春をむかえに 13
ある日俺は、社長に手を貸してほしいと言われて、よろこんでー!と引き受けた。用件も聞かずに。まあ社長が俺にやらせることは、たまに突拍子もないが、非人道的な内容ではないことはわかってたので油断してた。そう、油断だ。
「あのう、これは……なんですか?」
「ん?花嫁衣裳」
見ればわかるだろ、と白いドレスを前に説明される。
涼は今、事務所総出で作成している映画撮影のため別行動。俺は事務所に呼び出され、そのまま社長と共に都内の某スタジオに連れてこられた。
そして目の当たりにしたのが、撮影セットと、純白のウェディングドレス。そしておそらく俺をメイクアップさせるであろう女性陣、撮影するであろうカメラマンの男性、他色々スタッフたちである。
「今制作中の『夢の階段』で、由美子をやってほしいんだ」
「由美子っていったら、佐竹の妻の?」
「そ」
にひひっと笑った社長に、若干後ずさる。
『夢の階段』とは、安岡プロに対抗して作ってる映画のタイトルで、丘よう子にあった出来事を再現した内容だ。
丘よう子をモデルとした美沙は涼、社長をモデルとした室井は綾織さんが演じる。
そして綾織さんの父親をモデルとしたであろう佐竹は事務所ナンバー2の如月さんだったはず。
妻の由美子は綾織さんのお母さんということになるけど、それが、俺?
劇中では、子の出産を経て亡くなるので、シーンとしては白い布をかけられて横たわる姿があるくらいだろう。台本にはほとんど描写のない人だ。
だというのに、この撮影セットはなんだ……?
「遺影もそうだが、家に居るシーンでは家族写真を少しばかり飾っておこうと思ってね」
「ああ、なるほど……ん?でもセリフで、式は挙げないと」
「だが、撮影だけした、ってことにすればいいだろ」
ウェディングドレスは完全に、その方が面白そう!で考案したことはうっすら分かった。
悲しきかな、社長命令は絶対だ……。しおしおとメイク室へ入り、お姉さんたちに服を剥かれ、メイクとヘアセットをされたのちドレスの着付けをする。
そして部屋から出てスタジオへ行くと待っていた社長と、望月さんと、佐竹役の如月さんに対面した。
大人っぽくて優しい顔立ちの青年は、タキシードでぱりっと決めている。わあ、初めてお会いしたけどやっぱり羽根きれえ……とか見惚れている場合ではなかった。
「藤丸くん、ちょっとお父さんと呼んでみて」
なんだか社長がふざけて一本指を立てて言ってくるので、えへんと咳払いをしてみせる。
「お父さん、今日まで育ててくれてありがとう……」
思いのほか俺がノリノリだったので、社長はぱちりと瞬きをした。
如月さんの隣に並ぶと、俺に応じるように腕をそっと出してくれる。
「由美子は幸せになります───なんちゃって、エヘ」
だんだん照れ臭くなってきて笑ってしまった。
社長も俺の演技の持続時間が短すぎて大笑いしたけど、よかったらしくて背中をぽんぽん叩かれながらセットの方へ促される。
ちなみに如月さんはすれ違ったことある程度で、まともに話したことはなく、今日初めてきちんと挨拶をした。
「藤丸くん、中々化けるね」
「メイクばっちりされましたので」
しげしげ、と見てくる如月さんの眼差し一つでドキドキさせられる。
「役得だな、こんな綺麗なお嫁さんもらえるなんて」
「……如月さんもそういうこと言うんですね」
ピーコックのタレントととくればやっぱり女性人気が高いもので、褒め言葉をいう癖でもついてんのかしら。でもまあ優しげなルックスだからなおさら、甘い言葉を言われるとキュンとくるのかも。
カメラマンのセッティングの指示に従いながら立ち、身体をぴたりと止める。
スタンダードに、二人が立って並ぶ構図は、きっと写真立てに入れてリビングにでも飾られるのだろう。
そんなに種類いるかな?とも思うんだが、違うセットでいろんなポーズで写真を撮られた。
多分社長が面白おかしく使うに決まってる。
「奥さん、表情が少しかたいよ」
「あ、いけない」
ちょっと撮影に疲れてきたせいか、社長への疑問がにじみ出ていたのか、如月さんに注意されてそっと頬に手を当てる。言われただけで自然とはにかんでしまうので、ありがたい指摘だ。
俺もニンジャの端くれとしてスパイ活動なども行うわけで、目の前のこの人を生涯の夫として見なければと言い聞かせる。
リードされて身を寄せ合った分、少しずつ彼の羽根にも慣れてきたし、撮影の合間に話をしてくれたので緊張も解けてきた。
気を取り直して如月さんと向き合う。
一瞬だけ悪戯っぽい顔をしたなと思ったら、腰を持ち上げられてふわっと身体が浮く。
「わ、あ」
素っ頓狂な声を漏らし、緩んだ手の力に従って如月さんの胸の上に乗り上げる。
ドレスの上から身体を固定されているので、肩に手を置いて至近距離で見つめ合い、驚かされたことや自分の無防備な声を振り返って、子供みたいに笑ってしまった。
その後、社長とカメラマンさんからはオッケーが出たので、着替え───遺影の撮影をして写真の準備は終わった。
多分後者が本命だったと思うんだ……。
もう如月さんは先に帰ってもいいはずなんだけど、遺影撮影にまで付き添った。役作りのためなんだろう。幸せの絶頂期と、その行く末を一挙に浴びた彼の顔は心なし苦しそうだった。
演技の糧になったのなら幸いです……。
映画の撮影には、安置された遺体役として参加したけど、回想シーンとして使われるだけなので望月さんの付き添われて撮影を終えた。
ちなみに俺の写真が使われるのは佐竹が室井に結婚報告をするシーンで、結婚式は挙げないが写真を撮ったんだと見せる場面があった。
その時何も知らされていなかった室井役の綾織さんが思わずフリーズしたことで社長は大喜びだった。時間がもったいないのでは……とも思ったが、普段めったにNGを出さない『真』のいい経験になるだろうとのことだったので俺はもう何も言わない。
「……結婚したのか?如月さんと」
とはいえ撮影後に寂しそうに言われたその言葉には言い訳をさせていただきたい。
その後、佐竹の家に香典を渡しに来る山ノ内プロダクション社長役の奈良崎さんが、俺の遺影を見て撮影前に膝から崩れ落ちたり、涼が俺の写真の存在を知って社長に文句を言いに行ったり、深津さんに見られてへ~とニマニマされた。
大半の人は小道具の写真にそもそも意識を割かないし、マネージャー藤丸の女装というよりは、時々レッスンにくるサクラ先生という認識でいるみたいだ。
他にも女性が必要なシーンはピーコックの社員とか、ピーコック以外のタレントを使っているから珍しいことではない。
そんなこんなで撮影が終わって安堵したのも束の間、業界の関係者に映画を発表するためのパーティーが開催された。
タレントやスタッフには社長が選んだ衣装が送られてくるんだけど、俺は深ぁいスリットの中華ドレスだった。サクラよりも長い髪の鬘まで用意されていたので、仕方なくそれをつけて会場に行くと、望月さんに眼鏡が似合わないと言って奪われた。
眼鏡までとられたら俺のアイデンティティの喪失じゃないか……。
「え、サ……クラ先生……?」
「藤丸です」
「は???あんたそんな顔してんの?似すぎでしょ」
「身内なのでえ」
会場では小日向さんにぎょっと驚かれる。だよね、サクラに見えるよね。
ロングヘアーの髪の毛をさらりとどかして苦笑すると、小日向さんは若干嫌そうに目を逸らす。
その先でチラチラと、俺の衣装……脚を見ているみたい。
「……このスリット、すごいんだよ」
「わーっ、やめろよ!!」
腰を少し横に突き出すと、腰骨から足首までがつるりと出てくるので、面白くて見せた。そしたら小日向さんは露骨に顔を隠した。でも指の隙間から見てるのはわかっているゾ、青少年。
「下着どうなってると思います」
「ほんとやめて……サクラ先生が汚れる」
「ごめんなさーい」
小日向さんの反応から始まり、東海林さんや花村さんはサクラとほぼ面識がないので俺だと当ててくれたり、他の社員たちには下着どうなってんのって聞かれたり、なかなかに弄られた。
同じく女装してる金田さんも、胸詰めねーのかとか、鬘がないからかえって面白いとか色々言われている。女装組の宿命である。
一方、奈良崎さんも女装なんだけど、背が高い以外には顔が綺麗だし花魁風の着物で体型を隠しているので美しくて完成度が高い。
「ふわー……きれえ~」
「……、」
「いいなあー和服」
見惚れながらも、俺もせめてこういうのが良い……と社長に心の中でケチをつける。
奈良崎さんは多分俺なのかサクラなのかを考えて沈黙していた。
サクラじゃないですよーと言おうと思ったところで、俺は他スタッフに下っ端だろうがと咎められて仕事に戻った。
招待客が入り始めるともちろん忙しくもなったが、俺は時間になったら涼を迎えに控室に行くことになっていた。
途中クラスメイトのピーコックファンである落合さんに会ってしまったが、彼女自身目がぐるぐるしちゃってたので俺には気づいていないみたいでほっとした。
「時間だよ、涼」
控室に入っていくと、長い髪をした涼の後姿があり、声をかける。
「あ、藤ま───は?」
振り向いた涼は硬直する。
そういえば俺とは別で会場入りをしたから、この格好を見るのは初めてかもしれないな。
「なんだその、その、~~~~!!!」
「似合わない?」
あははっと笑うと、涼はすぐに否定した。いや否定されてもそんなに嬉しくはないけども。
「社長もひどいよねえ」
「まったくだ」
「せめて眼鏡をさせてほしかった」
「いやなんでだよ!」
ビシッと突っ込みが入ってきたので、俺はこの姿だとサクラと混同されてしまうと話した。
現に小日向さんは俺をサクラだと思って驚いていたし、俺の素顔を知っている奈良崎さんもそう。
「涼みたいに胸を入れようか迷ったけど、そうするとほら、ますますサクラに見えるかなって?」
「あ、ああ……」
ぽっと顔を赤くしたのは、自分に胸があるからか、俺が胸の話をしたからか。いや後者か、俺のこと女の子だと思ってるわけだし。
「体型があまり女性的でないからいいんだけど……奈良崎さんみたいにせめて和服ならもっと隠せたと思うんだ」
「へえ、奈良崎は和服なんだー、興味ねーけど」
カツカツ、とヒールの音をさせて歩く涼に並び、俺もヒールで歩く。チビなので、俺は涼よりも高いヒールなのに涼より小さい。
「美女だったよ」
「───藤丸」
バルコニーに出る前のスタンバイで、涼がぐるりと体の向きを変えて俺を見た。
「俺は?」
迫力のある顔つき。
これから仕事で、大勢の人の前で胸を張って立つ心構えはもうできてるってこと。
「涼は、一番綺麗」
マネージャーとしてほかのタレントを褒めてる場合じゃなかったな。
俺の顔を挟み込む涼の手に、自分の手を重ねて笑った。
涼は満足げに、んっと頷いて、綾織さんが扮する社長の合図で出ていく。それを見送って俺は、会場へ戻ることにした。
いや、やっぱトイレいこー。
そう思って会場のスタッフ専用トイレに行く。手を洗っている人の後ろを通って個室に入ろうとしたら、鏡越しに目が合う。
「あっ、……お疲れ様でーす」
「何しに来たんだお前……」
「トイレですが?」
深津さんはすっかり俺に取り繕わないので、ドン引きした顔を俺に晒す。
「女子トイレ入れよ」
「いやいやいや、チカンになっちゃうでしょ!」
「こっちに入ってくるのもチカンだろ!」
「ナンデ!?!?」
俺たちの攻防はしばらく続き、なぜだか深津さんはイライラしながら外に出ていったかと思えば俺が出てくるまでトイレのドアの横で待っていた。
こ、これはーっ、俺が男子トイレに入ってるときの涼の対応だーっ。
「えーと、見張り?ご苦労様?です?」
「ほんとーにな!」
「怒るならしなくていいのに」
頬を挟まれたので、その流れでしれっと顔をゆがめて唇を突き出すと、余計に顔がゆがんだ。
「お前と一緒にトイレに入る他の男が可哀想だろ!」
はははは、と笑って深津さんから逃れた。
人が多いとこ行けば猫被りするだろーし。
...
加筆修正の流れで最後まで突っ走りたかったんですがいかんかった。
サクラとして女の子だと思われてるのも書きたいし、主人公が女装してるところも書きたいというわがままオンパレードです。
足のスリットか背中ぱっくりか、なんかええ感じの露出に夢見ています。
あとトイレで暢気に遭遇する(深津さんの方が)可哀想な話が書きたかった。二人はわりと雑にやりあう仲。一周回って仲良しなんじゃ?
Dec 2022