春の嵐
思わず目を奪われたのは、純白のセーラー服が珍しかったからだ。
ラインもなくリボンタイも白いその姿は、行き交う人の中で奇妙に光る。
他人のことなど見向きせず足早に過ぎ去る人間の多い都会で、視界に入れてしまえばふいに視線を奪われる存在。
腰まで垂れる長い髪、濃紺のナイロンの学生カバン、黒い革靴、それから翡翠の瞳と色づく頬と唇まで、つぶさに観察してしまう。
そして隣で同じ息遣いをしている存在に気が付いてみやれば、兄も同じく目を奪われているところだった。
「知ってる?」
「いや」
竜胆はわかりきったことを兄に聞く。
蘭はまだ思うままに少女を眺めていたが返答だけはしてきた。
同い年か、少し年下くらいの少女は、この六本木を仕切っている灰谷兄弟からしても、見たことのない人物だ。
人の多い都会の中で、これほど目を引く存在を見たのは初めてであった。
少女は目的地の定まっていなさそうな目線と足取りで、兄弟から少し離れたところに立ち止まった。
ビルの看板でも眺めているのか視線は上に向かっていたが、やがて人の身長くらいにまで下げられた。
彼女に対して、何かしようとか、思うところがあるわけではない。
たとえば、そばに小鳥が止まったから、いつ飛び立つのか見ていようかと気が向くのと似ている。
「───カラスだ」
「おー」
思わず呟いたのは、少女に声をかける男達がいたからだ。
蘭も同じ思考でいたのか、それともただ単に何も考えていないのか、竜胆に同意した。
少女は声をかけられて、きょとんと男たちを見上げる。
それから何か返事をしているようだ。首を振って、なぜか携帯電話を掲げて指さした。頼みごとをしているようにも見えるし、連絡先の交換を提案しているようにも見えた。だがそのあと操作をしている様子はなく、少女は背中や肩を押されながら、男たちと歩き出す。
「どこいくんですか?」
「あっちにいいとこあるから」
「ここじゃ人多いし、ね?」
「ちょっと恥ずかしいじゃん?」
「だなあ~」
目の前を通り過ぎていくその時の会話はわずかしか聞き取れないが、少女が連れ出されたことは見て取れた。
男達の横顔は下卑ており、少女の顔は少々の困惑。
「なあ竜胆」
「なに兄ちゃん」
二人は、長い髪とセーラー服の襟が風に躍るのを見ていた。
「あの真っ白な制服、汚れたらもったいなくね?」
「確かに」
寄りかかっていたところから身体を離す兄につられ、竜胆もまた身体だを離した。
二人に正義感はないけれど、眺めていた光景を邪魔されるのは我慢ならないのであった。
わかりやすく裏路地に入っていったのを追い、様子を見る。
「え、ちょっと、なにっ?」
一人の男が少女を後ろから捕まえた。そして正面で囲む三人が笑う。
「いやいや、わかってついてきたんでしょ」
「写真撮るなら、それなりの格好をしないとさ」
「ほら、脱がし───ゥアッ!?」
「へー写真撮るの?それなりの格好ってなに?」
リボンタイに手が伸びたところで蘭が一人の男の後ろに立ち声をかけた。
竜胆は少女に触れようとしていた男の手を軽くひねり上げる。
「な、なんだお前ら!?」
「邪魔すンじゃねえよ!」
腕を固定されている男は今もうめき声を上げているが、それ以外の男たちは間に入ってきた灰谷兄弟に反抗的だ。
二人はもう六本木を仕切ってしばらく経つのだが、男たちはどうやら知らないらしい。
「チッ、順番守れや、あとで回してやるよクソガキが!」
一人が蘭の胸倉をつかんで声を荒らげた。
竜胆はすぐに蘭が手を出すだろうと思っていた───が、違う方向から男が飛んできた。
「は?」
「お」
それは、少女を羽交い絞めにしていた男だったはずだ。
背中を強く打ち付けたらしく、地面に寝転がって痛みに喘ぐ。
どう考えても少女が投げ飛ばしたという状況で周囲が騒然とする中、蘭は口笛を吹いている。
一方でそんな蘭の胸倉をつかんでいた男が手を放して少女に向かって行こうとした。
「テメ───ぁがっ」
だが、蘭にすかさず殴られてよろめく。
少女は身を低くして、別の男に向かっていき身体を回転させながら顎を蹴り上げた。その光景と衝撃に、竜胆も反射で掴んでいた男の関節を外した。
実質二名倒したのが少女で、蘭と竜胆は一名ずつ。
結果的に二名は逃げていき、一名は気絶して地面に転がされ、一名は竜胆に捕まえられていた。
「んー……?」
ぱんぱん、と手を叩いて埃を払うようなしぐさをした少女は、次いで髪の毛を整えながら、気絶した男の身体をうつぶせから仰向けにした。
その男は蘭が執拗に顔を殴った為鼻血とか唾液に濡れ、顔が腫れ始めている。
「なにしてんの?」
次に竜胆が痛めつけてる男の顔ものぞきにくるので、蘭は行動の真意を問いかけた。
「顔がきれいなの探してます。写真撮りたいので」
地面に顔面を叩きつけてしまったので、残る一人も"きれい"ではなかった。
「竜胆のがきれいじゃん」
「兄ちゃんのがきれいじゃん」
兄弟は造形含めて互いのほうが綺麗であると宣った。
すると少女は暢気に笑った。
「じゃ、写真撮ってもいいですか?」
本人がそれなりに強いことは今さっきわかったが、だからといって警戒心がなさすぎるし、写真を撮りたいと見知らぬ人間に頼むのは些か妙である。
「なんで写真ほしいの」
「罰ゲームなんですー。この格好して声かけられた人と写真撮ってくるの」
「は?そんなん流行ってんの?」
馬鹿じゃねえの、と二人は引いた顔をする。
「まあ面白いの見れたしいいけど」
「おもしろい?……凌辱が……?」
「いやそれは見てないし見たくねーよ。ってか、さすがにそれはわかってたワケな」
「あは。何か面白いことありましたっけ」
「その制服珍しいよね、どこの?」
どこかずれたやり取りをしてる兄と少女をよそに、竜胆は罰ゲームに対していまだ引いてて出遅れた。
「あ、これ学校のじゃなくてコスプレなんです」
「へえ。ほら、竜胆と並んで」
「え?わ、」
蘭は携帯を手にしたまま竜胆と少女を近づけた。
不意打ちのことに、互いに距離感がつかめず密着してしまった。すると少女はおっと、とのんびり竜胆の胸に手を当てて、身体を押し返しへらりと笑う。
「竜胆くんよろしくぴーす」
「は?」
「フッ……ほら竜胆くん、ぴーす♡」
思考が追い付かぬまま、蘭によって竜胆と少女のツーショット写真が撮られた。
「~~~~兄ちゃん!!」
カメラのシャッター音のあと、すっかり兄と少女のペースに乗せられたことに気づいて兄に言い募る。自分は了承した覚えはないのだ。
「ツーショくらい別によくね?」
「あ、赤外線で送ってもらえます?」
自由気ままな兄と少女をみて、竜胆は肩をおとした。振り回されることには慣れていたけれど、なんなんだこの状況はという脱力感。
「あれ、連絡先送ってますけど」
「写メするー」
赤外線で画像のみ送信することも可能だが、蘭はアドレス帳のデータを送信したらしく、少女は困惑した声を上げる。竜胆は兄のナンパの手口を横目に、ならば自分も便乗しようかと思うくらいには、彼女への興味はあった。
「蘭くんと竜胆くんていうんですね。お花だ」
「竜胆のも送っといた」
「……兄ちゃんはいつも勝手に……」
見られて抵抗のない様子で携帯を操作しているので、手元を見ているとアドレス帳には蘭と竜胆二人の名前が連続してあった。
「ン?写メもらうならメール送ったらいい……のか?」
「そ、メールして。何ちゃん?」
「……春野サクラ、ですけど」
「へえ、そっちも花じゃん」
「オソロだね」
手元に集中しているせいでおざなりな会話をしていると、蘭と竜胆に空メールが届いた。
「じゃあ写メ送ってください、友達には送らないし見せたら消すので」
「おー、え?消すの?せっかく撮ったのに」
「だって持ってられるのヤじゃない?」
手元を覗き込んでくるサクラに、蘭は嫌がるそぶりもなかったが携帯を操作する手を止めた。
そしてサクラと蘭の視線がやがて竜胆に集まるので、別に構わないと許可を出した。ツーショットを勝手に撮られた時は兄に苦言を呈したが、嫌だったわけではないし、その写真を兄からもらうつもりでいたくらいだ。
「じゃ、思い出にとっとく」
「俺も思い出」
にこっと笑ったサクラは素直に可愛いのだが、こんな顔をしてガタイの良い男を投げ飛ばしたし、顔を躊躇なく蹴り上げた───見た目以上に、強かな姿が竜胆は気に入っていた。
蘭もおそらく同じ気持ちでいるのか、サクラの小柄な体を引き寄せて顔を寄せて自撮りをしていた。
「よぉーしぃ、目的果たしたのでこれで!」
写真を確認したサクラは満足げに頷いたら携帯を鞄にしまい込んだ。
「帰るの?」
「この格好ヤなんで一刻も早く帰りたいんです」
「ああ、目立つもんな」
竜胆の問いに頷いたサクラの返答に蘭は笑う。
「罰ゲームだもん……」
胸の下ほどまで垂れる長い髪をぎゅうと両手でつかんで顔をしかめるので、竜胆はわかっているだろうが危ないからやめておけと指摘した。すると、サクラもあの乱闘は本意ではなかったらしく、強く頷いた。
「まあ次六本木くるとき連絡すれば?」
「俺たちこの辺にいつもいるし」
「もー当分六本木来ない、都会こわ」
「「え」」
「じゃ。助かったんで、ありがとうございました!」
サクラは硬直した二人に気づかず、元気な敬礼をして走り去っていった。
一刻も早く目立つ格好を脱ぎ、安心する地域に帰りたいのだろう。
六本木に来ないというのだって、二人がこのあたりを仕切っていることなど知らなくて、完全に拒絶したわけではない。
だが、アリだなと思ってる二人に対して、サクラは色々ひっくるめて眼中にナシだということは確実だった。
この日、灰谷兄弟はちょっとだけ静かだった。
*
はこの日、放課後の教室で繰り広げられた友達とやったカードゲームでボロ負けした。
罰ゲームは、純白のセーラー服を着て鬘を被り、女装姿で誰かに告白をしてくること。
本当にその服を着せられるまで誰もがただの罰ゲームだとしか考えていなくて、本人もやらされる奴かわいそ……くらいの気持ちでいた。
だが、実際着せられてみると洒落にならなかった。絶対にやりたくない。
周囲もちょっと、これに告白されたら色々歪む……と我に返った。
「譲歩しよう───駅前でナンパされてこい!」
「どこが譲歩???この格好で外でたくねえ……」
「じゃあ学内でやる?」
「う」
知ってる人や身近で生活している人に見られるのと、まったく知らない人に見られるのとで、は天秤にかけた。断然後者だった。
「男ってバレない?」
「大丈夫」
友人らはの懸念にぐっと親指を立てた。
性別がバレなければちょっとした日常の出来事として、向こうの記憶にも残らないだろうと思った。
駅までは友人と一緒に行ったが、地元では知り合いに会うかもと嫌がったが都会に行くと言い出した。友人もその方がいいかも、と思ったが長引く罰ゲームだと思ってもいなかったので止む無く一人で行かせることになった。
所詮罰ゲームなので実行するにあたっての計画性は皆無だ。
証拠に写真撮ってこいよ、と笑って送り出した友人も、行ってくると素直に電車に乗った本人も、考えが足りていなかった。
女装しているとバレたくない、名前教えたくない、学校知られたくない。
その気持ちでしれっと偽名でやり過ごしただが、写真をもらうために連絡先を交換せざるを得なくなった。
この時内心では、これもナンパなのでは、と考えてはいたのだ。
服を脱がそうとしてきた四人の男達ではなく、この兄弟が都会の恐ろしさを物語っていた。なにしろ四人程度はの敵ではないので。
兄弟はおそらく気まぐれで、『おもしろそう』という理由で邪魔をしに来て、ついでに場を引っ掻き回しただけだ。危ないやつに決まっている。
それを感じながらも、ちょうどいいから罰ゲームの相手にして、軽く話をするくらいには余裕もあった。この場を切り抜ければあとはどうとでもなると高を括っていた。
六本木など普段は全く寄り付かないし、本来のは男の格好で短髪なので、どこかで会ってもすぐに気付かれることはない。この派手な兄弟を見かけたら自分が隠れればいいだけの話である。
「もー当分六本木来ない、都会こわ」
向こうにも、一応拒絶の意志は伝えた。
結果的に助かったしいい思い出にはしとくが、もう会うこともなかろうとばかりにさっさと消え去った。
「とゆーわけだ」
「馬鹿なの?」
「ほんと馬鹿」
「馬鹿イヌ」
友人に写メを見せれば目玉ひん剥かれて、その日の出来事を説明をさせられる。
そして馬鹿を三連呼されて、は唇をかむ。なんでだか分らなかった。
がそれぞれツーショットをとったのは、六本木を仕切っているカリスマ不良兄弟、灰谷蘭と竜胆だったのだ。
神奈川県在住のに、東京で幅を効かす不良などわかるわけがない。
とはいえその割にヤバイと察して逃げてきたのは正解だった、とほんのり褒められた。は犬みたいに喜んだ。
「俺たちも馬鹿だった、やばいものを放流してしまった」
友人たちも反省したらしく、六本木には寄り付かなければいいだろうとその話を終わりにした。
それからおよそ三カ月が経ったころ、用があってやってきた渋谷で不良に絡まれたは、しかたなくその拳を奮った。
ちょっと絡んでくる面倒な人間ではなく、すぐ手が出るタイプの不良ならもはや自身も同レベルですぐ手を出すくらいには開き直っていた。なぜなら喧嘩は先手必勝だからだ。
「おー派手に喧嘩の声聞こえると思ったらすげー」
乱闘中に平淡な声が聞こえて反射的に振り向けば、灰谷蘭の姿がそこにある。
内心で、焦るな、そして油断するなと言い聞かせ、後ろからとびかかってきた不良を裏拳で仕留めた。
灰谷蘭は倒れてる男たちを容赦なく踏みながら、に近づいてくる。
「……なんか用?」
が最後の一人の胸倉をつかんで頭突きすると、そいつは気をやって足腰が立たなくなったので地面に捨てた。持っててやる義理はないので。
この男がいるならセットであの男もいるだろう、と様子を窺ってると、案の定遠くから声がして、やってくるのが後ろに見えた。
そのの視線の動きを見ていた蘭の目が細まる。
「───っぶね」
僅かな敵意を感じ取り、蘭の振り上げた腕を躱して避け、ついでに蹴りで弾いた。
握られていた警棒は、蘭の手から外れて飛び、やがて地面に落ちた。
カランカランと音を立てて回ったそれが静かになるまで、蘭も竜胆も同様に静止していた。
「あのお、なんか用ですか?」
は改めて聞く。不良の中でも、喧嘩が好きで、強い相手と戦いたいと思考する奴は大勢いるので、蘭が攻撃を仕掛けてきた理由は薄々とだか感じていた。だけどは好きこのんで喧嘩してるわけではない。さきほどは仲間を呼ばれて大勢いたから逃げるのも面倒になって全部倒そうと短絡的に考えただけである。
「ふーん……」
「都会怖いの、なおったんだ?」
「えっなんで、……!」
図星の声を上げれば、蘭と竜胆の顔は蠱惑的にとろける。
「えーと六本木の……お花くんたちがなぜここに」
「それしか覚えてないのかよ……兄ちゃんこれ俺たちのアドレス消してるね」
「俺たちあの後一回メールしたんだけど、エラーで返ってきたんだよなあ、竜胆」
「……エヘ」
墓穴掘り放題の自身に気づいて、笑ってごまかす。
は彼らを六本木のカリスマ兄弟、という呼び名しかもう覚えてない。
メールアドレスは変えたし、消した。写真だけは顔を忘れたら困るので持ってるけれど。
「あと俺たち六本木から出ないわけじゃないからな?」
「ですよね~。ちなみになぜこの格好してて俺だってわかったんでしょうか……」
「「蹴り」」
「蹴り……!!」
蘭と竜胆の揃った声を鸚鵡返しにした。
攻撃された時から気づかれていると思ったが、実際のところ攻撃を避けた後の蹴りでわかったようでほっとする。と同時に、笑いがこみあげてくる。
「ふは、なんか嬉し」
「───嬉しいの?」
「うん、だって褒めてくれたんじゃないんですか?」
「褒めてるけど……」
兄弟は困惑の顔をしていたが、がやがてごめんなさいと謝ったことでさらに首を傾げる。
「メール、ナンパだと思ったから消した」
「まあナンパだな」
「それは別に怒ってねーし、なんとなくそんな感じしてたし」
「へこんだけどな、竜胆が」
「は、はあ!?兄ちゃんだって機嫌悪かったし!」
怒ってなくてよかったーとのんきに安堵したは、伸した男たちが地面に転がっている場所が居心地悪くて足を進める。
兄弟も自然との後をついて来て言い合いをしているので、はようやく彼らの名前を思い出す。
「思い出した、竜胆くんと蘭くんね」
「思い出してはいないだろ」
「俺さっき竜胆って呼んだもん」
「でも蘭くんは呼ばれてない」
「あー、えらいえらい」
蘭は仕方なさそうにを褒めたが、蹴りを褒められた時と同レベルで嬉しそうにした。
「で、お花ちゃんの本当の名前は?」
「嘘だったんだろ?」
蘭と竜胆は両側からをはさみ、人差し指で彼の頬を突き刺した。
「うゅ……です、春野」
頬を両側から押されるので不細工になりながらもは懸命に自分の名前を伝えた。
「その制服に春野って……」
「じゃあお前が横浜のメイストーム?」
目を丸めた灰谷兄弟を見て、はなんだそれ????と顔をしかめた。
*
渋谷での抗争を見に行った帰り、灰谷蘭は通りすがった道の奥から不穏な物音を聞いた。
この地域は不良がゴロゴロいるが、大本となっている東卍は先ほど総当たり戦をしていたので、おそらくしょうもない喧嘩をしてるのだろうと思った。
弟の竜胆がコンビニで買い物をしているのを先に抜けて単体でいた蘭は、ふらりと足を向けた。
足を進めるにつれて前方から大きくなっていく喧騒と、後方から弟の声がわずかにする。
蘭は、十数名ほどのそろいの特攻服を来た男たちが、次々と倒されていく光景を見て息を飲んだ。
相手をしているのはたった一人の少年だ。自分たちレベルや、先ほど見たマイキーとかドラケンくらいの腕は確実にありそうだとほくそ笑む。
相手との体格差からしてマイキーと同じくらい小柄で、胴体も手足も細かった。
ブレザータイプの学生服なので、チームはわからない。だがその制服は神奈川にある進学校の制服であると、たまたま知っていた。
もっとよく見たくて近づいていくと、少年は最後の一人を頭突きだけで気絶させて地面に捨てた。
そして、蘭を流し見たその目つきが妖艶だった。でも一瞬で、きょとん、とした子供っぽい表情に変わる。
顔や名前や制服からわかる所属なんかよりも、一番知りたいのはその強さ───蘭は隠し持っていた警棒を振り上げてたたき込もうとしたが、その手に鋭い瞬撃が走り手から武器が外れてしまった。
風圧さえ感じる一撃に後ずさり、手は痺れた。飛ばされた武器が遠くでカラカラと音を立てている時点で、蘭はすぐに『通用しない』と感じた。
しかしそれ以上に、足技に既視感をおぼえた。
今まで見てきた喧嘩でも足を使った喧嘩技はもちろんいくつかあって、圧倒される強さ、憧れを感じたことは多々あったが、そのどれもが違う。
殺意でも敵意でもなく攻撃とすら思えない、美しく強く凄まじい衝撃───それはあの日、目を奪われた光景と似てた。
竜胆も後ろから見ていて、ゆっくりと蘭のところへ近づいてくる。
二人とも、あらためて『彼』を見た。
長い髪ではないし、白いセーラー服でもない、どう見ても男だ。
でも翡翠の瞳は、眉の形は、鼻筋や唇は、あの時つぶさに観察してしまった顔立ちだ。
「あのお、なんか用ですか?」
この図太い神経した感じも、まさに。
───あの日の白い鳥だ。
白い鳥は、カマをかけたらすぐにボロをだし、蹴りで正体に気が付いたと指摘すると、花がほころぶように笑った。
強さを誇っているところが、益々良いと思った。
前のようにすぐ帰るとは言いださないところを見るに、おそらくあの時は女装していたこととか、ナンパされたことで灰谷兄弟と縁を繋げるつもりがなかったのだろう。
何気ないやり取りをしながら場所を離れ、改めて名前を聞き、彼がメイストームと呼ばれる男だったことが判明した。
二人が大将と呼び慕う圧倒的強さを持った黒川イザナの本拠地の横浜近辺で、どこのチームにも属さず、そもそも不良でもないが恐ろしく強いと噂の男がいる。それが春野という男である。ちなみにそれが、進学校のイイコちゃんだというのも噂になっていたが、誰も信じていなかった。
とにかく武器を手にしない、己の身体だけを使って戦い、惨忍でも狡猾でもなくシンプルに強さだけで勝利する。相手が何人いようと、同じやり方で同じ結末を持ってきてみせる。
メイストームの異名が付いたのも嵐のように強く吹き荒れた結果、何十人もいた不良を一掃した故だと言われていた。
「知りませんそんなやつ」
が首をふるふると振るのは内心異名がダサイと思っている可能性もあるが、二人はそれを指摘しない。
「でも、喧嘩初めてじゃないだろ」
「横浜も大概治安悪いですよね、天竺くらいしか知らんけど」
「俺らも天竺入るよ」
「六本木は?M&A?」
竜胆と蘭の話にテンポよく応じてくるので、ついそのまま歩き続けて渋谷の街をついていく。
「なにそれ」
「最近大きくしてるらしいじゃないですか」
「そうそう、も強いらしいけど傘下入っておいた方がよくない?」
確かにの言う通り現在天竺は次第に勢力を大きくしている。もとより大将イザナが声をかけていた人間も集まり、周辺のチームを次々と屈服させてきた。
だからも、天竺以外のチームを知らなくて当然といえば当然だ。
「でも大将は好きにさせろって言ってたじゃん、温帯低気圧だから一緒にいるとサガるって」
「どういう悪口???」
そんな中でもメイストームこと春野はイザナ直々に手出し無用とされていた。
戦力としては大きいが、そもそもチームでもなければ同じ人種ではない……とかなんとか。
「ふーん、喧嘩嫌いじゃなさそうなのに、入れば?」
「喧嘩嫌いじゃないけど、不良やりたいわけじゃないし、忙しいんで」
「忙しい?なんかやってんの?」
「学生の本分は勉強でしょ。医者になりたいんだ~」
この回答一つで、灰谷兄弟も『同じ人種ではない』と理解した。
そしてイザナの言う温帯低気圧という言葉もなんかよく分かった気がした。
end
とあるドラマで話題になった(?)純白セーラーが好きすぎてしんどい。あれは2013年頃で、過去時空2005年頃だから時代は合わないけど許してください。
灰谷兄弟の間に挟まってくれという強めの願望です。グダグダ絡んでほち。
お花三人でいずれ六本木のぱふゅ~むと呼ばれることになります(ならない)。
裏設定ではイザナと同じ孤児院。仲良くはない(イザナが避けてる)(クソデカ感情はある)。
Dec.2023