春をのむ 05
俺が頬に傷を作って帰ってくると、青嵐は「マヌケ」と評した。く、……くやしい。それに、夜にあった水死体の奇襲も、俺のせいだと怒られた。
責任取って餌になってこい、と外に追い出されそうになったところで吉見家の人たちと避難することになって免れた。
───まあ、夜明けとともにまた追い出されたんですけどね。
俺が気を引いている隙に、青嵐は大元の妖魔をぱくっと行くらしい。
一方で渋谷サイキックリサーチの面々は、松崎さんを筆頭に霊を片付けるというので便乗してそちらへ同行した。
木々に神酒を捧げているの、なんだか懐かしいな。
俺もああして、桜の木と一緒に酒を飲んだことがある。なんて、あのお山にいたころを思い出した。
そういう思いから、俺は姿を現した木たちと共に、松崎さんに歩み寄る。
すると彼女は一瞬だけ目を見開いた。俺だと気づいたかはわからないが、何も言わない。
彼女の持つ榊へと力を注ぐと、鈴の音が静かに響き渡った。
すると、もうそこは俺たちの領域となった。
松崎さんが木の力が宿った榊を振えば、現れた使役霊たちは現世へのしがらみや、妖魔とのつながりを解かれて、自然へ、そして天へと還って逝った。
───さて、これなら青嵐の望み通り霊を一手に引き受けられただろう。
祠に棲みつく妖魔はきっと急に駒を奪われて、狼狽したに違いない。後のことは青嵐が勝手にやるはずだ。
満足したついでに、松崎さん達とベースに戻ると、渋谷さんが起きていた。
よかったと安心している俺をよそに、どうやら本人は状況に不満を抱いてるらしく、周囲に不機嫌な態度を振りまいてる。
俺だって和泰さんの時みたいに、渋谷さんになんらかの手を施してやろうと思ったが、リンさんの結界や式神が居たので手を出せなかったのだ。
ここで変に介入したら、騒がせることになるし───身を護れているならいいかと後回しにしたのだけど。
責められてもないし、なんなら認識されてもいないのに、言い訳を考えながら様子を見ていると彼はすでにここの妖魔の正体を『おこぶさま』と突き止めていた。
安原くんが色々と調べてきたことだけで分かるとは、と感心する。
そして何を思ったのか渋谷さんは、おこぶさまを除霊したいと言い出した。
……多分、今、青嵐が食ってるんじゃないかなあ。
そうは思いつつ、俺に引き留める術はなく、皆の反対を押し切って渋谷さんは祠へと向かった。
すると洞窟の中に、孝弘おじさんの横たわる身体がある。
あ、や、やっちまった───!!!!
「孝弘さんっ!?ど、どうして……!!」
「しっかりしろ……!おい、息してねーぞ」
仰向けにされ、ぺちぺちと顔を叩かれる孝弘おじさんをひとまずそのままに、俺は海に向かって声を張り上げる。
「青嵐~~~!!!!」
洞窟の妖魔はいないみたいだから、多分暴れて外に出たんだと思う。
「脈がありません、呼吸も……」
「救急車を呼ぶわ!」
「ああ、それと心臓マッサージ!」
背後では善良な一般市民による救護が始まる。
姿をあらわして事情を説明しようにも、俺さっきので力が───。
「わあ!?」
と、思っていたら孝弘おじさんが起き上がった。
急に動いたので谷山さんが悲鳴を上げ、周囲の人たちは安堵の息を吐く。俺もほっとした。
「……孝弘さんはなぜここに?」
「やあご心配おかけしまして」
渋谷さんが声をかけるが、孝弘おじさんは飄々と挨拶をした。
その時原さんが、はっとして何かに気づいたようで声を上げる。
「ここはもう、霊場ではありません───吹き寄せてくる魂もないですわ……」
「おいっ、ご神体が折れてるぞ……」
続いて、滝川さんが祠の中にあった折れた木の棒みたいなのを手に取った。
へ~それが依り代だったんだあ。
「あなたが除霊をしたのですか?」
「おっと、服が汚れてしまった」
渋谷さんの追及がなおも続くが、寝転がって汚れていた身なりをぱんぱんっと叩いて整えながら、聞こえてないふりをする青嵐。
「わしは着替えにいかねばならんので、これで」
「え、あ、ちょっと───」
今さっきまでまるで死んだように倒れていたので心配した人、そしておこぶ様がいない理由が気がかりな人たちが制止の声を上げた。
もちろんそんなことで止まる青嵐ではなく、俺は皆から離れてついて行く。
イヒヒヒと笑っているご機嫌な孝弘おじさんは大層気味が悪いが、この様子だと目当てのものにありつけたようだ。
……あー、これでやっと帰れる。
そうして吉見の家に戻った俺たちを待ち受けていたのは、彰文さんと律だった。
玄関先にいた二人は俺たちの姿を見るなり驚き口を開いた。
「あ、孝弘さんどちらへ行かれてたんですか?ご家族の方がお迎えに───」
「お父さん!……一人でいくなんて心配したんだからっ」
律はレポートをなんとか書き上げて、わざわざ飛行機に乗って迎えに来たようだ。……たしかにこれを野放しにするのは落ち着かないよね。
「すみません吉見さん、色々とご迷惑をおかけしたでしょう」
「そんなことありませんよ。祖母や子供たちの面倒を見てくださり助かりました」
「父は今日連れて帰りますので」
「え、律さんはいらしたばかりですから、ゆっくりして行かれてはどうですか」
「いえいえ」
玄関先での会話を、俺と孝弘おじさんは二人でぼけ~っと眺める。しかし遠くから、置き去りにしてきた渋谷サイキックリサーチ一行がやってくる。
孝弘おじさんや彰文さんがいること、そして律がいることに気が付いて皆の表情が変わっていく。
「あ~~~!!律さん!」
ほとんどの人が何かしらの声を上げるのを聞き、俺はけらけら笑う。
元々、孝弘おじさんの苗字を知っていて、もしやと思っていたのだろう。
「あれ、渋谷サイキックリサーチの皆さん……?」
律には渋谷サイキックリサーチの人が来ているとは知らせなかったから、彼らの登場には戸惑っていた。
そして渋谷さんも怪訝そうに律、そして孝弘おじさんを見比べる。
「あ、父です」
「「「ち、父ぃ!?!?」」」
その視線に気が付いた律の紹介に、滝川さん、谷山さん、松崎さんが驚いて声を上げる。
なんなら、ほとんど全員が顔だけは驚いていた。
二人は本当の肉親ではあるが、その表情の作り方からして似ていない。というか、青嵐の言動は人の親には見えないので。
帰る気満々だったのだけど、律が引き留められてしまって一度ベースへ行くことになった。
ちなみに彰文さんは、朝から姿を見せなかった大食らいのためにご飯を準備しに行った。どこまで優しいんだ、吉見家……。
「えーと、待ってください、それはまさかうちの父がここの土地神を除霊したと……?」
「状況的には一番可能性が高いです。それにあれだけ猛威を奮ったものの依り代が、自然に壊れるはずはありません」
飄々として答えない青嵐より、身内に聞くのが早いと思ったのか、渋谷さんはこれまでの経緯を律に説明した。
律は、俺に助けを求めるかのように視線をよこす。だが俺は孝弘おじさんが箸でぶら下げたハムに食いつくところだった。
そして滝川さんがおそるおそる、俺のいるあたりを指さした。
「なあ、やっぱりいるのか?───たまちゃんが」
孝弘おじさんが何もない空間に食べ物を運んでたので、そりゃあバレるだろう。
それにしても俺、滝川さんにもそんな呼ばれ方してるんだ。別にいいけど。
律は数秒答えるのを迷ったが、今更俺の存在を隠すこともないかと頷く。みんなも、やっぱりなって感じだったので、飯嶋の人が居るってことは俺がいるって認識されているのかもしれない。
……それはそれで、おかしいけどな。
「ていうかお父さん、何やってんの?玉霰に食べ物あげるなんて珍しい」
「傷も治せんほど弱ってるようでな」
「ええ!?あ、本当だ。傷ついてる……何があったの」
せっせと俺に食べ物をくれる青嵐の行動は律の目から見てもおかしいが、どうやら気まぐれに俺の回復をはかっていたつもりらしい。
二人の会話から、周囲にいた面々も不思議そうにこっちを見てくるが、俺はわざわざ姿を見せる労力はないので黙々とご飯を食べた。
「家の人間を守って駆けまわっておったわい。本来なら一人二人は死んでおっただろうに」
「え……」
「そのせいで奴に目を付けられて狙われて、浄化に力を使いすぎたようじゃ」
おかしいな、良い事をしたはずなんだが、まったく褒められていない気がする……。
「俺が浄化に手を貸してる隙に、青嵐は目当てのものにありつけただろ」
本来の予定とはずれたかもしれないが、と思って言い返すと、青嵐はむっと黙り込んだ。
気づけば話を聞いていた律も、渋谷サイキックリサーチの人たちも静まり返っていた。
律の場合は青嵐が妖魔を食ったことに戦慄き、他の面々は人知れず誰かの命が失われるところだったという恐怖からだろう。
「腹も膨れたし、もう此処に用はない───帰るぞ」
孝弘おじさんは、最後のデザートであるカットされたオレンジを俺の口に放り込むと立ち上がった。
満足したというよりは、もう興味を失ったのだ。
その勝手なふるまいには呆れるが、俺と律はその勢いに便乗して周囲からの追及から逃れ、しめしめと家路についた。
あとで司ちゃん経由で聞いた話だと、俺が"おこぶ様"を除霊したことになってるようだが、……まあいいや。
end.
律はなんとなくおこぶ様を土地神と認識して、主人公や青嵐は妖魔とか同族だと認識している。おもろみ。
前回の浦戸も主人公は妖魔っていってるのですけど、そういうのがクロスオーバーの楽しさかなって思います。
ネタばらしが曖昧なのは百鬼夜行抄の世界観()のせいとします……。
テーマは「出た、飯嶋」です!
GHとのクロスオーバーシリーズは律や青嵐と結婚する話とは違う世界線なのですが、青嵐と結婚する話に出た頬に傷がついたシチュエーションはこの話からです。こっちを先に書いていて、青嵐の反応の違いを書きたくなりました。
Nov. 2023