harujion

Last Memento

mission failed

校門を出たあたりで、月が佇んでいた。その手には、黒いノート。
「月……」
数ヶ月前、本棚にあった不思議な漫画の通りの光景に、俺はさあっと血の気が引くのを感じた。

月はおそらくまだそれをきちんと読んでいないのに、俺の前からさっと隠して何気ない顔をして鞄の中にしまってしまった。
「誰とも約束してないなら、一緒に帰ろう」
「うん」
ぽんと肩をたたいて隣を歩き出した月に、俺はぎこちなく頷いて追いかけた。
家に帰って着替えたあと、リビングでテレビを観てた俺は、月がデスノートを使ったのを確認した。テレビには新宿の通り魔が幼稚園に立てこもった中継がされている。
漫画の通りに、犯罪者は死亡した。
「月ー六時二十五分よー。今日は塾の日でしょー」
「あ、ああ。今支度してるとこ」
階段で母と月が会話をしているのを聞きながら、俺はテレビの電源を切った。

そして、月がノートを拾ってから一週間が経った。
近頃の月は食欲もなく憔悴した様子だ。そして、俺もどうしたものかと悩み体調を崩していた。月にくらべて俺は貧弱なので、あっさりと熱を出した。
登校前に月は俺を見下ろす。相変わらず俺に甘くて、ちょっと鬱陶しい兄だった。
それなのに、影では何百人もの人を殺して、どんどん狂って行くんだ。ただのプライドが高く負けず嫌いの変な兄に戻ってほしい。
じっと月を見つめると、きょとんと首を傾げた。
「寂しいのか?」
「……」
答えられなかった。
「月、アイス買って帰ってきて」
俺の米神を撫でる指先をにぎって、誤摩化すように頼むと、月はちょっと落胆してから、わかったと微笑んだ。

昼間、月の部屋に忍び込み、机の引き出しをそっと開く。一番上にノートがあった。そっと触れてから部屋を確認したが死神の姿は無い。
これからどんどん、ノートを見つけづらくなる。
どんどん月が狂い、人が死ぬ。

たかが一冊のノートに触れるのが怖かった。じわりと涙が目に浮かぶのは、熱の所為かもしれないけれど。
ノートをぎゅっと胸に抱いて、詰めていた息を吐き出す。
「燃やさないと……」
月が引き出しの二重底に隠したときでもよかったが、俺は今このチャンスを逃したくはなかった。
母はさっき買い物に出た。今なら外に出ても大丈夫だ。
急いで着替えて、火種を持って出かけた。
身体が重くて熱い。
もしかして俺は眠っていて夢を見ているのかと思うくらい、足は進まなかった。

やっとの思いで、人気の無い雑木林に来た。月が漫画の中でノートを燃やす実験をした所だ。


俺はノートを燃やした。
火を近づければ容易く引火して、ぼうぼうと熱気を放出しながら燃えて行った。地球上にある物質ではないからどの程度燃えるのか知らなかったが、ニアがあの倉庫で燃やせたように、俺にも燃やす事が出来た。

熱風を浴びて暑かったけれど、ノートが燃え尽きるのをじっと見ていた。
俺はノートを使った訳ではないし、もともと死神のノートだと知っているから記憶が消えるという事は無かった。
カスも残らず消えた場所には焦げた跡のみで、俺は重たい身体を引き摺って家に帰った。

家に帰ってもまだ母は帰宅しておらず、俺はパジャマに着替えて布団に潜り込んだ。
燃やしたという達成感と、未来に対する恐怖がせめぎあう。布団の中に潜り込んでこっそり泣いた。でも、もう泣いてもどうしようもない。
リュークの暇つぶしの道具は俺が燃やしてしまった。
ノートが処分されたのにリュークは気づいただろう。
俺がやったと知ったらどうするだろう。
想像もできない。それでも月がノートを持っていることが耐えられなかった。

不安で、買い物から帰って来た母のいるリビングのソファで一緒にテレビを観て気を紛らわせた。
熱あるんだからベッドで寝てなさいと一度は言われたが、暖かい格好をしていることを条件に許してくれた。
「月まだかなあ」
「あら、なんで?」
「アイス頼んだんだよねえ」
月の姿を確認したいとは言えない。
「またあんたは……」

一時間後には粧裕が帰って来て、毛布にくるまっている俺を見るなり笑っていた。
それからまた三十分後、月は帰って来た。
よいしょ、と軽く声をあげて毛布をソファに置いたまま立上がると、雑誌を読んでいた粧裕がきょとんと顔を上げる。
くんお兄ちゃんにだけお出迎えなの?」
「アイスをお出迎えなの」
「あっずるーい!」
ビニル袋を持っている音と、ただいま、という声にひょっこりとリビングから顔を出す。俺の背中に粧裕がぴったりくっついて、一緒に月を見に来た。
「なんだ二人して」
「おかえり月」
「おかえりお兄ちゃん」
にこっと笑ったのは、アイスが楽しみだからじゃない。死神の姿がなかったことと、月が帰って来たからだ。
もし死神が居たとしても見えないだろうけれど。


(パターンA:ノートを燃やす。)





キラが世間に浸透するのはあっという間だった。そしてあっという間に月は大学生になって、急に派手な彼女を連れて来た。かと思えば、『同棲を父に反対されたから、家に帰らず連絡も取れないようにしておく』なんて電話を入れてきた。

にはなんの連絡も無い?」
「え、ないけど」
月が行方不明になってから一週間が経った頃、母は心配そうに俺に尋ねた。
「連絡とれないようにしておくって言ってたじゃん」
「でもほら……になら月も連絡入れるんじゃないかしら」
「お兄ちゃんブラコンだもんねえ」
ポテチを食べながら粧裕も笑った。確かに月は俺を結構可愛がっているが、監禁されていると思うのでそれどころじゃないだろう。
「そういえばくんどこ行ってたの?」
「散歩」
先ほどまで出かけていたので粧裕に問われる。あーんと口を開けると粧裕はしょうがないなあと笑いながらポテチを一枚口に入れてくれた。
ぱりぱり食べながら、俺はリビングから出て部屋に戻った。

月が埋めて隠したノートを探しに行っていたのである。ゆくゆくは海砂が拾って、リュークが降りて来ることになるので手袋をして触らないように心がけて探した。
一週間に一度ゆっくりじっくり探して、ようやく見つけたノートには海砂への手紙が入っていた。それを元通りの場所に戻しながら、俺はなるべく綺麗にノートを一枚切り取った。当分海砂が使う事になるから、一枚切り取られていてもおそらく怪しまれないだろう。

暫くすると月は連絡を入れてきた。きっとLを殺したのだろう。
しかし本当に海砂と同棲を始めるらしく、家を出て行くことになった。
……」
去り際、彼女と同棲を始めるくせに月は未練がましく俺を見つめた。
「なにさみしがってるの」
「いずれ帰って来るから……」
熱い抱擁を受け、どん引きしながら見送った。いずれ帰って来ると言うのは、世界を手に入れて帰って来るということだろうか。
たしか月は海砂のことをあくまで目としてしか使っていなかったことを思い出した。
「……どうしたの?」
可哀相な海砂をじーっと見つめると、きょとんと首を傾げていた。
「も、もしかして海砂のこと」
「そんな訳ないだろ!」
真っ先に否定したのは月だった。
俺はしっしっと手を振って二人を見送り、粧裕を連れてリビングに戻った。
くんも海砂さんみたいな人が好みなの?」
「全然」
「ふうん」 
粧裕にちょっと揶揄されたが、俺が無表情で答えればすぐにその話題は終了した。

四年後、粧裕が誘拐される筈だったのだが何故か俺が間違えて誘拐された。トイレに連れて行ってもらうまで俺が男だと言うことはバレなかった。日本語が分かるのはメロだけなのか、俺にお前は誰だと聞いたのは多分メロだった。チョコレートを食べているような音がする。
「夜神
『次男か。じゃあ、まあいいか』
「はあ、どうも」
ぺろぺろ、と何か舐めている音とともに、通信はぶつんと切れた。
それから暫くして父がノートと俺を交換してようやく救助された。誘拐されたのが粧裕じゃなくて良かったのだが、心配した粧裕がちょっと過保護になった。
父はその後警察を辞めて家でゆっくりと過ごしていたが、ある日復帰すると言って家を出て行った。
それから、無言の帰宅を果たした。
アメリカがキラに屈するというニュースが流れていたが、とてもどうでも良い事だった。

月は年末に一度だけ家に帰って来た。
「いずれ帰って来るって言ってたのは、いつになるの?」
俺が問うと、月の目にほんの一筋光がさした。四年前みたいに熱い抱擁が俺を襲ったが、懐かしさと、少しの安心感に引くのを忘れていた。
「やだ、お兄ちゃんったらまだくんにべったりなの?」
リビングから顔をのぞかせて笑った粧裕を振り向くと、月も苦笑しながら俺から離れた。
「だって僕の一番は昔からだったから」
「海砂さんに言っちゃうぞ」
「ははは、勘弁してくれ」
多分海砂とはもうほとんど会っていないだろうが、月は否定しなかった。
ぱっと手をあげて粧裕に笑ったあと、月はこっそりと俺に耳打ちをする。
「もうすぐ帰る」
「海砂が泣くな……」
ふっと笑って、月を見送った。

そして一月も終わりになったころ、高田アナウンサーと身元不明の男の遺体が二体発見されたというニュースを観た。
その数日後には最初で最後の会合が行われる。魅上との鉢合わせを避けるように遅れてYB倉庫へ向かった。出入り口で魅上がしゃがみ込んで何かを書いているのをこっそり確認して、ずっと前に海砂のノートから奪った紙切れを出した。
魅上が倉庫の中に入って行くのを確認して、そっと同じ場所に移動する。ドアは引き戸だったが勝手にごろごろと閉まって行くので、好都合だった。ほんの少しの隙間をあけて、彼らの顔を確認した。名前はもう、知っている。
「ごめんね」
こっそり呟いて、月と魅上以外の名前を書いた。
じっと覗いていると、月の後ろの死神だけが、俺を見てクククと笑った。
「言い逃れられるのなら言い逃れてみてく、だ……さ……ぁ」
「!?!?」
ニアの推理が終盤に差し掛かった所で、四十秒が経過した。
俺は、ゆっくりと倉庫の中に入る。驚き目を見張るニアと、次々に苦しみ始めた捜査員を見下ろした。
全員が事切れたとき、月と魅上は呆然とひざまずいて俺を見上げていた。

「月、ごめん」
……」
そばに寄ると、月はぼんやり俺の名を呼んだ。
頬に手を当てて、するりと撫でる。クレイジーな大量殺人犯で、父が死んだのは多分月の所為なのだけど、俺は月に生きていて欲しかった。
帰って来ると言って俺を抱きしめた月は、俺の愛しい家族なのだ。

「どうしても、帰って来て欲しかったんだ」

父のように眠ったまま帰ってくるのは嫌だった。
月が世界を巻き込んで神になろうとしたのと同様に、俺はたとえ世界が滅茶苦茶になろうと月に傍に居てほしかったのだ。


(パターンB:新世界の神になる。)



爪の先で小さく四回扉を叩きながらドアを開け、舌をこん、と一回鳴らしながら部屋に入る。後手にドアを閉めたら、ぷっと唇を鳴らしてから長めの吐息、またぷつぷつと唇を鳴らす。
鞄を椅子においてから、机をかつんと爪で叩いて、二回引っ掻き、最後にもう一度叩いた。
夜神家を監視する中で、が学校から帰宅すると必ずするその癖に気づいた。毎日、学校から帰宅したときだけその行動をしていた。学校が終わって気が抜けたということなのかもしれないが、妙にリズミカルなそれは私の頭に響く。
・・・・ ・ ・ー・・ ・ーー・ と膝の上で音にする。これは、モールス信号だ。
HELPと示すは、誰に助けを求めているのか。SOSの救難信号はもっと簡単だというのに、このように間怠っこしい方法で音にするのは何故か。これでは気づく者は少ない。現に隣で監視をしている総一郎は何も感じていない。また、部屋に入りながらする為月も気づいては居ないだろう。それに家以外の場所で月に助けを求めることなど雑作も無い。
———あるいは、分かり難いのが、狙いか。
カメラで監視をして、なおかつ分かりづらいモールス信号に気づける者へのメッセージ。
私への、メッセージだとでも言うのか。
カメラに気づいている可能性は低くない。ばれるのを承知でカメラをつけた。しかし、このメッセージは不可解だった。
監視が終わったが、夜神家にも北村家にもキラは居ないという結果になった。しいていうなら、この方法でキラは見つけられないという結果なのだが。
はキラには思えないが、メッセージの内容も気になる。月の弟として、キラに加担しているがついていけず、私に助けを求めているというケースもありえた。
試しにに相沢を接触させて、Lだと名乗らせた。私は月に、北村次長の娘には模木が行った。北村次長の娘は困惑と動揺を思い切り出したし、月はポーカーフェイスのまま穏やかに応じた。は、そうですかとだけ答えたが落胆したような顔をしてそれ以上口を開かなかったと言う。しかし別れ際に、今後ご用があるなら携帯にどうぞと言って番号を書いたメモを渡した。数字の羅列の上にはDear L、とまで書かれている。まるで、私のことを指していた。

数日後私は月とテニスの試合をし、推理力を見る為にカフェでいくつか資料を見せていた。そのとき、総一郎が心臓発作で倒れたと私と月の携帯に連絡が入った。
「それは本当か、
そう口にしていることから、月に連絡を入れたのはなのだろう。二人でタクシーに相乗りして病院へ向かうと、案の定は病室に居た。私たちとは逆方向でパイプ椅子に座って口を開かず大人しくしていた。しかしすぐに総一郎に促され、母と一緒には帰宅してしまった。
月と別れ、車に乗り込んでから私はの携帯電話にかけてみた。数回のコール音は切れ、ほんの数秒おいてから、は電話口に出た。非通知設定だったにも関わらず、声に動揺や戸惑いは感じられなかった。
「Lです」
『ああ、うん』
ぱたん、とドアの音が遠くに聞こえた為、家の中だろうと分かる。自室ですかと聞くとまたうんと頷いた。
「電話番号、ありがとうございます」
『知っていただろうけど、ね』
電話口で小さく笑ったような吐息の音がした。
『電話して来たってことは、月とは別れたんだよね』
声は変えてあるというのに、まるで私だと分かっている様子だ。
少し押し黙ってからはいと答えると、月がもうすぐ帰って来てしまうのかと呟いた。

『助けてほしいんだ……月を。お願い、俺じゃあどうにもできない』

助けを求めていたは、自分をではなく月を助けてと願った。私の事を知っていたり、月に何かを感じていたりと、不可思議なことが多いが、私は彼の手短かに話す内容をなんとか理解しようとした。
彼は、ーーーもうすぐ第二のキラが現れ、さくらテレビでキラの声が発信されるーーーとだけ情報を与えた。それが本当に起こったら、少しだけ信じてほしいと切に願った。
「あなたが第二のキラだという可能性は?」
『おおいにあるけど、それならそれで、俺を捕まえたらいい』
「……わかりました」
電話を切った私は、深く息を吐いた。
近日中に私が死んだら夜神を捕まえろと、念のためワタリに言いつけておいた。

数日後、本当にさくらテレビからキラの声が発信された。しかし第二のキラではなくあくまでもキラと言い張っている。の言葉通りではないような気もするが、やり方がキラとは違うため第二のキラと言う線も捨て難い。

宇生田と駆けつけた警官がテレビ局の前で殺され、総一郎が護送車で突っ込んだ所で放送は終わった。
ビデオテープの押収には成功し、確認するとやはりの言う通り、これは第二のキラと言う奴だ。本当のキラではない。

第二のキラを推理する傍らで、私はに連絡をとった。
捜査本部の皆と鉢合わせをしては困るので、別のホテルに彼を呼び出す。
一度顔は見せてしまっているが、第二のキラだったとしたら私は殺されに行くようなものなので、念のために目隠しと拘束をした。

「高校一年生のとき、俺の本棚に不思議な本が並んでた。俺のじゃないし、粧裕や月に見せても違うと言う。しかも、俺にとってそれは漫画だったのに、二人は小説だって言った」
何の話なのか分からないが、彼はとにかく全部話してLに投げたいと言うので、私は黙って聞く事に徹していた。
「その漫画は、月が主人公の話だった———」
死神のノートを拾った夜神月の人生が漫画になっていたのだと困ったように彼は話した。いまその本を持って来なかった為に手元にはなく、詳しい日付は省略すると前置き、彼は覚えている限りの物語の内容を私に教えた。
死神だとかノートだとかは胡散臭いのだが、レイ・ベンパーやFBIを殺害した方法や、美空ナオミが行方不明になった所以も語られ、説得力のあるものだった為、妙に納得させられた。
第二のキラの事件は宇生田の犠牲も最初から知っていたようだが、それはおいておいて、あっさりとが犯人を教えた。弥海砂という、ティーンズモデルをしている若い女性で、そのうち月に接触するとの事だ。
それから監禁、ヨツバ、私の死……、知らない筈のニアやメロの存在、日本の行く末、キラの死、全ては辿々しく語った。途中で疲れたり、なんだっけととぼけたり、何て言ったら良いんだろうと濁して言葉に詰まったが、分からないところは尋ねながら話させたので理解はした。
「しかし、死神なんてものの存在を信じろと?」
「信じなくても良い……でも、俺の言った事を知ったのだから、少なくともこの結末にはならないと思う……」
「……」
「俺、頭良くないから……Lに頼んだほうが良いと思ったんだ」

月を助けて、とは懇願するように項垂れた。

(パターンC:Lに丸投げする。)





Oct 2014