Sakura-zensen


春を呼べ 02

鏡夜さんの許嫁を名乗るお嬢さんがホスト部に乗り込んで来た。
その日の俺達は華やかな和服に身を包んでいて、こっそり覗いている彼女を出迎えた部長こと須王さんはどつかれていた。王子キャラたるものそう易々と愛をふりまいたりしない、とか色々言ってるけど。王子とか双子とか冷静眼鏡とかそういうのの前にまずホストだからなあ。

私だけの王子様……!と鏡夜さんに抱きついた彼女は、れんげちゃんという。
「誰にも見向きされない裏庭の植物を一人慈しむ姿に……傷ついた子猫に優しく差し伸べたその手に……」
人違いじゃね?
れんげちゃんの語る鏡夜さんの魅力を聞きながら首を傾げる。結局鏡夜さんに惚れていたのではなく、なんとかメモリアルという乙女用シミュレーションゲームのキャラクターに鏡夜さんがそっくりだったようだ。
れんげちゃんは妄想で許嫁にまでたどり着いた方なので、ホスト部の看板娘という名のマネージャーになるまでも早かった。
「彼女はうちの大切な取引先のご令嬢だ。くれぐれも失礼のない様に頼む……な」
鏡夜さんは俺の肩をぽんとたたいた。
あっさり面倒事をなげてきたことに俺はびっくりする。他の皆も目を瞑って頷いた後、これもホスト修行だ!とかいって逃げていった。
「制服代くらいは働いて行け。ミスすればその分マイナスだ」
「え、そんな……!」

ハルくんハルくん、と笑顔で俺を慕ってくれるれんげちゃんは可愛いと思う。
……おおかた、俺をお助けキャラとか、お世話係キャラみたいな認識で居るんじゃないかな。
まずは部活に差し入れを、ということでクッキーを作ることになった。
今俺は料理本を片手にエプロンを纏い、れんげちゃんにお料理教室を開いているが、皆がドアの隙間からこっそり覗いているのは勿論知っているので後で恨み言を言おうと思います。
「でも鏡夜さんって、甘いもの苦手系な顔してません?」
「そんなことありませんわ!彼は優しく笑って受け取ってくれて、大事に食べてくださいます!」
彼って鏡夜さんじゃなくて『雅くん』では?と思ったが言わないでおこう。
焼き上がったクッキーを手にさっそくれんげちゃんが鏡夜さんの所へ向かった。俺の作ったこげてない方を持って行かないあたり素直で良い子だとは思うんだけど……。
自分で焼いた方をもしゃもしゃ食べていると、埴之塚さんが俺のを食べたいと泣きついて来たのであーんする。
「ハルちゃんのおいしーい」
「でも、あまり甘くないでしょう」
「美味い」
三年生は基本無害でやさしいなあ、とほくほくしながらクッキーを勧める。そんなところに双子がやってきて、俺の指を食う勢いでクッキーを食われ、口元についていたたべカスをひょいパクされた。クッキーに加えて俺までも小道具にされる勢いだ。

れんげちゃん曰く、キャラがぬるいとのことで、俺達全員に影を追加された。
乙女はトラウマに弱いっていうけど、実際そんな男と付き合いたくないだろ。もちろん俺の心のつっこみは彼女に伝わる事も無く、埴之塚さんは可愛い顔して実は鬼畜とか、双子はバスケ部とか、俺はイジメにあっているとかいう設定が作られた。
いやですう、俺のクラスメイトは全員優しい人ですう。というか、そもそも俺はクラス不明の謎の生徒という隠しキャラだから。全員攻略しないと出て来ないパターンもありだから……、……だから退場したい。
「どうします、鏡夜さん」
「さて?世話はお前に一任しているはずだが。それにほら……部長が乗り気だ」
「あらら……」
丸投げかよと思っていたらどうもそれだけじゃなかった。そういえば最初からテンションが同じレベルだった須王さんが、れんげちゃんの言葉に影響され始めている。
面白い事になると鏡夜さんが言うからぞっとしつつも事態の経過を見守っていたら、ショートムービーを撮る事になっていた。
やたら雨に濡れるシーンが多い。もちろんイジメられている俺も雨の中、地べたに尻餅をつかされる。
「僕は見分不相応なヤツが大嫌いなんだよ」
傷ついた顔をして、埴之塚さんを見上げると一瞬で怖い顔が泣き顔に変わった。
「わああんハルちゃんごめんねえ〜!!!」
「カーット!!そこ!!台本どおりやれェ!!」
抱きついて来る埴之塚さんを支えながら、れんげちゃんの剣幕にふたりで身を寄せ合いぴええと怯える。
「ハル、どうだった俺の演技力は」
「すごかったですね」
熱演していた須王さんはまだ濡れた状態のままうきうきと俺のそばにやってきた。部長が楽しそうでなによりです。
「俺は新たな一面を発見したぞ!!しばらくこの路線でいくのも悪くないな」
「須王さん、影はわざわざ作るものではないんですよ?」
苦笑すると、須王さんはきょとんとしてしまった。
「それに、須王さんに影があったら皆心配になっちゃうでしょ」
「そ、そうだな!!」
少し照れくさそうに笑ったので、よしよしと頭を拭いておく。
「そうか、ハルも心配になるか……」
「うんうん、いつも笑顔でいてください」
面倒なので、とは言わないでおく。

「ハルくーん、ちょっと手伝っていただけるー?」

れんげちゃんのハルくんコールは時として最悪の事態を招く事を知った。
妄想ムービーに付き合うくらいなら、まあ良いかなと思ってた。鏡夜さんも許してるようだったし、須王さん楽しんでるし。埴之塚さんの鬼畜演技は見てて楽しかったし。
でも、本当にガラの悪い生徒をひっぱりだして、彼らの神経を逆撫でしちゃうのはいただけない。
俺達へのキャラ付けはまだ、許せる事もある。でもいきなり連れて来られて悪者扱いをされた彼らは意味が分からないだろう。まるで通り魔にでも会った気分だとお察しする。
「れんげちゃん、よく知りもしないのに悪者キャラとか言うなんて、彼らに失礼だ」
「?よくわかりませんわ?」
だってこんな、見るからに悪者キャラなのに!と言いたげな顔をして、D組の生徒の腕を引っ張る。当然彼らは付き合ってられっかよってことで、れんげちゃんを突き飛ばそうと腕を出すんだけど、なんとか俺がその前に止める。
「っ!?」
れんげちゃんの倒れ掛った背中を支えながら、男子生徒の腕を掴む。
「きゃっ……───ハルくん……?」
「引いてくれる?」
睨んで言うと、彼らはたじろぎ腕の力を引いた。もともとこんな所には居たくなかった人たちなので逃げるのは早い。
「───いまの!今のハルくんのシーンをおさえまして!?」
俺の腕の中からカメラの方を見るれんげちゃんにちょっとだけ呆れる。
一睨みで不良を撃退するというシーンが魅力的だったのだろうか。あとはラストに鏡夜さまの感動的な……といいかけた所で、鏡夜さんがカメラをぶっ壊した。
どうやら俺がメンチ切って脅しをかけているシーンは営業に差し支えるということらしい。
……記録を残す訳には、とか言いつつデータを抜いてるのは見えたからな。
冷たい鏡夜さんにビックリして泣いてしまったれんげちゃんは、須王さんや他の皆に諭されて少しずつ我に返って行く。
「鏡夜さんは、怒る時は怒るよ?人間だし」
へたりこんだれんげちゃんの頭をぽんぽん撫でて目線を合わせた。
「もっとちゃんとその人の事を知って、それで好きになって欲しい」
にこっと笑うと、れんげちゃんは涙ながらに謝罪して大人しく帰って行った。
が、明日から1年A組になります、と言われていたのを俺はすっかり聞き逃していたし、接客とはまた違った感じで接していたので、最初からうっかりれんげちゃんと呼んでいることを忘れていた。
「へー、本当にA組に入って来たんだ」
「はい!これからはホスト部には正規の手段で遊びに行かせていただきますわ!」
「ふうん、鏡夜先輩を指名して、知って行こうって感じ?」
休み時間に双子の所に挨拶に来たれんげちゃんの話をほんのりと聞いていた俺はれんげちゃんのいいえという返事に、頬杖から頭を落っことしかける。
「ハルくんを指名しますの!」
意気込んだ声に、今度はえっと声を漏らして振り返りそうになるのを堪える。俺は他人、俺は他人。
「へ〜。そうだ、こいつも紹介しとかないとね」
んんん、全力で気配消してるんだけど女子の目線を感じるなあ。頭の上に光さんの肘が乗せられて、しかたなくれんげちゃんの方をむく。ウィッグして女子制服を着ているとはいえ、顔はそのまんまだし、散々素で接して来たから諦めるしか無い気がする。
「藤岡です、よろしくね?れんげちゃん」
やけっぱちでウインクすると、れんげちゃんは目をまんまるにして固まった。



...

1話書いた後に何話か続いて書いてたんですけど途中で方向性を見失ってしまって、でもせっかくだかられんげちゃんの話くらい……って更新しようとしてたファイルが二年前の日付でのこっていたんですよ。怖いね。
れんげちゃんはその後、クラスメイトの女子から暗黙の了解(藤岡さんの楽しみ方)をレクチャーされ、もちろんノリノリで秘密は守っていそうな。
れんげちゃん呼びされていたり、素で接してもらっていたことは内緒の良い思い出に。
接客中は接客中でそれを楽しんでいるけど、主人公がれんげちゃんにはちょっと無自覚で砕けちゃうのも面白いかな。
April. 2018

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