春の通りみち 05
服部がかつて初恋の人と出会った場所は、俺たちが呼ばれた山能寺だった。あいつの桜を見る顔が違うし、話に聞く格子もある。そしておそらく、初恋の思い出の品という淡い水晶は八年前に盗まれた仏像のひたいにはめ込まれた白毫だろうと推理した。
服部のインタビューの記事と、実物を見たときから何かひっかかりがあったが、白毫だと気づいたのは偶然、元太を保護した時に再会したサクラちゃんの前髪の下、白いひたいに菱形のあざを見てからだ。
生まれつきか、風習か、定かではない。ファッションとも考えられるが理由はどうであれ、神秘的な雰囲気が似合っていて、こっそりと秘密を手にいれたようでわくわくした。
とにかく、サクラちゃんのそれを見てから頭の中で、推理が固まったことはたしかだ。
おそらく源氏蛍のメンバーも服部の記事を見て、仏像の白毫を服部が持っていることを知り取り戻そうとしているに違いない。
仏像を隠した首領の義経は、なんらかの原因により死期を悟り仏像のありかを示す暗号を残して死亡した。残された者たちは、仏像を見つけたものが次の首領だとでも言われたのだろう。
その一人である桜さんは古美術商を営んでいたため、盗品を売却し金銭を得るルートを握っていた。そのため自分は有利で、殺されはしないだろうと高を括って腕の立つ弁慶に手を組もうと誘ったのだ。
犯人についてはおっちゃんの『迷』推理で導き出された。
千賀鈴さんの親指の付け根にある怪我を見て、弓をやっている人物だと指摘した際、彼女はそこを矢枕と言った。それは弓をやっている人物しか言わない名称だ。
ただ、矢枕を怪我してしまうのは初心者の証でもある。
水尾さんの家で西条さんが呟いた『そういえば、やまくら……』という言葉は千賀鈴さんのそれを言おうとしていたのだろう。そして途中で、専門用語だと気づいて口を閉ざした。
助かったぜおっちゃん、と笑みをこぼして服部と小声でやりとりをしているとサクラちゃんがいつのまにかそばにいて首をかしげた。
呼び出された千賀鈴さんは保護者である山倉さんとともに帰っていったが、同じく共犯として疑われて呼ばれた綾小路警部がいるため、サクラちゃんはおそらく彼と帰るのだろう。
茶屋で桜さんを殺害した短刀を外へ持ち出し回収した疑惑をシマリスと綾小路警部にかけていたおっちゃんは、今度はシマリスがよく懐いているサクラちゃんにふっかけている。しかし誰もがそんなことを思っていないし、保護者の綾小路警部が自分が疑われた時以上の剣幕で否定した。
顔見知りらしい白鳥警部もそんなことがあるはずはないと、擁護の姿勢を見せている。
そんなわけで本人はまったく気にせずにこにこしているわけだ。
桜さん殺害後の現場でもそうだったが、サクラちゃんは自然と俺たちの会話に入ってくる。そうして一緒に考えて、たまに有益な情報をあたえてくれるので今度も仏像のありかを示す謎の絵を見せてみることにした。
犯人に目星がついても、証拠と仏像のありかはまだ出ていないからだ。
見せた途端にこてんと首をかしげて、大きな可能性が二つだといったサクラちゃんはすぐに謎の絵が京都の通りの名に似ていると答えた。地元の子供ならではといった視点に、俺と服部は嬉々として地図と照らし合わせた。
雁首そろえて覗き込み、印をつけていくときはワクワクした。
絵の位置をつなげて「王」という字が浮かび上がるが、絵には点も記されていたため最終的に「玉」という字になった。その点の位置は地図上の仏光寺を示していたので三人で顔を見合わせる。
「ずいぶん、それらしいもんになったな」
サクラちゃんは少し拍子抜けしたような顔をしてから、小さく笑った。
間違いなく彼女のおかげだと、俺たちは礼を言う。サクラちゃんはゆっくり首を振って、助けになったのならいいけど、と遠慮がちに返す。
「───文麿くん」
サクラちゃんはゆっくり立ち上がり、保護者の綾小路警部の名を呼んだ。
いとこだというから問題はないし、本当の名であるにもかかわらず、そう呼ばれる様子が似合わねえなあ、と思いながら縁側に立つサクラちゃんに手を差し伸べる綾小路警部を眺めた。
もう昼もだいぶ過ぎていたので、サクラちゃんはお腹が減ったらしい。
家に連絡を入れたのかと聞かれて、頷いている後ろ姿は綾小路警部の手をとりゆっくり草履に足を入れていた。
「乗って行き」
「ん、任三郎くんは？」
「私はいいよ、また今度」
「またね」
短い会話だったが、綾小路警部がサクラちゃんを食事へ連れて行き家まで送ることも、白鳥警部が誘われたがまた今度二人でと約束を交わしたこともわかった。あとそれを絶対嫌がっている綾小路警部の顔もありありと見えた。
今更だが、すげえ溺愛されてねーか、サクラちゃんって。
仏光寺は今も寺として機能しており、仏像を隠されていそうな場所がわからなかった。
境内には入れるが、関係者以外立ち入り禁止とされている場所もあるし、令状なしに俺たちが入ることは叶わない。なにかが違う気がして外へでると、道のかどにあるいしぶみが目に入った。そこには、玉龍寺跡とかかれている。
ここの事だったのか、と思った時にちょうど服部の携帯電話が音を立てた。電話口では犯人───西条さんが服部を鞍馬山の玉龍寺に来いと告げる。
そこには、服部の幼馴染の彼女が人質として捕えられていた。
指定された時刻は1時間後。警察に知らせれば人質の命はない。
上等だ、今からそこへ乗り込んでやろうと意気込んだ俺のそばに、服部が崩れ落ちた。
怪我をした影響で、貧血をおこしたようだ。さっきも少し走っただけでひどく息が上がっていたことを思い出す。
せめて、俺が服部と同じ体格であれば……と灰原に連絡をとった。
以前身体が戻った白乾児は抗体ができていて効かない。アポトキシン4869の解毒剤の試作品はない。ただし以前のように、風邪を引いた状態で白乾児を飲めば一度くらいは身体が戻るのではないかというので、博士と灰原が共同で作った『風邪と同じ症状を引き起こす薬』を飲んだうえで、白乾児を口にした。
灰原の仮説通り、俺の身体は工藤新一だったものへと変わる。激痛を伴い、風邪の症状があるためひどく身体が重い。体力もだいぶ消耗したが、うまくいけば彼女一人を逃すくらいはできると思った。
俺が服部じゃないのはバレたが、少しは時間も稼げただろう。逃げ惑う間に、本人がまた病院を抜け出して来たことで事なきを得た。
白乾児の効き目が切れて、コナンの姿に戻りかけてるのを察した服部は今度俺を逃した。
途中、蘭に会う事があったが時計型麻酔銃で眠らせた。倒れないように支えて安堵したのもつかの間、身体が縮んで行く激痛に襲われる。
山中では追っ手が俺を探し回っていることもあって、うめき声を最小限に止めたが、やはり多少を気を飛ばしてしまい、その隙に俺の姿が見つかる可能性もあった。
身体が縮んだ俺は服を着替えて再び玉龍寺へ向かう。
服部は西条さんと寺の屋根で一騎討ちをしていたが、手下たちが俺たちを襲う。ここでは携帯に電波が届かず、警察には連絡ができない。
寺から抜けて山を降りようにも、俺たちは二人、囲まれてしまっていた。
どうする、と足元にあるものをちらりと見た。それは松明だ。ここへ来る時にも手下たちに向かって蹴飛ばした。幸い廃材があるので、それに火をつけて燃やし、誰かが気づくようにさしむけようと思った。
隙をついて拾い上げて投げたが、無情にもそれは一人の手に阻まれた。
「なっ、！？」
しかし奴は、掴んだ松明を素早く違う手下の一人に投げつけた。そして投げた松明を追うようにして身を低くして駆け出す。松明を投げられた手下は怯んだところを襲われ、あっけなく倒された。
途端、周囲を取り囲んでいた奴らは動揺をあらわにする。
服部のように味方がなりすましていたのかもしれないが、ここを知っていて、こんな動きができる味方に覚えはない。
それなら仲間割れだろうか。───それにしても、
「つよい……」
呆然した呟きが隣から零れ落ちて来る。俺も思わず頷いて、取り囲んでいた奴らを蹴散らす風が吹き荒れるのを、見上げてしまった。
身を低くして走り、下から突き上げるように、自身より大きな体格の人間を投げるように飛ばす。
そう、小さいのだ、その人物は。
「なにもんや、おまえ！」
こちらの騒ぎを聞きつけて駆け寄って来た手下たちが声を上げる。
ひとしきり周囲を蹴散らしてようやく立ち止まった、小さな後ろ姿は一切息を乱していない。
答える気も姿を晒す気もないらしく、再び身を低くして駆け出す。足音はほとんどせず、飛び上がる際にはためく着物の音がするくらいだ。
そして、次々と倒されて行く男のうめき声がする。
俺たちは何をすることもなく、それを見守ってしまう。あの嵐の中に入ればきっとただではすまないし、邪魔にもなろう。
丸腰で一人に飛びかかり一瞬で地に伏せ、刀を奪い次に襲い来る人物を一撃で倒した。おそらく峰打ちだろうが。
今度は二人に一斉に襲われたが一人の刀を受け止めながら、もう一人を蹴り飛ばす。そして抑えていた一人の刀を飛ばして自分の持っていた刀を放り、襟を掴んで背負い投げた。その後、宙を飛んだ刀が降りて来たところをキャッチする。
「あ、危ない！」
「後ろや！」
「正体見せんか！」
声をあげたが間に合わず、不意を打たれて後ろから頭巾を掴まれた。仮面を剥がれ、頭を乱暴に振る。
「っ、」
"彼女"から小さく息が溢れる。
頭巾とともに長い髪の毛を握り捕まれ、身動きが取れないでいた。
彼女は焦った様子もなく、迷うそぶりも見せずに、手にしていた刀で掴まれた髪の毛をばっさりと切ってしまった。
短い髪は乱れて顔を覆う。それを疎んじて、腕で乱暴に顔を拭い現れたひたいには神秘的な菱形の白毫が赤紫色に滲む。
「サクラちゃん！」
「な、なんでここにいてはるん！？」
サクラちゃんは指を三本立てた。
「あと三分で警察が来る、それまでに片付けよう」
「え」
俺も一応博士には言っておいたが、サクラちゃんはいつのまに……。しかし考える暇など与えないように彼女はまた走り出した。まるで豹のように素早く走り、風のように相手を巻き込んではなぎ倒す。
宣言通り、三分で周囲に立っている人間をゼロにした。
「───あとは平次くんだけか」
「どうしてここがわかったんだ？」
ぱんぱん、と手を叩いたサクラちゃんは最後の一人を縛り終えていた。
俺たちは三人そろって縄を結び終えた手を柔らかく揉む。
「ん？仏光寺は普通の寺だし、玉龍寺かなーって思って。地図の位置の玉の字ゆうたらな」
まさかそれだけで、と驚愕すると、えへっと笑った。
たしかに仏光寺は今も機能している寺だが、玉龍寺は廃寺となっていて侵入しやすいかもしれない。そして、もとは仏光寺のあった場所にあったというのだから、地元民であればそちらの方が可能性として高いとわかったのかもしれない。だとしたら、言ってくれれば良かったのに。
ずいぶん、それらしいもんになったな、と拍子抜けしたように言っていた時にもっと気にしていれば良かったのかもしれない。
「西条さんがこの寺で剣道教えてるの、知ってたしな」
「え、そうやったん？」
「誘われた事があってね。構えがちょっと違うから気づいたことがきっかけかな」
顎の下をちょん、と人差し指でつついたサクラちゃんはにこっと笑った。
毒の塗られた刀で襲いかかる西条さんに追い詰められた服部だったが、サクラちゃんに協力してもらい飛び上がった俺はサッカーボールを西条さんの腕に当てて加勢し、服部は峰打ちで西条さんを倒した。
その後乗り込んで来た警察やおっちゃんだったが、すでに縛られて一箇所に集められている手下を見て一瞬踏鞴を踏んだが、それでも俺たちの身の安全を心配して駆け寄って来た。
綾小路警部はまっすぐサクラちゃんのところへ行き縋り付いてるのを、俺も、他の人たちもあまり見ないようにつとめた。
西条さんを初めとする手下たちは全員確保されてパトカーで連れていかれ、サクラちゃんはいつのまにか、いやおそらくすぐに、綾小路警部が手配し家なり病院なり京都府警なりに送られたようでいなくなっていた。
俺はサクラちゃんに投げてもらった空中からみた玉龍寺の全体図を思い出し、服部と夜明け前にもう一度玉龍寺に忍び込んだ。
寺の形が「玉」になっており、点の位置に鐘楼が来ていた。玉にうかんむりをつけたら宝となるので、屋根裏部屋を探せば盗み出された薬師如来の仏像は保管されていた。
服部がずっと持っていた白毫をはめ込む時、ふとサクラちゃんを思い出す。
結局、あまり話を聞けなかったし、礼もまともに言えなかった。彼女のおかげてたくさん助かったことがあったのに。
「なあ、サクラちゃんに会うことがあったら、礼言っといてくれねーか」
「そやな……まあ、あの警部さんが会わしてくれるかはわからんけどな」
「ははは」
山能寺に仏像を戻した後、俺たちは午前中のうちに京都を発つことになっていたのだ。
見送りには綾小路警部も来ていて、歩美たちにシマリスを貸してやっていた。やはりサクラちゃんの姿はそこにない。
聞けばサクラちゃんは髪を切りそろえに行ってるらしいのだ。たしかに昨晩刀で切ってしまったせいで、ざっくばらんな髪をしていた。
あれほど伸ばすのは大変だったろうに。
「残念だね、髪の毛」
「そんくらいで、あの子の魅力は損なわれへん」
「そ、そう」
「本人もそろそろ切りたいって言っていたし、全く気にしてないよ、大丈夫さ」
真顔で言い放った綾小路警部に若干引いたが、白鳥警部も意外に大雑把だ。おそらくサクラちゃん本人もさして気にしてなかったのろう。
ただ、やはりもったいないなと思ってしまうのだ。
長く伸ばした淑やかな髪型は、時々目を伏せたり何か考えている様子をとびきり美しいものに見せた。それに、子犬みたいな懐っこい笑みにとても似合うのだ。
ホームにやって来た新幹線を見て、ふうとため息を吐く。今生の別れでもない、また京都に来た時に会えたらいいなと、足を踏み出そうとした。
「あ、まってー！コナンくーん！」
新幹線に乗り込む時間にはなったが、まだ発車まで数分ある。
遠くから手を振って駆け寄って来る小さな影を待っていると、ショートヘアーになったサクラちゃんが見えた。俺の前までやってきて足を止めた彼女は、着物姿ではなく洋服姿だ。
珍しい、と思ったがおそらく普段は洋服なのだろう。
道着や着物しか見ていなかったが、意外とシンプルというか、少年っぽい私服姿だ。ショートヘアーだから余計に、男の子に見える。
「あは、まにあった」
「サクラちゃん……」
「さすがに髪の毛かっこつかないからさ。もっと早く終わると思ってたんだけど」
サクラちゃんは毛先を指でつついて、にこっと笑った。
格好が違うからか、まったく印象が変わって見える。
「いろいろと、ありがとう」
「ん？うん。東京行っても元気でな、あんまり無茶しないように」
小さな手だけれど、俺よりも大きなそれが頭を撫でた。
「サクラちゃんも元気で。また、会えるよね」
「もちろん、京都に来たら一緒に遊ぼ」
乗った乗った、と新幹線の中に追いたてられ、最後の言葉を交わす。もうすぐ発車時刻だ、仕方がない。
ドアが閉まるまであと一分もないだろう。
「あのね、俺、本当の名前はって言うんだ」
「……？」
「サクラは女の子の格好してるときの、あだ名なんだ。言い忘れてたなって思って」
「……って、じゃあ、男？」
「うん。あ、閉まるぞ」
目の前で新幹線のドアがしまった。
ぽけっとしていると、窓の向こうでばいばい、と口パクで言われて慌てて手を振った。
座席に戻るまでに、ゆっくり一つの真実に突き当たる。
───桜さんが殺害された晩茶屋にいた、武道の達人、くん。
一人であー！！！と声をあげてみんなに怪訝そうに見られたのは、言うまでもないだろう。
end.
コナンくんは恋じゃないけど、サクラちゃんという年下の女の子にちょっときゅんきゅんしてたらいいなって思いました。そしてそれがはたから見てると、年上の女の子にぽうっとしているようにも見えて二度美味しいという。
Mar 2018