Honey 04
ナルとジーンは正式にではなかったけどまどかの下でゴーストハントをしている。リンも同じチームで映像解析の仕事をしていた。
大学で教授をしているマーティンはSPRではなくて、そもそもSPRが学会みたいなものらしく、上手く繋がりは説明できないが同じ物でもなければ無関係なものでもない。
つまり何が言いたいかっていうと、共通する知人の結婚式に俺たちはお呼ばれしているのである。
俺とルエラに至っては教授の奥さんとお嬢さんという付属品だが、ナルとジーンとマーティンは新郎の同僚やら恩師やら、そんな関係なのである。まどかやリン、他にも顔見知りの研究員や大学院生等を見かけるので、新郎自身の立ち位置もあまりよくわかっていない。
ちなみに、新婦は普通の会社員であり彼女の招待した客人は彼女と同年代の歳若い男女がおおかった。
「あら、可愛いわね」
「まどかも綺麗」
一ミリも俺の意見の入っていない、ルエラが選んだパーティードレス姿の俺は、式場のロビーでまずまどかに声をかけられた。はぐれることはないだろうが、なるべくナルとジーンの傍に居るように言われているので今もジーンにエスコートされている状態である。
まどかは可愛らしいけれど上品なドレスを着ていて、髪を上げているのは初めてみたのでいつもと違う風に見える。
ありがとうね、と言いながらまどかは俺の格好を上から下までにこにこ眺めた。
せめてもう少し大人しめのワンピースとかにしてくれたら良かったのになと思いながら、ビロードのドレスを見下ろす。今更ルエラの服の趣味や俺の男としての矜持なんて唱えられないのだけど。
「こうしてみると、やっぱり女の子って良いわよね」
「ん?」
「あたしものこと着飾りたいわ」
「……勘弁して」
まどかに溜め息を零すと、ジーンがくすりと笑った。腕を組んでいるので小さな振動が伝わって来る。
「メルって本当におめかしが嫌いだね」
「嫌いっていうか、窮屈なんだよ」
「同じことだろう」
今まで黙っていたナルも、呆れながら零す。
嫌だと駄々を捏ねたわけではないが、ルエラに着飾られている最中の俺の仏頂面はナルにも匹敵するものだったらしい。ていうか、ナルには呆れられたくはない。
男はスーツやタキシードで良いから、羨ましい。質の良いジャケットを摘んで、ふっと遠い目をした。
「二人とも、にちゃんと可愛いって言った?」
他愛ない話の中で、まどかが聞く。
「何でそんな事を言う必要があるんだ」
「え、言ったよ」
言われたっけと思いながら、三人のやり取りを聞き流す。
ジーンは言ったと言っているけど、俺が着替えて出て来たときに珍しい物を見るような目で見て、すごいって言ったくらいだ。いやべつに可愛いとか似合ってると言われても嬉しくも何ともないけど。
「女心が全然わかってない!愛想つかされちゃうわよ」
「ねえリンはー?」
ぷりぷりと二人に説教をするまどかにリンの所在を問う。
まどかは一瞬きょとんとしてから、ナルとジーンに向かってほらと言った。なにがほらなんだ。
「は本当にリンが好きね」
「そうかなあ」
別に、この場に居ないから聞いただけだったんだけど、まどかには俺がリンによく懐いているように見えるらしい。でもそうか、家族以外だったらまず一番にリンを探すからそう見えるのだろう。
「リンは今お父さん達に挨拶してるわよ」
「あ、いた」
まどかが見た方に視線を向けると、長身のリンはすぐに見つかった。
するりとジーンの肘から腕を解いて、彼の方に向かう。後ろからナルとジーンの呼び止める声が聞こえたけれど、この程度の移動で怒られる謂れはないと思う。逃げるようにリンの傍までたどり着いて、ジャケットの裾を優しく引いた。
リンはすぐに俺を見下ろして、互いに軽く挨拶をした。
「はははっ、メルはやっぱりリンか」
リンの傍に居たマーティンが軽く笑った。
「ナルとジーンといると、女の人がじろじろ見て来るから嫌だ」
リンが良いと言うのは本音だが、一番の理由はこれである。顔面偏差値の高い兄二人にエスコートされた俺は、ある意味注目の的だ。半数が微笑ましい兄妹として見ているが、残るはナルとジーンを狙う目だと俺は思う。
その点リンは礼儀正しいため挨拶はするが、人と馴れ合うことも少ないだろうし、彼に寄って来る人も少ないから安全牌である。
マーティンとリンも、そのいたたまれなさを想像したのだろう、二人揃って溜め息をついた。
「悪いが、メルを頼んでも良いかい」
「はい……行きましょう」
「うん」
大きな手がそっと俺の背中に触れて、優しく促した。マーティンに軽く手を振ってから、あまり人が居ないスペースへ移動した。途中でジーン達と目が合ったけど、マーティンにしたように軽く手を振ると、声をかけようと開いていた口を閉ざし、追いかけてくることはなかった。
しばらくして、式が始まる時間となった。リンが時計を見てから行きましょうと言うので俺もそれに従う。
「今日は行儀が良いですね」
「……ドレスだから一応ね」
歩きながらリンが苦笑したので、俺も笑う。だらしなく座っていて良い場所ではないので、足は出来る限り閉じていたし、勝手にふらふら出歩きはしなかった。おりこうさんだろう、と言うと、リンは少し黙ってから呆れつつも頷いた。
「そうしていると立派な淑女のようですよ」
「えー」
ヘアセットが崩れない程度に、頭を掻く。褒めてくれているのだろうが、全然そんな気がしない。
「はお嫌いのようですけど、……ドレスもお似合いですよ」
「!」
別に似合っていても嬉しくはないんだけど、リンがそう言ってくれたのが驚きであり、嬉しいことだった。顔を上げればリンはすぐにそらしてしまったけれど、繋いでいる手はゆるりと優しく絡んだままだ。
「あ、メル!」
ぞろぞろと移動している群れの中で、前方に居た黒い頭が振り向き俺に気づいた。声をあげたのはジーンだけだが、ナルも仏頂面で俺を見ている。少し足をはやめて彼らの方へ行くと、隣にはまどかも居た。
「やっぱりリンといたのね」
「うん。まどかもずっと?」
まどかに問えば、ずっと一緒に居た訳ではないと答えられる。
リンと繋いでいない方の腕をジーンがとり、先ほどのように腕を組む形となった。どうせ家族と座るからいいかと思い、リンの手を放した。
「リンありがとう」
「はい」
手を放せばリンは少し離れて、自然とナルが俺の隣に立つ。
「あまりリンに迷惑をかけるな」
「はーい」
「なんか、メル嬉しそうな顔してない?」
俺の顔が少し緩んでるのを見て、ナルもジーンも怪訝そうに顔を覗き込む。多分、リンが珍しく俺を褒めたからだろう。
「そう見える?」
「リンになんかいわれたの?」
ふふっと笑って兄二人に問うと、ジーンの向こう側に居たまどかが言い当てた。
「ドレス似合ってるって」
女の子じゃないけど、リンに言われるとなんだかくすぐったくて自然と笑みがこぼれた。リンが言うから価値があるのだ。
「ほら!ほらみなさい!」
本日二度目のまどかのほらに、なんとなく察しがついた。
ナルとジーンが俺をあまり女の子扱いしないことを、まどかは常日頃から憂いていた。手を繋いだり、今こんな風にエスコートしているのだから十分だと思うが、まどかはもっと甘さが欲しいらしい。
「本当にがリンのお嫁さんになっちゃうんだからね!」
「ならないならない」
思わず突っ込みを入れたが、ジーンはまるでナルみたいに眉を顰めていたし、ナルもいつも通り嫌そうな顔をしていた。そんなにリンが義弟になるのは嫌か。うん、嫌だろうな。
リンは口を開かないのできっと聞こえていない振りをしていた。
結婚式は滞り無くすすみ、ぼけっとしている間に終わった。随分昔に兄の結婚式に出席して以来のことだったが、あまり興味の無い俺からしてみると退屈な時間だった。妹の結婚式には出る事無く死んだから、それはそれで残念な気がするが。
「結婚ねえ……」
今は俺が妹な立場だが、兄や家族は俺がゆくゆくは結婚することを望むだろうか。
俺が兄だったときは、妹はやがて結婚すると思っていたし、そうでなければ安心できないとさえ思っていた。
庭で新郎新婦が出てくるのを待っているときに、しみじみと呟けばジーンがぴくりと肩を揺らす。ナルも直ぐ傍に居たので俺の呟きを聞き取って身じろいだのが分かった。
「……したいのか?」
口を開いたのはナル。無表情だったが、なんだか呆れた声だ。普通呆れた感じに結婚したいかなんて聞かないぞ。
「今は勿論興味ないけど……ゆくゆくは結婚しないと駄目だよねえ?」
面倒くさいなあと思いながら首を傾げれば、今度はジーンが何故と問う。
「そういう風潮じゃない?ナルとジーンも、私がいつまでも嫁に行かなかったら厄介でしょ」
「……別に」
「厄介じゃないよ……それに、そんな理由で無理にお嫁に行ってほしくないな、僕は」
「ふーん」
話していると新郎新婦が出て来て、階段を下りて来るのでフラワーシャワーの準備をした。
白いドレスとタキシードに、色とりどりの花弁がふわふわと当たる。幸せそうな二人を見ると、純粋に羨ましいと思った。そして、置いて来てしまった妹はこんな顔をできたのだろうかと郷愁にかられた。
ブーケトスはもちろん俺が行く訳が無く、身内と固まってた。まどかも行かないみたいで、それには驚いたけれど、新婦の女友達が結構おおかったし、まどかは仕事の同僚枠で来てるので気後れしたのだと思う。気にせず行けば良いのに。
ぽーんと上手に高く上がったブーケが、空を泳いだ。
上手すぎて、高すぎるとさえ思う。
「、……」
大きく投げ過ぎじゃないか、と思っていたブーケはリンの元に落ちた。本人も咄嗟に受け取ってしまったらしく、固まってる。ぶはっと遠慮なく笑ったのはジーンと俺とまどかだけ。でもマーティンもこっそりくすくす笑っているし、同僚も苦笑してる。
幸せになれるジンクスがあるのに、彼にとってブーケが自分に落ちて来たのは不幸以外のなにものでもない。
リンは手持ち無沙汰に花束を見下ろしていた。
新婦に返すというのも手だが、それはそれでありがたみが無くなってしまうかもしれない。
リンがどうするのか見物だと思っていたところ、ふいに、俺の前にブーケが差し出された。
「え」
「どうぞ……私が持っていても不釣り合いですので」
「……ありがとう」
あったかホームビデオみたいだなと思いながら受け取っておく。
他の女性にブーケをあげたらなんだか意味が含まれてしまいそうだし、だからといってリンが持ってたらギャグだし、それなら小さな女の子にっていうのは常套手段だ。俺が居て良かったなリン。
「よかったわね、メル」
ルエラがにこにこ微笑み、カメラを構えていた。その他にもビデオで撮影している人もいたし、さっきの気まずい空気は無くなり何故か俺を祝福する拍手や口笛が聞こえるので、まあ万事解決なのだと思う。
ただし、俺とリンのそのやりとりが、この結婚式の小さなハプニング映像として残ったのである。
リクエスト。
Nov.2014