only you
殺して、と死神に懇願する背中に、ぞっとした。
彼を失う事に対してか、彼があまりに穏やかに乞う事に対してか、はたして、私は何をもってして恐怖を感じたのだろう。
死神リュークは、人間界でノートを落とす暇つぶしのゲームをしていた。そして、そのゲームに付き合ったのが。リューク独特の美学なのか、は勝者であり、リュークは彼を殺さないと言ったらしい。するとは、なら死刑か、と言いながら、黒い瞳で私を見る。どこか救いを求めているような眼差しなのに、心の奥底から終焉を願っている。彼にとっての救いが、死なのかもしれない。
怪物の深淵はあまりにも寂し気だ。私はその憂いを帯びた眸をずっと覗き込んでいたい、その分だけ、彼も私の事を見るのだから。
「あなたには、これから死ぬまで一生私の監視下に居てもらいます」
死を望むに、死刑は優しすぎる。彼一人が死しても、決して罪は償えない。それほどまでに、キラは人を殺しすぎた。
それから、私のわがままだ。彼に負けたまま、命を落とさせるのが嫌だ。傍に居たい。閉じ込めたい。怪物に囚われた私は、怪物を捕えたいのだ。
と死神のやり取りを聞きながら、己の欲望を心の中でだけで吐く。
「ごめん、もう、連れてってくれないかな」
の手が、私の袖を掴んだ。月の為にここまでの罪を犯した彼の言葉を、これ以上月の前で言えるはずもなく、最もな願いだ。
もう二度と会えないと思うと、が言うように、私はもう二度と会わせないつもりで居た。
月に愛おしそうにすり寄り、キスをして、名残惜しそうにはなれたを見下ろした。
歩きながらも、ぽろぽろと涙を零す姿はあまりにも憐れだ。月も、も、どちらも求め合って、泣いて、縋りたくて仕方の無い様子が分かる。それでも彼らは二度と会えない。けれど、まるで運命の二人のようだった。
「月、……愛してるよ」
その言葉には愛が見えた。
それに、彼は家族の為にしか涙を流さない。
私にはその愛と言葉と涙を手に入れる術は無いけれど、はこれから死ぬまで、私の監視下で生き続ける。私しか会えない場所で、私の声を聞き私の顔を見て過ごす。それがどこか優越感と満足感を生み出した。彼が縋ることを許されるのは私だけ。
「意外だなぁ」
「なんです?」
生活が落ち着いた頃に、はしみじみと零した。
彼は監視されていようとも、憔悴した様子も無くけろっとした顔で過ごし続けた。変わった所といえば、彼が普段から英語を喋ることと、私を竜崎ではなくLと呼ぶことくらいだ。
「監視生活というか、ただの同棲だから」
「監視してますよ、私がずっと」
「なんだそれ」
は目を細めた。
ワタリが世話をしに顔を出すが、私とはあれからずっと二人で暮らしている。牢屋に入れて、手錠をつけて、カメラで監視するのではなく、私と同じ部屋の中で、私の傍で、過ごしている。
「あなたには、健やかに生きていて貰う必要があるんです」
「なんか、死刑囚みたいだ」
「似たようなものじゃありませんか」
死刑囚は、死ぬ事だけが罪を償うこと。監視はあれど、労働もなく、ある程度の自由を与えられていた。
同じように、は生き続け、自分の罪を背負い続けることが罪を償うこと。
しかしノートはあの後すぐにニアが燃やしてしまった為、は一度記憶を失っている。その時、彼はぱちぱちと瞬きをして、その時自分の腕につけられていた手錠と、私の顔を見て、開口一番に月は無事かと微笑みながら尋ねた。やはり本人が言っていた通り、ノートを持つ前からノートの事を知っていたことがわかる。
あまりにも変わらない様子に、ノートを持っていた彼も本当は人を殺していないのではないかと思った程だった。
キラの事件の後処理を終えてから、私はニアにLの名を譲った。今はコイルの名できままに探偵をするくらいだ。
メロにも月にも捜査員にも、あれきり会っていない。きっと聞きたいことがあるだろうが、私はそれらを全てを聞こえない振りをしてきた。キラの謎も、の秘密も、全て私の中にある。
「いやじゃないの?」
首を傾げたに、私も首を傾げる。
「寝ても覚めても、推理してても、イライラしてても、他人が居るって」
「嫌ですか?」
「俺は別に嫌じゃない。どうせする事が無いのだし」
二十四時間目に入る場所に居る訳ではなく、カメラ付きの別室というのもある為、一人きりの時間がない訳ではなかった。けれど、私たちは基本的にほとんど同じ部屋に居る。会話も物音もほとんどない所為か、特に煩わしいとは思った事も無い。これが一生続くのだが、それでも気にならない。
むしろ、と言いながらは視線を外した。窓の外の景色を眺めている。
「生きていること自体、嬉しい」
あの日止まる筈だった心臓が、今も彼の胸の中で動いている。
の人間らしい微笑みと、感想に、私はほんの少し違和感を感じた。
ノートを手放してキラの記憶を失くしたと同時に、彼は死ぬ未来を失った。だから、はとても素直になったと思う。
その変化に、私はまだ慣れない。もとより無垢だった癖に、本当に清廉潔白になってしまった。
「俺はね、Lと月が一緒に捜査してくれるのが良いんだ」
「彼に会うと、きみの事を聞かれるので嫌です」
「捜査中はそんなこと聞かないだろ……」
キラの正体はトップシークレットだ。コイルが日本捜査本部と手を組むことはほぼないが、協力を要請することも無いとは言いきれない。
の言う通り月の推理力があれば、とても有意義な捜査が出来るだろう。その合同捜査をするにあたって、実際に会う必要も無ければ二人きりになることも無い。だから、月が私にの事を聞ける機会は勿論無い。
「私を生かした理由は、それですか」
「生かした、なんてとんでもない……そもそも殺す気なんか無かった」
時間は腐るほどあるので、は以前、自身が読んだ本の内容を出来る限り細かく私に語った。だから、私は自分がどんな風に死んだのかも知っている。
「月は新世界の神になること、俺はキラを全うすることが目的だった。Lは邪魔者じゃない」
眼中に無いと言われているような気分だったが、私が居る事で多少大変だったという、一方的な愚痴を聞かされたことがある。
「私が居ない方が、もっと有意義に事が運んだでしょう」
「そうかもね、うん、じゃあ、助けたかったって言う事で」
私を死なせたくなかった、という思いは以前聞いた事があった。けれど、それは、どういう意図なのか私には分からない。
そこで、私の事をどう思っているんですか、と聞いてみた。
きょとんとしてから、I like youと答えた彼に、私はえもいわれぬ感情を巡らせた。
「そういえば」
とある日の昼間、彼は思い出したように口を開いた。捜査資料を見ていた私は彼の声に振り向いて、首を傾げる。
「誕生日、おめでとう」
「知ってたんですね」
「ハロウィーンなんだよね」
「……お菓子が欲しいんですか」
「いや、誕生日の人にケーキを強請る程子供じゃないって」
は私の食べかけのショートケーキをちらりと見た。
甘い物が好きなのは変わっていないが、先ほど昼食をとっていたため本当に要らないのだろう。これがあと二時間遅ければ、素直に食べたいと言っていたに違いない。
「Trick or Treat」
「はぁ?」
私の言葉に、は思い切り眉を顰めた。
「ですから、お菓子くれなきゃ悪戯します」
「俺があげられるものが何ひとつないと分かって聞いてるでしょ」
怠そうに私を睨みつけて、隣のソファに座った。そしてテーブルに置きっぱなしのケーキをひとくち切り、フォークを私に突き出した。
「あーん」
恥ずかし気も無く、無表情で差し出してくるので、数秒程ケーキと彼の顔を見比べてから大人しく食べた。
「これ、私のお菓子ですよ」
「悪戯したいならどうぞ、俺には人権も拒否権もないんだから」
このやり取り自体が、もう面倒くさそうだった。
「顔に落書きなり、ドッキリを仕掛けるなり、」
ソファの背もたれに頭を預けて、力を抜いた彼の顔を覗き込む。じっと見つめる癖がある所為か、至近距離で見つめてもは身じろぎひとつしなかった。けれど、彼の顔を撫でると、さすがに口を閉じた。
「……逃げないんですね」
諦めているような遠い目でもなく、咎めるようなきつい目つきでもない。ただじっと私のする事を観察する目。
愛でるように指先で髪の毛を梳いても、そっと目を伏せるくらいだった。
顔を離しても、動かない上に喋らない彼に、何か言ってくださいと促した。
「甘い」
「ケーキ食べましたから」
今しがた離れたばかりの唇を、彼はぺろりと舐めた。別にクリームやスポンジはついていないが、確かめるように唇を食む。
「変な悪戯」
「そうですか?結構な嫌がらせだと思いますが」
「俺は意欲的に生きているつもりだけど、……あなたには何をされても良いと思ってる」
はゆっくり背もたれから頭を上げて、私を真っすぐ見た。
「キスをされても、犯されても、首を絞められても、殴られても」
最後は、あなたしかいない、と囁いた。まるで愛の告白のようだった。
しかしこれは、私がを閉じ込めているのだから、当たり前のことだ。
それでも良い。どうせ未来は変わらないし、彼は私だけしか居ない世界で生きて、私が死んだら彼も死ぬのだ。
もう一度顔を近づけると、今度はきちんと目を瞑って唇を受け入れた。
31 Oct 2014