春の匂いがする方へ 03
仕事帰りに知人に会って、そのまま酒を飲みに行って帰ってくると、玄関で出迎えた母はいつも通りに口うるさい。父はおっとりと、俺にも付き合いがあると小声で言ってくれたけど、母に睨まれると口ごもった。
親はいつも、二言目には早く所帯を持て、孫の顔を見せてという。
陸軍を辞めて会社勤めをしたところまでは親の言う通りにしたけれど、いまだに俺は会社以外の時間は大抵ロシア語の勉強をしたり、絵を描きに行ったり、ヴァシリ中心の生活をしている。
だから余計に気を揉んでいるのだろうと分かっていながら、何気なく言葉を返した。
「孫なんて、俺の子じゃなくてもいいでしょう」
「───!!!」
普段声を荒らげない父が珍しく俺の名を叫ぶように呼んだ。
あ、と母の顔を見れば、見たこともないほどに蒼褪めてしまっていた。
足が震えて、その場にへたりこむ母に、俺は慌てて駆け寄り肩を抱いた。
「おかあさん、ごめんなさい……失言でした」
「……、う、うう……」
泣き出してしまった母の背中を撫でていると、父が息を整えながらこちらに来る。
そして俺と同じく母の肩を抱き、宥めた。
「おまえはこちらに。も部屋に戻って、頭を冷やしなさい」
「申し訳ありません、おとうさん。───おやすみなさい」
深く頭を下げ、寄り添う両親から離れて俺は自室に戻った。
鞄を乱雑に机に置き、背広を脱いでシャツの襟元を緩める。
そして深くため息を吐いて、頭を掻いた。
翌日、両親は昨夜のことなどなかったようにいつも通りで、それがどうにも心苦しかった。
そしてその日の晩、魘されているヴァシリの様子を見に行った時、俺はヴァシリにロシアへ帰るように伝えた。
両親のことや自分の失言が負い目となっただけでなく、ずいぶん前から気がついていたことがある。───ヴァシリはもう大丈夫なはずなんだ。ロシアに帰って、絵を売って暮らしていける。
そもそも、もっと早いうちにロシアに帰すべきだった、と。
尾形への執念が霧散して感情の行き場を失くしたようなヴァシリは、手慰みのように絵を描くことがあった。
それは感情や記憶の整理をしようという心の表れでもあり、才能でもあるように感じた。
そもそも絵を描くというのは、心が動いた証拠だと俺は思っている。
つまりヴァシリの心は完全に死んでいたわけではなかったし、絵を描けば描くほど回復するはずだ。もちろん悩んだり、手が止まることもあるだろう。眠れぬ夜だってすぐになくなるとは言いきれない。今だって尾形のことを思いだして、昇華しきれない感情に苛まれたのかもしれない。
でも、そうやって辛いことがあっても生きていくのが人生だ。
悲しみや辛いことを全て忘れてしまったら、人は更に弱くなってしまう。
「───……」
ロシアに帰りたくないと首を振ったヴァシリは、懇願するように俺の掌に顔を埋めた。
故郷のことを尋ねれば絵にして少し教えてくれたのに、どうして。
そっと顔を持ち上げて撫でると、指の隙間から吐息が零れてきた。
手はいつの間にか放され、今度は長い腕を使って抱きしめられる。
強い締め付けや震えに、あやすように背中を叩いた後、俺はつい、服を握ってしまった。
そこには、隠しきれない俺の思いが滲んでいた気がする。
ヴァシリの腕は途端に緩まったが、それは俺を自由にするためではなく、俺に触れるためだった。
鼻先で探るように顔を撫でられ、時には唇で肌を啄みながら、輪郭をなぞられる。
暗闇の中でどんな顔をしているのかはわからないが、ヴァシリが近頃俺を描くときにどんな顔をしているかは知っていた。
興奮を押し殺す息や、かすかな布ずれの音にくらくらしそうになりながらも、俺は唇が触れる前になんとかその身体を押し返す。
もはや手遅れに近い状態だったが、それでも、もし唇同士が触れ合ってしまっていたら、今度こそ止まることなどできなかっただろう。
そのまま逃げるように部屋を出て、身体に残る、抱きしめられた感触を振り払うように肩や腕を強く掴んで爪を立てた。
翌朝親の顔を見るのが、失言した次の日の朝より辛かった。
だがさらに上を行く気まずさが俺を襲う。
仕事に行く前に母は言うのだ。「お見合いをなさい」と。
もう既に相手は決まっていて店の予約もされていて、仕事の都合をつけてその席にこいという。
今まで何度もお見合いを"しないか"と問われてのらりくらりと避けていたが、今回は有無を言わせない雰囲気だ。
なので俺はしばらく言葉を失った末に「……はい」と答えるしかなかった。
一方ヴァシリはというと、俺の気など知らず、今まで以上に俺にべったりになった。
さすがに会社にまではついてこないが、会社帰りの俺を迎えに来たり、それぞれの部屋に戻る時はこめかみや頬にキスしてきたりする。
───どうにかしなければ、という漠然とした焦燥感が俺を襲った。
既に口ではロシアに帰れと言ったのだから、結婚するとでも言えば良いのだろう。きっと、ヴァシリはこの家から出ていく。
でもそれが嫌だと思う俺がいる。だからって嫁をもらった上でヴァシリを引き留めると言うのは、両方に対して不誠実だ。
そして結婚しないというのは育ててくれた両親に面目が立たない。
と、……悩んで煮え切らない態度の俺をよそに、目まぐるしく事が進んでいく。
とうとう見合い相手のお嬢さんと対面し、二度目のデートまで順調に進んでしまい、その帰り道、お嬢さんとの別れ際にヴァシリと会う───という最悪の展開を迎えた。
一瞬目があって、すぐにヴァシリは身を翻してその場を去った。何も気付いてないお嬢さんを置いて追いかけることもできずに、俺はその背を見送った。
家に帰ると、デートの手応えを聞いてくる母に引き止められ、離れを訪ねられない。
いや、俺がただ、怖気付いただけなのだろう。
真夜中になって、やっとその部屋の前に辿り着けた。
戸を隔てたまま、中の気配を探すと、起きて絵を描いているようだった。
襖の隙間から灯りが一筋伸びて、時折影ができてぷつりと消える。
俺は声をかけずに壁にもたれて、紙に鉛筆を滑らせる音を聞いた。
脳裏に描くのはこれまでヴァシリが描いた絵、そして絵を描くヴァシリのこと。
純粋に上手いなと思っていた絵は、次第にその凄みを増していくように感じていた。俺にたいした審美眼はないけど、素直に感動したことは事実だ。
ヴァシリは良い絵描きになるだろう。
だから───やっぱり、腹を括らなければな……と、目をつむった。
廊下に座ったまま朝を迎え、横にあった戸が開いて出てきたヴァシリがびくりと身じろぎしたのをウトウトした意識の中で感じる。
しゃがむ気配、俺の耳に髪をかけるくすぐったさをそのままに、静かに目を開ける。
その時ちょうど、ちゅ、と頬に吸いついた唇が離れていって、明瞭ではない視界にヴァシリの顔がうつった。
目が合ったので、小さく笑いかけて目をつむる。
最後にもう一度触れてくれたらいいのに、なんて、相手を試すようなことをしたが、そんな俺の浅ましい願いを他所に、絵の具の残り香がする風だけが俺を撫でた。
目を開けた時には、その後姿さえない廊下があるだけ。
部屋はもぬけの殻で、机の上に一枚だけ絵が置かれていた。
ちゃんと、色まで塗られていて、一瞬で目に入ってくるのは淡い桜の色。
たくさんの花びらが舞い散る景色の中で、振り返る俺の姿だった。
春に花見に連れ出した時の光景だろう。あの時のヴァシリは美しい景色に見惚れるように、目を細めてしばらく動かなかった。それを見て、嬉しく思ったことを覚えている。
ヴァシリはやっぱり素晴らしい画家になるのだろう。
たった一枚で、人の人生を変えるような絵だ。
だって、言葉がほとんど通じなくても、互いの生きる環境が違くても、どんな困難を迎えることになろうと、誰かを悲しませようとも、俺は春の匂いがする方へ行きたくなってしまった。
エピローグ
二〇××年、とある日本のテレビ番組に、ある絵が持ち込まれた。
その番組は家で眠っている品物を募集し鑑定してみるというもので、持ち込まれた絵はかなり古い、風景と人物が描かれた絵だった。
持ち主曰く明治後期に描かれたもので、当時家に滞在していたらしい画家が、家人と見に行った桜の景色だという。
一面淡い桜色の花びらが舞う中に、青年が一人振り返って微笑んでいる。
表情は鮮明ではないが、開かれた口や細められた目の様子からして、笑っているのが一目でわかった。
付けられた額は二億円───番組としては歴代でも上位に食い込む額である。
絵画の鑑定を担当した人物は、その金額を提示しつつも少なく見積もったと答えた。
「これはロシア人画家の、ヴァシリ・パブリチェンコ氏の作品です。彼は人生のほとんどをロシアで過ごしましたが一九〇〇年初頭頃、わずかな期間日本の北海道、東京に居たことがありました。初めて彼の絵が売れたのも日本の東京ですが、当時はまだ無名の画家でロシアに帰ってからその才能を発揮したと言われています。中でも日本のIT企業が三億円で落札した『山猫の死』という絵画は有名ですね。彼は生涯その絵を手放さなかったようですが────」
つらつらと作者の経歴を語ったのち、鑑定者は一度呼吸を置いた。
「この絵は、パブリチェンコ氏が『春』と題して三点の連部作を描いた絵画の前身だと思われます。彼は『春の三部作』でアジア人───それこそ日本人らしき人物をモデルに絵を描いているんですね。日本に居たころの、もしかして春野さんのご家族のことを描いたのではないでしょうか」
「私の家族ですか……?」
「春野さんのご先祖様ですかねえ。国に帰った後も描かれるほど仲が良かったんだ」
持ち主の春野は少し驚いた顔で、MCは楽しそうな顔で言葉を発した。
そして、鑑定額が高かっただけに、和やかに話は締めくくられ、次の作品の鑑定へと進行は進んでいった。
その後、高額の鑑定であったことや、著名なロシア人画家の芽が出る前の作品だったことで、ネットニュースに一件の記事が上がった。
記事では画家の経歴がほんの少しだけ掘り下げられ、『春の三部作』以外にも人物画として一人の男性を多く描いていたことが明かされている。
その人物画は肌の質感まで感じられそうな鮮明な絵から、日に透けるカーテンの向こうで微睡む曖昧な姿の絵、猫を撫でる手元や、光る水の中に揺れる傷のある脚など、様々な描かれ方をしていて、二人が共に生きていた証拠でもあったのだが───そのことに気づいた人は、きっと多くはないだろう。
end.
山猫の死が描かれたのって1940年とされているし、生涯本人が手放さなかったということから、完全には"忘れてない"わけだけど、それだけで人生がすべて絶望や喪失に塗りつぶされているわけではなく、そして主人公という存在がすべての救いにもならないのが良いなと。
尾形のことは結局、何か画期的な気づきが起こるわけではない話です。
ちなみに主人公は桜の絵を見た後、ほぼ何も持たず(寒さ対策だけして)頭巾ちゃんを追いかけていて、家族は残された絵を見ている。そしてその絵を大事に育てた息子の形見というか、写真代わりに持っていて、後世にまで保管されていたみたいな経緯です。
一時期家にいた画家の作品として子孫が知っているということは、家族はこの絵についてや彼らのその後を何となく知っていて、なおかつ子孫に話していたということが、その絵の価値、力でもあるような気がします。主人公の人生を変え、家族を納得(?)させたという。
あと子孫がいるってことはつまり、主人公がかけおち後に実家はまた養子を迎えているってこと。時代を噛みしめちゃう。
タイトルの『春の匂いがする方へ』は主人公が最後愛を選ぶ示唆ではあるけれど、最初に頭巾ちゃんが主人公についていった理由、ロシアに帰りたくない理由でもあります。
Apr.2024