harujion

Mel

リン誕 2015

「あれ、皆いる」

一月のとある日曜日、滝川や綾子を初めとするSPRの協力メンバーが皆して事務所におしかけ、麻衣の淹れたお茶を飲んでいるところに、はやって来た。
普段はイギリスでいわゆる中学生をやっている彼がこの場に居ることは不自然であり、誰も知らされていないことだった。
「メル!?」
兄であるジーンまでも、の来訪に目を丸めていた。
ソファから立ち上がって真っ先にに詰め寄るジーンと、咎めるようにため息を吐き出すナルは、麻衣たちからするとすっかり『お兄さん』に見えた。
当の本人は微笑を浮かべる程度で、事務所の中に足を踏み入れる。
「聞いてないんだが?」
「驚かせようと思って」
「学校は?」
「大丈夫」
淡いベージュのマフラーをとって、ふわふわしたプラチナブロンドの髪の毛を軽く手で整えながら、ドアの傍のコート掛けに歩み寄る。相変わらずマイペースなようで、兄たちの質問にも難なく答えている。

「皆が居るのは偶然?それともパーティーなの?」
新たに紅茶を入れて来た麻衣はカップをに渡しながら向いに座り直す。そして、が言った言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「パーティーって?」
「今日、リンの誕生日じゃん」
可愛らしく唇を尖らせながら熱い紅茶を冷ますは、きょとんとした麻衣に、きょとんとして返す。

「えええ!?」

麻衣や滝川は、の言葉にぎょっと身を引いた。誰も、リンの誕生日などと知らなかったのだ。
「時差ぼけじゃないよね、今日だよね」
「確かにそうだけど、もしかしてメル、その為にきた?」
「うん」
ジーンは日付を確認しつつ、急に来日した弟の理由に思い至った。当然のような顔をして頷いたに、ジーンは少なからずショックを受けた。
「僕たちの誕生日はメール一本だったのに……」
「それは……御愁傷様」
思わず嘆いた言葉を聞き、滝川は同情の声をあげる。
はリンによく懐いている。だが、それだけで兄をないがしろにしたわけではなくて、タイミングも悪かったのだ。イギリスの学校は九月から新年度に変わるために兄の誕生日を祝うために学校をサボりはしなかった。ただ、それだけのことだ。
「宅配でプレゼントも送ったろ」
「そうだけど」
「で、リンはどこ?」
ジーンもいつまでも子供みたいにいじけていることはなかったが、がすぐにリンをさがしてキョロキョロし出したので、思わずため息が零れた。滝川はまたも、そんな様子に同情して背中を叩いていた。


「……、?」
リンならいつもの如く資料室にこもっているだろうと、誰もが思っていた。そのことを告げる為に誰かが口を開く前に、本人が事務所の方に顔を出した。騒がしいからといって出て来るたちではないので、本当に偶然ただ用があって来ただけだったのだろう。
「リン!」
ぱっと顔が華やいだのを、滝川は見逃さなかった。見るからに特別扱いというか、よく懐いてるというか……と思いつつ、隣の兄の片割れを見る。落ち込んではいないが、心なし笑顔は硬い。
「Happy Birthday.」
流暢な英語の発音とともに、はリンに抱きついた。半ば突っ込んでくる形で胸に突撃したを、リンは少しよろけつつも受け止めて、彼の言葉の意味をすぐに理解した。
「あ、ありがとうございます……」
にしては珍しくぎゅうぎゅうと抱きしめて来るのが、リンにとっては気恥ずかしい。それほどまでにリンは人に触れないし、も愛情表現はあまりしてこない。驚く程素直に愛を口にすることはあるが。
それから、の細長い腕が伸びて来たと思ったらそれはするりと首に巻き付き、肩にはぐっと重みが加わった。え、と思った時にはは目一杯背伸びをして、リンの頬にキスをしていた。
ちゅっちゅっと両頬を啄む感触と音が、事務所に響く。
の背後の、自分以外のメンバーがこっちをしっかりみていたことも、固まってしまったことも、リンにだけは見えた。
「なっ、……!?何を……、」
「おめでとうのキス。I'm so glad there is you.」
鼻の頭にまでちゅっとキスをされた。
普段はここまでしないにされたこと、皆のまえでされたこと、全てをひっくるめると顔も赤くなる。
「も、もういいですから」
未だに至近距離にいて離れてくれないから、そっと顔を離す。
「やだもっとする」
「えっ」
「なんのためにわざわざ来たと思ってるの?キスする為に来たんだよ?」
その発言に、ナルは持っていたティーカップを盛大に揺らしながらソーサーに置いた。零さなかったのはプライドだ。ジーンは頭を抱えて背中を丸めている。
本来なら兄二人の様子を楽しむところなのだが、他の面々もの発言に驚いてしまってそれどころじゃない。
「誕生日だから愛情表現いっぱいしてあげたらって。まどかはそれが喜ぶって言ってた」
「ま、まどか……」
リンは遠く離れた地にいる上司に思いを馳せた。嬉しくないことはないが、恥ずかしいやら、遊ばれた感じがするやらで、素直に喜べない。にも、それに本気で乗っからないで欲しいと思った。
「うれしくなかった?」
無表情のままだったが、子供みたいに純粋で綺麗な眸に見つめられて、リンは言葉に詰まる。
「……そんなことはありませんよ」
皆に見られていることは未だに気にかかるが、それよりもがこんなふうにしてくれる事の方が大事で、貴重で、嬉しいことだとすぐにわかった。ただしやはり人前はいただけないので、ここではちょっとと言葉を濁した。
滑らかで細いプラチナブロンドの髪の毛を撫でると、は大きな手にするりと寄り添って、目をふんわりと細めた。ああ猫みたいな人だと、リンはこっそり思う。
「ちゃんとプレゼントもあるんだよ」
はそういって、嘘みたいにあっさりと離れてソファの傍に置いてある紙袋をとりに行く。ナルとジーンが凝視しているのも無視で、すぐにリンの元へ戻ったと思ったら、資料室の中に二人で消えてしまった。




Jan. 2015