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オリーブの遺言 05

新一がある日、妙な男の妙な取引現場をカメラにおさえようとして、失敗した。
背後から殴られ意識が朦朧としたところで毒薬を盛られ、気がつけば体が縮んでしまい幼い子供になっていたという。
その一報を入れてくれたのは隣家に住む発明家、阿笠博士である。彼は長年、工藤家と懇意にしてきた話のわかる人物だ。
話を聞いた工藤夫妻とヒロキは、再び日本へやって来た。そして阿笠と結託して変装し、新一を驚かせてやろうということになった。
ヒロキはさすがに変装には向かない体躯なのでパスをして、久しぶりに父と会うために別行動をとったが。


もうヒロキが死んだことになってからは二年の時が経とうとしていた。

以前、父親と暮らすのを優作に止められて、あっさりとあきらめたのは、の条件をのめていないからという前提と、どうしてもそうしたいと思わなかったから。
けれど時間が経つとまた、思いも変わってくる。
樫村は、忙しいうえに時差があるにもかかわらず、ヒロキによく電話をいれ、日々の様子を聞きたがった。幼少期に日本で暮らしていたころよりも会話は多く、内容も弾んだ気がする。会ったときもヒロキを優しい目で見ていて、仕事のことも、遊び方も、自分のこともたくさん教えてくれた。
の条件は今のところヒロキにはわかっていないが、いつか本当に父親と暮らせる日が来たら良いなと思っている。
そしてその時はに、どうだクリアしたぞ、と胸を張りたかった。

父と別れて工藤家と合流したヒロキは、両親に驚かされてふてくされた新一と対面した。ヒロキよりも幼い少年だが、ひとめで新一とわかるほどに面影がある。
「わあ、……すごい、本当に新一が縮んでいるよ」
そんな妙な姿を見下ろし、ヒロキは感嘆の声を漏らす。
優作と有希子は、その組織を探すのも姿を取り戻すのも大人に任せてアメリカに来い、と誘ったが新一は絶対に嫌だと断った。そのことについては決着がついていたので、ヒロキと新一は久しぶりに普通に話をする時間が出来た。
「江戸川コナン、だっけ?面白い名前つけたね」
「咄嗟に名乗っちまったんだよ」
「あ、それ優作さんの眼鏡と似てる。僕も初めのうち外出るときは借りてたなあ。ちょっとかっこいいよね」
「そうか?古くせー形だろ」
「このいかにもオジサンっぽい眼鏡が良いんじゃん」
二人が散々こき下ろす眼鏡の持ち主は、幸いなことにその場には居ない。
「───新一も結構迂闊なんだね」
「るせー」
ヒロキが随分見上げていたはずだった頭は、すっかり見下ろす場所にある。つむじを人差し指で押すと、嫌そうな顔をしてふてくされた。
「行動には気をつけなきゃ。とくに好奇心で動くときはね」
ソファに二人で座って、ヒロキはまるで小さな弟に言い聞かせるように顔を覗き込む。
「僕は渡米する前、束縛されることがいやだった。純粋にそれが窮屈だというのもあるけど、自分の知りたいことが多すぎたせいでもある。人に言われて勉強したり休息したりするよりか、新しいプログラムを組んだり、市場の動きを見たり、一人で物思いに耽ることの方が楽しかった」
「大層なこって……」
「アメリカは自由だったし、知りたいことを知るのに止める人はいなかった。体調が悪くならないようにする理性はあったしね」
新一は当初呆れた顔で聞いていたが、だんだん弱くなるヒロキの声色に気づいた。
「それでも随分貪った記憶はある。知識も情報も時間も情熱も。そこに遠慮はなかったし、得れば得ただけ成功の鍵だと思った。実際にノアの開発やDNA探査プログラムはその功績ともいえるけど」
ソファの背もたれに寄りかかり、あぐらをかいたヒロキは一度口を閉ざした。
「その時、シンドラー社長の知っちゃならねーことを知っちまった。───だろ?」
「……まあね。悪いことをしたなって思うよ」
「仮に知られたくないことを知られたとしても、おめーを閉じ込めていい理由にはならねーよ」
新一は当然のような物言いをした。そして強い瞳をしていた。
「だから背後に注意してなくて迂闊だったとはいえ、俺は妙な取引現場の証拠を得ようとしたことも後悔しないし、殴って毒薬飲ませたやつらを絶対にこの手で捕まえてみせる」
「……すごいな、新一は」
「だからヒロキも、堂々としてろよ」
「え?」
「危なくなったら、今度は俺が助けてやっからよ」
言い聞かせるように話し始めたヒロキはいつの間にか、新一に発破をかけられていた。

この二年、トマス・シンドラーの陰が忍び寄ることも、から連絡が来ることもなかった。
優作と有希子は良い父母代わりとなってくれたし、父は昔よりヒロキを理解しようとてくれた。
ゆっくりと人間関係の形成と修復が行われ、不自由なく穏やかな日々を暮らすことに、なんの疑問もなかった。

それでもどこかにあって、忘れかけて、またふいに思い出す自分の得たい知識が胸にあった。



「───ノアズ・アーク、そこにいる?」
ヒロキは電脳世界にアクセスして、かつて逃したノアへ問いかける。

>I'm here.

ヒロキの眺める端末は白く光り、黒い英文が浮かび上がった。
二年ぶりに話しかけたノアズ・アークはおそらくヒロキの思っていた以上の知識を手にしている。
「応答が早いな。ずっとここにいたってことかな」
「たぶん」
傍で見守っていた優作の言葉に、ヒロキは小さく笑う。
と話せる?」
>No good.
「だめみたい」
「ヒロキくんの言うことは聞くと思ったんだが……ノアを一度手放したからか」
「それもあるけど、多分の言うことをさきに聞いてるんだろうね」
簡単なコンタクトではなく、アクセスをかけるためにパソコンを開き操作するヒロキの瞳はぼんやりとモニタの光が映り込む。
「所有権がに?」
「ちょっと違う」
ヒロキは一旦キーボードを操作する手を緩めた。
そして怪訝そうな優作を見上げて微笑む。
「ノアを作ったのは僕だけど、情報の振り分けについての手を借りた」
「情報の振り分け」
「僕は指示・形成、は分岐・判断。もっと簡単に言うと、僕がノアに知識を与える親だとしたら、は悪いことを教える兄、かな」
「悪いこと?」
優作はヒロキの手早く動く指先を横目に、邪魔にならない程度の問いかけをして話を促す。
「してはいけないこと───あ、アクセスできた。でも中までは入れないなあ」
ヒロキは再びパソコン画面に目を戻した。
ノアズ・アークもも、コンタクトを拒否するつもりはないらしく、ヒロキは目を輝かせる。
「───本当に悪いことを教えてるかも」
「え、」
には独特のルールがあるんだ。わがままっていうか、まっすぐ。新一とは方向がちょっと違うけどね」
「ふむ。アクセスできたといっても、居場所の特定や直接のやり取りは難しいみたいだが、どうする?」
「聞いてみるよノアに」
「聞くって……」
はどこ?って」
「それこそ答えてくれるわけないんじゃ……あ」

>Old time London.
「ああぁああ~!!!」

ヒロキは久しぶりに大声をあげた。
そして足をジタバタさせる。まるで───いや、本当に───悔しがる子供だ。
優作はヒロキの大声に紛れて、笑い声をあげそうになったが、すぐに抑える。
『オールドタイム・ロンドン』───ふたりとも覚えがあった。
単なる昔のロンドンを指しているわけではなく、優作やヒロキの父である樫村が作るゲームのステージのひとつだった。
ヒロキもこっそり手伝っていたのでゲームのストーリーを知っている。
「僕のことからかってるんだ!」
「お、おちつけヒロキくん」
「だって優作さんだってそう思うでしょ!?」
「うんそれはまあ、否めないが」
優作はを庇うことはない。むしろヒロキと同様にしてやられたという気持ちの方が大きく、こめかみに手を当てて頭痛に耐えていた。

...


ここまでプロローグみたいな。
ヒロキ君が絶叫するまでが書きたかった。 オールドタイム・ロンドンって良い響きですよね。
Dec.2023