harujion

shy

シオン

三回目に生まれた場所は、一回目と同様の普通の世界だった。でもその世界にハリーポッターという作品は存在しなかった。
俺の今の容姿は一回目と同じだった。ブロンドの髪に、グレーの眸。体格も体質も寸分変わらず成長した。身長が伸びるタイミングまで同じだったから逆に怖かった。
でも、名前は一つ目の名前ではなくて、二つ目の名前、だった。
「おはよう、
俺には兄がいた。それは、かつて同級生だった男、セドリック・ディゴリーだった。生まれたときにまさかとは思っていたけど、兄は大きくなるにつれてどんどん俺の知っているセドリックに近づいていった。
洗面所で顔を洗いタオルで拭き鏡を見ていると後ろにひょっこりとセドリックの顔が覗く。
「おはようセドリック」
「今日は大学に行くんだろう?」
「うん、データまとめないといけないから」
歯磨きをしながらセドリックは鏡から俺を見て問いかける。本当は今イースター休暇で暫く授業はないのだけど、俺は論文の途中なので大学に行かなければならなかった。セドリックにいたっては仕事なのでイースター休暇もくそもない。出勤だといってスーツを着込んでいる。
「ああ、、そろそろ誕生日じゃないか、何がほしい?」
「え?別に良いよ」
「毎年何も欲しがらないからプレゼント考えるのが大変だよ」
「いや、プレゼントなんていいのに」
プレゼントはそりゃ純粋に嬉しいけど、欲しがる歳でもないし物欲もあまりないから毎年任せている。くれなきゃくれないで良いし、くれたら大事にするから何だって良い。
「誕生日は大切にしろよ、
「…………」
「せっかく、……前と同じなんだからさ」

こつん、と俺の額を小突くセドリックは捲くっていた袖を直しながらリビングへ行ってしまった。



俺の誕生日は四月一日。フレッドとジョージと、ハリーポッターの世界で生きていたころの俺と、同じ誕生日。何故セドリックが前と同じだと言ったかというと、セドリックにも前世の記憶があったからだ。
小さな頃俺を楽しませるため話して聞かせた魔法の話は、まぎれもなくホグワーツ時代のことだった。

、僕は実は魔法が使えたんだ』
『ほんと?』
『ああ、魔法学校にも通ってたんだよ?』
『なんて学校?』
『ホグワーツさ』
———不思議だよね、夢のなかで僕は魔法使いだった。
と笑ってみせたセドリックの顔は子供の癖に大人びて見えた。
それから俺達は記憶を共有し合った。俺の事情も教えたし、セドリックが死んだ後の話を聞かせたし、俺の死に方も教えた。俺の死に方に関してセドリックは少し俺を叱ったけれど、フレッドを守れてよかったねと頭を撫でてくれた。俺はその手にほっと胸をなでおろした。

この世界には、俺の知っている人はセドリックくらいしかいないと思っていたけど、ちがった。二回目の人生で触れ合った人たちや、触れ合っていないのに知っている人たちが驚くほどたくさん生きてた。
だから俺は赤い髪の人に出会っても、驚かなかった。


「やあ、ビル」

一番上の兄だったビルは、大学の同級生だった。同級生が兄だったり、兄が同級生だったりはちゃめちゃだ。

「熱心だね、は」
「そんなことないよ」
「普段は面倒くさがりなのに」
「まあね……」

ビルが差し出したブラックコーヒーを飲み下し、パソコンの前に座りファイルを開きデータをまとめる作業に入った。
「そろそろ終わりそうかい?」
「あー……明後日くらいには終わると思う」
カタカタ、とパソコンのキーボードを叩く手を止めず、後ろから話しかけてくるビルに返事をした。ビルはビルで論文の仕上げをしているらしい。
二杯目のコーヒーは俺が用意をした。ビルのデスクに近づきポットを掲げると、ビルは手を止めてカップを差し出す。ありがと、と呟き微笑むビルに俺もこくんと頷く。
「明後日か……俺も丁度そのくらいになりそうだなあ」
壁に寄りかかりながら首を回しつつコーヒーで休憩を入れる俺と、腰を伸ばしてコーヒーの匂いのするうめき声を搾り出すビル。
「そうだ、丁度良い」
「え?」
「明後日、うちに夕食食べに来ないか?」
「どうしてまた……」
ビルと外で食事をしたことはあるけど、ビルの家に食事に行ったことはない。
「弟たちの誕生日なんだ、その日」
「四月一日?へえ」
弟たち、ということと、四月一日ということを踏まえれば容易に想像ができた。フレッドとジョージだ。
「いくつになるの」
「十四歳」

フレッドとジョージには一度会ったことがある。
大学にビルを訪ねてきた時、ちょっと挨拶をした。
「俺が行ってもいいもんなのかな、弟の友達は?」
「いや夜は家族しかいないよ」
「そう……って、家族の中に俺が入ってもいいの?」
「ああ!もちろん」
なんだか、その言葉が嬉しくて俺はつい是非と頷いた。
家族みんなに会いたいと思っていたから、会える機会ができて良かった。でもその反面、少しだけ怖いと思った。
だって、フレッドとジョージは俺のことを覚えていない。

腕を組まれて挟まれるあの距離は嫌いじゃなかった。
両方からスピーカーみたいに聞こえる楽しそうな談笑は嫌いじゃなかった。
俺が眠い時に伸びてくる二人の腕は、きっともう俺には伸びてこない。



「馬鹿だなあ、俺」
「どうして?」
夕食後の片付け中、セドリックが洗った皿を拭きながら俺は呟いた。セドリックには双子の誕生日に夕食に誘われたことを言うと良かったじゃないかと言っていた。
「会いたいとは、思ってたけど」
「うん」
「やっぱ、会いたくなかった」
「皆が、のことを覚えてないから?」
「ん……」
セドリックは苦笑いを浮かべた。
はフレッドとジョージを命懸けるほど愛していたんだもんね」

セドリックの泡のついた指先が俺の鼻先にちょんって触れた。俺の鼻に泡がつき、慌てて布巾で拭いながらセドリックを見上げる。

「今からでも断わろうかなあ……俺も誕生日だから家族と食事に行くことにしたとか」
「いや、一度受けたんだから行っておいでよ……それに、……僕は思うんだ」
「うん?」
「フレッドやジョージは君の事を忘れたりなんかしないよ」

泡はすっかり流されて少し濡れた手が俺の髪を撫で付ける。俺のほうが精神的には年上だけど、兄だからなのか彼は俺を子ども扱いする。ほんの少し濡らされた前髪を整えながら、俺は部屋へ戻った。

ビルの記憶がないとか、俺の容姿が違うから気付かないとか、端から期待はしてなかった。むしろ当然のことのように思ってた。でも双子は俺の中ではやっぱり特別だった。だから、きっときつい思いをするんだと思う。

会いたい気持ちはあった。十四歳の誕生日を祝ってあげたかった。

セドリックが言った、俺のことを忘れてなんかいないという淡い希望を胸に、とうとう四月一日になった。
カタカタとキーボードを打つ手はいつもよりも遅い。でも余裕で夕方には終わってしまった。
ビルは俺よりも少しだけ早く論文を終えていてコーヒーを啜りながら俺を待っていた。
「終わった?」
「うん、お待たせ」
「いや全然大丈夫だ」
そういってビルは携帯を耳にあて、電話をし始めた。暫くして受話器から聞こえてくるのは、くぐもっているけれど多分ママの声だ。
今から一人つれて帰るからという会話を聞きながら、大学を出た。パチンと携帯を閉めて、ウィーズリー家に行くためにバスに乗った。普段乗らないバスにぼんやりと揺られる。

「そういえば、俺プレゼント何も用意してない」
「気にするなよ
「でも、拗ねないか?」
「そんな子供じゃないって……それに俺からはプレゼントやるし」

ぱんぱん、と肩を叩かれて、バスを降りた。バス停から家まで、五分とかかからず家の前に着く。表札にウィーズリーの文字。とても懐かしい字面に人知れず胸が震える。

「ただいまー」
「おじゃま、します……」

ビルは俺をつれて戸をあける。ずかずかと家の中に入っていくビルにおずおずと続きリビングへ行くとすでに夕食の準備は始まっていた。
ちょこちょこと動き回る子供の姿や、ソファに沈み込んで本を読む少年の姿が目に入る。
皆総じて、赤い髪の毛で、俺の記憶の中の皆と変わらない。

(ああ、元気にやっているみたいだ)

「あら、いらっしゃい」
「ビルから話は聞いてるよ、
ママとパパの笑顔がふわりと向けられる。オレンジ色の灯りも、ママの焼くケーキの匂いも、この五月蝿さも、全てが懐かしい。
「「ビル帰ってきたんだって!?」」
「ああ、ただいま」
どこかで、懐かしいハーモニーが聞こえる。
「プレゼントは?」
「連れてきてくれたんだろうね?」
「ああもちろん……おーい、!こっちこっち」

部屋の奥からビルが呼びかける。ビルの隣には2つのそっくりな顔。
「「!」」
そばかすだらけの顔した赤毛の双子が声を揃えて俺の名前を呼んだ。
奥歯をきゅっと噛み締めて、笑いかけながら近づく。
「誕生日おめでとうフレッド、ジョージ」
「「ありがとう、、君もね!」」
「え?」
俺の誕生日が今日だって教えただろうか。ビルに、教えたのかと尋ねると首を振る。そもそもビルも俺の誕生日をしらなかった。(そういえば教えてない……)(何で言わなかったんだよと怒られた)

そのときビルは小さな子供(多分ジニー)に呼ばれて俺から離れて行ってしまい、俺達三人は部屋の奥に取り残された。家族達の賑わいがほんの少し遠くに聞こえる。

「やっぱり、なんだね!」
「ああ、だ!」

俺よりも少しだけ小さいけど体格は良い二人が、俺を挟んで腕を絡めてきた。
この感触、凄く懐かしい。

「ど、して……」

唇が震える。耳の下がぎゅうって痛んだ。

「たとえ髪の毛の色がちがくたって」
「たとえ眸の色がちがくたって」
「「たとえ、歳が離れてたって」」

二人はいつものように交互に喋ったり同時に喋ったりして、俺を見上げた。

「「俺達は三人で一人じゃないか!」」

両手を取られているから顔は隠せない。ぼろぼろと零れ落ちてくる涙をキャチしてくれたのはフレッドとジョージの手だった。

「泣きたいのはこっちのほうだよ!」
「今まで会いに来てくれないなんて!」
「っ、うん、ごめん……」

子供みたいに泣きじゃくっている俺を、双子はぎゅうぎゅう抱きしめて慰めてくれた。

(セドリック、見事に当たりだよ)

「「さあ、、おはようのキスをしよう!」」

あんなおやすみのキスが最後じゃたまったもんじゃないからね!と笑った双子に、俺はますます泣き出してしまったのだった。





転生で現代パロってやつです。記憶あり→主人公・セド・フレジョ。です。やたらビルとセドがからんできました。フレジョ最後だけ……すいません。
主人公救済話を書いてくださいとの声をいくつかいただきまして、こうやって書いてみたんですが……どうでしょう、大丈夫でしょうか。セドリックが年上なのは早くに死んだからってしょーもない理由ですが、主人公とビルは同い年です……。
Sep.2011