harujion

Last Memento

feel

犯罪の記憶は無いけれど、決意の記憶はしっかりと胸にあった。
それだけで、俺は一生外に出られないという事実を受け入れられた。正直、罪悪感はなくて、責任をとるという概念も無い。そしてあまりにも緩い生活を送っていた為、奇妙な気分になった。
Lに聞いてみたら、死刑囚と同様に、健やかに暮らしてもらうと言われ、なんとなく納得した。
こういう怠惰な生活を求めて罪を犯す人間もいるんだったな、とこっそり考えた。

生活は退屈だったが、Lと一緒に過ごしているため、本当の監禁よりも幾分かマシだろう。
それに、月がキラにならなかったことや、おそらくずっと憑いていたであろう死神が居ない事、ノートからの解放を思えば、俺はとても幸せだった。
本を読んだり、時々Lとくだらない話をしたり、暇つぶしに与えられた楽器を奏でてみたり、人間らしい行動はするものの、まるでLに飼われる猫のように一日中のんびりしていた。心が病むことはなく、むしろ穏やかな日々は俺を癒し、Lの言う通り健やかに生きた。
ところが、嘘をつくために精神をギリギリまで切り詰めていたらしい俺は、心が中々動かなかった。事件が終わっても、生きていることに幸せを感じてはいたが、些細な事に一喜一憂することができない。Lが戯れに唇を合わせて来た時も、薄い色と形をしたそれが近づいてから離れたのをぼんやり眺めているだけだった。ケーキを食べていたから当然そこは甘くて、ただそれだけの感想を零した。嫌悪感がないことに、内心でここまで心が死んでいたのだろうかと思わされる。
反応がない俺に、さすがにLも首を傾げた。接触を嫌うことは知っていたからだろう。
「あなたには何をされても良いと思ってる」
俺の狭い世界にいるLは絶対的な存在で、俺は彼に何をされても良いと認識していた。
「俺には、あなたしかいないから」
そう言った俺の唇をもう一度Lは塞いだ。先ほどの撫でるような触れ方ではなく、紛れも無くキスと言えるもの。目を瞑って受け入れたので余計に唇の感触や呼吸を感じた。心臓の音まで伝わってきそうだったけれど、胸が触れているわけではないので、きっと自分の心臓の音を聞いていたのだろう。

あれからLは、俺に時々キスをするようになった。意図がよく分からないけれど、もともとよく分からない人物だったから、察するのはあきらめた。多分、俺の反応を見ているか、単なるきまぐれだと思う。
ふいに俺の所に立ち寄って隣に座ったかと思えば、ゆっくりと手が伸びて来て抱き寄せられたり、頬を撫でられたり、キスをされる。愛玩動物のような扱いだと感じながら、その度にLのか自分のか分からない心臓の音を聞いていた。いつしかその心臓の音が心地良いと感じるようになって、心が生き返ったように思う。もちろんそれは、触れ合いだけが功を奏したのではない。俺が人間で、人間は生きるもので、心は動くものだからだ。
項を舐められた時に、ひっと声をあげた日は、Lもそれを感じたらしく俺をじっと見つめた。
「人間らしくなりましたね」
「人間らしくって……今まで何だと思ってた?」
「死神もいるのですから、天の使いかと」
「キラはそう言う設定かもね」
揶揄されているように感じたが、いかんせん表情が読めない。でもその答えに俺はふんっと鼻で笑う。
多分Lは今まで俺の存在に違和感を感じていたのだろう。思い返せば俺も、少し人間離れしていた自覚はある。なにせ未来を知っていて、死ぬと覚悟をしていたからだ。そう言う人間だったから、おかしな雰囲気はあったのかもしれない。
「ただの人間だよ」
舐められた項を掌で抑えて拭いながら俯いた。
がっかりしただろうか。興味が無くなっただろうか。もう、反応を見る事は無くなるだろうか。
ふいに心配してしまった思考に、息を詰めた。
———まさか心が生き返っただけではあきたらず、想いまで生まれることになるとは。
どうかしたかと問いかけられて答えずにいたら、顔が近づいてきた。
「あ、」
つい、反射的にLの口を抑えてしまう。
らしくない……否、人らしい自分に気づいて、手を放した。ゆっくりと離れて行くそれをLは握って、俺の唇を奪う。
いつもみたいに目を瞑って身を委ねたけど、顔が離れて行くまで落ち着かなかった。ぼうっと目を開けるとLの唇が見えて、なぜだか見てはいけない気がして目をそらした。今まではどこを見ていたのだか思い出せない。
Lは俺の事を気にした様子もなく部屋を出て行ってしまったから、結局取り繕う必要は無くなった。


聡いLは俺が触れ合いに対して、少し構えてるようになったこともわかっているだろう。それなのに、むしろ触れるのが頻繁になってきていて、俺は内心戸惑っていた。胸に生まれた想いを隠せるとは思っていないけど、極力出したくなくて、記憶にはないが過去培ってきた精神力をなんとか駆使して、黙って受け入れることには成功している。
諦めにも似た甘受だったはずが、そこに欲を孕んでどうしようというのだろう。自問しても、自答はできなかった。

初めてのキスを、本人は『結構な嫌がらせ』だといった。それに俺は、何をされても構わないし、嫌がらせだとは思えない事を伝えている。だからこれは嫌がらせとして効果はないはずだった。でも、今では本当に嫌がらせとしての効果があるように思う。
この触れ合いに、喜びや羞恥を感じるようになったからこそ、嫌だった。

ある日、俺はとうとうLを拒んだ。
顎を支えていた指先は顔を背けるとすべって首筋に流れ、吐息は唇ではなくて頬にあたる。
「や、やだ」
「……いやですか」
「苦しい」
顔を両腕で覆い隠して、身を引いた。けれどソファの背もたれがあるので、横にずれるしかできず、さほど距離はとれない。
「なら少し優しくします」
「ちがう、胸が……いっぱいになって、ドキドキして、締め付けられて、辛い」
告白まがいな本音を吐露するのを、Lは黙って聞いていた。ガードしていた腕の隙からLの顔をのぞけば、きょとんとしている。こんなことを言っているのだから、きっと俺の顔は赤くて、頼りない表情をしているのだろう。あまりにも脆く崩れた俺に、Lは驚いているのかもしれない。
Lが先ほど俺の顎をとらえていた手は力なく落ちていて、俺はそれを掴んで胸に抱いた。
そして、初めて自分からLに唇を重ねる。
触れた事を確認してから押し付けるように身を乗り出した。倒れるような柔な人じゃないから、気にせず体重をかけて、いつもされるような愛撫を繰り返す。最後にちゅっと音を立てて口を離すと、濡れた息がもれた。
「わかる?」
自分の心臓の上に押し付けたLの掌を撫でる。
あいかわらず不健康で大きな目は俺をじっと見ていた。
「———俺、死んじゃう……」







DOKI×2で壊れそう1000%LOVE的な。
12 June 2015