pure 03
駅構内の長い道で、足を止めている人は珍しくもなく、ある程度状況が絞られる。人を待っている場合、地図を確認している場合、荷物を出す場合が大半だろう。僕が見かけたのは真ん中の、地図を確認している場合。一人の少年が、駅構内図と紙の路線図を交互に見ていた。格好は軽装だから、今まさに東京に来たという訳では無さそう。けれど、紙の地図まで用意しているということは東京や近隣の県の住民ではないだろう。少なくとも、東京に慣れていない感じはする。
上等な服に身を包んでいたから、もしかしたらただの箱入り息子かも、とは思ったけれど困った顔を惜しげ無く晒し、地図を抱えて唇をいじくる様子が小動物じみていて思わず声を掛けてしまった。
「君、もしかして迷子かな?」
少しばかり背が低い程度の少年に、『迷子』と言ってしまったのはひとえに彼の様子が子供らしかったからだ。言ってから少しだけ失礼だったかなと後悔したが、彼は気にしたそぶりも無く僕の顔を見るとほっとしたように笑った。
「あ、うん、どの電車乗れば良いのか、わからなくて」
そう言った彼は柔らかな口調で丁寧な所作のわりに敬語を使うと言う警戒や壁は見せなかった。
彼の行き先は丁度僕の進行方向にある所で、同行を提案する。そしてついでに話を振ってみた。
どうやら彼は今までスペインに居たらしく、日本には殆ど来たことがないと言う。日本育ちじゃないだけで敬語じゃないことに納得した。
彼はというらしく、人のことは言えないが日本人とはかけ離れた名前をしていると思った。思わずハーフなのかと聞いたが、本人曰く本当の両親は知らないというので、僕はそれ以上聞くことが出来なかった。ごめんよと謝ると意味がわからないようで、あまり気にしていないようだったけれど、これは平和ボケした日本人故の罪悪感だ。
「渋谷……」
僕の行き先を聞いて少し羨むように復唱したを、軽い気持ちで誘ってみた。人見知りや遠慮のない態度は見ていて気持ちが良いし、遠慮しないといっても思慮深い所は好感が持てたのだ。このまま別れてしまうのは忍びなく、できることならもう少し話してみたいし、の日本での思い出の中に僕も加わりたい。
東京にもスペインがあるのか……とスペイン坂を見て呟いたり、甘い物を見るとお腹と相談するといってお腹に手を当てて少し目を瞑ったり、ちょっと変だけど面白くて愛嬌のあるは魅力的だった。
「いつまで日本に居るの?は」
「わかんない」
「そう。まあ、仕方ないか。……帰る前にまた会おうよ、連絡して」
夕方になって別れる時に半ば無理矢理携帯の番号を書いたメモをあげて、と別れた。
出来ればまた会いたいし、も楽しそうにしてくれていたからきっと連絡がくるだろうと期待していた。けれど一向に連絡は来なくて少し落胆し、一ヶ月程経って諦めたころに僕とは再会することになる。
個人的に調べていた事件の調査中、同様のことをしていた竜崎という男と出会った。何度も遭遇しているうちに二人で協力して調べようとタッグを組み、彼がとっているホテルに行くことになり、そこでと再会した。
は竜崎の連れだった。保護者と言っていたのもあながち間違いではないだろう。
「あ!」
「あ、」
お互いに分かりやすく声を上げたので、竜崎は首を傾げて知り合いでしたかと聞いて来た。
「ああ、この間……偶然」
迷子になっていたことは内緒にしたいのか、竜崎の影でぱちっとウインクしてきたのを見て僕は言葉を濁す。人差し指で内緒のポーズをとったらバレるかもしれないのは分かるが、自然にウインクする人を僕は初めて見た。さすが海外育ちは違うな、とこっそり思う。
「落とし物を拾ってもらったんだ」
「そうですか」
「その節はどうもありがとう」
「いいえ」
さすがに僕の非にしてしまったことを気にしているのか、は申し訳無さそうに笑った。
竜崎は驚く程優秀な人物で、推理力も情報収集力も行動力もあった。正直、何者なんだこいつと思ったが詮索してはいけないような気もしたし、彼自身も自分のことは偽名であることを言ったし、飄々と嘘をつくなどしている。その果てには僕が初めて出来た友達だと宣ったが、本気なのかどうかはよく分からない。
それを聞いていたは思いきり眉を顰めていたので、やっぱり竜崎の戯言なのかもしれない。
保護者がこういう人との付き合いを見せているから、もそうなのだろうか。人懐っこく見えたが決して他人を踏み込ませない。
と言っても、竜崎はこれっぽっちも人懐っこく見えないけど。
ある日僕は竜崎に牽制された。はあげませんよ、なんて言われたが別に貰うつもりもないし、そういう目で見ているわけではない。
もしかしてが最近こちらに顔を出さないのはその所為なのかと、こっそりため息を吐いた。
は僕に対してだんだん遠慮がなくなってきている。歳が近い所為だろうし、竜崎程僕は彼に大事にされていないのだと思う。それを嫉妬する竜崎も面白いが、はどういう扱いを受けているのだろうか。
「竜崎はを愛しているんだな」
「はい」
あっさりと肯定した竜崎に、僕はずるりと転びそうになるのをこらえた。今ここには居ないが、何の確認も無しに言ったぞ、コイツ。
「ですから、月くんとが仲良くしているのが気に入りません」
「……それはに言ったらどうだ?」
「私や月くんに対する態度を改めて欲しいわけでもないですから」
「あそう」
僕はちょっと呆れた。つまり、ただ文句を言いたかっただけ、である。
は竜崎に対して基本的に従順で、甘い。他人と触れ合ってる所を見たことがないから比べようも無いが、竜崎にはよくスキンシップをとっているような気もする。だから竜崎はにとっての特別で間違いは無いのだろうし、竜崎もそれを分かっていて甘受している。ただ新しく僕と言う知り合いが出来たことがちょっと気に食わないだけだろう。
曰く物心ついたときから彼らは一緒にいるようで、閉鎖的な環境の所為で互いに互いを欲しているきらいがあるが、僕はそれを否定するつもりもなかった。竜崎は良い大人だし、だって何も分からない子供ではない。それでも一緒にいるのなら、刷り込みでもなんでも本当の気持ちであり、それを貫き通す覚悟を持ち、もし関係が崩れたとしても人生が崩壊することは無いと思う。思いたい、かな。
それに、僕はきっと彼らの世界には踏み込めない。彼らが何者なのかを知らないから尚更そう思う。
僕は彼らの特別にはならないだろう。
竜崎の相棒としても、の友人としても、数多く出会った人のなかの一部としかなりえない気がした。
31.Oct.2015