きょんしーくん
>大まかな設定
名前はハツ(發)で固定です。
五道転輪王の僵尸。チュンの次の子。
お迎え課の手伝いをしている。
>旧校舎編
ナルは旧校舎の周りを歩いてるところで、人影をみとめた。見た所ナルと同年代かそこらの年若い少年で、詰襟姿だ。旧校舎は妙な噂や取り壊し予定であることから一般の生徒の立ち入りは禁じられている。少年は見るからに立ち入り禁止の対象だ。
たったいま旧校舎のドアから出て来た彼に、ナルは眉を顰めた。
少年はナルが声をかけるよりもさきに、携帯電話をとりだす。
「うぇい、今言われた所来たけど、誰もいないネ」
独特の訛や、電話の挨拶に、ナルは少し首を傾げた。
(……中国人、か?)
「かえってもいーか?」
うんうん、と少年は頷き、すぐに電話は切られる。
それから、携帯電話をポケットにしまい終わった少年は、ナルに気づいた。
「きみはこの学校の生徒?」
「うん?ああ、そうだよ」
ナルが問いかけると、少年はこてんと首を傾げてから笑った。
「人を捜しているようだが、ここに用が?」
「もう用ないよ」
「ここに変な噂があると聞いたけど、知ってるかい」
生徒ならと軽く質問をしてみた。少年は知ってる知ってると笑った。
「ここで死んだ人でしょ??でも皆昇って来てる言ってたよ」
「は?」
「ガセ情報だった。勿体ない気分ネ」
不貞腐れたように言った少年は、ナルが首を傾げている間に去って行ってしまった。
>人形の家編
「駄々捏ねるんじゃないよ、行くったら行く、行かないでも行く!」
滝川は、依頼を受けてやってきた森下家の庭先で、奇妙な少年を見かけた。
小柄で、詰襟姿の短髪の少年は、一見ただの学生だ。しかし、今彼は一人で、見えない何かに声を荒らげている。
まるで背の低い誰か───子供がそこに居るように、見下ろした。
そこが森下家の庭先でなければ、滝川はまず間違いなく見て見ぬふりをするのだが、そうもいかない。
滝川が少し近づく様子に気づく事無く、少年は見えない誰かの話を聞くように顔を傾けた。
「うん、うん……、わかったちょっと待て」
少年はショルダーバックから書類の束をとりだし、ぱらぱらと捲る。そして、思い切り眉をしかめた。
「大島ひろはどこ?」
ふいに周囲をきょろきょろと探り、ようやく滝川に気づいて首を傾げた。
「……道士か?」
「へ?」
仕事着に着替えても坊主だということを疑われるのに、普段着である今、一目で少年に見抜かれた事に滝川は驚いていた。
「お前さん……同業者か?」
「ん?ああ、そんなもんよ。中入れてくれる?」
典子と礼美はホテルに避難させていて不在だ。それに、家主や協力者が新たに人を呼んだという話は聞いていない。ならば通りすがりとも思えたが、そんな偶然あるものなのかと心の中で考える。
怪しいのはたしかなのだが、言っていることが的を射ているため、様子を見るためにも少年をナルたちの居るベースにつれてきた。
「あれ、あなた一回会ったことあるネ」
「……きみは」
ナルと顔見知りだったらしい少年は、にっこり笑った。
「麻衣と同じ学校の生徒なのでは?」
「あれうそ」
「やっぱりな……」
ナルと少年のやり取りに、滝川は困惑する。
「同業者だと聞いたが」
「そーよー、お迎えに来た」
子供っぽくて間延びした喋り方で、少年はこの家で死亡した子供の名前を言い連ねた。
「でも邪魔する女居るから、潰して来るネ」
「潰すぅ!?」
「大丈夫、死んでるから死なない。力付くでも連れて行く、そういうお仕事」
片言に物騒な事を言う少年に、滝川は目を剥いた。死んでるから死なないというのは、浄霊するということなのか、ナルや滝川はいまいちずれてる少年の実力を測れないでいた。
麻衣は先ほど女の霊に首を絞められたので、純粋に少年の身を案じたのだが、彼は周囲の疑問や制止も聞き入れず一人で居間に向かった。
皆、モニタ越しにその様子を見つめる。
少年は井戸の穴をじっと見つめたと思えば、ぴょん、と飛び込んでしまった。
誰もが息を詰めて、ぎょっとする。麻衣なんか助けるために部屋を出て行こうとしているが滝川に止められた。
暫くしてから、少年は井戸から自力で這い上がって来た。麻衣と同じくらい背が低いのにと誰もが思ったが、少年が井戸から引きずり出した物体を見て、細かい考えが全て飛んだ。少年は女を持っていたのだ。そして、それを床にぞんざいに投げ捨てた。
「娘はここにはいない言ってる」
足を掴み直し逆さまに持ち上げながら言う。
「邪魔を……するな」
「お前の方が邪魔してるよ」
ゆっさゆっさと女を振り回すと、既に弱っていた女は喋る事も出来なくなる。
小さな体躯とは裏腹にパワフルな少年に誰もがモニタを見ながら絶句せざるを得ない。
「なんだあれは……」
ナルはぽつりと零す。
この目で確かめようにも、きっと居間に実際に行ったら何も見えないのだろうと、全員がモニタから離れなかった。
>迷宮編
目を離した隙に真砂子がつれていかれてしまい、屋敷の内部で壁を壊す準備をしていた。
ふいに、後ろから「あらら」という声が聞こえて、全員が振り向く。いつぞやの少年がきょとんとした顔で立っていたのだ。
「よく会うネ、あなたたち」
彼の詰襟姿は、酷く場違いに見える。
「森下邸の……」
滝川は呟いたが、そこで言葉を切らずにはいられない。なにせ、彼の名前を誰も知らないのだ。
以前の森下邸での彼は、霊を一掃して居間から出て行ったと思ったら姿を消していて、何も問うことができなかった。
まさに神出鬼没である。
「なぜここへ?」
「お仕事」
依頼人の代理である大橋からの紹介に、彼は居なかった。途中参加でもないだろう。
ナルは奇妙な少年の様子を見ながら尋ねるが、少年の方は気楽な笑顔を浮かべるばかりだ。
「美山鉦幸を迎えにきた。ついでにちょっとぶっ飛ばしていいって聞いた」
「鉦幸氏を知ってるのか?」
「生きてるときも、死んでるときも人殺してるよ、大変なヤツ!まちがいなく地獄逝きネ」
相変わらず変な片言で、言っていることが理解できかねる。
「ここ何日かで三人もやっちゃってるよ」
「!」
麻衣はその人数に目を見開いた。当てずっぽうなのかもしれないが、四人と言われなかったのが救いだ。
「壁壊すから、離れていてよ?」
少年は全員に注意喚起をすると、自らも壁から距離をとる。無茶苦茶な人だという認識があったので、今度は何をしでかすつもりかとナルが全員を下がらせる。
「ほぁちゃー!」
助走をつけて、少年は壁にドロップキックをした。すると、どごんっという音とともに少年は壁を突き破ってしまった。全員があっけにとられ、少年が開けた穴を覗き込むように姿を追う。
「あなたたち危ないから来ない方がいいよ」
穴の向こうでは少年はけろっと立ち上がっていた。
そうは言われても、ただ待っているなんてことはできず、少年が開けた穴を潜って奥に進んだ。
麻衣がようやく少年に追いついた時には、真砂子は廊下でへたりこんでいた。なんとか助け起こそうと傍に寄ると、真砂子が放心しながらある一点を見ていることに気づき、同じようにそちらを見た。
少年が血で溢れる浴槽に腕を突っ込んでいる所だった。ボコボコばちゃばちゃ、という音に交じって、中国語で秒読みする声がする。
そこに、鉦幸が居るのだと、麻衣は分かった。
ざばっと浴槽から腕を上げた彼の手には、頭が握られていた。首から下に、身体もある。
そんな少年に男の霊が二人つかみかかろうとした。
麻衣は危ないと言おうとしたが、少年は鉦幸の頭を掴んだまま、華麗に二人を蹴飛ばす。
こんな風に力技が通用するものなのか、麻衣には分からない。でも、森下邸でも彼は大島ひろを逆さ吊りに持っていたことから、彼にはできることなのだろうと納得するしかなかった。
「麻衣!」
真砂子と抱き合って放心していた麻衣は、強く呼びかけられて、そちらに視線をやった。向こうからナルや滝川たちが駆け寄って来るのがみえて、ほっとする。
少年は、人を逆さ吊りに持つ癖があるのか、三人の足を担いで、ナルたちに向き合った。
「来ない方が良いって言ったのに」
ぷうと子供らしく頬を膨らました彼は、血まみれだった。
それから、目に見えない何かがやって来て、鉦幸や男二人の霊は連れて行かれた。
「……お前さん、本当になにもんだよ」
外に避難した後、滝川がぼやくように問う。
少年は血濡れのままにっこり笑った。
「わたし?わたしは僵尸」
「僵尸ですって!?」
教師?と麻衣が首を傾げるが、リンはその言葉にいち早く驚いた。
そして、名前は知っていても詳しくはわからないナルや、全くわかっていない麻衣に説明する。
「キョンシーともいいます。道教の、鬼や亡者を使役する呪術の召鬼法と、魂を呼ぶ反魂を組み合わせたものです。古くとても難しい術で、今まで出合った事はありません。意志があるものも、珍しい。……僵尸だというなら怪力も頷けますが……」
普通の人間となにも変わらない顔や身体をしている少年を、ちらりと見る。どこからどう見ても、ただの少年だ。血まみれであることをのぞけば。
「あなたも中国の道士ね、うちの人は反魂や召鬼法ばっかり上手であとは駄目よ」
リンは、それはある意味すごいのではと思ったが口に出さない。
そもそも今の時代で反魂を行う者は居ないし、成功した例もない。
「……あなたの主人は何処にいるのですか?」
「ああ───それはあなたたちが死んだらわかることよ」
以降、総じて口を噤んだ。主人を知ったら命はない───そう聞こえたのだ。
なお本人は、単に死後でないと会うことはないためそう言っただけである。
>呪いの家編
渋谷サイキックリサーチの面々は、おこぶ様を壊す為に、洞穴に入った。
閉じ込められていたはずが、いつのまにか現れた少年に誰もが瞠目している。
「アイヤー、また会っちゃったヨ」
今回の少年は子供を二人連れている。
「ハツさんの知り合い?」
「生者じゃないっすか……いいんですか」
「顔見知りね。わたし怒られるだろうか」
お揃いのキャスケットを被った、白髪の子供と黒髪の子供は、少年の服の裾をくいくいと引っ張る。ここにきて、ようやく少年の名前がハツだということを麻衣達は知った。
「今回は、何のご用ですか」
ナルが冷静に問うと、黒髪の子供は困ったような顔で、言葉を探そうと口ごもる。
しかしそれをよそに白髪の子供が朗らかに口を開いた。
「恵比寿様のご神体回収にきたんでーす」
「おい!!馬鹿!!」
「なんだよだめなの?」
「別にいいネ、この人達幽霊とか見える人よ、恵比寿様も知ってるハズ」
あと上にバレなきゃ良いと少年、ハツは呟いた。
「人間祟るのは神様の勝手だけど、亡者の魂使役されるとこっちが困るよ、駄目ね」
からからと笑ったハツは、堂々と祠に近づいて行き、ご神体を掴む。
先ほどまで近づけなかったのが嘘の様にあっさり事が進んだ。
そして少年の片手で、ご神体はいともたやすく握りつぶされ、パキャッという音をたてて割れて崩れた。
「お仕事終わったね、時間あるし遊び行くよ」
「駄目ですよおハツさーん!」
ハツが意気揚々と歩いて行こうとするのを、黒髪の子供は止める。
「だって、他の亡者たち一斉に送られてきたし、わたしやる事なくなったよ」
ハツの言う通り、綾子がこの地に居た霊を全て浄霊した為、ハツにとって用のある霊はもういないのである。
しかし同行の二人はハツにしがみついて、遊びに行っては駄目だと止めた。なぜなら、多少言うことは聞くけれど、好きにしていいと思ったときにやらかすことは大概ろくなことにならない。そして二人にはその収拾をつけることはできないからだ。
「報告しなきゃでしょ!」
「遊びに行こうとしたら電話してって言われてるんだよー」
必死な引き止めに、ハツはぷくっと頬を膨らませた。
「……姐姐に怒られたくないヨー」
「じゃあ帰ろ!」
「早く帰れたら褒められるんじゃない?」
「ウン……」
二人と手を繋いでとぼとぼと洞窟を出て行くハツを、残された者たちは目で追って、しばらくしてから我に返った。
霊場ではなくなったという真砂子の証言からも、おこぶ様は本当に破壊されたらしい。
>忘れられた子供達編
「ひょっとしたら、僕はたいへんな幸せ者なのかもしれませんね」
麻衣の説得をうけた桐島はそう呟いた。瞬間、教室のドアがあき草原が現れた。薄暗い景色が一気にまばゆいものにかわり、麻衣は少し目を細めた。
「よしみんな、遠足のやりなおしだ」
桐島が子供達にそう声を掛けた。
「はいはい皆こっちにくるよー、点呼とるよー」
わあっと浮き足立つ子供達の声のなかに、間延びした声が響いた。いつぞやの少年、ハツが草原で小さな旗を持って立っている。いつも詰襟で現れていたが今日の彼はゆったりとした漢服のようなものを来ている。
ハツは麻衣にちらりと目を向けて、教室の中に足を踏み入れた。
「よく会うね、本当に。手間が省けて助かったけど、ちょっとあなたたち怖いよ」
それはコッチの台詞なんだけど、という言葉を麻衣は飲みこむ。リンに、僵尸はとても凶暴な生き物だと聞いているからだ。
麻衣と同じくらいの身長をした子供の姿で、ふにふにと笑顔を浮かべる彼がそんな生き物には見えないが、力が強いことはこの目で見て知っている。
「そ、そこって……どこ?」
「あの世」
ハツの向こうをひょこっと覗くと、以前みた黒髪と白髪の子供が、霊の子供達に声をかけながら指示を出している。
彼らも以前は私服姿だったが、今は甚兵衛のようなものを着ている。そしてその頭には角が生えており、麻衣は目を白黒させた。
「あの子達は鬼さんネ」
「お、鬼……!?しかも今、あの世っていった……?」
「じゃあね。───今回の手柄ってことで、見逃してやるよ」
ハツは手を振って、草原に戻って行ってしまった。麻衣は最後の台詞の意味が分からなかったけれど、ハツはそれ以上言わない。ドアは勝手にしまり、薄暗い教室が戻って来た。ああ、現実だ、と麻衣は帰って来た気分になる。
今まで椅子を投げても開かなかった窓ガラスは、麻衣の力であっさりと開いた。
>悪夢の棲む家編
麻衣はジーンとの再会を果たし、ようやく、ハツの言っていた見逃してやるの意味を理解した。おそらく、ジーンのことだったのだろう。
ハツが迎えにきてくれればジーンはきっと浮かばれることができるのだろうけれど、麻衣は自分勝手にも見逃してもらえてよかったと胸を撫で下ろした。
阿川家は夜襲に遭っていた。
暴れる潤が急に大人しくなったと思えば、彼は後ろから頭を掴まれて、あっさりとナルと麻衣から引き離された。
「大丈夫か?」
突如としてあらわれたハツは、潤の頭をぽいっと投げ捨てて、へたり込んでる麻衣を笑顔で見下ろした。そんな彼の様子は救世主にも悪魔にも見えた。しいていうなら妖怪なのだが。
「また仕事、ですか」
ナルは疲労と安堵の滲む声で尋ねる。
「そうよ、遅くなってごめんよ」
ハツは潤の足を持ち上げて、いつぞやのようにゆっさゆっさと揺さぶった。いつのまにか潤は気絶していて、霊はあっさり落とされたようだった。
ナルは科学者的視点でハツを見ることができなくて、とにかく今は考えないことが一番だと決めて広田の方に加勢に回った。しかしナルと麻衣が行っても、結局ハツが広田に飛びかかっている剛の首根っこを掴んで投げてしまうので、とくにやる事は無かった。
またしてもハツは、剛の足を持ち上げて揺さぶる。潤同様に気絶して、あまつさえ寝息まで立て始めた。
「人間に取り憑かれると厄介よ、わたし壊してしまうかもしれないネ」
ぷうっと頬を膨らませたハツの言葉に、麻衣はこっそりと戦慄した。なぜならハツは分厚いセメントさえもぶち破る力を持っている。その力で対応されたら骨折どころの話では無さそうだった。
リンと滝川とジョンが阿川家に戻って来た時には、ハツは既に関口らしきものを捕まえていた。またしても、逆さまに持っていた。
本人としては、これならば逃げられない、弱らせられるという合理的な持ち方なのである。
「たしか、ハツ、だったか?」
「そうよ、関口お迎えきたよ、もう心配要らないね」
滝川はすぐにハツの様子をみて現状を理解した。
「この家にも五人いるってはなしなんだが」
「一緒に来たくないと思うよ、可哀相ネ、あとで来ると良いよ」
誰か寄越すよと付け加えて、ハツは関口を逆さまのまま背負う。
「あともう一人も、はやく来ないと駄目よ」
鏡の方をちらりとみたハツの言葉に、麻衣とナルだけはなんとなく理解した。ジーンのことだろう。
一緒に来てもいいけどネと笑って、ハツは勝手口から出て行ってしまった。
名前はハツ(發)で固定です。
五道転輪王の僵尸。チュンの次の子。
お迎え課の手伝いをしている。
>旧校舎編
ナルは旧校舎の周りを歩いてるところで、人影をみとめた。見た所ナルと同年代かそこらの年若い少年で、詰襟姿だ。旧校舎は妙な噂や取り壊し予定であることから一般の生徒の立ち入りは禁じられている。少年は見るからに立ち入り禁止の対象だ。
たったいま旧校舎のドアから出て来た彼に、ナルは眉を顰めた。
少年はナルが声をかけるよりもさきに、携帯電話をとりだす。
「うぇい、今言われた所来たけど、誰もいないネ」
独特の訛や、電話の挨拶に、ナルは少し首を傾げた。
(……中国人、か?)
「かえってもいーか?」
うんうん、と少年は頷き、すぐに電話は切られる。
それから、携帯電話をポケットにしまい終わった少年は、ナルに気づいた。
「きみはこの学校の生徒?」
「うん?ああ、そうだよ」
ナルが問いかけると、少年はこてんと首を傾げてから笑った。
「人を捜しているようだが、ここに用が?」
「もう用ないよ」
「ここに変な噂があると聞いたけど、知ってるかい」
生徒ならと軽く質問をしてみた。少年は知ってる知ってると笑った。
「ここで死んだ人でしょ??でも皆昇って来てる言ってたよ」
「は?」
「ガセ情報だった。勿体ない気分ネ」
不貞腐れたように言った少年は、ナルが首を傾げている間に去って行ってしまった。
>人形の家編
「駄々捏ねるんじゃないよ、行くったら行く、行かないでも行く!」
滝川は、依頼を受けてやってきた森下家の庭先で、奇妙な少年を見かけた。
小柄で、詰襟姿の短髪の少年は、一見ただの学生だ。しかし、今彼は一人で、見えない何かに声を荒らげている。
まるで背の低い誰か───子供がそこに居るように、見下ろした。
そこが森下家の庭先でなければ、滝川はまず間違いなく見て見ぬふりをするのだが、そうもいかない。
滝川が少し近づく様子に気づく事無く、少年は見えない誰かの話を聞くように顔を傾けた。
「うん、うん……、わかったちょっと待て」
少年はショルダーバックから書類の束をとりだし、ぱらぱらと捲る。そして、思い切り眉をしかめた。
「大島ひろはどこ?」
ふいに周囲をきょろきょろと探り、ようやく滝川に気づいて首を傾げた。
「……道士か?」
「へ?」
仕事着に着替えても坊主だということを疑われるのに、普段着である今、一目で少年に見抜かれた事に滝川は驚いていた。
「お前さん……同業者か?」
「ん?ああ、そんなもんよ。中入れてくれる?」
典子と礼美はホテルに避難させていて不在だ。それに、家主や協力者が新たに人を呼んだという話は聞いていない。ならば通りすがりとも思えたが、そんな偶然あるものなのかと心の中で考える。
怪しいのはたしかなのだが、言っていることが的を射ているため、様子を見るためにも少年をナルたちの居るベースにつれてきた。
「あれ、あなた一回会ったことあるネ」
「……きみは」
ナルと顔見知りだったらしい少年は、にっこり笑った。
「麻衣と同じ学校の生徒なのでは?」
「あれうそ」
「やっぱりな……」
ナルと少年のやり取りに、滝川は困惑する。
「同業者だと聞いたが」
「そーよー、お迎えに来た」
子供っぽくて間延びした喋り方で、少年はこの家で死亡した子供の名前を言い連ねた。
「でも邪魔する女居るから、潰して来るネ」
「潰すぅ!?」
「大丈夫、死んでるから死なない。力付くでも連れて行く、そういうお仕事」
片言に物騒な事を言う少年に、滝川は目を剥いた。死んでるから死なないというのは、浄霊するということなのか、ナルや滝川はいまいちずれてる少年の実力を測れないでいた。
麻衣は先ほど女の霊に首を絞められたので、純粋に少年の身を案じたのだが、彼は周囲の疑問や制止も聞き入れず一人で居間に向かった。
皆、モニタ越しにその様子を見つめる。
少年は井戸の穴をじっと見つめたと思えば、ぴょん、と飛び込んでしまった。
誰もが息を詰めて、ぎょっとする。麻衣なんか助けるために部屋を出て行こうとしているが滝川に止められた。
暫くしてから、少年は井戸から自力で這い上がって来た。麻衣と同じくらい背が低いのにと誰もが思ったが、少年が井戸から引きずり出した物体を見て、細かい考えが全て飛んだ。少年は女を持っていたのだ。そして、それを床にぞんざいに投げ捨てた。
「娘はここにはいない言ってる」
足を掴み直し逆さまに持ち上げながら言う。
「邪魔を……するな」
「お前の方が邪魔してるよ」
ゆっさゆっさと女を振り回すと、既に弱っていた女は喋る事も出来なくなる。
小さな体躯とは裏腹にパワフルな少年に誰もがモニタを見ながら絶句せざるを得ない。
「なんだあれは……」
ナルはぽつりと零す。
この目で確かめようにも、きっと居間に実際に行ったら何も見えないのだろうと、全員がモニタから離れなかった。
>迷宮編
目を離した隙に真砂子がつれていかれてしまい、屋敷の内部で壁を壊す準備をしていた。
ふいに、後ろから「あらら」という声が聞こえて、全員が振り向く。いつぞやの少年がきょとんとした顔で立っていたのだ。
「よく会うネ、あなたたち」
彼の詰襟姿は、酷く場違いに見える。
「森下邸の……」
滝川は呟いたが、そこで言葉を切らずにはいられない。なにせ、彼の名前を誰も知らないのだ。
以前の森下邸での彼は、霊を一掃して居間から出て行ったと思ったら姿を消していて、何も問うことができなかった。
まさに神出鬼没である。
「なぜここへ?」
「お仕事」
依頼人の代理である大橋からの紹介に、彼は居なかった。途中参加でもないだろう。
ナルは奇妙な少年の様子を見ながら尋ねるが、少年の方は気楽な笑顔を浮かべるばかりだ。
「美山鉦幸を迎えにきた。ついでにちょっとぶっ飛ばしていいって聞いた」
「鉦幸氏を知ってるのか?」
「生きてるときも、死んでるときも人殺してるよ、大変なヤツ!まちがいなく地獄逝きネ」
相変わらず変な片言で、言っていることが理解できかねる。
「ここ何日かで三人もやっちゃってるよ」
「!」
麻衣はその人数に目を見開いた。当てずっぽうなのかもしれないが、四人と言われなかったのが救いだ。
「壁壊すから、離れていてよ?」
少年は全員に注意喚起をすると、自らも壁から距離をとる。無茶苦茶な人だという認識があったので、今度は何をしでかすつもりかとナルが全員を下がらせる。
「ほぁちゃー!」
助走をつけて、少年は壁にドロップキックをした。すると、どごんっという音とともに少年は壁を突き破ってしまった。全員があっけにとられ、少年が開けた穴を覗き込むように姿を追う。
「あなたたち危ないから来ない方がいいよ」
穴の向こうでは少年はけろっと立ち上がっていた。
そうは言われても、ただ待っているなんてことはできず、少年が開けた穴を潜って奥に進んだ。
麻衣がようやく少年に追いついた時には、真砂子は廊下でへたりこんでいた。なんとか助け起こそうと傍に寄ると、真砂子が放心しながらある一点を見ていることに気づき、同じようにそちらを見た。
少年が血で溢れる浴槽に腕を突っ込んでいる所だった。ボコボコばちゃばちゃ、という音に交じって、中国語で秒読みする声がする。
そこに、鉦幸が居るのだと、麻衣は分かった。
ざばっと浴槽から腕を上げた彼の手には、頭が握られていた。首から下に、身体もある。
そんな少年に男の霊が二人つかみかかろうとした。
麻衣は危ないと言おうとしたが、少年は鉦幸の頭を掴んだまま、華麗に二人を蹴飛ばす。
こんな風に力技が通用するものなのか、麻衣には分からない。でも、森下邸でも彼は大島ひろを逆さ吊りに持っていたことから、彼にはできることなのだろうと納得するしかなかった。
「麻衣!」
真砂子と抱き合って放心していた麻衣は、強く呼びかけられて、そちらに視線をやった。向こうからナルや滝川たちが駆け寄って来るのがみえて、ほっとする。
少年は、人を逆さ吊りに持つ癖があるのか、三人の足を担いで、ナルたちに向き合った。
「来ない方が良いって言ったのに」
ぷうと子供らしく頬を膨らました彼は、血まみれだった。
それから、目に見えない何かがやって来て、鉦幸や男二人の霊は連れて行かれた。
「……お前さん、本当になにもんだよ」
外に避難した後、滝川がぼやくように問う。
少年は血濡れのままにっこり笑った。
「わたし?わたしは僵尸」
「僵尸ですって!?」
教師?と麻衣が首を傾げるが、リンはその言葉にいち早く驚いた。
そして、名前は知っていても詳しくはわからないナルや、全くわかっていない麻衣に説明する。
「キョンシーともいいます。道教の、鬼や亡者を使役する呪術の召鬼法と、魂を呼ぶ反魂を組み合わせたものです。古くとても難しい術で、今まで出合った事はありません。意志があるものも、珍しい。……僵尸だというなら怪力も頷けますが……」
普通の人間となにも変わらない顔や身体をしている少年を、ちらりと見る。どこからどう見ても、ただの少年だ。血まみれであることをのぞけば。
「あなたも中国の道士ね、うちの人は反魂や召鬼法ばっかり上手であとは駄目よ」
リンは、それはある意味すごいのではと思ったが口に出さない。
そもそも今の時代で反魂を行う者は居ないし、成功した例もない。
「……あなたの主人は何処にいるのですか?」
「ああ───それはあなたたちが死んだらわかることよ」
以降、総じて口を噤んだ。主人を知ったら命はない───そう聞こえたのだ。
なお本人は、単に死後でないと会うことはないためそう言っただけである。
>呪いの家編
渋谷サイキックリサーチの面々は、おこぶ様を壊す為に、洞穴に入った。
閉じ込められていたはずが、いつのまにか現れた少年に誰もが瞠目している。
「アイヤー、また会っちゃったヨ」
今回の少年は子供を二人連れている。
「ハツさんの知り合い?」
「生者じゃないっすか……いいんですか」
「顔見知りね。わたし怒られるだろうか」
お揃いのキャスケットを被った、白髪の子供と黒髪の子供は、少年の服の裾をくいくいと引っ張る。ここにきて、ようやく少年の名前がハツだということを麻衣達は知った。
「今回は、何のご用ですか」
ナルが冷静に問うと、黒髪の子供は困ったような顔で、言葉を探そうと口ごもる。
しかしそれをよそに白髪の子供が朗らかに口を開いた。
「恵比寿様のご神体回収にきたんでーす」
「おい!!馬鹿!!」
「なんだよだめなの?」
「別にいいネ、この人達幽霊とか見える人よ、恵比寿様も知ってるハズ」
あと上にバレなきゃ良いと少年、ハツは呟いた。
「人間祟るのは神様の勝手だけど、亡者の魂使役されるとこっちが困るよ、駄目ね」
からからと笑ったハツは、堂々と祠に近づいて行き、ご神体を掴む。
先ほどまで近づけなかったのが嘘の様にあっさり事が進んだ。
そして少年の片手で、ご神体はいともたやすく握りつぶされ、パキャッという音をたてて割れて崩れた。
「お仕事終わったね、時間あるし遊び行くよ」
「駄目ですよおハツさーん!」
ハツが意気揚々と歩いて行こうとするのを、黒髪の子供は止める。
「だって、他の亡者たち一斉に送られてきたし、わたしやる事なくなったよ」
ハツの言う通り、綾子がこの地に居た霊を全て浄霊した為、ハツにとって用のある霊はもういないのである。
しかし同行の二人はハツにしがみついて、遊びに行っては駄目だと止めた。なぜなら、多少言うことは聞くけれど、好きにしていいと思ったときにやらかすことは大概ろくなことにならない。そして二人にはその収拾をつけることはできないからだ。
「報告しなきゃでしょ!」
「遊びに行こうとしたら電話してって言われてるんだよー」
必死な引き止めに、ハツはぷくっと頬を膨らませた。
「……姐姐に怒られたくないヨー」
「じゃあ帰ろ!」
「早く帰れたら褒められるんじゃない?」
「ウン……」
二人と手を繋いでとぼとぼと洞窟を出て行くハツを、残された者たちは目で追って、しばらくしてから我に返った。
霊場ではなくなったという真砂子の証言からも、おこぶ様は本当に破壊されたらしい。
>忘れられた子供達編
「ひょっとしたら、僕はたいへんな幸せ者なのかもしれませんね」
麻衣の説得をうけた桐島はそう呟いた。瞬間、教室のドアがあき草原が現れた。薄暗い景色が一気にまばゆいものにかわり、麻衣は少し目を細めた。
「よしみんな、遠足のやりなおしだ」
桐島が子供達にそう声を掛けた。
「はいはい皆こっちにくるよー、点呼とるよー」
わあっと浮き足立つ子供達の声のなかに、間延びした声が響いた。いつぞやの少年、ハツが草原で小さな旗を持って立っている。いつも詰襟で現れていたが今日の彼はゆったりとした漢服のようなものを来ている。
ハツは麻衣にちらりと目を向けて、教室の中に足を踏み入れた。
「よく会うね、本当に。手間が省けて助かったけど、ちょっとあなたたち怖いよ」
それはコッチの台詞なんだけど、という言葉を麻衣は飲みこむ。リンに、僵尸はとても凶暴な生き物だと聞いているからだ。
麻衣と同じくらいの身長をした子供の姿で、ふにふにと笑顔を浮かべる彼がそんな生き物には見えないが、力が強いことはこの目で見て知っている。
「そ、そこって……どこ?」
「あの世」
ハツの向こうをひょこっと覗くと、以前みた黒髪と白髪の子供が、霊の子供達に声をかけながら指示を出している。
彼らも以前は私服姿だったが、今は甚兵衛のようなものを着ている。そしてその頭には角が生えており、麻衣は目を白黒させた。
「あの子達は鬼さんネ」
「お、鬼……!?しかも今、あの世っていった……?」
「じゃあね。───今回の手柄ってことで、見逃してやるよ」
ハツは手を振って、草原に戻って行ってしまった。麻衣は最後の台詞の意味が分からなかったけれど、ハツはそれ以上言わない。ドアは勝手にしまり、薄暗い教室が戻って来た。ああ、現実だ、と麻衣は帰って来た気分になる。
今まで椅子を投げても開かなかった窓ガラスは、麻衣の力であっさりと開いた。
>悪夢の棲む家編
麻衣はジーンとの再会を果たし、ようやく、ハツの言っていた見逃してやるの意味を理解した。おそらく、ジーンのことだったのだろう。
ハツが迎えにきてくれればジーンはきっと浮かばれることができるのだろうけれど、麻衣は自分勝手にも見逃してもらえてよかったと胸を撫で下ろした。
阿川家は夜襲に遭っていた。
暴れる潤が急に大人しくなったと思えば、彼は後ろから頭を掴まれて、あっさりとナルと麻衣から引き離された。
「大丈夫か?」
突如としてあらわれたハツは、潤の頭をぽいっと投げ捨てて、へたり込んでる麻衣を笑顔で見下ろした。そんな彼の様子は救世主にも悪魔にも見えた。しいていうなら妖怪なのだが。
「また仕事、ですか」
ナルは疲労と安堵の滲む声で尋ねる。
「そうよ、遅くなってごめんよ」
ハツは潤の足を持ち上げて、いつぞやのようにゆっさゆっさと揺さぶった。いつのまにか潤は気絶していて、霊はあっさり落とされたようだった。
ナルは科学者的視点でハツを見ることができなくて、とにかく今は考えないことが一番だと決めて広田の方に加勢に回った。しかしナルと麻衣が行っても、結局ハツが広田に飛びかかっている剛の首根っこを掴んで投げてしまうので、とくにやる事は無かった。
またしてもハツは、剛の足を持ち上げて揺さぶる。潤同様に気絶して、あまつさえ寝息まで立て始めた。
「人間に取り憑かれると厄介よ、わたし壊してしまうかもしれないネ」
ぷうっと頬を膨らませたハツの言葉に、麻衣はこっそりと戦慄した。なぜならハツは分厚いセメントさえもぶち破る力を持っている。その力で対応されたら骨折どころの話では無さそうだった。
リンと滝川とジョンが阿川家に戻って来た時には、ハツは既に関口らしきものを捕まえていた。またしても、逆さまに持っていた。
本人としては、これならば逃げられない、弱らせられるという合理的な持ち方なのである。
「たしか、ハツ、だったか?」
「そうよ、関口お迎えきたよ、もう心配要らないね」
滝川はすぐにハツの様子をみて現状を理解した。
「この家にも五人いるってはなしなんだが」
「一緒に来たくないと思うよ、可哀相ネ、あとで来ると良いよ」
誰か寄越すよと付け加えて、ハツは関口を逆さまのまま背負う。
「あともう一人も、はやく来ないと駄目よ」
鏡の方をちらりとみたハツの言葉に、麻衣とナルだけはなんとなく理解した。ジーンのことだろう。
一緒に来てもいいけどネと笑って、ハツは勝手口から出て行ってしまった。
変わった口調の子って書くの楽しいです。あらたな冒険というか、なんというか。
補足というか、調べてて知ったことなんですけど、白・發・中の三元牌って、白い肌・緑の黒髪・赤い唇で美人の三要素らしいですね。あとは、弓を射る動作と重ねて、的・発射・命中だとか。……イイ。
Jan 2015
過去作ごっそり下げてたんですが、この話は前から結構再掲を望まれていて、一話だしどの連載ともつながりがないし、気に入ってたのでそもそも消さなくても良かったかもしれない話で……再掲しました。
今思うと仕事出来てるなら霊と同じように生きた人間には見えないはずなんだけど……ネッ!笑
最近鬼徹桃太郎inGHを書いたんですけど、この話が元ネタみたいなとこがあります。読み切り版と連載版みたいな(ちがう)。
Sep 2022 加筆修正
補足というか、調べてて知ったことなんですけど、白・發・中の三元牌って、白い肌・緑の黒髪・赤い唇で美人の三要素らしいですね。あとは、弓を射る動作と重ねて、的・発射・命中だとか。……イイ。
Jan 2015
過去作ごっそり下げてたんですが、この話は前から結構再掲を望まれていて、一話だしどの連載ともつながりがないし、気に入ってたのでそもそも消さなくても良かったかもしれない話で……再掲しました。
今思うと仕事出来てるなら霊と同じように生きた人間には見えないはずなんだけど……ネッ!笑
最近鬼徹桃太郎inGHを書いたんですけど、この話が元ネタみたいなとこがあります。読み切り版と連載版みたいな(ちがう)。
Sep 2022 加筆修正