかり食べていたからか、二人はよく俺の世話を焼いた。しかし今では毎食食べているし、料理も好きになって来たのでそこまで面倒くさがりではないのだ。
「おなかいっぱいだってば……夕食の後すぐ寝て良いの?」
「おっと、それはいけない」
は俺たちとまだ遊んでいないからな」
フレッドとジョージとはまだあまり話せていなかった。
二週間くらい前に三人で遊園地に行ったから誕生日会以来会う他の兄弟たちとは違うはずだけど、やっぱり俺たちは一緒に居られるときには一緒に居たいのだ。
こんな風に生まれ変わって、いろんな人と幸せに暮らせる世の中になって友達が沢山できた。みんなのことが好きだけれど俺はやっぱり誰よりも二人が大好きだと実感した。
手を握れば、俺とは大きさが違うのに一番しっくり来る。
抱きつかれれば、二倍の重みで一番重いけど、ほっと安心する。
両脇からいっぺんに、隙間が無いくらいくっつかれるのが好きだ。

食事を終えればフレッドとジョージは俺を部屋に連れて行った。同室のロンはパーシーに監視されながら宿題とにらめっこだとフレッドが笑いながら教えてくれて、ジニーも同じ部屋らしいけれど、モリーさんと一緒にお皿洗いをしているのだとジョージは言う。
それから色々くだらないことを話した。
魔法を使えなくともイタズラを沢山している二人に知恵をかしたり、分からない宿題を手伝ってあげたり。同級生の話を聞くのも楽しい。
普通のサイズのベッドに三人で並んで寝転がって、ぎゅうぎゅうになったけどこの窮屈な感じが懐かしくって温かいと思った。
やがてお風呂に案内される。さすがにフレッドやジョージは一緒に入らないけど、ジニーが一緒に入ると申し出た。まだ十歳にも満たない子供だけど、よそのお家の女の子と入るのはいかがだろう……と微妙な面持ちをしていると、お客様なんですから一番風呂を一人で堪能するの、とモリーさんが止めてくれた。
よもや本当にそんな理由ではないだろうけれど、ジニーは納得をして俺をお風呂に送り出してくれた。

フレッドもジョージもお風呂には一緒に入らなくて、そのときだけは俺と二人で会話をした。話の内容はフレッドだったらジョージの話、ジョージだったらフレッドの話だ。二人の知らない一面を知ることができてなんだか楽しい。
やがて夜も更け、モリーさんが客間を準備してくれた。大家族なのにベッドを一つ明け渡すのは大変だろう。ロンなら小さいから二人一緒でもいいかなと思ったけれど大人の女性としてそうはいかないらしい。
俺も彼女の性格を知っているし、もてなしを断るのは失礼だと思ったのでありがたくベッドを借りた。

しんとした夜中、窓の向こうには月明かりがぼんやりと見えた。
自分の家とは違う匂いだけれど、懐かしくて安心する匂いは遠い昔の自分の家の匂いだ。毛布に包まれて、マットレスに沈む感覚、一人の部屋で自分以外の息の音が聞こえないのはいつものことのはずだけど、香りが違うだけで俺はウィーズリーの家の一員になったような気持ちになった。フレッドと、ジョージの寝息が聞こえないことに不安を覚える。
その時足元のドアが開かれる音がして、俺は起き上がる。懐中電灯の光が、俺の手元をぼんやりと照らした。
「フレッ……」
「「しーっ」」
フレッド、ジョージ、と呼びかけようとした所で、焦った二人に言葉を遮られる。
小さな声で呼び直して、どうしたのかと尋ねた。

「「、寂しいって思ってただろ」」

自分の分の枕と毛布を抱えて、二人は決して大きいとは言えない俺の居るベッドにのし上がった。

「なんか眠れないんだよね、がうちに居るのに傍に居ないって」
「それに、寂しい気がしたんだよね、の気持ちが伝わったのかな?」
二人は俺の答えなど聞かずに掛け布団をめくって足を差し込み、俺の枕の隣に持参した枕を置いた。両方から手が伸びて来て俺はあっけなく枕に頭を押し付けられて仰向けに寝転がる。二人の腕は俺の胸の上に乗った。

「「久々に一緒に寝ようじゃないか」」

俺は暗闇で見えないのを良いことに、ふにゃりと笑った。
巻き付く二人の腕に手をそっと添えてお休みと呟けば、両方からスピーカーの様に囁くお休みの挨拶が聞こえる。
至近距離のそろった寝息に、かつて母の腹の中で聞いたのであろう二人の心音を感じて、安心しきって眠りに落ちた。

顔に朝日が差し込んでも三人でぐっすりと眠って、ビルが起こしに来たときにカメラで撮られたシャッター音に、俺たちは目を覚ますのだ。





リクエストです。ウィーズリー家でほのぼの系、お泊まりとかおでかけとか。ということでしたのでお泊まりで。全員出すのが凄く大変で、なかなか会話に入っていない人がいたりて……己の力量があらわに……!
結局は双子メインなのです。ただ最近主人公のショタコn……いえ、弟愛が進んでいるのかロンを可愛がりつつあるのでちょっとそこは戻さなければと思い直しました。
20131011