Near
は一年近く前にこの養護施設にやって来た。Lの後継者候補ではなくて、Lの補佐の後継者候補らしく、この養護施設では一人だけカリキュラムが異なっていた。もちろん勉強なんかは一緒にやっているのだけど、は射的や格闘技の練習もしていた。私たちがそれを実際に目の当たりにすることはなかったけれど、時折出かけている様子は見たし、は銃の扱いやしくみに詳しかった。
普段の勉強もそこそこ真面目にこなしているし、子供達と遊ぶときもあれば静かに本を読んでいることもある、あまり害のない人だと思った。
私たちはLになるべくして勉強をして、Lになることを夢見ている。未来を想像したとき、隣にはが当たり前のように居た。それはメロ達も同じなのかもしれない。いつしか、は私たちを支えてくれる人だと思い込み始めた。
勿論、思い込みだけではなくは心優しい面倒見の良い少年だったから、なるべくしてなったのかもしれない。Lになったらがついて来るという認識と、を傍に置く為にはLになれば良いという認識のどちらが先だったのか、もう分からない。
ある日の午後、メロやマットとのゲームから抜け出した彼は音も立てずふらりと広間から姿を消してしまった。多分資料室にむかったのだろう。は静かに寝転がれる場所が好きだから。
パズルを終わらせてからこっそり資料室を覗くと、案の定はソファに寝転がって本を読んでいる。背中をこちらに向けているからか、本に集中しているからか、私が入って来たことには気づいていない。
名前を呼ばれても気づくのに遅れると以前言っていたので、私は彼のシャツをひっぱった。はごろりと仰向けになって、本から顔をのぞかせた。
灰色の眸が私を映す。
ふと、さっきマットやメロがに乗って顔を埋めていたことを思い出して、試しに私も乗ってみた。は何も言わずに私の様子を観察して、居る。胸の下に耳をぺたりとくっつけると、お腹の方から音がした。その事を告げればなんてことないように返事をされた。
の洋服は、私たちと同じ洗剤と、の匂いがした。は何で出来ているのだろう。
「ニアどかない?」
「重たいですか」
少し身じろいだに首を傾げてそう聞くと、うーんと少し考えるように目をそらした。
「重たくないけど、……大きくなったらやめてね」
「メロもマットも私より大きいです。私より先にやめるべきです」
「俺もそう思う」
ふっと小さく笑ったので、私の身体も一瞬揺れた。
メロとマットが乗ってるんだから、私が乗ったっていい筈なので、まだ当分私はこれをしても良いと思う。
これは中々心地が良い。
くだらない会話をかわしているとはぱたんと本を閉じて私に身体を明け渡してくれた。
あたたかくて、良いにおいがする彼は、今私だけを見ている。ゲームでも本でもマットでもメロでもない、私のものになった。
手が背中にまわってきたと思ったら、頭まで撫でられる。彼は自分から人に触ることが少ないから意外なことだった。
頬を胸にすり寄せながら甘受してると、はずっとずっと私の頭を撫でていた。
そのまま五分程じっとしてると、は寝息を立て始めた。私を撫でていた腕をぽてりとソファに投げ出して、すやすやと胸を上下させている。おおざっぱな人だなと思いながら、少し身体を上にずらして彼の寝顔を観察する。白に近い金色の前髪を少しよけると、睫毛がくすぐったさにぷるりと震えた。頬の生毛が金色に光っていて、薄い唇を時々むにゃむにゃはむ姿はとても子供みたいだ。
実際私と三つしか違わない子供なのだけど、普段落ち着いている所為でうんと年上に感じる。
つん、と唇をつついたら、またむにゃむにゃしている。食べるだろうかと指を差し込んでみたら、一瞬だけはむり指をとらえた。けれどすぐに顔をそらして指をよける。
「んー、おも……い」
胸の上に上半身を預けたのでさすがに苦しかったらしい。不愉快そうに目を覚まして、私をみた。ぼんやりしながら何でニアがと呟いてる途中で思い出したように口を噤む。
起き上がるそぶりを見せたので、私も起きて彼の足の間に向かい合って座る。は目を擦って髪の毛を直した。
「どのくらい寝てた?」
「五分くらいです」
「そう」
項垂れながら私の肩にこてんと額を乗せると、ふわりとシャンプーの匂いがした。これも、私と同じ匂いだけどの香りが交じっている気がする。すんすん、と吸っていると、嗅ぐなよと呟いて身体を離した。
「もしかして匂う?」
「いい匂いがします」
「メロのが美味しそうな匂いするよ?」
寝ぼけてたら噛むかも、とは笑った。