harujion

Mel

メル☆コン

(ナル)
二歳の時に僕とジーンと同じ孤児院にやって来たは僕たちの弟になった。ルエラとマーティンに引き取られる前からそれは決まっていて、メルと呼ばれる記憶を垣間見てからはのことをメルと呼び、血のつながりに関係なく弟と認めていた。確か、三歳の頃だったと思う。
あの頃のメルはまだ少し赤ん坊のように丸々としていて、手はふかふかでお腹も出ていた。トイレには自分で行けるらしいのだが大人達はメルの利口さを受け入れず、まだあの頃はおむつを支給されていた。漏らしてしまうよりはマシだと思われていたのだと思う。実際がオムツに粗相をした事は(確認させてはくれないので、おそらく)無い。
手足が短いせいで歩き方がぎこちなく、余計に身体が揺れてバランスがとりずらそうに歩いている後ろ姿を、僕は観察していた。転ぶ事はごく稀な事だったが、触ってはいけないのが酷くもどかしかった。
四歳になって暫くしてから、僕もジーンもメルも、本当に同じファミリーネームになった。
その頃はルエラに頼んで下着も普通のものに変わっていたので、ズボンを履いているときのお尻のボリュームが減少した。それに加えて成長もしているので、お腹の出っ張りは無くなってきた。しかし頬はまだふっくらしている。

電気をむやみやたらと出さない練習が安定してきた為、今度からは逆にメルにはきちんと触れるようにと取り決めがされた。そう言われた途端、ジーンはすぐに隣に居たメルに抱きついた。
「……いいか?」
「うん」
僕は遠慮がちにメルを見た。小さな手が伸びて来たのだが、それをすり抜けてふっくらした頬を人差し指でつついた。
「ナル」
「……、」
———すべすべでふかふかだ。
驚きもしないメルは、何故頬なのかと言いたげに僕に声をかけるが、僕は生憎それに答えている暇はない。
頬をつついてからは唇を摘んで、弾力を確かめる。頬よりも柔らかいのは当然だが、面積が狭いため、頬の方が気持ちがいいかもしれない。
ジーンも触りたいと言うので交代してやったが、なかなかの触り心地だった。

その後は、研究所や大学で子供達だけで出歩く時は、メルと手を繋ぐようにと言われたので、メルに触れるのはようやく習慣化された。



**



(ナル)
僕たちの風呂は基本シャワーのみなのだが、ある日ルエラがバブルバスの素をプレゼントされたからと湯船に泡を張った。ジーンは喜んでいたが僕は別に長風呂するつもりは無いため何の感慨もなかった。
「ふわふわだねえ」
メルが珍しく目を輝かせて、ジーンと一緒に泡まみれのバスタブを覗く。
「メルは小さいからルエラと一緒に入ると良い」
「そうね、埋まっちゃうかもしれないし」
マーティンとルエラの言葉に、メルは少し苦い顔をした。今日は泡がバスタブの上の方まで到達しているから、両親は心配しているのだ。
「ジーンと入ったらだめ?」
「僕もメルと入りたい!」
メルが僕の名前を出さなかったのは、僕がシャワーだけで済ませると思ったからなのだろう。
しかしジーンはそんなこと気にせずルエラとマーティンを説得した。
「ナルと僕が見てるなら、良いでしょ?」
ジーンの中では僕も一緒に入ることが決定事項だったらしい。
「そうね……二人となら大丈夫ね。バスタブの中では、念のためメルのことを膝に乗せてあげてね」
「大丈夫だと思うんだけど」
「わかった。早く入ろう」
別に普通に座れると言いかけたメルを急かして、風呂に入った。
ジーンは律儀にメルを膝に乗せて、頭の上に泡を積んで遊んでいる。僕はその反対側に入り、泡をどけながらじっと身体をぬるま湯につけていた。
ひとしきり遊んだ後、メルは身体が小さいので一番に出て頭や身体を洗う。そしてもう一度湯船に入って来た。
「じゃあメルのことよろしく」
「ああ」
メルに変わってジーンが出て行き、メルは僕の足の上に座った。水中なので重みは無い。
「そういえば、一緒に入るのは初めてだね」
「……そうだな」
わずかに残った泡をかき集めながらメルは言う。
孤児院ではシャワーのみだったし、家でもバスタブに湯を張る事はあってもメルは浅く張って一人で入るので、僕たちは一緒に入った事は無かった。ジーンはもう一度湯船に入りながら、また一緒に入ろうねとにこにこ笑っている。メルはうーん、と間延びしたどちらともとれない返事をしていた。
僕が頭と身体を洗っているうちにもうバスタブの泡はほとんど消えていて、メルは自分一人で中に座っている。
「のぼせるなよ、メル」
「うん、……もう出る」
メルは僕と入れ違いに湯船から出てシャワーを浴び、その後を追うようにジーンもバスタブから出て行った。僕も身体は十分温まっているので、二人が洗面所で身体を拭いている間に最後のシャワーを被った。

洗面所に出てタオルで身体を拭いていると、パンツ一枚のメルの後ろ姿が目に入る。ジーンに頭をごしごしと拭かれていた。
ふと思い立ち、腰に回るパンツのゴムに指を引っ掛けて中を覗くと、ジーンとメルが二人して動きを止め、僕をぎょっとした顔で見る。
「……なに?」
「どうしたの?ナル」
「いや……蒙古斑はやっぱりないんだなと」
ぱちん、とゴムが戻る音がして、メルは両手でそっとお尻をおさえた。
「まあ…メル、白人だし」
ジーンが当たり前じゃないかと苦笑した。
蒙古斑は黄色人種特有のものなので、メルにある可能性は低かったが、ただ興味があったのでこの目で確認したかったのだ。
メルは終始、意味が分からないという顔をしていた。



**



(ナル)
夜遅くまで自室で本を読んでいた僕は温かいものを飲もうとリビングへ降りると、メルはポットでお湯を沸かしていた。
「また夜更かしか」
「えへ。お湯使う?」
「ああ」
ポットが音を立てていないことから、まだメルがお湯を沸かし始めて間もないことは分かる。ミトンで蓋を開けて、マグカップ一杯分の水を注いでメルはテーブル席に腰をおろした。僕もその向かいに座り、お湯が沸くのを待つ事にする。
「明日が休日だからといって、油断しすぎじゃないか?」
「これ飲んだら寝るふあああ……」
言いかけながらメルは大きなあくびをした。口がぱかりと開けられて中が丸見えだ。
隠せと言うと、もう口を閉じているのに手で押さえた。意味が無いじゃないか。
「うわ、ナルってば紅茶飲むの?」
「ああ。……お前は飲むなよ」
「寝るから飲まないよ……ココア溶かすだけ」
紅茶にはカフェインが含まれているため眠る前に飲むものではない。
メルもその事を知っているから眉を顰めた。
「ナルは明日早起きじゃないんだ?」
「ああ」
本当は部屋で本を読みながら飲もうと思っていたが、メルがこのまま飲んでいるため、リビングから離脱するタイミングを失った。
決して引き止められたわけではないのだが、些細な会話に耳を傾けていたら、いつのまにかそうなっていたのだ。
お湯で溶いたココアにミルクを足したものは当然大した熱さもなく、猫舌であれどすぐに飲み干せる筈だったのだがメルはコップを両手で持ったままだった。そして時折ぽそぽそと話をする。

ごとん、と言う音に、今まで暗い廊下をぼんやり見ていた僕は振り向いた。まぎれも無くメルの方からした音であり、本人はコップを持ったままテーブルにうつ伏せていた。
「メル?……おい、メル」
残り二口だった紅茶を無理矢理飲み干し、向いのメルを確認すれば、寝落ちしていた。
そうだ、メルは怠惰な生き物だった。
仕方なくメルのコップも片付け、少し強く肩を揺さぶる。しかし本気で寝ているらしく、全く反応は示さなかった。こうなったら朝まで起きない。しかし、このまま放っておいたら確実に風邪を引く。そして椅子から落ちて床に転がり、朝発見したルエラが悲鳴を上げるだろう。
家族は既に寝ている為、手伝ってもらう事は出来ない。僕は仕方なくメルを引っ張って背負った。軽いのだが、眠っているため運び難い。前屈みになって階段を上がっていると、背中がほかほかと熱を持つ。
部屋に到着してベッドに座ると、メルの身体はぐらりと傾いた。しかしいつの間にか僕のパジャマを握っていたメルに引っ張られて、僕も倒れ込む。
メルはまるで甘えるように僕を引っぱりこみ、すやすやと眠っていた。
紅茶も飲んだこともあって全然眠くなかったのに、今までの流れにどっと疲れた僕は休憩とばかりに、メルのベッドの中で待つことにした。
途中本気で眠くなって来た上に、メルが温かいので部屋に戻るのが億劫になる。遠くなる意識の中で、ミルクの匂いのするメルに顔を埋めて意識を手放した。



**



(ナル)
メルが行方不明になった。サイコメトリを遮断する力を持っているため、僕には見つけられない。
ひょんなことで、日本に居るかもしれないという可能性が浮かび上がり、日本に分室を作った。しかしそう簡単に見つかる訳も無く、手がかりもほぼない状況だった為、探すのは停滞していた。
メルが行方不明になってから、すでに四年もの月日が流れていた。

日本で年を越し、暫くした頃、オフィスに緑陵高校から依頼が舞い込んで来た。一度は断ったものの、生徒会長が署名を持って来て頭を下げたため、依頼を受ける事にした。
ジーンが霊視できるといっても、調査は困難を極め、自体は異常な程に劣悪だった。
そんな中、ベースではとある名前が頻繁に上がった。
坂内くんと、東條さんだ。坂内くんは一年生の夏休みが終わって暫くしてから急に退学となり、東條さんは彼を退学させたと言われている三年生だ。なんでも松山先生のお気に入りの生徒で、風紀委員として生徒を管理しているという。高校生の手腕など高が知れているが、生徒達の中でも群を抜いて優秀で、恐れられていると聞く。
ジーンがやけに東條さんの事を気にかけていて、理由を問えば、ジーンを助けたと思われる人物と似ているということだった。

安原さんに連れられてきた東條さんは、どう見てもメルだった。
十歳の頃よりも大分成長し、髪の毛は黒く、顔半分をマスクで隠しているが、僕にはメルがそうやっているだけに見えた。二歳から十歳までほぼ毎日傍に居たのだから、たとえマスクをして髪色を変えていようと僕には分かる。
凝視すると、東條さん、もといメルは視線から逃れるように顔を背けた。
「—————
「!」
僕がそう呼びかけると、ジーンとリンは少し驚いた様子で僕を見た。メルはゆっくり首を傾げる。人違いでは、と柔らかい声がマスクの中から聞こえた。四年前よりは成長しているが、幼さの残る声で、根本的な質は変わっていない。日本語を喋れることは初めて知ったが、メルなら内緒にしていそうな気さえする。

「僕がと他の人物を見間違えるとでも?」

腕を組み、問う。メルは何も言わないが、ジーンとリンは妙に納得した様子でメルの方を見た。
「たしかに、そっくりなんだよね……東條さん」
「そうですね」
ジーンとリンの言葉に、メルは肩をすくめる。
数歩近づいて行っても、メルは動かず、何も言わず、目をそっと伏せたまま僕の足元を見ていた。
は———ぱっと見、冷たいイメージを持つ。それは目だ。虹彩がグレーで、瞳孔がよく見える」
親指で少し瞼を引っ張り、メルの瞳を確認すると、やはり灰色だった。
髪の毛もよく見れば染めていることがわかる。髪質は日本人らしくない細いものだ。
「それから———」
「っ、」
マスクをずらして、指で口をこじ開ける。
「……概ねの歯形と変わりないな」
指を離すと、小振りな唇はきゅっと閉じられた。メルは諦めてマスクをとって、大きな溜め息を吐いた。
「まさかナル坊、いちいち人の歯形とか覚えてんのか?」
だけね」
ぼーさんとジーンがそっと言葉をかわしているのを聞き流し、メルを見下ろした。
メルは、溜め息を吐き終えて観念した様子で、ゴム手袋のはまった両手を小さく上げた。

「参りました」



**



(ジーン)
もともとナルは、メルの事になると『他人』では済ませない。行方不明になって四年、口に出した事はなくともナルはメルを求めていのだと思う。
東條さんを一瞬でメルだと見抜き、目の色や歯形を確認しているとき、ぼーさん達があっけにとられていた。正直僕だって歯形なんて分からないし、ナルもメル以外見ていないし覚えていない。
たぶん、ナルはこの四年でちょっとこじらせてるのだ。
なまじ学者気質なだけに底知れぬものを感じる。

東條さんは、マスクをとって顔だけを見れば、確かに成長したメルそのものだ。本人も本気で隠れられると思っていなかったのだろう、あっさりと降参した。

強制送還の形をとって、メルと一緒にイギリスに帰ったのだが、ナルはちょうど分室維持の許可がおりた為帰国しなかった。
夏休みになれば、メルの髪も生活も学校も落ち着いたので、日本に遊びに行く事にした。
綺麗なプラチナブロンドにナルはほんの少しだけ目元を和らげて、確かめるように指で撫でる。
麻衣がやってきてからは所長室へ移動し、日本へ滞在中に依頼があればメルも同行すると提案していた。しかしナルは連れて行きたくはないようで行く行かないの押し問答が続く。メルは自分がしたいと思ったことはやり通すし、ナルは頑固だから駄目だと言ったら駄目だ。ナルだってメルが嫌だから言ってるんじゃなくて、メルの危うさを心配して拒絶しているのだ。そうでなければきっとメルの傍に居たい筈。

「もうあの時みたいな事にはならないよ、約束する」

とにかく駄目だ、と言っていたナルにメルはにっこり笑ってキスをした。耳元でわざとリップ音を立てて、ナルを絶句させる。
もともと慣れないスキンシップをされると固まるナルだが、メルからのものでどうなるのか僕には想像ができない。メルは固まったナルに満足して所長室を出て行ってしまい、僕はそんなナルと所長室に残された。
「……ナ、ナル?」
そっと顔を覗き込んでみても、表情は固まったままだ。
「……っ、〜〜……」
息さえしてないんじゃないかと思って肩に手をおくと、呼吸を始めた。けれど不規則で、震えている。混乱しているのは分かるが、目に見えておかしいので僕は一歩離れてナルの様子を見た。
よろりと動いたと思えば、ふらふらしながら普段かけている背もたれのある柔らかい椅子に向き合う。そのまま膝を乗せ、背もたれに額を預けて打ち拉がれた。そのとき、すん、と鼻をすする音が聞こえた気がした。

ふと、応接間の方が賑わっている事に気づいた。メルと麻衣と高橋さん以外誰かいるのだろうか。当分使いものにならないであろうナルを放っておき、僕も所長室を出て行った。

ぼーさんや松崎さんが遊びに来ていたようで、麻衣とお茶をしていた。メルも一緒になってお菓子を食べていて、雑談の中に加わっているわけじゃないのに和やかな雰囲気だった。
僕も交じって軽く話をすると、メルは自己紹介もせずにそのままだったらしくぼーさんたちはメルが東條さんだと言う事に驚いた。
「ナルは?」
ようやく口を開いたメルはナルの様子を尋ねる。本人的にはちょっと固まってしまう程度のつもりだったのだろう。
僕は肩をすくめて、当分使いものにならないと答えた。
「どーしたの、ナル?」
が泣かした」
「「「ええええ!?」」」
麻衣の言葉に答えると、ぼーさんも松崎さんも揃って大声を上げた。
「何やったんだお前さん」
「え、べつに、ちょっと、ね?……まじで?」
「詳しくは見ないでおいたけど……多分」
メルも予想外だったようで、驚きつつも失笑した。

「おもしれー……もっかいやってこよ」
「やめて死んじゃう!!」

ソファから立ち上がったメルを僕は必死で引き止めた。



**



(主人公)
ナルと一緒に阿川家の調査にやってきた。当初は電子機器類の調整担当だったのだが、ちょっと思う所があって終日同行することにした。
翠の従兄弟だと紹介されていた広田だったが、彼のボロはすぐに出た。否、ボロを出したと言うよりも自分から堂々と、身分を宣言したのだ。
内偵に来て、そうやすやすと身分なんて明かすものじゃない。しかも、何の証拠も無しに俺たちを疑って、一方的に糾弾する為だけに身分を明かした。しかしこの場にいた誰もが、ちゃんとした検察だという広田よりも、事態の調査に全力を尽くしているナルを擁護した。
ナルが勝手にしろと突き放した事さえも広田にとっては我慢ならないことらしいのだが、霊に憑かれて取り乱した礼子によって事態は一変した。
真砂子が霊視した結果、礼子に憑いていたのはこの家のおそらく母親であろう女性だ。
五月蝿い広田を追い出して、真砂子の話を聞いていると洗面所から大きな音がした。音の犯人は広田で、バスタブの蓋を壊してしまったらしい。何かを見たのは明らかなのだが、彼は何も口にしようとはしない。
翠にコーヒーを淹れて良いかと聞く程度で、それ以外は口も開かない。
飲み終わってもまだ平常心とはかけ離れた様子だったが、口を出すのは俺の仕事ではないので黙っていることにした。

「憶測で他者を糾弾し、捜査の為なら進退窮まっている人々を利用することも辞さない。先入観でもって事にあたり、都合の悪い手がかりは隠匿する。———それが検察とやらのやり口なわけですね」
とうとうナルが口火を切った。広田は憤慨した様子でナルを睨んだが、ナルがそんなのに怯む訳が無い。
「優秀な日本の司法機関のおかげで、僕はわざわざこの国に来てまで弟を探さなくてはならなかったのですよ」
「そんなことは」
ナルは反論の余地を与えずに次々と広田に言葉をぶつけた。よくもまあそんなに難しい言葉が言えたものだと俺は関心する。漢字やことわざが苦手な割に、俺より上手に喋るのは、やっぱり頭の出来が違うってやつだ。
「それは言ってもしょーがなかろう?それには結局元気に生きてて、帰って来たじゃねーの」
「そんなことじゃない!」
「は、……ハイ」
無謀にも滝川がナルをいさめようとしたが、鋭い眼光が滝川を居抜き、ちょっと荒々しい口調で突っぱねた。
ナルは広田や滝川に俺を示すように肩を抱き寄せた。少しバランスを崩したのでナルに捕まって体勢を整える。
「子供の頃にプラチナブロンドだからといって大人になってもそうとは限らない。今だって、黒染めをしていた所為か前のような輝きは無く、一度染めてやっとこの輝きを取り戻したんだ。それに、声が変わって行く様子も、頬の丸みが消え身体が少し骨張って来る様子も、成長痛に顔を歪める様子も、日々の昼寝姿も、なにもかも、四年間見られなかった。十一歳のメルはどんな事をして過ごしていた?十二歳のメルは?十三歳のメルは?髪質も体質もこの頃変化を遂げる事もあるのに、あの頃のメルを僕は見られない、感じられない、知る事が出来ない。逃した時間は戻って来ないんだ!」

ナルが何を言ってるのか全く分からなかった。
いや、分かりたくなかったので聞き流す事にして、スケープゴート広田を捧げた。



**



おまけ。
幽霊に憑かれていたらしいが、泣きながらナルを求めた。
に縋り付かれて抱き合う形となったナルを見て、リンはどうしたものかと考える。ジーンに、ナルがちょっとこじらせているから気をつけてと注意を受けたのは記憶に新しい。
普段の接触ややりとりに違和感はないのだが、頬にキスをされたとき感動のあまり一時間使いものにならなかったと聞く。
滅多に泣かないが泣いて、ナルの名を呼びながら抱きついている状況に、ナルは耐えられるのか、不安で仕方が無かった。
案の定ナルは固まってしまっている。それでもを抱きしめ返すあたりは抜かりない。
「ナル、しっかりしなさい!」
目を見開いたままのナルの肩を揺さぶる。
二人して使いものにならなくなっては困るのだ。
しかし一分あまり固まっていたナルは、ゆっくり立ち上がった。ぐすぐすと泣いているを抱いたまま、ナルは居間まで自力で歩く。リンはその後ろ姿をほっとしながら追いかけた。
居間について暫くすると、は少し落ち着きを取り戻したようでナルから腕を放したが、膝の上からは降りずに翠から貰った飲物をそっと飲んでいた。
ナルは取り乱してしまうこともなく、会話も続いていたのだが、を膝の上に乗せ腰を抱いている様子は、妙な光景だった。





Oct 2014