春のおもかげ
※過去捏造(原作で明らかになってることでも読み飛ばしてください)両親が後ろ暗い組織に関係してしまったので、その両親の事故死に乗じて自分も死んだことにした。
二人いる妹のうちすぐ下の方はなんとか言い聞かせて名前を変えて逃がし、俺がその妹に成りすましてまだ赤ん坊の妹を育てることにした。
上の妹、明美とはいつか組織から逃げて合流するって約束をしたが───未だ、それはかなっていない。
「明美?」
「ん?あ、はいはい」
ぼけーっとしている時は名前を呼ばれても気づかないけど、滅多にないことだし油断する相手には気をつけているので問題はない。
今は油断してたのは、わりと信頼しているからだったりする。
カフェでコーヒーを飲みながらたわいない話をしていた相手は、一応俺の彼氏にあたる人物だ。偽名は諸星大なので大くんと呼んでる。本名は赤井秀一とかいうFBIの人。情報収集は正直あまり得意じゃないので、赤井という名に辿り着くだけでもひやひやしたもんだ。ちなみに俺の従兄弟にあたる。
「考え事か」
「ごめん、気ぃ抜いてたみたい」
俺は明美の顔をしていない。万が一、逃がした明美がどこかで誰かの目に触れて、ここにいる俺と似過ぎていると思われたら困るので。
ちなみに家族の写真などは両親があまり残さなかった───多分、こういう組織と関連したせいだろう───ので、処分は容易く済んでいる。
「良い傾向じゃないか」
大くんは俺の謝罪に対して、否定するように笑った。
さすが凄腕FBI。俺には宮野明美に対する監視がついていて、その為気を張っていたことに気づいたようだ。
俺もそこそこ上手くやれてる方だけど、味方が誰一人いないので身を隠すのもギリギリである。社会的立場も弱いしな。
幸い上手く明美と入れ替われたけど、俺がおかしな行動をしていたらひとたまりもない。
だから、そもそも大くんと恋人にだって、なるつもりはなかった。
最初に大くんと会ったとき、俺への監視が増えたのかと思った。でもなんかおかしいなーと思って調べたら素性はFBIだったし俺の従兄弟だった。まあ、だからといって俺が助けてと縋った瞬間ドカンかもしれないから様子見しているわけだけど。
とりあえず俺への接触は監視よりも組織への潜入する足がかりだろう、と見当をつけて話に乗ったら交際が始まった。もしかしたらこの場合、俺が助けてやった方なのかもしれない。
恋人への愛のためと称して大くんは組織に入る事に成功したわけだから、この恩を売っていつか志保を連れ出してもらおう。
「今日はどこへ行きたい?」
「博物館!」
なので俺は今の所、大くんを信頼しているし、頑張れって思ってるし、交際は順調にすすめていた。
だというのに、大くんの部下がヘマをして下っ端の構成員に声を掛けてしまい、その所為で大くんが赤井秀一だとバレだ。
そして、今まで一応監視するだけに留めておいた明美の存在が悪いものになってしまった。
なんてことをしやがる大くんと大くんの部下。
会ったら一発殴ってたが、三年間の交際期間がなんだったのかってくらいあっさりトンズラこかれた。まあ、命が危険だものね。勢いで志保を連れてって欲しかったが仕方ない。
「───どうして逃げないの、お姉ちゃん」
「ん?まあ、無理かなーって」
FBIを組織に入れる隙を作ったのが俺だということを、志保も知っているらしく真剣な顔をして俺を見る。
志保は兄の死を信じているし、俺を正真正銘姉の明美だと思っている。そもそも入れ替わりは生まれたばかりの出来事だったから。
「あのね、お姉ちゃん今度、組織の手伝いすることになったから」
「なんですって!?」
「志保が頑張ってるんだもん、お姉ちゃんも頑張るよ。組織に入って頑張って仕事をしたら認めてくれるかもしれないし」
「そんな生易しいものじゃないのよ!」
うん、わかるわかる。
志保が怖い顔をして俺の腕を掴んだ。
「でも、大丈夫だから」
「どうして、そんな……お願いだからお姉ちゃんだけでも……」
「そんなこと言ったら駄目」
抱き寄せて身体でやんわり口を塞ぐ。
どこで話を聞かれているか分からない。
俺に逃げろと言うことなんてバレてるだろうけど、必死な姿を見せれば弱味を増やす事になる。
お兄ちゃんがなんとかしてやるからな、という意味を込めて後頭部をぽんぽん撫でて別れた。
───それから何度か、組織の仕事を手伝った。
二年間やってもうだつの上がらない下っ端だったのは恥ずべき事態だが、まあ闇の組織で名を挙げてもなあと思うのであんまり気にしない。
赤井はコードネームを得る程にまでいったけど、俺は別にそうしたいわけじゃない。むしろ赤井を連れて来てしまったことにより大分地位がヤバいので、一生下っ端か、もしくは混乱に乗じて始末されるんだろうなあという日々だった。
そんな所に十億円強奪の仕事がまわって来た。……見え見えすぎるぞ?宮野明美抹殺計画が。
特に赤井のことが気に食わないジンが、冷たい眼差しと口調で言いつける。失敗したらわかってるな、と。
「じゃあ成功したら、志保を返して」
「ああ、いいだろう」
やけにあっさり頷いたのは、成功しても殺すってことだろうなと分かった。
もう、仕方ないのでこの機会での志保奪還の前に、明美の存在を組織に消させる計画を実行した。
そしたら小さな名探偵くんがやたらと出張ってきたのでびっくりしたけど、あれはコナンくんだったらしい。
何故今まで気づかなかったんだ俺は???
ジンとウォッカなんか有名なのに、コナンの悪役みたいなコードネームの付け方だなあ、程度にしか思ってなかった。とんだ馬鹿野郎だ。
ジンに上手に撃たれて倉庫に転がっていた俺は、コナンくんに確認のために名前を聞いてみた。
やっぱり高校生探偵の工藤新一だった。
と、とりあえず俺は看取られるべきかな、と思いながら俺は彼の前で息絶えたふりをした。
*
組織に入り仕事を手伝う事になった、と笑うお姉ちゃんはいつもの明るい笑みを浮かべていた。
そして私のことをぎゅっと抱きしめる。───こう言う時、私はいつもお姉ちゃんから聞いていたお兄ちゃんの話を思いだす。
「志保にはね、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだよ」
「そうなの?」
初めて聞いた時は驚いたけど、お兄ちゃんは両親と一緒に事故で死んだと聞かされて落胆した。結局お姉ちゃんしかいないんだと思ったけれど私のその様子を見て、お姉ちゃんはぎゅっと抱きしめた。
「遠くにいるけど、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、志保のこと見ているからね。だからこのぎゅーは、二人分だと思って」
「ふふ、やめてよ苦しいわ」
多分お姉ちゃんが私を安心させるために言っただけなのだろうけど、こうして抱きしめられるとよりいっそう───胸が、震えるの。
でもたったひとり残された私の家族が、お姉ちゃんが、組織に殺された。
もう私を抱きしめて、お兄ちゃんとお姉ちゃん───家族の温もりを思いださせてくれる人はいない。
孤独と悲しみと絶望に苛まれて、毒薬を飲んで死のうとした。
体の中がどろどろと熔けていくような熱と、痛みが私を襲う。逃げ出そうとした私を監禁するために繋いでいた手錠から、手首が抜けてぼとりと落ちた。
毒で腕が刮げ落ちたのかしら。
壮絶な痛みと苦しみに藻掻きながら、頭の隅でそんな事を考えた。
ふ、と身体が楽になったことに気が付いて、今度はその身体が小さくなっていたことを理解する。
そして私は性懲りもなく、逃げ出した。排気管に小さな身体を滑り込ませ、元々あった憶測のもと、足を動かす。
目指したのは、会った事もない人の家。それでも、そこにはほんの少しの希望があった。
end
宮野志保の何の含みもない「お兄ちゃん」呼びたまんねえな……。
Dec.2023