Sakura-zensen


春の星


中学一年生の夏休み、俺は両親とともにアメリカLAに旅行に来ていた。
広場に並ぶ出店は野菜から雑貨まで色々なものが安価で売られていたので、つい夢中になってお土産探しなぞをしていたところ両親とはぐれてしまっていた。
大人しくしていればおのずと目につくだろうと思っていたところ、足元を走り抜けていく、夜空みたいに艶々の毛並みをした猫を見かけて、俺は自然とあの子を追う。
どうしても、街中を一匹で走る猫を見ると心配してしまうのだ。

危惧した通り、猫が車道に飛び出していくものだから慌てて道路に出た。猫よりは運転手の視界に入るはずだったから。
視界の端で、黄色い丸い球が迫ってくるのが見えた。
───それぞれ、違う方向から二つも。
俺の奥にいる車への牽制のつもりだったのだろう。ブレーキ音が些か早く聞こえるのを感じた。
突如、光が弾けるようにして広がって、俺の視界を白で奪った。

猫を抱きしめて、対向の歩道に転がり込んだ。
少なくとも車の運転手から何かしらのアクションがあるだろうと思って起き上がれば、通行人が転んだ俺を心配してくれた程度だった。
腕の中の猫は命の危機も救われたことも分かってないようで、俺から離れて走り去っていく。
振り向けば道路に車はいなくて、テニスボールを放ってくれたらしき人の姿もない。足元にころん……と転がる1つのボールだけは拾ったが、だからってどうにもしない。もう1つはどっか飛んでったか、見間違いかな。
───ま、猫が無事だったからいっかあ……。
お父さんもお母さんも心配してるだろうと広場に戻れば、なにやら違和感がある。
さっき見てた店がない。バッジがたくさん箱に詰められたのが外に置かれていた店で、越前の家の猫に似てるし安価だったのでお土産にちょうどいいかなあと買ったので、見間違いはないだろう。
せめてあの店の近くで立っていれば合流できると踏んでいたのに。

近くに立つポールにはポスターが吊るされていて、それにも何か違和感があった。
「は……?」
テニスの大会の広告みたいだ。俺がさっき目にしたのは1人の車椅子に乗ったプレーヤーだったけど、今は全米オープンの決勝戦を宣伝するもので、2人の男を使った構図だ。
片方の選手に、"越前南次郎"の名前がある。
それは越前の親父さんで、元プロのテニスプレーヤーだってばあちゃんや越前から聞いてた人だろう。
本人にも会ったことあるけど、ポスターの彼はその時の親父さんよりはいくらか若くて、長い髪を一つにくくった、まさに『現役』のような佇まい。
つまり、現役の越前南次郎が全米オープン決勝で戦うってこと?

───竜崎、ただいまピンチです。
アメリカで一人、迷子はおろか、タイムスリップしたみたいで誰とも合流しようがありません……。
警察に迷子ですなんておいそれと言うこともできない。じっとしてて未来に帰れる気もしない。
きっかけは事故か、猫か、飛び込んできたテニスボールの衝撃か───。
視界に入るのはさっき目にした越前の親父さんが乗ってるポスター。あらゆる場所に貼ってあるのでとても目につく。
俺はごくり、と唾をのみ、周囲の人に拙い英語で聞いた。
この、越前南次郎に会うにはどうしたらいいかを。

わりとあっさり、越前南次郎の拠点はわかった。まあ、有名人だしな。
バスと電車を駆使してやってきたのはでかい一軒家の前。
一縷の望みをかけて、ちょっと行き過ぎた日本人ファンを装い彼の家の前で少し待つことにした。
そしてほどなくして、赤いオープンカーが道路に停まったと思ったら、そこには越前一家が乗っていた。
多分お母さんお父さん、越前と、越前よりちょっと年上の男の子が一人。兄貴いるなんて聞いたことなかったな。
「ん?」
車からワイルドに飛び出してきた若い親父さん……南次郎さんは、家のそばでちょこんと座っている俺に気づいた。
「お嬢ちゃん、ひょっとして俺のファンか?」
「ハイ!ファンです!!!」
俺はすぐさま肯定した。実際テニスしてるところ見たことないけど。……一度会ったときに教えてやろうかって聞かれたけど越前が追い返しちゃったんだよね……勿体ないことをした。
にこーっと笑うと、あちらもまんざらじゃないようで俺の頭をぽんぽんしてありがとうなって言ってくれた。
家を知ってるのはまあ、よくあることなんだろう。
「南次郎ー、いつまでかかってるの?」
少し離れたところで車を運転していたお母さんの倫子さんから声がかかり、俺と南次郎さんは動きを止めてそちらを見る。
あ、どうしよう、会った先のことを考えてなかったな……。
とにかく会えば安心できると思ってきたけど、何の解決にもなってないんだった。
すぐ行く、と返事をしている南次郎さんの邪魔をするわけにもいかない。なにせ、彼は近くに全米オープンの決勝を控えているわけだから。
「じゃ、あの、俺……いきます」
「まあまてよ」
車から二人の子供と奥さんが俺に気づいてじいっと見ている。
南次郎さんが俺の腕をつかんで、言った。

「これからちょっと流しに行くんだが、くるか?」

オープンカーってすごいなー。
後部座席にいた小さい子供2人と並んで座っていると、倫子さんから名前は?と聞かれた。
「りゅ、竜崎……サクラです!」
ここが過去だということはもう受け入れるとして、だとしたら俺がすでに生まれていて、南次郎さんはばあちゃんの知り合いだという考えが駆け巡る。咄嗟に偽名をぶちかますが、髪が長くて女の子に見えるのでなんの違和感もないだろう。
倫子さんも自己紹介もしつつ、サクラちゃんねとうなずいてくれた。
「息子さんたちは、なんていうんですか?」
ご両親に聞く体でいつつも自主性を尊重して、2人の男の子を見る。
「俺リョーガ、……こっちはチビ助」
「!チビ助じゃないっ……リョーマ」
「ん、よろしくな二人とも」
息子ってところを否定しなかったので、やっぱり兄貴だったらしい。
リョーガくんはすぐに自分から名前を言ってくれたけど、越前は猫みたいに警戒して口を開かなかったので、勝手に兄貴から不名誉なあだ名で紹介され、しぶしぶ名前を教えてくれた。

施設の前につくと、倫子さんが車を置いてくると言って俺たちを下ろす。
南次郎さんに続いて中に入っていくと、スキンヘッドのスーツ姿の男と、選手っぽいガタイのいい男と出会った。
どうやら全米オープンの主催と、その人が目をかけてるっぽい選手だったもよう。
英会話は細かくはききとれないが、選手は南次郎さんの相手に抜擢されたらしい。

打ち合っている様子を越前が見たら喜びそう、と思いつつリョーマくんを見れば無邪気にボールを目で追って楽しんでた。なによりです。
「お姉ちゃんもテニスするの?」
「んー……俺はあんまりやらないかな。身体を動かすのは好きだけど」
「へえー」
リョーガくんとの話をそこそこに、リョーマくんが南次郎さんのラケットを替えに持って行き、断られて帰ってくるのに首を傾げた。どうやら破損したままのガットで立ち向かうらしく、フレームで打ち返していた。え、野球?

相手の選手は大技の後に地に頽れ、越前一家はパパのかっこよさに大盛り上がり、スポンサーはなにやら思案めいた顔をしていた。
少し身体を休めるといってロッカールームへ行こうとした南次郎さんは、俺にちらりと目くばせをした。
なんだろ、と思いながらついていけば、彼は静かにソファに座って息を整えて、ようやく口を開く。
「どうだった?」
「テニスってすごいなあ、格好いいなあって思いました」
果てしなく凡庸な感想だが、他に言いようがない。
「あんまりテニス、やらないんだっけか」
「あ、聞いてたんだ。……うん、友達がテニスをやってて、あなたに憧れています」
ファンだというのは嘘じゃないけど、と付け足すと笑われた。

俺はこの国には一人で旅行で来ていると説明した。心配されてもこまるし、素直に話して警察に頼るわけには行かない。なにせパスポートで身分が証明できそうにないから。
何か思いつつも深く聞いてくる様子のない南次郎さんが相槌をうったところで、外から倫子さんの悲鳴が聞こえた。
窓から顔を出せば、男が複数人いて、リョーマくんを連れ去ろうとし、倫子さんが掴みかかって阻止しようとしてるところだ。
南次郎さんの横から無理やり窓に顔を突っ込んだので視界が狭いが、リョーガくんも横でお母さんと弟に掴まってなんとか抵抗している。
「倫子!」
リョーマくんを取り戻した倫子さんは反動で地面に転がる。
それでも子供を抱き込んで守るので大した人だ。
窓から出ていこうとする南次郎さんだが、体格的に難しいみたいで何度か躊躇している。
「どいて!」
「サクラ……!」
俺は南次郎さんを押しのけて、窓枠に身体を突っ込んで外に出た。
後ろから引き留める声がしたが、時間が惜しいので一目散に男たちの元へ向かった。
なぜなら今度はリョーガくんが捕まえられたからだ。
彼は車の中に投げ込まれ、男2人が続いて乗り込む。そして運転席にいる男がナイフを投げてきた。
反射的にキャッチすると、手紙が巻き付けられているみたいで、それを外してナイフを運転席へ投げつける。
窓が開いていたので車内の中に入り男の帽子をかすめて、奥の窓ガラスに突き刺さったが。
「車が!」
「無理に追うな……っ」
発進する車に飛びついてでも追おうとするのを南次郎さんに羽交い絞めで止められて、仕方なく足から少し力を抜いて体重を預けた。
「……ごめんなさい」
「いや、ありがとな───……」
手に残っていた手紙を渡すと、南次郎さんはそれを開いて絶句した。
「心当たりが?」
「脅迫だ……全米オープンで俺が勝つと嬉しくない連中の、な」
ひょいっと覗き込むと雑誌などの切り抜きで作った英文が並んでいて、じっくり読めば俺にもなんとなく内容が分かった。
つまり試合で負けないとリョーガくんは返さないぞってことだ。

リョーマくんはあまりの衝撃に泣き出し、倫子さんは地面に転がされた衝撃で顔にケガをして、俺は忘れていたけどナイフを受け止めたときに掌を切って血が出ていたので、越前家に帰って手当することになった。
南次郎さんは親に連絡をしようかと聞いてくれたが断った。日本にいるので駆け付けられるわけではないし、変に心配をかけたくないということで。
出血は大した量でもないので、病院にいくこともなく倫子さんに軽く手当してもらうだけにした。逆に俺も倫子さんの顔の傷を手当した。

洗い物をしている倫子さんに、ご飯のお礼に手伝いを申し出たが手を怪我してるから駄目だと諫められ、おとなしく南次郎さんとリョーマくんと一緒にソファでくつろぐことになった。
といっても、リョーマくんはごはんもそこそこに疲れて眠っていて、南次郎さんも浮かない顔で手紙を眺めているので本当の意味でくつろぐことはないけど。
「これバーの名前?」
「ああ……このくらいしか、手掛かりになりそうなものはないな」
隣に座って手元を覗き込むが、いくらにらめっこしても手紙のデザインに入っているバーの名前くらいしか情報になるものはない。
南次郎さんも同意見みたいで、眠ってるリョーマくんを手慰むように撫でた。
「いってみましょうか、ここ」
「おまえが行く必要はねえよ」
息子を優しく撫でたその手で、俺の額を優しく小突く。旅行にきてるんだから、明日は自分の行きたいところに行くか、日本に帰れと諭された。
でも俺は今、行きたいところも行けるところもない。
「なら俺は、南次郎さんの試合がみたい」
たしか、越前に聞いた話だと南次郎さんは2年ほどでプロを引退した───それが、どうやらこの頃だというのだ。つまり、過去にこんな事件があったのが原因ではないだろうかと俺は考える。
「俺も、俺の友達も、南次郎さんが全米オープンで戦うのがみたいんだ」
手をつかんでぎゅっと力を籠めると、南次郎さんの目が見開かれた。


倫子さんにも大反対されたが、一応俺が女の子ではないことは伝えてみる。
まあ子供なので、結局賛成もされてないんだが、南次郎さんが絶対に守ることと、危ないことはしないからと言って二人で家を出た。
「今のところ、家に見張りはついてなさそうですね」
「……ああ……」
家から出たところで、周囲に不審な車やカメラ、人影はない。よその家の中までは調べられないが、まあそこまで丹念な犯行でもなさそうだ。
リョーガくんを人質に取ってる以上、俺たちが下手なことはできないと思ってるからだろう。
「俺がバーの中見てきますんで」
「待て待て待て!」
店の前に来て、チャッと手をあげて背を向ける俺の首根っこを南次郎さんが引っ張り上げた。パーカーのフードをリードに見立てないでもらえるかな。
「南次郎さんが入ったら目立つでしょうが」
「お前も目立つに決まってるだろ、女子供にしか見えねえんだから」
「でも南次郎さん本人がくるよりましだし、人質が増えるだけですよ」
俺が捕まったところを尾行して、リョーガくんと合流したら、隙を作ってもらえるように頼む。もしくは自力リョーガくんもって逃げてくるというと、非常に疲れた顔でため息をつかれた。

バーの中は大変治安が悪かった。ママのミルクがどうのこうの、って言ってきたやつがいたし、お嬢ちゃんどうしたの~と猫なで声を出すのもいた。
見渡すと、見覚えのあるスーツ姿の男が3人いた。あれは、リョーガくんを攫って行った奴だ。
2人は図体がでかくて、1人は小柄だが3人の中で仕切ってるそぶりを見せたので、兄貴分なのだろう。
でかい2人はすぐに俺に気が付いて、兄貴分に知らせる。兄貴分は帽子が抉れてたのを気にして落ち込んでいたが、それはきっと俺がナイフを投げて削いだところだろう。
俺に気づくと漫画みたいに揃ってこっちを指さし立ち上がる。

俺は特に抵抗もせず、弟が心配で探しに来たお姉ちゃんのふりをして3人に掴まり、ボスと呼ばれる女の元へ連れていかれた。そして英語があんまりわからないままでいると、あっさりリョーガくんと同じところに連れてこられた。
「おねーちゃん……!」
「ひどいことされてない?」
リョーガくんは俺を見てほっとしたような、でも不安な顔をした。まあ一緒に捕まってて心から安堵できるわけないよな。
俺の作戦通りでいけば、南次郎さんがここを突き止めているはずなので隙を見て逃げ出すつもりだ。
リョーガくんは椅子に縛り付けられてはいるけど、傷ついたりはしてないみたい。
人の気配がなくなったところで、腕を縛る縄をブチっとちぎる。
僅かな明かりしかない倉庫内は、目が慣れてくると広さがだいたいわかるようになった。
「リョーガくん大丈夫、お父さんも近くに来てるから」
「ほんと?」
「ん。だから一緒に逃げよう」
「うん……!」
不安そうだった声も、南次郎さんの存在を匂わせれば少し落ち着く。
俺は早速自分の身体の自由を確保し、リョーガくんの手を縛る縄も解いて立ち上がらせた。
「これから何があっても手を放さないで」
暗くて距離感がつかめないし、大声でべらべらしゃべるわけにもいかないので手をとり、そこから辿って顔を近づける。
囁くように言えば、すぐそばで息を呑む音がした。
それから震える小さな声が返事をする。

ふと、その時ドアの開く音がした。
忍び足と、こちらの様子をうかがう気配。
「なんじろーさん……?」
小声で問えば、低く静かな声が応えた。
俺はその音を頼りにリョーガくんをつれて向かう。
お互いに身体をぶつけ合いながら、暗闇の中で手を取り合って建物の外へ出た。
そして身を隠せそうなところにたどり着くとようやく安堵の息をこぼす。
「ひやひやしたぜ……怪我はねえか?」
「ん、2人とも、ないよね」
「平気!」
リョーガくんはお父さんが来た途端やっぱり元気になった。
「とにかく家に帰るぞ……倫子が待ってる」
「家はやめた方が良いと思います。帰ったと分かったらまた誰かが狙われる」
「ああ……」
南次郎さんも考えてわかったみたいで、言葉を止める。
「明日の試合が終わるまで───俺とリョーガくんは姿を隠しましょう」
「───」
「人質の子供が2人逃げ出したと考えるなら、きっとこちらを探し回る。南次郎さんは子供を人質に取られてるふりをして試合に臨めばいい」
リョーガくんが俺と南次郎さんを交互にみた。
「俺たちが帰ったら、チビ助と母さんが危ないんだよね?なら俺、お姉ちゃんと逃げるよ!」
ぎゅうっと握られる手に力がこもる。
「倫子さんに謝っておいてくれますか?必ずリョーガくんは家に帰します」
「リョーガだけじゃない、お前も帰ってくるんだ、サクラ」
「……はい」
「明日の朝、念のため家に電話をいれろ。それから、会場に姿を見せてくれ。観客もいりゃ手出しできないだろ。───そしたら俺が勝つところを見せてやる」
ぐっと力を込めた強い顔で言われたら、なんか本当にそうなる気がしてきた。
南次郎さんは越前があこがれてる通り、強いプレーヤーだから大丈夫。
「うん、きっと見せて」
俺はリョーガくんをつれて、南次郎さんとは別方向に走った。

とりあえずバーや倉庫周辺から遠ざかるのを優先した。
俺には土地勘もなければ言語の違いもあって不利なことは多く、体力と反射神経だけが頼りである。リョーガくんに周囲の言語に気を張ってもらいつつ、大体の位置情報や方向感覚は頼ることになるだろう。
少しは距離をとったはずだが、騒がしい足音がしてもう追手がかかったことを察した。
「こっち!」
細い幅しかない建物同士の間にリョーガくんを引き込んだ。
俺の長い髪の毛はそれだけで特徴になるからフードをかぶって隠す。俺の身体はたいして大きくもないが、影に入って抱き合えばシルエットを暈すくらい出来るだろう。
「……」
小さくリョーガくんが何かを言ってるが、しっと黙らせた。服に顔を埋めれば呼吸の音も和らぐだろうと後頭部を抱く。
英語でなにか指示をしながら走る男が俺たちの前を駆け抜けていった。
あれはウルフと呼ばれた、俺が帽子を削いだ男だ。あとはウーとブーと呼ばれるガタイの良い2人の子分がいたはずだが、おそらくそれぞれで探し回ってるのだろう。
あの3人はもちろん厄介だけど、他にも追手がかかってるのだとしたらこれから先一瞬も気が抜けなくなりそうだ。
「走るよ、準備はいい?」
足音が遠ざかって少ししてから、リョーガくんに準備を促す。
こくりとうなずいたのを見て、俺は彼の背中を押して道に出た。足音や気配を読みつつ、前とか右とか左とか指示して彼の後ろを走ると、途中で右の方に人影があり、どうやら姿を見られたらしい声が聞こえた。
「見つかった!?」
「ああ、でも大丈夫!このまま走って!───次右!」
怒号がしたのでリョーガくんも見つかったことに気づいて、俺を振り向いた。
指示通りに右に曲がったあと、走れと促し、路地裏にあるでかいゴミ箱を動かしてバリケードを作る。
見つかったことで、こっちに人が集まってくるだろう。

「あっ」
細い道の前方からも人が来て足が止まる。
後ろからはゴミ箱を何とか乗り越えてきた追手もいる。
追い詰めたと思って2人はゆっくりと挑発的にこちらへ向かってきた。
俺たちは仕方なく建物の入り口に駆け込み、階段を上った。リョーガくんは戸惑いながらも俺の指示通りにして、扉を開けた先は屋上だった。
「ど、どうする……!?」
「うーん」
一端冷静になって、ドアの前にまたしてもバリケードを作ってみる。重たい瓶みたいなのがあって、音からするに小粒の何かがぎっしり詰められていた。
これじゃ大した重みにはならなそうだ。
隠れ場所も逃げ場もない。俺たちがここに駆け込むのは見られているので、やがて追いこまれる。
塀に手をついて、下を見て降りられるか、何か足場になるものはあるか見る。
その時、ドアがガツンと音を立てた。そしてバリケードのために置いた瓶は倒れて割れる。中から出てきたのは豆みたいな粒で、わずかに足を取られているのがちょっと滑稽である。
「来た!」
不安げな声と、手に触れた指先の振動。
握り返した途端リョーガくんは指示を仰ぐために俺を見た。
「しっかり腕回して」
「ええ!?」
横向きに抱き上げて首に顔を近づける。宙を藻掻いた腕は慌てて俺の首に回るが、抱き上げられたことに抵抗があるようで足がバタつく。
「飛ぶよ!」
「わあああーっ!?!」
俺はリョーガ君を抱いて壁の上に立ち、助走をつけて空へ飛んだ。
隣の建物のバルコニーを蹴って、斜め向かいの壁を走り、さらに隣の建物の屋根に着地して、腕の中の子供に衝撃が行かないように抱きしめて調節する。
「はぁっ、はっ、はぁ……、い、生きてる……!?」
「生きてるよ!」
こわい思いをさせた自覚があるんだが、まあ男の子なら頑張れということで。
しかし腰が抜けてるかもしれないのでそのまま抱っこして走ることにした。どっちにしろしばらくは建物の上だし。
「2人引き離せたから一気に距離とるよ、しばらくこのまま空でも見てな、星がきれいだ」
「はあ!?ちょ……空、なんて───、」
混乱のさなかにいるリョーガくんが何を言っているかはちょっとよくわからないが、俺に抱かれたまま空を見て少し落ち着いたのか、疲れて騒ぐ元気もないのか、大人しくなった。


その後ようやく地面につくとリョーガくんは自分の足で歩くといって降りたし、ヒッチハイクで車をつかまえてくれた。
車で30分ほど行ったところに教会があって、そこならもしかしたら入り込んで一晩明かせるかもという情報のもとやってきた。
確かに周囲に人の家や店もなくて、道路は見通しもよさそうだ。森が近くにあるので隠れる場所もある。
教会の礼拝堂は静かで、ステンドグラスの色をした月明りが差し込んでいてとても綺麗だった。
「ありがと、ここで朝まで休めそうだ」
「うん」
リョーガくんは俺がお礼を言うと嬉しそうにした。
元々人見知りはされてないが、一緒に逃げ回ったことでお互いに距離が縮まったのは気のせいじゃないだろう。一致団結というやつだ。
「逃げ回るの大変だったろ、お疲れ様」
本当は家族と一緒にいて、試合を見に行きたかっただろうに。
「ううん、俺、父さんに試合勝ってほしいから」
「そうだね。俺たちが明日顔を出したらきっと喜んでくれて、勝ってくれると思う。楽しみだな」
隣り合って座っていると、身体の片側同士がぴったりとくっつく。
「お姉ちゃんはなんで、テニスしないの?」
お父さんのファンなのにテニスしないのはなぜって思ったのだろうか。いや、そんなファンはごまんといるだろうから、そういうことじゃなく、純粋にかな。
「テニスねー……したいな、したくなった」
「え」
しないことに大きな理由はなかったけど、今は俺、めちゃくちゃテニスに興味が出てきた。
「南次郎さんのテニスすごかったし、明日の試合見たらもっとテニスしたくなると思う」
「じゃあ、俺と一緒にやろうよ」
「ほんと?でも俺まだへたっぴだよ」
「俺が教えてあげる!」
「お、やったー」
無事に帰れたらリョーガくんとテニスを出来たらいいなと本当に思う。
小さな背中に手をやると、きょとんとして俺を見上げる。
「未来でいいことが待ってるから、きっと大丈夫だって思えるね」
にこーっと笑うと、リョーガくんもにかっと笑った。
それから身体を休めるように言って、静かにしていると疲れていたみたいで眠りについていった。

なんとなく体温の上がった気がする子供に寄りかかられながら、俺もちょっと目をつむった。
教会に誰かが入ってきたらわかるように気を配りながら、仮眠をとる。

夜が明けて少しして、リョーガくんが目を覚ましたみたいだ。
もぞもぞと動き、俺の隣から立ち上がる。
椅子に座った状態じゃあ、さすがに安眠は難しいよな。薄目でみていると手足をあちこち動かして、凝り固まった身体をほぐしている。
「まだねてる……?」
ひそひそ声で尋ねられて、答えようか迷った。
「サクラ……おねーちゃん……」
いたわるように頭をぽんぽんと撫でられて、こらえきれなくなった笑みがこぼれた。
「ぎゅ」
「わあ!お、おき、起きてた!」
「今起きた。おはよう」
「……おはよ」
至近距離で俺のことを眺めてたので、容易く捕らえられたリョーガくんはじたばたするが、昨日散々俺に抱っこされてたため諦めが早く、膝の上にのしかかったまま笑っている。
「───しっ」
「、」
ふと嫌な気配がして、笑ってるリョーガくんの口をおさえた。
教会の外、すぐ近くに、人がいる。
礼拝にきた人だろうかと思ったが、じっと動かずこっちの様子を窺ってるので、おそらく追手だ。
昨晩この建物に入るのを見られていたということか……。
だとしたら複数人に囲まれていてもおかしくはないんだけど、そんなに人がこっちに注意している感じがしない。
敵の戦力が見えないとやりづらいなと思いつつ、気を付けてリョーガくんを外に出す。
いの一番に彼を捕まえたなら俺がすぐに攻撃するし、あとから出た俺を背後から捕まえたなら───。
「へっへっへ───」
「お姉ちゃん!」
ぬうっと視界に手が伸びてきて、俺は囚われる。
突き付けられたのはナイフ。背中に当たる身体の感触的に武器はそれくらいだろうか。
体格からして、さほど大きくはない。筋肉質ではあるが。
ちらりと見ると、多分部下の筆頭だったウルフという男だ。
リョーガくんをなにやら脅しているがよく聞き取れなかった。
「───」
にっと笑って見せる。
今この状況でリョーガくんのことを捕まえないとなれば、相手は1人である可能性が高い。
俺を羽交い絞めにする腕に手をよせて、ヨイショと身体を回転させて男の体制を崩し、ふっとばした。ナイフはもちろん当たらないように気を付けた。
「ア~ゥ!」
アメリカンな叫び声をあげて倒れた男の背中にのり、意識を落とす。この間、華麗に15秒ほどである。
乱れてもいない髪の毛を整え、男の身体をまさぐって車のキーを探し出す。ついでに武器もうばっとこ……と思ったらナイフしかもってねえでやんの……。
まあ使われたら面倒なので奪うが。

「ドライブしちゃお」

人差し指にキーホルダーを引っかけてぐるんと一周。
リョーガくんは終始ぽかんとしていたが、まあ、昨日屋上から飛び降りた時よりは回復が早かったナ……。

「本当に大丈夫?本当に!?」
「大丈夫大丈夫!」
いや車の運転何十年ぶりだろー!左ハンドル慣れない以前の問題、とか思いつつも山道をぶいぶい走らせた。
途中で公衆電話を見つけたので路上に車を停めた。小銭ついでに出てきたテニスボールを本体の上に置いて、聞いていた番号にかける。
『はい、越前……』
うお、日本語で電話でた……アメリカの家なのに……マいっか。
男性の声で、ちょっと気怠げなので、南次郎さんだろう。
「あ、南次郎さん?サクラです」
『サクラ?───サクラなのか?』
「はいサクラですよ、リョーガくんもちゃんと一緒」
『……今、どこにいるんだ?』
何やら慎重な話し方なので、不安があるのだと思う。
とりあえず今いるところと、予定のルートを説明する。
「2人で会場に行きますから、心配しないで」
『そうか』
南次郎さんの落ち着いた声にほっとする。俺たちも大概大変な目にあっているが、全米オープンの決勝という大事な大会前にとんでもないストレスを受けた南次郎さんの苦労たるや。
『ありがとなサクラ───帰ってきたら今度こそ、テニス教えてやるよ』
反射的にわーいって喜びつつ電話を切ったが、あれ?俺南次郎さんにテニス教えてって言ったかな。いや教えてほしいけども。
リョーガくんも教えてくれるって言うので、これが終わったらテニス教えてもらおうかな……。なんか未来に帰れる兆しが全然ないし、帰れなかったら越前家の子にしてもらお。

さて、朝の電話ミッションを終えたのでもう一度車に乗り込む。
本当なら会場までこのまま乗りつけたいところだが、運転してるところを大勢の人に見られるのはちょっと不安だ。降りてきた途端にちょっとイイカナ?って捕まってしまいかねない。そしたら逃亡劇シーズン2が始まってしまうのでいい感じに人がいないところまで行って車を乗り捨てる必要がある。
あれ、おかしいな、俺本当に逃亡犯になった気分だ。映画一本作れそ。
スーパーで適当に買ってきたサンドイッチやレモネードで腹ごしらえしてるところすらもう映画っぽくなってきた。───行ってしまうか、ルート66に……。と魔がさしかけてリョーガくん見て我に返る。
いや、全米オープン決勝で南次郎さんが優勝するところ見るのが一番いいストーリーだ。


移動手段は徒歩に変え、会場につくと人でごった返している中で倫子さんと再会したら俺とリョーガくんはもろとも抱きしめられた。
開会式が終わるとわずかな空き時間ができて、南次郎さんもコートから俺を見上げてほほ笑んだ。
「サクラ、本当にありがとうな、どう礼をしたらいいか……」
南次郎さんの改めての感謝に俺は首を振る。
俺はこの試合を万全の態勢で臨んでくれることがうれしい。あ、でも。
ふと、今朝電話した時のことを思い出す。
「あ、俺にテニス教えてくれるんですよね?」
「ええー!?違うよ、お姉ちゃんには俺が教えるっていったんだよ!」
「リョーガ、お前が人に教えるなんて100年早え。よって、俺が教える!」
「俺が先に約束したのに!」
「アハハ、もうみんな教えてくれ」
どうせ初心者でいくらでも教わることはあるんだからと彼らをなだめる。
それを見てた倫子さんも、自分も経験者だからと提案してくれたし、リョーマくんも内容分かってるかわからないけど教えるって言ってくれてる。
実際未来で俺に初めてテニスを教えたの越前なんだよな……グリップの握り方とか。
思い出して笑ってしまって、ちびっこい頭を撫で繰り回す。


南次郎さんはきちんと警察に相談をして今日の会場には警官を配備してもらっているそうだ。
脅迫状があるので警察も動いてくれたのだろう。
俺とリョーガくんはこの後刑事さんとお話するかもしれないが、まあもちろん協力はいくらでもする……まて、俺身元不明だし、無免許運転した……。
試合は最高潮に盛り上がっているが俺のテンションと顔色はさーっとさめていく。
相手の髪の毛がテニスボールで駆られるところなんて最高に笑えるって言うか突っ込み所満載なのにはわわという気持ちでいっぱいです。
しかもなんか、それで選手がショックのあまり退場したため試合続行不可能ということで南次郎さんの優勝が決まったしな。
……テニス教わるときヘルメットかぶろ……。

「お姉ちゃん?サクラ姉ちゃん?帰らないの……?」
試合が終わって、表彰もされて、いつしか夕暮れになった。
事情聴取は後日ってことになったのか、俺の身柄はまだ無事です。
「今日の夕飯なんだろうね!とーちゃんが勝ったからごちそうかな」
リョーマくんもいつのまにかすっかり慣れたみたいで俺を見上げてる。
「サクラちゃんもぜひうちで今日も食べて行って?お礼したいもの」
「さて、うちに帰るぞー」
一向に未来に帰れる気配がなくて越前家の一員になる流れが見えてきた。
車に乗るようにと背中をおされたとき、ことっと荷物の中からテニスボールと、バッジがおちた。
リョーガくんが俺より先にバッジを拾ってくれたので、俺は転がって行くボールを追いかける。
行きつく先には、もう一つボールがあった。テニスコートから飛んできちゃったかな、と一応自分のボールを見失わないようにしゃがんで手を伸ばした途端、視界に急遽猫が飛び出してきた。
え、と思ったときにはもう視界が光でいっぱいになっていた。
最後に認識したのはテニスボールが2つぶつかったのと、ここに来た時に抱いてたのと酷似した猫の姿。


「───崎、竜崎!!」
「へ……?」
聞き覚えがあるが、なぜか懐かしいような気がする声と、呼ばれ方にうっすらと目を開ける。
その時、もぞもぞと顔の横を猫が通り過ぎていき、鈴の音がした。
「はっ、ねこ!」
「猫は無事……!竜崎はどうなの」
「───リョーマくん……おっきくなったね……?」
「何急に?……そんな呼ばれ方したこと、ないけど……」
心なしもぢもぢしてる様子を見て、我に返る。
チビ助のことはリョーマくんって呼んでたけど、こっちは同級生だった。
「わり、越前」
「別に嫌だってわけじゃないし……」
どうやら俺は車に轢かれかけた猫を助けてすっころんだらしい。
「ボール打ってくれたの、越前?」
「……まあね」
「2つなかった?よく覚えてないんだけど」
「さあ」
相変わらずそっけないので、とりあえず立ち上がりながら服についた土をはらう。
俺と猫に当たりそうになった車は意識を取り戻したのを見るや否やバッキャロイと叫んで走り去っていったようだし、通行人ももう入れ替わっていた。
「ははあ」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「なんで越前アメリカいるの?」
「……武者修行」
あなた侍ですかと聞きたくなったがそうだ、サムライ南次郎の息子だもんな。
「へえ、いい旅になるといいね」
「どーも」
「あ、俺越前にも一応お土産かったんだけど、要らない?」
「どっちでもいいけど」
今渡しちゃおうかなーと思ったところで、ごそごそ身体をあさってもそれがないことに気づいた。
「落としたんだったわ」
で、多分リョーガくんが拾ってくれて過去に置いてきた感じか。
越前の呆れた目線が痛い。
「買い直すう……」
「いいよわざわざ」
でもカルピンにすっごいそっくしだったし……と思って、もう一度行ってみてあったら買っておこうと心に決めた。
「とにかく、助けてくれてありがと。また日本で会お」
じゃーね、と手を振って分かれたあと、俺はまたあの広場へ戻った。
そこにはもう、南次郎さんのポスターは当然なかった。






*エピローグ1


「おねーちゃん……?」
突如として、人が消えた。
リョーガの目の前で、テニスボールを追いかけて行ってしゃがんだところまで見ていたのに、一瞬にして消えた。まさに瞬きをしたらいなかった。
「え、サクラちゃんは?」
「いねえ……消えた」
父も母も同じように茫然としていて、小さな弟も、目をこすってからきょろきょろとあたりを見る。
どこを探してもいなくなってて、施設のスタッフに聞いても誰も彼女の姿を見た者はいない。
それどころか会場内に備え付けられていた防犯カメラにも、サクラの姿は映っていなかったことが発覚した。たった今さっき、一緒に出入り口を通ったリョーガの隣には誰もいなかったのだ。
誰もが絶句して、それ以上追うこともできず、茫然と家に帰るしかなかった。
幼い弟はよくわかっていないまま、サクラとはいつテニスをするのかと何日か聞きまわっていたがやがて忘れたようだ。
リョーガは忘れられなかった。残されたバッジだけはサクラの存在を確かなものとしていて、そして誰よりも濃密な時間を過ごした思い出が確かにあった。
あの日、あの晩の星空まで覚えてる。
そのくらい、サクラは、ここにいたのだ───。



*エピローグ2


越前南次郎には心の中に忘れられない子供がいた。
長い三つ編みを垂らした少女に見える少年で、ある日突然現役プレーヤーだった南次郎の前に現れて、息子と、南次郎の心を守ってくれた子だった。
全米オープンの決勝で負けろと息子を誘拐され、プロの世界で勝利をすることが馬鹿馬鹿しく感じられた。こんなもののために家族を危険にさらして、こんなもののためにテニスが楽しめなくされたことへの嫌悪感。
───だけど、ファンだと言ってくれたサクラが試合を観たいと言ってくれた。
誘拐された息子を助け出して、逃げ切って、会場に笑顔でやってきた。
家族とともに笑うあの光景を見て、南次郎はこのためにテニスをするのだと思った。
自分に憧れ、テニスがしたい、教えてほしいと言ってくる人間は今までたくさんいたが、サクラに言われたのはこの上ない喜びとなった。
しかしそんなサクラは、テニスを実際に教えることもできず、突如として姿を消した。

南次郎はそれ以来、テニスをすることの意味を改めて考えてプロの世界から身を引いた。
自分の子供たちはそれぞれ成長して、各々テニスの腕を磨いていて、それでいいと思った。
そんなある日、リョーマが友人を家につれてきた。
テニス仲間でもなく単なる同級生だ。近所でカルピンを見つけたついでに寄っただけらしいが、南次郎はその子供に"見覚え"があったので、試すように「テニス、教えてやろうか?」と聞いた。
きょとんとした本人が答えるより先にリョーマに追い返されて、あまり会話することもなかった。
あとで聞いたら上に兄弟はいないというし、名前もサクラではないし、リョーマの同級生であるので当時はもちろんチビだったはずだ。
そう、あのサクラは彼ではない───あまりにも似てただけで、もしかしたら夢でも見ていたのかもしれないと思うようになった頃、家に電話がかかってきた。
倫子も姪の菜々子も外出していて、南次郎が出ると受話器から砂嵐とともに「サクラですけど」と聞こえてくる。
思わず言葉に詰まり、聞き返せばやはりサクラと名乗った。
「……今、どこにいるんだ?」
問えば、アメリカにいるという。リョーガが一緒にいるという口ぶりから向こうで再会したのかと思えば、どうやら電話口のサクラは今まさに"あの頃"にいるというではないか。
『2人で会場に行きますから、心配しないで』
頷きながら、笑顔で帰ってきてくれた時の感動を思い出す。
それから急速に、理解していく。
アメリカで初めて会ったとき、どこにも行くあてのない子供だと思ったこと。
カメラに映らないこと、突然現れて消えたこと、テニスを普段やらない風だが友人がやっていて南次郎を尊敬しているという口ぶり。
それは未来から来た、リョーマの友人である、竜崎であったからだ。
「ありがとなサクラ───帰ってきたら今度こそ、テニス教えてやるよ」
わーい、と無邪気に喜んでいる声をききながら電話を切った。
改めてサクラ───否、はいろいろなものを守ってくれたのだと知る。
そして早く"こちら"へ帰ってこいと南次郎は祈った。

電話から2日ほどして、は越前家に訪ねてきた。
アメリカ旅行から帰ってきて、リョーマにお土産を持ってきてくれたらしい。
「あいつも今武者修行だってアメリカ行っててなあ」
「あ、向こうで会いましたよ!いつ帰ってくるか聞かなかったので南次郎さんに預けとこうかと!」
かつてはリョーマの真似をして『越前の親父さん』とか呼んでいた気がするが、は普通に南次郎をその名で呼んでいる。
「カルピンに似てるでしょー」
どうやら越前家の愛猫に似たそれを南次郎にも見せたかったらしく開けて見せてくれた。
これはまさしく、リョーガの手元に残されたバッジと同じだ。
当初猫好きのリョーマが欲しがっていたが、頑として譲らなかった思い出の品で、おそらく今でも持っているに違いないと、南次郎は踏んでいる。
「リョーガにやったのとお揃いか?」
「あ、リョーガくんがまだ持っているならそうなってしまいます……ね??」
特に何も考えてなさそうな顔で言い放ち、はて、と首を傾げた。
「そりゃ面白そうだ。───それよりどうする……テニス、やってくか?約束だろ」
2人の間にはもう、説明も何もいらなかった。
互いに約束を果たしたい、再会を喜ぶ気持ちはそれで良いのだと思えた。
偶然家にいた倫子も巻き込んでとテニスをした。汗だく土まみれになって地面に座るを見下ろして南次郎は聞いた。
「テニス……楽しいか?」
「はい、たのしーです」
南次郎はずっと、この顔が見たくて、このセリフが聞きたかったのだ。



*おまけ
リョーマはアメリカでの武者修行を終えて、日本に帰ってきた。
それからU17合宿に青春学園テニス部レギュラー選手として呼ばれているため、すぐにまた出かけることになっていた。
テニスバッグはいつでも準備万端だが、その他着替え類などを入れ替えて慌ただしく出ていく準備をしていると父親が何かを投げてよこす。
「───が、夏休みにうちきて、お土産だってよ」
「リョーマ、くんにあったら、ちゃんとお礼いっておくのよ」
「……?」
片手で受け取ったそれが、アメリカ旅行をしてた時に渡しそびれたらしいお土産であることは理解してたし、両親に預けに来たこともよくわかるのだが、なにかに違和感を覚えた。
袋から出したそれは、愛猫カルピンにそっくりな絵が描かれたバッジだ。いつもカルピンが一緒にいるみたいで嬉しい。
「センスいいじゃん」
「だな」
「……親父、そのにやけ顔……気持ち悪い」
眺めてから、の顔を思い浮かべてラケットバッグに針をさし取り付ける。
「まだまだだな、おまえら」
父親の顔は憎たらしいほどに、リョーマを見てわらっていたのだが、結局真意は読めずに家を出ることになった。"おまえら"というのが誰のことなのかもわからない。少なくとも1人は自分なのだが、その理由もわからない。
南次郎は、リョーマにあげるつもりだったバッジをリョーガが大事に持ってることも、またリョーマに同じものを渡されてお揃いになってることも、いろんな意味で『お揃い』であることも知っていた。
そしてそんな2人の息子たちをよそに、夫婦ですっかりと仲良くなっていたので、少しだけ優越感があったのだ。
リョーマも、リョーガも、きっとその立ち位置に気づくまで、もう少しかかる。
こういうのは、自分で気づかなければならないので、南次郎は言ってやらなかった。



end.




12月の応援上映行けないので、唸れ俺の記憶力をしました……違うところあってもご容赦くだちい。
容量だいたい4~5話分を一気に書きました。長いですすみません。映画なので!(言い訳)
桜乃成り代わりが原作沿いでリョーマくんと青春初恋()しつつタイムスリップしてリョーガ君の初恋を奪いたかったんだけど、たぶんこれ越前南次郎夢だ。

二つ打ち込まれたボールの一つはリョーガかエメラルドさんどっちでもいいかなって思ったり。未来が変わった(?)とかで帰ってきたときリョーマしかいなかったもいいし、助け起こされてたのでそのまま去ったとかでもいいです。リョーガだった場合この後再会しても良かったけど話が長くなるので割愛()
なんじろさん映画冒頭で「テニス楽しいか?」ってリョーマに聞くんですけどとてもイケボ……。
このあとU17で再会したいね^^
リョーマくんのバッグについてるバッジみて「チビ助それをどこで?」「アメリカ土産でもらった」「誰から」「同級生……だけど(映画のセリフ)」って言わせたいです。でも新テニまだ読みかけなんです許せサスケ。
エメ姉さんたちとなかよしもしたかったので、リョーマくんとタイムスリップする話も書きたかったんですけどもうそれはDVD買わないと……。
あ、テニプリ桜乃成り代わりリョーマ夢の本編???そこにないならないですね……。
原作で初めて会って12歳の初恋でもいいんですけどこっちの映画沿いでもリョーマくんはきっとサブリミナル初恋泥棒はされてる気がする(確信)

Dec 2021

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