Sakura-zensen


春の星 -Spica-


ヨイショー!!と勢いよくラケットをふると、硬式ボールが回転をかけて飛んでいく。
ちゃんと真ん中に当てられたらしい。
ネットの向こうには南次郎さんがいて、裸足で俺のボールに容易く追いついて見せる。
返ってきたボールには倫子さんが走って追いついたので、次の返球に備えた。

さん、お疲れさまでした」
「ありがとうございます!」
ちょっと休憩、とコートの脇に行くと菜々子さんが俺にタオルを差し出してくれた。
同級生の家で、同級生を除く家族に、至れり尽くせりでテニスを教わっている俺です。
あまりに不思議な出来事だったので口にはしていないけど、俺たちは昔叶えられなかった約束であるテニスを教わるという過程で、こうして仲良くなれたんだと思う。
それにしたって、同居人の従姉のお姉さんまで総出で、いよいよ俺も越前家の一員なのではないかと思えてきた。
「そういや越前……あー、リョーマくんって合宿行ってるんですよね」
二学期が始まってすぐくらいから、テニス部レギュラーは強化合宿へ行っているということで、公欠扱いとなっていた。
越前は武者修行のアメリカから帰国してすぐに行ってしまったので、俺は会えずじまいだ。
「そうよ。リョーマからはなんの連絡もないけど、楽しくやってるんじゃないかしら」
「便りがないのは良い便りってな」
中学生男子がいちいち両親に、合宿がどうなんて言ってこないかーと納得する。
さんにはリョーマさんから連絡ないんですか?」
「んん?連絡先……知らない、ですね」
同級生で、ばあちゃんがテニス部の顧問をしてるといえど、実際関わりがあまりないので連絡先を交換するタイミングがなかった。
学校行けば大概会えるし、家も知ってるし、改めて休日に遊ぼうって約束することもなくてだな。
南次郎さんと倫子さんは、は……と固まったあと顔を背けて笑っているし、菜々子さんもちょっとびっくりした顔だ。
息子の友達だと思って遊んでやってた子が、実はさほど友達じゃなかった感じでゴメンナサイである。いや、俺は友達だと思ってるけどな!連絡先知らないだけだし!

南次郎さんと倫子さんと菜々子さんの連絡先は知ってるんだよな……と思いつつ数日後、俺は街中で越前に遭遇した。
学ランにラケットバッグをしょってるので、合宿が終わったのかもしれない。
でもそれならばあちゃんから何か知らせが来そうなもんだけど。
「竜崎」
「ひさしぶり、越前」
バス停に降り立った越前が俺を見て驚いていた。
「合宿帰り?お疲れ、楽しかった?」
「───ちょっと、付き合ってよ」
「へ」
俺は越前に言われるがまま、ゲームセンターに行くことになった。


なんか、いつも以上に素っ気ないというか、こっちに気がない感じ。
越前は次々とゲームをハシゴしていく。まるで考え事を払拭するみたいに。
「あ!テニス、やろーぜ」
俺も最近練習してて、ちょっとは打てるようになったと思うんだよなあと、ナンバーパネルに当てるゲームを指さした。
それに、越前と言ったらテニスだし、ちょっと様子も見たかった。
「上達してんじゃん」
俺がボールを打ってると、越前は成長に気づいてくれた。
越前とテニスをやったのは2回かそこらで、その時に初めてラケットの持ち方とか振り方を聞いたのだ。あの頃に比べればボールの軌道はわかるようになったし、そこそこラケットを自在に操れるようになったと思う。
「あのね、最近教わってるんだー」
「へえ」
「越前の家で」
「は」
特に南次郎さんによく相手をしてもらっているのだと伝えると、越前は見事に固まった。
「なんで……?あの面倒くさがりの親父が?」
「ン?たまたまー……なんだろ、お礼?って言われたから」
俺がかつてリョーガくんと誘拐犯から逃げ回ったから、というのが大きな理由なんだろうけど、どう説明したもんかと悩んで濁した。
お礼ってナニソレ、となっている越前にこれ以上何と言ったらいいかわからなくなったので、次やって!と順番を代わってもらう。
渋々とだけどラケットとボールをもって、次々とパネルに当てていくのを見ていると、だんだん越前の動きに熱が入っていくのがわかった。

あっと思ったときにはボールがパネルを囲む枠に当たり、広い範囲に衝撃の凹みができていた。え、チャクラ使いましたか?
越前も思わず声を上げ、スタッフがかけてつけてくるので、俺の手を引いて走り出す。
「こらー!!!君たち!?」
「やべ、逃げるぞ竜崎」
「越前!?……ご、ごめんなさーい!」
俺は越前につられて逃亡する。
しばらく走って、ゲームセンターから遠ざかった時、越前は走るのをやめた。
手を離そうと開いたけど、俺はつかんだまま息を整える。
「───、」
さほど息は上がっていなかったけど、少し沈黙が続く。越前は俺と目を合わせようとしないで、手もまあ居心地が悪そうに固まっている。
「今日、どうした?」
会った時からちょっと変だなと思ってたけど、さっきのムシャクシャした様子が決定打となった。俺には話しづらいことかもしれないけど、付き合えといって俺を誘ったのだから、聞いてみる権利はあるだろう。
「別に」
「ヤなことあった?」
むっすりと黙る。まあ、素直に話してくれるとは思ってないけどな。
「テニス、楽しい?」
え、と小さく声をもらした越前はようやく俺の顔を見た。
目と目があって、それからすぐ逸らしてしまう。そしたら今度は俺に繋がれた手を見ているみたいだった。
多分、恥ずかしいのかもしれないと思ってゆっくり手を離すと、越前の手は微かに動き、ぎこちなく下ろされた。
「心が動くなら、大丈夫」
立ちはだかる壁にぶつかって視野が狭まることもあるだろうし、嫌いになったり、上手く動けなかったりすることもあるだろう。そういう時は、心も疲れてるときだから、感情も前向きになるのが難しい。誰でも起こることで、仕方のないことだ。
「すこしだけ、自分の心が追い付いてくるのを待ってみなよ」
そしたらきっと、越前の大事にしたい思いが、一番に浮上してくるはずだから。
励ましとしては微妙かもしれないけど、多分越前は自分で考えて駆け上がっていくだろう。

俺たちはそれから少し黙って歩いて、それぞれの帰路にたった。
「竜崎、サンキュー……。これも」
いくらか落ち着いたり、考えたりすることがあった越前は、俺の目から見ると笑っているように見えた。お礼を言ってくれた越前は最後にラケットバッグにつけてくれてる猫の缶バッジを指さしたので、嬉しくなって笑って手を振った。

───あ、今度会ったら連絡先交換しようと思ってたのに忘れてた。


風のうわさで越前は日本代表選出の合宿からは、規定違反により退去となっていたらしい。会った時にそりゃ、言いづらいかもな。
そして今は、アメリカ代表となって日本を発ったそうで……まってどういうこと??

俺はばあちゃんに連れられて、テニス部の応援に船でオーストラリアに向かった。
日本は今開催国であるオーストラリアと戦っているらしいが、ちょうどアメリカ代表がスウェーデンと戦ってるコートがあると聞いたので、そっちに観に行くことにした。
南次郎さん情報によると越前と共にリョーガくんがいるらしいのだ。
あの時の子がどんなふうに大きくなったのかという興味が少しだけあった。

アメリカ対スウェーデンは圧倒的なアメリカの強さによって勝利した。
ワーと拍手してると、周囲からの目が若干痛い。う、俺いるとこ間違えた……かな。
なんか越前がちらっとこっちを見た気がするし、多分気づいたかも。
USAのコールの中、俺はにこにこ笑って、越前に手を振った。
「───こっちは、日本代表の会場じゃないよ」
「越前のこと観に来たにきまってるだろ」
コートの下から俺を見上げる越前に笑いかける。
素直じゃないなあ、わかってるくせに。
手すりに肘をついて見下ろすと、ぽろりと長い三つ編みがこぼれる。
客席は次第に人が捌けていき、越前のチームメイトたちもそれぞれどこかへ行こうとする。
と、その時、越前に歩み寄ってきた黒髪の背の高い人に気が付いた。
俺と越前が話しているのを見比べて、俺を見て固まる。
越前に顔が似てるが、いくらか大人っぽい青年は越前の血縁者っぽくて、きっとリョーガくんだ。
俺はつい、大きくなったなあと温かいまなざしを向けてしまう。
「越前のおにーさんでしょ、こんにちは!」
あくまで、当たり障りない挨拶をしてみた。
目を瞠った様子からして、何かしら思うことはあるのかもしれない。
あの頃の彼はまだ小さかったけど、俺のこの髪型は特徴的だし、過ごした時間は濃密だったから、どれほど記憶に残っているかは定かではなかった。
年齢が合わないというのが大きな謎でもあるしな。
「あの子は?」
「同級生だけど」
「───同級生」
リョーガくんは軽く越前とやりとりして、ポケットからバッジを出して掲げて見せた。
それは越前にあげたのと同じだけど、少し色あせたもの。
越前は自分のバッグにつけてくれてるから、あれはリョーガくんのものだろう。
「あんた、これに見覚えないか?」
「それ、俺が竜崎からもらった奴と同じ……」
越前も横で自分のものと見比べてるので、当時俺がアメリカに落としてきたものだろう。
南次郎さんが、兄弟でお揃いを持つことになったら面白いなと言ってけど、本当にその通りの光景が出来上がっていて、これは確かに面白くて笑う。
「あは、本当にお揃いだ」
「どういうこと?」
「それは俺がアメリカで落としてきちゃったのを、拾ってくれたんだよね───リョーガくん」
その瞬間リョーガくんは駆け出し、客席にまで上がってきた。
早いな、身体能力すごいな。人のことは言えないが、びっくりした。
俺は茫然と、リョーガくんが長い脚で繰り出す大きな歩幅で近づいてくるのを見ていた。
「あ、え?」
「……やっと、逢えた」
手首をとっつかまれ、引き寄せられたと思ったら、リョーガくんの胸にどすっと頭があたる。
後頭部をそっと包まれたので、俺の目の前には鎖骨とネックレスがあった。
熱烈な抱擁に身じろぎして、リョーガくんの顔を見たが最後、意識が熱くて甘い眼差しに絡めとらた。
腰を固定されて顎をくいっと持ち上げられる。
「サクラ」
形の良い薄い唇が、俺のもう一つの名前を愛撫した瞬間、背筋を甘く痺れさせた。
思わず添えた手の下、胸からは鼓動が聞こえてくる───そして、風を切る音がする。

パン……!!!

「、ぶね……」
俺とリョーガくんは反射的に、飛んできたボールを掴んだ。
俺の手の中には回転する黄色いボールがあって、その手をリョーガくんの手が包みこんで勢いを抑え込んでいた。
「大丈夫か!?火傷してないか……?」
「あ、へいき」
俺の手を心配するリョーガくんからは先ほどの、圧倒されるような大人の雰囲気がなくなっていた。俺は内心で、掌の若干の痛みに安堵した。俺自身も自我を失っていたというか、食われかけていたというか。
「───ねえ、何やってんの」
「危ねえじゃねーか、チビ助」
「それはこっちのセリフ。危ないのはあんたでしょ。俺の同級生に何する気だよ」
俺はそろ~っとリョーガくんから離れる。まあ手は繋がれてるままなんだけども。
「……本当に、同級生なんだな……」
じいっと見られて、大っぴらに距離も取れずにぎしっと固まる。
ニ……ニコ!と笑ってみた。
不穏な雰囲気をどうにかしようにも、どこから説明したものかと思っていたところで、対向の客席から大きな大きな声が響き渡る。たしか、越前が東のルーキーなら、西のルーキーと言われる彼、遠山くんだ。
彼の「ワイが世界一の選手になる」宣言により、空気は一掃された。
テニスってすごいなと笑ってしまう。

一昨日きやがれ、と宣戦布告に応えている越前をよそに、俺はリョーガくんの手をくいくいとひっぱり気を引く。
「……今度一緒に、テニスしてくれる?」
「ああ、約束だもんな」
笑ったリョーガくんは、さっきは急に悪かったと言って、跪いて俺を見上げた。
そして、俺の手の甲にちゅっとキスして去っていった。
越前はその光景を見てハァ!?!?とドン引きしていた。

兄弟仲がこじれませんよーに。
心配して南次郎さんに報告と相談したら電話口で大爆笑だった。



end.



しれっと越前サーの姫()してる主人公。
新テニ履修進捗報告します、この辺です!!
いや、正確にはフランス王子様も登場してるとこまで読んでるんですけど、もうちょっと知ってから書くね……。

テニスをすれば言葉はいらねえ!という南次郎の発言は極論、誤魔化したいときもテニスだ!!!!!
主人公はサクラチャンなので、攻撃に対しての反応速度がしれっとリョーガくんよりも早かったら良いなと思ってボールは自分で受け止めてみました。
でも愛の攻撃()にはよわよわなので、うっかり唇を奪われかけてます。
Feb 2022.

PAGE TOP