春のおまもり 48
ロッジに戻ってきたのは夜も遅い時間で、役場への報告は明日にしようということになった。
それぞれ静かに部屋に入り、寝支度を整え、明かりを消した。
俺は少しだけ眠り、早い時間に目を覚ました。
朝ぼらけの湖を前に胡坐をかいて考え事をしていると、後ろから草を踏む音がする。
「相変わらずの早起きだね」
「白澤様は珍しいですね」
ふんわりと背中にくっつかれて、柔らかい毛並みに遠慮なく体重を乗せる。
たったいま、天国から下りてきたばかりなのだろう。
「そういえば白澤様、ジーンがどうなったか知ってますか?」
しん、と静かになった。
怒らせたというより拗ねたんだろうとわかっているが、俺は自分の気持ちを優先して、ねーえと毛をひっぱる。
「……僕のとこにいるよ」
「え、ほんと!?」
何がどうしてそうなったんだと思って、正面から白澤様を見る。
不貞腐れてるかどうかは獣の顔だからちょっとわからないけど、細い目をきゅっと瞑ってた。
ジーンは手続きを終えると、俺を待つべく白澤様のところを志願したのだそうだ。ほかのお供と一緒に獄卒するにはタイプが違うしな……。妥当な判断だと思う、ウン。
「……」
「なに?」
「いえなんでも」
思うところがあって、じっと見つめていたら気づかれたのでごまかす。 白澤様は俺にはべったりで、鬼灯さんへの敵愾心が引くほど強いが、それ以外のところでは穏やかな気性だし、男に対しては『いるなあ』としか思わないので、きっとジーンを無下にすることはないだろう。
うさぎと同様に薬剤師研修をさせてくれるはず……。
「───それよりもっと聞きたいことがあると思っていたんだけどな」
はあと深くため息を吐かれて思い出す。
「そーだ俺、亡者見えないみたいで」
よく考えると俺は結構前から亡者の姿を見ていなかった。
本来ならもっと周りに姿があってもおかしくはないのだ。吉見さんの家で霊が見えなかったのはおこぶ様が隠していたからだろうけど、それでも丁度あの頃から見ていないはず。
一度死にかけたり、白澤様が身体に入ったりしたことで変化があったのだろうと検討はついているんだけど。
「でもなんで、白澤様や座敷童さんは見えるのかなー……って」
「魂自体は変わってないし、僕らにはきちんと縁があるからね」
ふむ、とうなずく。
「今まで亡者が見えたのは君が『同じ』と認識していたからだ」
───生きてね、と言われて自覚して、生きると答えたとき、俺は変わったのだろうか。
ぽかんとしている俺をよそに、白澤様は人の形をとる。
細長い指が目の傍をそっと押して、覗き込んできた。
にんまり笑っているような顔は一瞬だけ、とてもやさしい顔に見えた。
こういう白澤様を見ると、人をいつくしむ神様なんだなと感じる。
「もう、白澤様にも会えないの?」
「何言ってるのそんなわけないだろ」
白澤様は早口で言いながら俺をぎゅううと抱きしめる。
亡者の姿が見えなくなった理由はよくわかったが、それなら妖怪や神様の類はもっと遠い存在になるのだから、いずれ見えなくなるのではないかと危惧した。今見えるのも向こうが逢いに来てくれたからで、もしかして、もう来ないのかもしれない、なんて。
だがそれはどうやら杞憂らしい。
「痛い痛い痛い」
「君の魂は変わってないって言ったろ?そもそも君はこちら側なんだから」
白澤様の背中の服をぐいーと引っ張ると、ほんの少しだけ腕が緩まった。
俺の額に彼の頬がぴとりとくっつけられる。
「今までは見なくてもいいものまで見てただけさ」
「はなして」
「タオタローくんには悪いものを退ける力が備わっているし」
「頬ずりするな」
「なんなら今までよりずっと楽に生きられるかもね」
「もうかえって」
俺は引きはがすのをあきらめて、身じろぎしてスマホを出した。
こんな朝から申し訳ないと思ったけど、あの方々は生粋のおじいちゃんだから多分すでに起きてるだろう。
町長さんたちのところで説明をし、今後のことを話しおえた頃には昼も過ぎていた。
ナルとリンさんと報告へ行ったので、帰りしなに俺がもう霊を見なくなったことを伝えると、2人ともある程度想像はついていたようだった。とはいえ、リンさんの式を弾いた通り霊能力というものは失われていない為、ちょっと身体的特徴が変わった程度の認識だった。
ほかのみんなも驚いてはいたが、稀な出来事ではないので、動揺はなかった。
「それにしてもなんで急に?何かきっかけはなかったの?」
「俺一回、身体から魂抜けちゃったでしょ、あの時からだと思う」
滝川さんが頭を強く打って以来霊が見えなくなったと経験を話していたが、それと似た感じでみんなも俺の身体に起こった現象に納得していた。
「そういうことってあるんですね」
「これからどうすんだい?」
「どうって?」
「やりかたが変わってくるとおまへんか?」
安原くんが関心したように、滝川さんやブランさんは同業者として心配してくれているようだ。
「見えなくなっても祓えるし、そんなに困ることもないかな」
俺は本来霊能者として活動してるのではなく地域のお医者さんみたいなやつで、つまり霊の有無にかかわらず相談を受け付け解決に尽力する使命という名の趣味をしているわけですので、ちょっと霊が見えなくなったからと言ってそんなにやることが変わったりすることはないだろう。
むしろ、彼らに見せていたことの方が特殊な案件だったと思う。
あんなに獄卒の手をかりたり、神様や妖怪がおりてきたりするなんて今までなかったことである。
ウンウン、あんなのあれっきりだ。
皆とは今後も会うこともあるだろうし、ナルの事務所には顔をだす。
安原くんには、そもそもそんなに仕事を頼むことは頻繁ではなかったからこれまで通りだろう。
今後、見えないということでみんなに与えられる情報というのは少なくなるけれど、それは俺が思うに、そこまで重要なことでもない。
「今まで通り、俺は俺だから麻衣ちゃんにはおべんと作ってあげるからな」
あはっと笑って言えばいつぞやの谷山さんの発言を聞いていた約数名はぶっと笑いを噴き出しそうになる口元を抑えて顔をそむけた。
end.
俺たちの旅はまだまだ続くぜ!!エンドです。
いちおう書きたかったことを要約しますと、主人公はこれでちょびっと生きた人間になれたけど、そもそも魂が特別でほぼ神様なのでそこは見失わないでおこうねっていうこと。ももたろのモデルともいわれる、吉備津彦命の古事記か何かチラ見したら分類「軍神」って書いてあってオタク心がドキドキした……。
GH側でいうと、実のところナルと麻衣は互いに主人公を通してわりとしっかりめに縁ができていて、麻衣ちゃんは主人公と別れることにならないので(断言)ナルと一生会うことなくなるかもしれない……とは思わない。
ナル自身に対しても知らないことがたくさんあるけど、ナルは主人公に心を開いてるみたいだし、それのおこぼれが流れてくるので知ったことも多いし、お兄さんの話を促されて自分からしたので、少しずつアレなんです……あの解説する語彙力ないな……。エンッ
今後麻衣がふいに「ナルのお兄さんってどんな人?」って聞いたら兄に対する暴言をひとつ吐くくらいには、自分のことを話してくれるようになっています。
悪夢編は書きたいのもあるんですけど(言い訳)またこんどだサスケ。
Dec 2021