harujion

Last Memento

tomorrow

魅上から預かった本物のノートと、俺の持っているノートの二冊を手に、魅上が月たちの前に出て行くのを見送った。

魅上に渡したのはそこらへんで購入した黒のノートで、一応何枚かに名前を書いてあるし、使い古した感じは作った。
俺が昨日まで使っていたノートだと答えるとあっさりと魅上は信じて、ニア達の名前を書き連ねた。
後ろで嗤っているリュークの声は耳に入っていないだろう。
「天使様ぁ!」
悲痛な叫び声があがったのを、壁に寄りかかりながら聞いた。恥ずかしい呼び名に反応して出て行くのは嫌だったが、魅上はそれ以外の呼び名を使わないから仕方が無い。
念のため魅上から受け取った方のノートに魅上の名前を書いた。
残り十秒になった時に出て行けば、愕然とした視線が俺に集中した。ニアとLは相変わらずの目つきの悪さと反応の薄さだったが、ほんの少し目は見開かれている。
「3、2、1、0……」
カウントダウンが0になった時、魅上は心臓麻痺で死亡した。その亡骸を一瞥し、手にしていたノートをかるく叩く。
「うん、これは本物だ」
一歩倉庫の中に足を踏み入れると、誰かが俺の名前をぽつりと紡いだ。

月は退屈ではない人生を過ごせたし、きっとキラなんかにはならない。そしてキラみたいに死ぬ事も無いんだ。
呆然としてしまった月をちらりと見て緩く笑う。

ニアにノートを渡して頭を撫でると、彼は手を振り払わなかった。しかし嫌そうな顔はしていた。
数年前に一度撫でたが、それよりもほんの少しだけ髪質が堅くなっているような気がする。成長したのだろう。
俺がもう誰も殺さないという保証が無いため、ニアは一向に俺の言葉を信じてくれなかったからもう一冊のノートも渡した。これで俺は降伏したということになる。
「なっ!」
誰かが、俺の行動に驚きの声をあげた。見上げれば、ジェバンニとリドナーと模木とレスターの顔が目に映り、彼らも目を見開き驚愕の表情を浮かべている。
ニアが俺を拘束するように指示したので、模木と相沢が俺の両腕に手錠をつけた。手錠つけられるのは初めてだな、と思いながら、ほんの少し心臓が飛び跳ねたのが分かる。
ああ、俺これで終わりなんだ。
全部終われるんだ。
「なんだよ、もう終わりか?」
「うん、ここが限界かなって」
そう考えていた時にリュークが問いかけて来た。俺の教科書はもうここで終わりだったのだ。終わっても良いだろう。これ以上は何も出来ない気がしたのだ。
いつしか自分の足で歩む事を忘れてしまった。
俺はもう動きたくない。
のんびり会話をしているとメロに怒られて、ニアにはじっとりと睨まれる。メロから奪ったノートはシドウに返してしまったのだと説明すると一応納得してくれた。

リュークにも、Lやニアたちにも、俺が何故キラを出来たのかタネを明かした。些か信じ難い内容ではあったが、デスノートという存在があるのだから、俺のことも多少なりとも納得できるのではないだろうか。
それに結局、俺がノートを二冊所持し、キラであると自供したのだ。月は一切証拠もない。魅上が名前を書かなかったのは俺がそう指示したから。
つまり、信じようと信じまいとどうでも良いのだ。俺がキラであり、月はキラではなかったことが事実であり結末だ。

「リューク、わかった?」
「まあ、大体はな」
手錠をされて、座ったままリュークを見上げる。

「……じゃあ、俺を殺して」

どよめきが起きるのを聞いた。
!」
月が俺の名を叫び、俺を後ろから抱きしめた。前のめりになり、自分の手錠がされた腕と、地面と、ニアの足元が目に入る。
今更顔を隠しても無駄なのに、月は必死で俺を隠した。
「月……はなして」
「駄目だ!」
腕を掴んだが、力一杯抱きしめられているため剥がすことは出来ない。月はニアの持っている俺のノートに触れた。そしてリュークに言葉をかけた。
「頼むからをつれていかないでくれ……」
涙声が俺の鼓膜を震わせた。
「僕の、大事な弟なんだ」
無理だ。だってこれが終わったら、全部終わるのだ。月には悪いが俺はここで終わりなのだ。
「わかった、殺さない」
しかしあまりにもあっさりとリュークは答えた。ずるりと月の腕から這い出た俺は、リュークを見上げ、目を丸める。
「……なぜ?もう終わったのに」
「どう見ても、お前の勝ちだ
「違う、俺は勝ってない。降参は負けだ」
ここにきて、初めて物語り通りには行かない事態に陥った。混乱した俺の心臓がドクドクと音を立てて暴れ回る。息が上がり、涙腺が緩みかける。
ひたりひたりと歩いて来たLが、俺を通り越してノートに触れて死神を視界に入れた。
「本がどうであれ、あなたが我々を欺ききったことは事実です」
「そして、俺の事もな」
Lの言葉に続いて、リュークはクククと笑った。
「俺はお前に騙されている人間も、死神も、家族も、ずっと見ていたが自分が騙されているとは思ってなかったぜ」
「騙してないよ」
「ああそうだな、お前は騙すんじゃなくて、秘密にするんだ」
ふわふわと浮いているリュークに俺は震えた声で口答えした。
リュークは六年もの間俺を見ていた。多分、俺の真意に気づけなかったことを言っているのだろう。未来の事が分かるのは薄々気づいていたかもしれないが、これは予想外だったのかもしれない。
「お前と俺の暇つぶしのゲームに、俺は負けた」
「負け……」
「だから俺はお前の名前を書かない……、お前が死を望むなら尚更な」
負け惜しみみたいだったが、リュークは本気でノートに名前を書く気が無いらしい。
「じゃあ、……死刑か」
リュークに今心臓を止められることが無いとはいえ、キラである俺は当然罪を償わなければならない。ニアはキラの正体を知らせず死ぬまで幽閉と言っていたが、それでは俺に優しすぎる気がして、Lを見た。
「あなたには、これから死ぬまで一生私の監視下に居てもらいます」
キラは死刑だと言っていたのに、Lはニアと同じような事を言った。俺は意見できる立場ではないので、Lから視線をそらしてリュークを見る。
「それで、リュークは死ぬまで俺についている気?」
ふと思い出したので尋ねると、リュークはそういえばどうしようと俺に逆に問いかけて来た。思わず項垂れ溜め息が零れる。
俺はゆっくりと顔を上げながら帰還を促した。
「お前の記憶がなくなっちまうだろ」
「説明されれば俺は自分がキラだと認めると思う」
「……そうかあ?」

「もともと、ノートを拾う前から決めていたことなんだから」

俺の肩を掴んだままだった月の手がぴくりと震えた。
月にとってはきつい真実だろう。これ以上月に何も言いたくない。
「ごめん、もう、連れてってくれないかな」
「!」
Lの袖を引き、懇願した。
「月には言えないことが沢山あるんだ。お願い」
「まっ、待ってくれ!」
「もう二度と会えないと思う。ごめん。粧裕と母さんのことも、よろしく」
抱きしめる事はできなかったが、すり寄る事は出来た。月にがっしりと抱きしめられて、とろりと涙がこぼれる。
米神に頬ずりをして、唇をそっとおしあてた。顔を離しても月が俺から離れようとしないので、相沢達の手をかりて放してもらった。何か言いたげな目線をくぐり抜け、立ちあがっていたLに近づいた。

離れて行くにつれて、ぼろぼろ涙が零れて行く。
死ぬより辛いかもしれない。
死んでしまえば諦められるのに。

振り向けばひざまずいて、顔を涙でぐしゃぐしゃにした月が居る。

「月、……愛してるよ」

自分の涙が首筋を伝って服にしみ込んだのが分かった。
月は叫ぶように俺を呼んで、別れを惜しんだけれど、俺には戻る事は出来なかった。
瞬きをするとぼろりとまた大粒の涙がこぼれて、腕を上げて洋服でなんとか拭う。Lは一歩先で俺を待っていて、俺は追いつく為に足を踏み出した。

兄のすすり泣きを、背に感じて歩いた。







Oct 2014