Sakura-zensen


春の襞 04


「光来くんまたその試合見てるの」
「ああ」

光来は部室に置いてあるテレビで一人、過去の試合の映像を見ていた。
背後からやって来た幸郎に指摘されても、その目線が動くことはない。
白馬や諏訪など部員が続いてやってくると、彼らもまた光来がよく見ている試合かと頷く。
「お前その試合好きだよな……春野だっけ?」
「基本ピンチサーバーとかリベロに近い役割が多かったし、体格的にもスパイカーじゃないよな」
背後で春野の話をされている間に、映像が終わり光来はテレビを消した。


稲荷崎高校の春野は特別目立つ選手ではなかった。
他の選手の方が派手に得点を決めていたり、技術が高かったり、身体的に優れていたりして、正直な話、埋もれがちな人物である。
分かる者は、その身に纏う静謐こそが、彼の強さだという。
だがある試合で、美しい跳躍とコートへ刺さる矢のような攻撃を見せたとき、本来の姿は今まで秘められていたことを、誰もが感じた。
光来はあの一瞬がいつまでもずっと、脳裏に焼き付いている。
理想とか憧れとかではなくて、きっとただ心が奪われた。自分の感情に照らし合わせようなどと思えないほどに、切り取られた特別な感動。
試合後のインタビューで彼は「ぼくにできることならなんでもします」と言った。それは、その試合でチームに必要だったからこその攻撃であり、何も特別な事ではないという意味だ。
彼にとってすべてのプレーは、バレーという大きなひとくくりの中にあって、チーム、そしてバレーへの献身と言っても良いだろう。

───最後の砦とは、稲荷崎というチームにいたから着いただけの異名。
彼を本当に表す言葉は、きっと見つからない。


春高初日、光来はTシャツを買いに来たスペースでたまたま居合わせた同じくらいの身長の男と目が合い、ピリつく気配を感じた。目を逸らしたらいけない、と野生動物のような勘で見合っていたところで合宿の時に知り合った影山に挨拶をされる。どうやら見合っていた選手は影山のチームメイトらしい、と気づいた。

「光来くん何してんだ、よ……?」
「飛雄くん買えた~?……?」

そこへやって来たのは、チームメイトの幸郎と、春野だった。
二人は一瞬言葉に詰まり顔を見合わせたのち、春野はニコ!と笑い、幸郎は戸惑いながら会釈する。
「買えました。春野さんは」
「俺も買えた」
影山が春野と面識があるのを知っていたが、ここでも一緒に行動していたと知り光来は思わず顔をしかめる。
絶対自分の方が先に春野を知っていたはずだ、という子供じみた嫉妬だ。
その時ふいに、春野が光来の方を見た。正確に言うと幸郎のことも見ていたのだろう。
「───鴎台の試合、次ですよね、楽しみにしてます」
「!」
かけられた言葉に、視線に、意識に、光来は硬直した。ギュッと拳を握り、口を結び、目を見開く。
「あ、どうも……」
幸郎もまさか声をかけられるとは思っていなくて驚いてはいたが、いち早く平静を取り戻した。そして光来の気を引くように顔を覗き込む。

「光来くん行くよ───憧れの春野さんにちゃんと挨拶しな」
「おいテメエ何いってんだ!!!」

反射的に声を上げた光来は、その後春野に向かって「アザス」と挨拶するので精一杯だった。





鴎台対筑井田の試合が始まると、観客席の中に春野はいた。
幸郎は目が合った途端に笑いながら手を振られて、驚いて咄嗟に目を逸らしてしまった。
光来が春野に思い入れがあるように、幸郎にも実は思い入れがあった。光来のような、繰り返して映像を眺めるようなプレーへの執着ではなく、ほんのわずかに『共通点』を感じて。
中学の時、幸郎はバレーや勝利への執着を見つめ直した。それは光来に言われた当たり前な事がきっかけた。
バレーが嫌ならやめればいいし、負けたって死んだりはしない。と。
今までそんなことにも気づいていなかったことに驚かされ、そして世界がようやく広く見えてきた時、たまたまテレビから聞こえてきた声が幸郎の耳に入った。

───「勝ち負けに特にこだわりがなくて……負けても死ぬわけじゃないし」

あ。と、意識が持っていかれる。
テレビでは全国中学校の剣道部を追う旅と銘打った特集が組まれていた。その中でカメラの前で話しているのはおよそ剣道部とは思えない、道着ではなく着物を着た少年だった。
その場所も、茶室のようである。
話を聞いていると、彼は中学の剣道部を鍛えている、茶道部員と言う立ち位置だった。おそらく多くの視聴者が首をかしげる状況だ。
剣道や茶道に対しての考え方はよくわからなかったが、彼の───春野の、物事への頓着に幸郎は見入った。
彼は、高校に入ったらバレーがやりたい、将来は医者になりたい、とごく普通の子供みたいなことを言う。
突拍子もないように見えて、自然で、自由で、それでいて真っ直ぐに、自分の人生を生きている姿だった。
彼はその後本当に高校入学と同時にバレーを始めたし、医者になるための受験に備えて二年で部活を引退した。そんな風にバレーをしてもいいんだ、と思った。
きっと有望選手として数多の引きとめはあっただろうに、身近な強さの継続ではなくて、自分で選んだものを掴みに、彼は更なる努力の世界へと足を踏み入れるのだ。
その人生を往く風を、幸郎は感じた。

「そういえば『春野』観に来てたよね、試合」
「!!」
「光来の憧れの人?」
「マジで?」
「よかったな光来」

試合後のインタビューで、光来の面倒くさいスイッチが入ってしまったのを収拾付けた幸郎は、春野の話を光来にふる。周囲にいた部員も挙って光来をいじり倒しにくるが、当の光来は「憧れてねえ!」と否定の言葉を叫ぶ。
「あんだけ動画見まくっておいて憧れてないってなに?」
部員の一人がそう指摘すると、周囲は深く頷く。
はたから見ていれば完全に、憧れの選手のプレーを何度も繰り返して見てるようにしか見えない。
「確かにあの人のプレーは巧い。身体能力はすげえし、ボールがどこにくるかわかってるみたいによくゲームをみれてる……っ」
「いやベタ褒めじゃん」
「憧れてはない、とは??」
一斉に突っ込まれて、光来はぐぅと顔を思い切り顰める。
頑なに憧れを否定する理由はただの照れ、というわけではないのかもしれない。

「~~~俺が気になるのは、あの人の肉体だ!」

そして勢いよく飛び出てきた光来の発言に、鴎台の選手は総じて圧倒されて言葉を失ったのだった。



next.

光来はチビでありながら身体を使う選手だからこそ主人公の身体能力に『畏怖』を抱いていて、幸郎は人柄(生き方)にシンパシーを感じていたら良いな。という微妙なところに持っていきたかったのですがどないやろ。
幸郎と光来のバレーやめればのやり取りって中三な気もするけれど、光来のあの言葉があってからのオンエアの方がより心に残るかなって思ってしれっと書きました。主人公先に見ても多分、光来に言われるほど心には響かないだろうし。
ちなみに主人公の「負けても死なない」はガチのそれで、幸郎の認識とは若干違うんですけどそれもまた良し。
主人公は何気、光来くんとプレー似てるつもりでいました。あと根笑Tシャツも好きそうだなって。
だから本気でバレーやってたら光来くんみたいになったんじゃないかと。
そして日向もいつか主人公の目立たない強さに気づいてくれえ~~って願望もあります。影山か光来くんにいつか主人公の存在を教わってくれ~~。
日向は海外でNINJAと目立っていたけれど、日本国内で目立たず強かった真の忍者が主人公です。(どや顔)

Oct 2023

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