03
真喩さんや天神さまが言っていた月音さんという名前は、あの後も何度か耳にした。
小福さんいわく、初めて夜トと会ったときから居たらしい。どのくらい前なのかは分からないけど、人斬りがあった時代というから、随分古い神器なのだと思う。今まで夜トはころころ神器が変わってきたようだけれど、月音さんはずっと傍に居たみたい。
真喩さんは夜トから月音さんの話を聞いたことがあったらしくて、数年前から勉強の旅に出たと聞く。当時は他に神器が居たので月音さんが主を放ってどこかへ行ったという訳ではない。でもずっと帰って来ないのは、ちょっとどうかと思う。
兆麻さんが雪音くんをどうにかしろと言ったときも、月音さんは居ないのかと聞かれた。
野良もぽろりと、月音のがマシだわと呟いた。
月音さんって、誰なの。
たぶん、こんなに名前が出るってことは夜トの傍にずっと居たのだし、良い人だった筈。求められてるんだもの。
でも、雪音くんと夜トが大変なとき、どうしていないの。
禊をしてくれる人が一人足りなくて、私は姿も形も知らないのに、月音さんが居れば良いのにと願った。でも、私に探せる訳もなくて、兆麻さんを呼んだ。
雪音くんの禊は朝までかかり、皆で夜トと雪音くんを暖かく叱った。
それから二人で頭をさげ、私が感極まって抱きついた時に、のんびりとした声が降り注いだ。
「おはようございまーす」
小福さんの家の縁側にひょっこり顔を出したのは、見知らぬ少年。私よりも少し年上くらいの人だった。
「つーくん!」
「月音さん」
小福さんは嬉しそうに、兆麻さんは茫然と呟いた。
ああ、この人が月音さんなんだ。
「大変だったみたいだね、天神様から事情を聞いたよ」
「なんでお前はオレより天神とこいくんだよぉ!」
夜トは勢い良く月音さんの腰に抱きついた。
「すぐ駆けつけたんだけど、兆麻が禊やってたし、じゃあ俺やらなくていいやって、これ差し入れ」
「淡白すぎるよ!月音さん!」
のんびりとした態度のまま、コンビニの袋に入った肉まんを配っている月音さんに兆麻さんが必死で突っ込んだ。
「ごめんごめん、えーと、雪音とひよりだね?俺は月音、よろしく」
そんな兆麻さんに肉まんを渡した後、今度は私たちに肉まんを差し出した。見た目の年は変わらないくらいなのに、長くこの世に居るから、こんなに落ち着いているのかもしれない。
でも、夜トは全然落ち着いてないから、個人差なのかな。
夜トがうざいくらいに抱きついているのを、頭を撫でながら受け入れている様子を見ていたら、恨み言のひとつも浮かんで来なかった。
月音さんはもう、当分旅には出ないで夜トの傍に居てくれるらしい。雪音くんもすっかり心を入れ替えたようだし、夜トの身体も休まるようになったので、一件落着ということかな。
大黒さんの所で働かせてもらっている雪音くんに会いに行くと、気持ち悪いくらいに泣いた夜トが彼の働く姿を眺めている。
月音さんは盆栽の手入れをしている大黒さん……というよりも、盆栽を穏やかに眺めていた。
その後、禊のお礼をしに天神様の所に行った。
「この間は助かっちゃったよ、天神。さすが伴音、オレの元相棒!」
「真喩はねえ、肝の据わった良い娘だよ。どこぞの底辺に鍛えられたから」
夜トと天神さまがにこにこ笑ったまま言い合っているのを、少し離れた所で私と雪音くんと月音さんは見ていた。
「ずっとオレんとこで鍛えた月音はもっとすげーんだからな」
「月音くんねえ、うちの梅雨が色々教えてあげたんだから当たり前じゃない?」
「あ!?初耳なんですけど月音!?!?」
「うわ」
真喩さんに連れられて離れようとしていた月音さんが、後ろで騒いでいる夜ト達の話の内容を聞いて、嫌そうな顔をした。
「月音さんってどこで勉強とかしてきたんですか?」
「梅雨さんもそうだけど、他の神器とかと仲良くなったり。あとは陰陽師とか?」
「兆麻さんみたいな術が出来るってこと?」
「兆麻の方が物知りだよ」
私と雪音くんが問うと、月音さんは浅い返答をした。
「俺は雪音や伴音……今は真喩か。今までの神器のように、妖を退く剣にはなれないから」
月音さんは困ったように微笑した。
「でも、私夜トさんから月音さんの一線は凄いってうかがいましたよ」
「俺は護りのほうが得意でね。一線引いて、夜トと一緒にその場から逃げるっていう流れ」
真喩さんと談笑しながら歩いていると、他の神器の方々がこちらに気づいて会釈をした。ふいに、一人居ないことに気がついて呟くと、真喩さんは気づいちゃった?と肩をすくめた。
一人、天神さまを刺してしまって、破門になったのだそうだ。見聞きしただけで感化されてしまうという言葉に、雪音くんは苦々しげに顔を歪めた。
「これからは、その名にかけて主を護りなさい」
「はい、雪の名にかけて」
「これからは月音さんもいるのだから、心強いでしょう」
「え、俺?」
真剣なまなざしで言葉を交わしていた二人だけど、真喩さんが砕けたトーンで月音さんを引き出した。
見守るように黙っていた月音さんは素っ頓狂な声をあげて首を傾げる。
「だって、あの夜トさんとずっと一緒に居られた人なんですよね?すごくすごく良い人に決まってます」
「たしかに!」
一気に捲し立てた真喩さんにつられて、雪音くんも興奮したように月音さんを見上げた。当の彼はやっぱり困ったような顔をして、居心地が悪そうだった。
「いや、もちろん夜トは鬱陶しい時あるし、気持ち悪い所もあるし、汗かいてるときは寄るなって思ってるけど」
「あ、やっぱり?」
月音さんが弁解するように手をひらっと振ると、雪音くんが顔を引きつらせて笑う。
「でも、それだけじゃあ夜トから離れようって気にならないくらい……好きだからね」
そう言って、初めて見せた笑みは、本当に小さなものだったけど、優しいものだった。
戦闘力は相変わらず皆無だけど、色々ズルいです。
12巻で神器は夜トが望むまま刀になる云々は、主人公がちょっとチート?だからってことで。というか、普通の神器ではないってことですね。生きていた記憶がある分、夜トの影響を受け難いというか。
June.2015