卯の花とみかづき 05
夏休みなのには学校に来ていた。それは英語の弁論大会の選手に抜擢されてしまった故の練習が予定されていたからである。若干ずるいのではないかと当人は思うけれど、内申点があがり受験の推薦も貰いやすくなるのであればと参加を決めた。
英語の教員とALTが文章の改善や発音の指摘等をする。高校で教えているのはアメリカ英語だったので、イギリス英語の方が身に付いてるは少しだけその指導がありがたかった。
佐為はこういうとき、全くわからないので、を眺めていたり、動ける範囲で教室の中や校庭の様子を見ている。
(あーおなかへったなあ)
「ふふふ、頑張ってください、」
途中でが佐為に聞こえるように心の中でぼやいたので、応援をする。
「今日はこれくらいでいいだろう。じゃあ進藤、一本録音して、俺の机に置いといてくれな」
「はい、ありがとうございます」
「お疲れさん」
教師は労いの言葉をかけて教室を出て行き、はレコーダーに声を吹き込み始めた。
夏休みの、挙げ句の果てに土曜日に学校に来ている所為で購買部は営業しておらず、昼食を手に入れられる最短ポイントは歩いて7・8分の所にあるコンビニだ。そのもどかしさをなんとか押し込めて、ミスの無いようにスピーチを終えた。
「、先ほどから気になっていたんですが、アレはなんなんですか?」
「え?どれ?」
「校庭にあるカラクリです。私初めて見ました」
スイッチを止めて作業を終えたのを見計らって、佐為はたずねる。
学校に来た時に校庭が見える所を少し歩いたような気もするが、特に気にもとめていなかった為、は佐為の言葉に促されて窓から外を見る。
「あー、多分、あれは流しそうめんかな」
「なんと、そうめんを流すのですか?」
流しそうめんは昭和の中頃に発祥したものであったため、佐為もよくは知らなかった。
竹の筒が連なり水道と繋がっている光景は、何も知らないものから見ると異様な光景だろう。
はぬるい風を浴びながら、良いなあと心の中で囁く。
「混ぜていただけませんかね」
「なーに、近くで見たいの?」
「それもありますが、お腹をすかせたが可哀相で」
よよよと撓垂れる佐為に、はふっと吹き出す。
その時ふいに強い風が吹いて、手にしていたプリントが羽ばたく。緩く持っていた所為で独特の法則で暴れるそれを制御できず、手から離してしまった。
「あー!うそ……」
四階から、校庭に向かって弁論大会の原稿が落ちていく。ひらりひらりと舞い遠ざかる白いそれをみて、は頭を抱えた。
校庭の隅に落ちたことは分かったので、慌てて荷物をまとめてレコーダーを掴んで教室を飛び出した。
原稿にはいくつも直した箇所があり、常に文章の訂正が入っている。今日もまた少し直す所があったので、もとの文章をバックアップしてあるといっても最新ではなかった。レコーダーに最新が音となり入っているが、それを書面に起こすよりも今日の訂正文を見た方が早いので、はできれば原稿を取り戻したいのだ。
ひなは零の通う駒橋高校の将科部が主催する流しそうめん祭りに参加していた。
隣ではモモがむぐむぐとそうめんを食べていて、零は少し離れた所で見守っている。あらかた食べ終えると男子タイムが始まり速さが増したので、あかりと一緒に今度は零達を見守っていた。
そのとき、ばさばさと足首に何かが引っかかりひなは驚いて肩を震わせた。木の枝と言うには柔らかく、ビニールというには固いものだと反射的に思いながら足元を見れば、数枚の束になったプリントでがある。ホチキスで止められた辺りは特にぼろぼろになった、少しくたびれたものだった。
「なにかな、これ」
「授業で使うプリントかしらね」
拾い上げたひなと、気がついたあかりは二人でそのプリントを覗き込む。
「!」
そして息を飲んだ。
何枚捲っても、アルファベットの羅列が続いている。英語だろうということは分かるが、授業の教材だとしたらこの文章を翻訳したりするのだろうかと思って気が引けた。偏差値の高い高校だと知ってはいたが、少なからずショックだった。
書き込まれている手書きメモが、慣れた様子の筆記体だったことも、大きな要因である。
「おねいちゃん……わたし、この学校は入れるかなあ」
「入れ……入れるわ!頑張れば」
「でも、でも、やってけるかなあ」
この学校に入りたいな、と先ほどもらしたばかりのひなは急に弱気になった。
プリントと姉の顔を交互に見てみたが、プリントは白く、姉の顔はほのかに青白い。きっと自分の顔はもっと青いだろう。
「あれ?進藤!」
そんなひなたちをよそに、零が唐突に声を上げ、手を挙げる。
零の視線の先にはが中腰になりながら何かを探している光景があった。ひなもあかりも夏祭りの晩に一度彼の姿を見かけているので、小さくあっと声を漏らす。
当のは零に呼ばれて片手を上げながらこっちに歩いて来た。
「流しそうめん、零たちだったの」
「進藤くんお久しぶりですね、どうです、参加しませんか」
「え、ほんと……いいんですか?あ、……でもなあ」
「そういえば何か探してなかったか?」
野口の誘いには少し嬉しそうに笑ったけれど、すぐにその表情を曇らせた。あきらかに疲れて、しょんぼりした顔をしていることと、先ほどの体勢に検討がついた林田は汗を拭いながら問う。
「今日、弁論の練習来てて……その原稿落っことしちゃって」
「あ、あの、これですか?」
ひなはの言葉を聞いてぱっと片手をあげた。するとははっとした顔をして、駆け寄って来る。
「ごめんなさい、ちょっとくしゃくしゃに……」
「いいよぜんぜん、ありがとう、助かった」
気が抜けたように、そして心底嬉しそうに笑ったにひなはほっとした。
「零ちゃんこれって授業でやるの?」
「ううん、これは大会で発表する原稿だから、こんなん普段やらないよ」
零の服の裾を握るひなの不安を読み取ったのか、はあっさりとそれを拭う。
「こんなの進藤みたいに文系の精鋭のまた精鋭じゃないとやらないから」
「うるさいよ理数系。あと俺は文系でも外国語コースでもない」
「選択してないのに抜擢されるのは進藤くらいだよね。あと俺も別に理数系じゃない」
零はの持っている原稿の英字の羅列を見て納得し、英語の授業中によく指されて読まされるを思い出しながら茶化した。なぜだか零は、をすごいと思いつつもあまり褒めたくないと思っていた。それは、同じ階段に座って昼食をとっていたい、そんな気持ちと似ているかもしれない。
零ちゃんはかしこまってるときとか、冷静な時(の独白?)とかは僕だけど同年代と喋る時とかは俺なのでもうすっかり主人公の前では俺です。進藤って呼び出したときからなので前からですけど。
将棋組とかも出したいんですけど、とりあえず未定。続きも未定。
Jan.2016