サクラ前線 07
春野サクラはクラスでも比較的目立たない少女だった。日向ヒナタのように見るからに大人しい生徒という訳ではなく、それなりに友達とつるみ、授業は真面目に受ける模範的な生徒だ。女子生徒の間でいえば、サクラは普通の女の子だけれど体術が一位の子。座学の方も優秀だったが本人があまり口を出さないために時々しかその事を意識しない。そんなサクラはある日を境に男子との組手をやるようになった。女子の間では相手にはならないことが常であったので疑問はないが、男子は急に出て来たサクラに驚いた。
クラスで一番優秀なサスケとの組手をすることになり、長い桜色の髪の毛を結いあげてあらわになった顔は快活そうな笑みが浮かんでいる。いままで見えなかった所為か、気迫に満ちあふれている所為か、色白な肌や翡翠色の瞳は誰の目にも魅力的にうつり、レベルの高い体術も合間って一気にサクラという人物が皆の脳裏に焼き付いた。
サクラの担当上忍であるカカシは、アカデミーで担当していたうみのイルカより、サクラの本当の名前と性別を教えられて首を傾げた。特別な出生ではないサクラが身を隠す必要性を感じなかったのだ。
証明写真に写る少年はまさに『少女』。成績については男子基準でつけられていて、忍術は普通、座学は優秀、体術は特に優秀である。本人が男に戻る気があるならば戻すし、なくても上忍であるカカシが知っていれば問題はないだろうと受け持たされ、一抹の不安を覚えた。
しかし実際にあってみると、驚く程手のかからない子供だった。すぐに突っ走るナルトや、協調性のないサスケを見ているからだけではなく、極々普通の女の子……否、男の子よりも、ちゃんとしている印象をうけた。カカシはイルカの「面倒見の良い子ですよ」という言葉を思い出し、なるほどと心の中で頷いた。
サバイバル演習で一人で行動したのは概ね予想通りだったが、一切の手助けをしなかったのは意外にも思えた。
縛り付けられておいて行かれそうになったナルトをむかえに行ってやる姿を視界の隅にみとめて、サクラの行動に疑問を感じた。イルカの言う通り面倒見の良い子ならそうするだろうが、演習中は少しも助けようとはしなかった。一人でやらなければならないと思ってのことだとしても、カカシは気になってサクラの様子をうかがってみることにした。
サクラの部屋で冗談まじりに寝そべって出迎えたカカシは、シャワーを浴びて来たばかりの、腰にタオルを巻いただけで上半身をさらけ出したサクラに内心ではぎょっとした。肩や胸にへばりつく濡れた長い桜色の髪の毛は女性的艶かしく、見てはいけないもののように思えた。
「匂い嗅がないでね」
サクラにそう言われて、つい顔を埋めていた布団の香りを意識してしまったのは、内緒である。
「サクラ〜、サクラちゃ〜ん」
「なんですかカカシ先生」
カカシはサクラの背中を指で突くが、鬱陶しそうな声だけが返ってくる。
サクラは今勉強中で、それをみかけたカカシはひやかし半分に見守っていた。
「いつまで女の子で居るの?」
「え〜、男っぽく見えるようになるまでですかね」
ペン尻で米神をがりがり掻いたりする所は男っぽく見えるが、体つきは華奢でまだ骨張って来る様子はなく、どちらかというと女に分類されそうな見た目をしている。が、顔立ち自体は中性的で、声も女子にしては低く、行動もおしとやかな訳ではない。
ただし、年頃の男にしては懐っこくて性格は可愛い。そして長く伸ばした桜色の髪の毛がサクラを女性的に見せるもっともな要因だった。
「先生は男に戻って欲しいんですか?」
「そろそろ生活に支障がでてきたデショ」
ようやくこちらを向いた翡翠色の瞳に、カカシは満足してにっこり笑う。
「へ?」
こてんと小首を傾げていると、本当に可愛く見える不思議だ。
カカシは、ナルトとサスケの相手をしているから余計にそう思うのかもしれない。
生活に支障が出るというのは、サスケやナルト、ロック・リー、他にも影で男達がサクラに視線を向けているのを知っているからだ。サスケに関してサクラは以前「一族の復興のために、サスケはいっぱい女の人を捕まえないとですよね」と下世話な話をカカシにして笑っていた。正直笑い事じゃないし、サスケの嫁第一候補はお前だよとは言えなかった。
「この間告白されてたじゃない」
「あらら?」
サスケはわかりにくいからともかく、ナルトやロック・リーはあからさまに好意を向けているし普段から告白されている。そんな中自分のことが分かっていないサクラではない。
知ってたのか、と笑みを濃くするサクラの様子をカカシは見返す。ちなみに、覗いていたわけではなく、偶然通りかかった所で聞こえて来てしまったのだ。
「まあ、惚れさせちゃってすいませんとは思ってるけど、ちゃんと諦めがつくように断ってるし」
「そうなの?」
実際に目にした告白は一度だったし、しつこくはない相手だったためカカシは断り文句の詳細は知らない。
「好きな人居ますって言ってるんで」
「え?だれだれ?」
サクラに恋話などは無縁で、むしろ上司と部下でそんな話はしないのだが、興味がわいて身を乗り出す。サクラが誰かを好きだなんてカカシは全く想像がつかない。サクラのことだから、嘘の相手を言っているのかもしれないが。
「カカシ先生が好き」
ふひっと笑った顔は照れた女の子ではなく、悪戯っぽい少年のような顔で、性別にも年にも相応するサクラの素直な顔だった。
「強くてぇ、格好良くてぇ、いつも守ってくれてぇ、頼りになるから!……って、それっぽいでしょ?」
たしかに、と納得してしまった。端から見ればサクラは上忍に思いを寄せる普通のくノ一で、相手の男はカカシを超える忍者でなければならない。年が離れているとか下忍と上忍という差があると言われるかもしれないが、カカシとサクラは教え子であり親しい存在であることから中々間にも入り辛い。それにカカシはサクラの性別を知っているから噂を聞きつけてその気になる、ということにもならない…………とサクラは思ったに違いない。
———しかしカカシは不覚にも、サクラの言葉にきゅんとしてしまっていた。
...
おモテになるサクラちゃんの断り文句では高確率でカカシ先生がダシにされます。こうして本人にも報告したので今後も積極的に使っていく次第な奴です。サスケもサクラちゃんがカカシを好きって言って断ってることは知ってるけど、「あんなの断る為の、う、うそにきまってんだろ!!!」って思ってます。正しく理解しているかは謎ですね。
Nov 2015