harujion

Mel

ハロウィーン

研究所に来ていたナルに子供が近づいて来た。自分の記憶の中に、このくらいの背丈の子供はくらいしか出入りしていない筈だと思いながらよく見れば、瞳は灰色で顔立ちはだった。なぜよく見なければわからなかったかというと、子供は長髪の鬘をつけて、ワンピースを着てマスクをしていたからだ。
「なにやってるんだ」
「トリックオアトリート!」
少しだけ弾んだ声を投げかけられて、日付を思い起こす。確かに今日はハロウィンだった。
しかしの格好にハロウィンを見出せない。ただ女装をしてマスクをしているだけなのだ。
「……それは何の格好だ?」
「クチサケオンナだよ」
口避け女とは、日本で流布された都市伝説のようなもので、適当すぎて仮装とは言いがたい。なぜそれをチョイスしたのかナルは甚だ疑問だった。ルエラやマーティンに頼めばもっと普通の物が買い与えられた筈なのに。
マスクの中からお菓子をくださいと言い直すに、ナルはそっと溜め息をついた。
「何も持ってない」
「えー」
普段からお菓子を持ち歩いていないナルは、ポケットを探るそぶりすら見せずに断った。そもそもには分かっていたはずのことで、ナルにそんな事を聞く方が間違っているのだ。
「、な、おい!」
残念そうな顔をしてみせてから、はがばりとナルの首に抱きつく。そしてマスクを顎にずらして、唇を白くて滑らかな肌をしたナルの頬に押し付けた。キスというよりも印を付けるように押してあて、頬から離れる。それからまたすぐにマスクをつけてナルに向き合うと、不機嫌そうな顔をしていた。
「いたずら」
「……」
ルエラやマーティンにはキスをされることもあるし、身内と言うこともあって理解できないことではない。しかしから挨拶のキスをされることなど全く予想していなかったため、事態に対応することができない。そもそもこういうふれあいは苦手なのだ。
むしろ、だからこそ が悪戯と称してキスをしたのだろうと納得した。
言及する気も起きず、どっと押し寄せて来る気疲れに肩を落とす。
はそれから、リンにも貰いに行こうと呟いてから、ナルを置いてどこかへ行ってしまった。

リンがお菓子など持っている筈もなく、おそらくそれを見越してまたは悪戯をしに行くのだろう。自分同様に人とのふれあいを好むタイプではないリンに少しばかり憐憫を覚えたが、それ以上に、同じ目に遭えばいいのだと他人の不幸を望んだ。
研究室に戻ると、何人かの研究者や、まどかが目に入る。皆、自分の顔をみとめて、ぎこちなくおかえりと声を掛けた。
「ナル、いたずらでもされたのかい?」
笑いを堪えるような、困ったような顔でナルを見下ろしたのは一番近くに居た研究員だった。
何の事だと問いかけようとしてすぐに合点が行く。きっとが頬にキスをした時に自分の顔に何かをしたのだと理解して、咄嗟に頬を抑える。
「……鏡はあるか」
思い切り笑っているまどかに問いかけた時、後ろのドアがあき、リンが心なし疲れた顔をしながら入って来た。そしてナルはリンの顎につけられた赤い唇の跡をみて、すぐに理解した。自分にも同じ跡がつけられているのだろう。
「やられたな、リン」
「……なんです?」
他の研究員達は顔をばっとそらして笑いを堪えた。

「ナル、リンもいる!?」

続いて部屋に入って来たジーンの頬にも同様のものがついていた。 のマスクはジーンが持っており、手を繋いで連れられている当のの唇はいつもより赤い。
リンはジーンの頬についたキスマークと、の唇の赤さにはっとして顎を抑えた。
「わ、よかった、洗い流されてない。もしかして今気づいた?」
ジーンはにこにこしながら、キスをされた所を抑えたままの二人を見た。
ナルに至ってはジーンがこの部屋にくる前から頬を抑えていたために、実際唇の跡がついた顔をみられなかったがジーンは間に合ったと笑った。
そもそもジーンが何故これを知っていたかと言うと、彼はちゃんとお菓子を持っていたための悪戯は受けなかったからだ。そして、悪戯の協力者でもあった。に女児用のワンピースや靴、口紅を買ってあげたのはジーンとルエラである。ちなみに鬘はまどかが友人から借りて来たものだ。

ジーンは悪戯ではなく、お菓子をあげたご褒美に頬にキスマークをつけてもらっていた。その神経が信じられないとナルは後で思った。

「ハロウィンの子供のいたずらには、寛大に対応してね」

小さな赤い唇が、珍しく楽しそうに弧を描いた。




リクエスト
Aug 2014