05
教師と生徒の青春系ドラマに出演が決まった。
マミーズもそうだし、いろんな事務所から若い男性を集めてクラスを作る。不良の集まる男子校という体なので、成人した俺でも男子高校生の役を演じるのだ。
メインキャストの生徒もだけど、他の生徒もそれらしい格好をするので衣装合わせや会議なんかも細やかに行われた。
俺だけスタイリストさんと監督と、マネージャーとフレッドとジョージという、兄弟同伴の元髪色やファッションを決めるという打ち合わせが行われて複雑な気持ちになった。
俺の役柄はメインではないが、彼らといつもつるんでいるうちの1人だ。
最近出て来てブレイクの兆しがあるモデル出身の子とか、数ヶ月前にデビューした今旬のアイドルとか、ついこの間まで朝ドラで爽やかな青年を演じていた俳優の三人組がまずメインで、一番派手にカメラに写る。その取り巻きに数人ついて、一緒に帰ったり、喧嘩行ったり、サボったりするっていうのが俺である。重要度でいったら先生役の女優さん、リーダー格の三人組、の次なのでそこそこ良い所に入る。
ちゃんと毎話出るし、名前も最初から呼ばれる。
一話は先生が赴任して来る話だ。祖父が極道の組長の女性が念願の教師となり、新任で受け持つことになったクラスの生徒達は手の付けられない不良である。
強面に慣れているため、屈託なく接し馴染もうとしたが、生徒は教師と言う生き物に反感を持っているし、言う事はおろか授業も聞かない。少しへこたれる先生だけど、据わった度胸で生徒に正面から向かって行く。
そんな中生徒が他校との喧嘩をしている際にピンチに陥り、颯爽と現れた先生が華麗に相手を伸し、先生の強さと優しさをほんの少しだけ目にして生徒達は、先生をとりあえず受け入れる感じで一話は終わる。
ちなみに、そのときの俺は最初の方に後ろからバットでやられてくらくらした状態の中、先生をぼうっと眺めていた。
二話、三話、とメインの話が続いて四話は他の生徒の回がやって来た。俺ではなくもう一人の方で、彼は初めて出来た彼女を敵対する不良に人質に取られてボコボコにされるのである。
不良の純情と真摯さを描いていて、なおかつ俺達クラスメイトも駆けつけなんとか友達とその彼女を助けようとする団結力も描く。最終的に先生が助けに来てくれて終わるんだけど。
六話で俺の回があって、今度は先生の恋路の話が入り、実家の話、他の教員の話、正体がバレる話、一悶着あったけど先生に戻って来てもらう話となってドラマは最終回になる。
メインに一人、警察官の息子が居たので実家とのいざこざや、先生の実家の立場との対立という話が描かれていたけれど、俺も実家が絡んでくる話になる。
俺の実家は政治家の家系だった。
俺の母は幼い頃に病気で亡くなって、父は後妻をとり弟ができた。
七つ年下の彼は現在十一歳で、私立の小学校に通いそのまま付属の大学まで行くだろうという、ガチガチの教育体制が組まれている。きっと弟は父と同じように政治家になるのだ。
俺も中学までは私立の学校に通っていたけれど、弟が自分と同じように言いなりになって勉強をしている姿や、自分以外の家族、そして自分を鑑みて、親の言いなりになるのを辞めて分かりやすくグレた。
母と父という存在を持っている弟が羨ましかったのかもしれないし、父親が嫌いだったのかもしれないし、もしかしたら亡き母が恋しかったのかもしれない。
俺の事を諦めた父は、高校からは自由にさせて、放っておいた。
弟との仲は決して悪くはなかったが、そもそも最初から母が彼にべったりなのであまり話をしたことがない。仲が悪くなりようがない、という意味である。
高校に入って三年の間、顔を見たことも、電話をしたこともなく、無関係な子供と思っている。
ところがある日の夜、塾の帰り道一人で歩いていた弟がかつあげをされていたのを気まぐれに助けた。
「に、にい……」
「誰だよお前」
兄さん、と呼びかけようとした弟を冷めた顔で見下ろした。
弟が嫌いなわけでもないし、本当に顔を忘れた訳でもない。父親に似たつり目がちな目元は見れば分かる。
歩き去ろうとした俺に伸ばしかけていた手を、不機嫌な顔を隠しもせずに見下ろすと後ろに隠された。ああ、それでいい。
「ママはどうした?早く家に帰れよ」
「母さんは来ない」
「はあ?」
俺は弟の旋毛を見下ろす。
リュックサックの肩ひもをきゅっと結ぶ手は小さくて、細っこい。
「なんで」
「もう、僕は一人で帰れるから」
「帰れてないだろ、今何されそうになった?今日はタクシーでも拾って帰れ」
「やだ」
一人で帰れる、と言って横に振られる小さな頭を見て、思い切り顔をしかめる。
たった今かつあげをされかけていた弟を繁華街に置いて行くのは気が引けた。
俺は遠慮なく舌打ちして、弟の首根っこをひっつかんで歩く。
狼狽える弟だったけれど足は動いたので手を放し、前を歩くとちゃんと後ろをついてきていた。
繁華街を抜けて車や人はそれなりに通る道まで、一言も喋らずに二人で歩いた。
「一人で帰りたいならここらへんからにしろ」
ポケットに手を突っ込んだまま、俺は急に振り返って来た道を引き返す。正直家まで送ってやるのは面倒だった。親に会いたくもないし、弟と俺が二人で居る所を見られるのは何故か嫌だった。
以降、俺はなんとなく、毎晩繁華街を通る弟を見つけてはずかずかと近づいて首根っこひっつかんで道を抜けた。
「なあ、お前の母さんホント何してんの?」
「……」
弟に珍しく声を掛けたのは何回も送り迎えをするようになってからだった。
「うち、そんなに自立精神を養う家じゃないだろ、なんて言われてんの」
後妻の彼女はとても真面目そうで淑やかで、甘い母親だった筈。
弟にべったりしながらも、俺を無視することもなかった。むしろ無視していたのは俺の方だ。
だから時々、年末年始やクリスマス、弟の誕生日、俺の誕生日あたりには家に帰って来たらどうかとか、食事を一緒にどうかとか、メールをしてくる人だった。返事をしたことは、ほとんどないけど。
「母さん、入院してる」
「は?」
弟は立ち止まって振り向いた俺に少しだけ近づきかけて、慌てて止まって顔を上げた。
「なんで?」
「ちょっと風邪をひいたって言ってた。検査で、来週には退院する」
「親父は?」
「仕事忙しいって」
俺は頭を抱えた。
仕方がない、と思って俺は結局弟が家に帰る道を少しだけついてまわるようになってしまった。
繁華街は特に危ないから、そこだけ。
そう思っていたのが間違いだったのかもしれない。
繁華街は特に危ない、それは間違っていなかった。
つい先日反感を買った男が、俺と弟を見ている可能性が高かったのも、繁華街だった。
ドラマよろしく───ドラマなのだが───その男に弟は攫われた。
どこかから入手した体で俺のアドレス宛に、縛られ口にテープを付けられた弟の写真が送られて来る。廃屋の床に横たえられた弟にはご丁寧に私立小学校の指定鞄が添えられていた。
俺は呼び出しに応じてボコボコにされるほかなく、弟は兄さん兄さんと泣き叫び、クラスメイトが助けにやって来たが乱闘騒ぎとなって、最終的に先生が乗り込んで来て場はおさまった。
最後、助け起こされた俺はふらふらと歩き出す。
苛立たし気に向かうのは、弟の元ではない。
先生のあまりの攻防に圧倒され、壁に縋りつきながら逃げ去ろうとする、俺を呼び出した男のところだ。
目の前で壁に思い切り足をついて塞いだ。あまりにすれすれだったので、男は驚き膝をつく。
シャツの襟をぐっと掴んで顔を持ち上げ、顔を近づけた。目と目を合わせて言い聞かせるように囁いた。
「次こいつ巻き込んだら殺す」
相手の男は腰を抜かしたように崩れ落ち、こくこくと頷いた。
そして振り向くと、クラスメイトたちと先生はひきつった笑みを浮かべていて、俺が首を傾げるとびくっと震えた。
俺はクマみたいに恰幅の良いクラスメイトに抱えられていた弟を受け取る。
縄を解かれて泣きながら俺にしがみついてくるので、太腿だけじゃなくて背中に手を回して撫でた。
素直に大事にすることもできない、ぎこちない手つきだ。
退院して家に居る母親に弟の無事を連絡した。
本来は、学校から塾に危なくない道を通って塾へ直行する弟を、いつも通り迎えに行ったが今日は塾に来てないと言われて驚き、父と俺に連絡をしていたのだ。
俺はすぐに自分のアドレスに入って来た弟の写真に気づいたので、心当たりがあるとだけ連絡を入れておいたので、母親は家で待っていたのだ。
もちろん、母は俺が弟を少しの間家に送っていたことなんて知らなくて警察に連絡をしたがっていたが、父がきっと大事にしたくないといって止めたのだろう。俺が原因であると分かったから。
両親は家の外で待っていた。
弟は負んぶして歩いてるうちにうとうとし始めていたのだが、両親が弟の名前を呼ぶとはっとして手に力を込めた。
「……お前、その怪我」
「どうしたの?二人ともなにがあったの?」
父が苦々しい顔をして俺を見て、母は泣きそうな顔で弟を抱きしめながら、俺を見上げた。
「俺と一緒に居た所を見てた奴が、攫ったみたいで」
「……!」
悲鳴を上げそうな顔をして、母は口を抑える。
「お前の」
「俺の所為です、すみません」
「違う、違うよ!兄さんは僕を助けてくれただけでしょ!!」
低い声を震わせる父の言葉を遮って、頭を下げた。
弟は俺に手を伸ばして、なんとか弁解をしようとするが、俺はその手を引っぱりこもうとは思わない。
母は弟を強く抱きしめたままだ。
「今回のことがあったからはっきりさせておく」
「にいさ……」
空ぶる手を見下ろした。
「俺はお前の兄さんじゃないからな……」
「なに、いってるの」
「俺は俺の母親の苗字で別の家で暮らしてるんだからわかるだろ?───家族じゃない」
「やだぁ……っ」
大きなため息とともにしゃがんで、弟を見上げる。大粒の涙が顔を濡らしていた。
「泣くなよ……俺はもう、助けてやんないからな」
びしょぬれの頬を片方だけ、掌で覆って拭った。
───カット!
という声が聞こえて、俺はふうとため息を吐く。
最後は弟と別れた俺をひっそり見ていた先生が合流し、歩いて帰るシーンだった。
「役者だなあ」と笑いながら背中を叩かれて、思いっきりうめく。なにせ、先ほど暴行を受けていたのである。
弟の前で痛みを隠したからか、弟を突き放したからか、ともかくいろいろな含みを持たせた会話だった。
「……いてーよ」
そう呟いて、先に行く先生と、さらに向こうにいるクラスメイトたちが待つ方へ歩き出した。
映像確認をして監督からOKの声を貰うとようやく笑みがこぼれた。
「!」
これで今日の撮影は終了、と思って肩を叩いていると、大人の集団から子供が飛び出して来た。
弟役の雲雀恭弥という子役で、大人顔負けの台詞回しで、演技力抜群である。
最初は素っ気ない生意気そうな子供だったんだけど、兄弟を演じている間に顔を合わせているからか、なんとなく緊張がほぐれて来て今では俺を呼び捨てするほど懐いたと思う。
なにやら俺と恭弥は顔が似ているらしく、スタッフさんたちの間では本当に兄弟みたいに見えると話題らしい。
「恭弥、撮影おわるの待ってたの?」
「うん」
ぎゅうっと抱きついて来る恭弥は別れの泣くシーンを撮ったら終わりだったので先に帰ってても良い筈だった。
まだ泣いた後の顔をしていて、鼻の頭が赤くて、睫毛が濡れてまとまっている。
目元を親指で抑えながら見つめると、つり目がちでつぶらな瞳は不思議そうに俺を見上げた。
「はれぼったい……たくさん泣いたね、恭弥」
「が泣かした」
「演技でしょ」
「でもに拒絶されたら嫌な気持ちになる」
「そりゃよかった……のかな?」
「よくない、謝って」
「ごめん?」
ぐりぐりとお腹に顔を埋める恭弥の後頭部を撫でる。
スタッフさんたちが笑って俺達の様子を見ていた。
「演技だから、恭弥のこと嫌いなわけじゃないよ」
「……知ってる」
抱っこして顔を見上げると、ふてくされた顔がそっぽ向きながら言った。
本編とはまるっと違う立場たのしいです。
CMで2人が一緒にいるところに突撃して「どうして2人はご家族なのに同じスマホじゃないんですか!?」って聞かれてきょやくんが「家族じゃないよ」ってぷるぷる言うところに主人公が「家族だよ」ってやるネタがあります。余談です。
元ネタヒント:カドノタクゾウジャネーヨ!
Sep.2021