Sakura-zensen


春と走る 25


ある日、捜査一課にごついおっさんが三体ほど入って来た。
あんなにドアをせまそうに入ってくる人たち初めて見た。もう少し離れて順番に入って来たらいいのに……。最初の一人はともかく後ろにいた二人は頭をぶつけてるし。
「でっかい」
「柔道部だな。あの先頭のおっさんは柔道部監督の蘇我さんだ」
制服なのでおまわりさんだってのはわかるが、桐島さんに言われて納得する。どうりで。
「お!和田!」
「え?あっ蘇我さん。どうしたんですか?」
のしのし、と音がしそうな感じで歩いて来た蘇我さん以下2名は和田さんを見つけて近寄っていく。
なんだかただならぬ雰囲気で助けてくれ、と切り出した。

一ヶ月後に全国警察柔道大会が開催される。警視庁、警察署の柔道部の代表が戦うやつだ。
その大会に和田さんも出場してくれとのことだった。
和田さんは5年前に引退した元柔道部で、100キロ超級。蘇我さんに付いてやって来たうちの一人、原田さんとやらが後を継いでそのポジションのエースだったようだが、昨日の練習中に鎖骨を骨折したそうだ。全治2ヶ月、大会への出場は絶望的だ。
神奈川県警の駒田健二、略してコマケンに勝てるのは原田さん、もしくは和田さん以外にいないと蘇我さんは言う。
どうやら今年は神奈川県警が強いらしい。
先鋒、次鋒、五将、中堅、三将、副将、大将の順番で戦い先に4勝した方が勝利となるが、警視庁側が堅いと言い切れるのは先鋒と三将のみ、次鋒は両チーム互角なので微妙な線。五将は神奈川県警の野島と言う選手らしいが、彼は過去全日本をとったほどの腕前で、中堅は警視庁チームの南田と言う選手が膝の手術をしておりまだ本調子ではないところ。そう言うわけでマル2つ、バツ2つ、1つはゴカク……サンカクとしておこう。
残るは副将戦、警視庁の藤川さんとやらが勝利すれば星一つリードできるし、気合を入れれば……と和田さんは実際に来ていたらしいぬぼうっと立っていた藤川さんを見る。
「そんな甘い話じゃねーんだよ!!その程度のピンチなら何も引退したお前に無理は言わねーよ!」
「というと?」
「お前何も聞いてねーのか!」
蘇我さんはすごい剣幕で和田さんを見た。
「2年連続学生チャンピオン全日本2位の風間が今年……ちくしょうっ……!神奈川県警に入りやがったんだよ!!」
なんと、敵側にホープが……。
しかも顔もハンサム!と褒められているがどういうことだ。
「きゃつには女子大生中心のファンクラブがあるんだ。試合中のきいろい声援は藤川のハートを深く傷つけた」
和田さんは美人の妻がいながらも、モテ男に憤りを感じる側らしく、蘇我さんの話を聞いてぬううと唸っていた。
「しかし今の予想を聞けば確かに相当苦しいですね」
「たしかに、コマケンに勝たなければ確実に負け……」
班長が話に混じるのに乗じて俺も呟く。次鋒が互角ってのも危ういんだよな。それは今後の鍛錬次第だけど。
「和田さん、出た方がいいですよ!」
「はあ?」
「コマケンより強いんでしょ?」
「だーかーらー、俺があいつに勝ったのは5年も前のことだし、あれからやつも強くなってるだろーし、こっちは練習不足だし30日じゃどーにもならねーよ」
和田さんは実力が上だったことは否定しないが、ブランクがあることを重々に承知しているので頷くことはない。
「俺もトレーニング付き合いますから!和田さんなら30日でコマケン5年分くらい取り戻せますよ!コマケン見たことないけど」
「お前がトレーニング付き合っても意味ねーだろ」
「てきとーなこと言うなコラ!!」
桐島さんが呆れつつ口を挟み、和田さんが俺の根拠のない励ましを叱る。俺は警察官になると決めた時に鍛えなおしたし、トレーニングはもはや趣味といっても良いくらいなので、力になれるとは思うんだけどなあ。
「よおし、花森!!いいこと言った!!」
課長がババーンと登場し、構えをとった。せい、せい、と言いながら和田さんに近づいてく。
「和田、お前大会に出場せい!!」
「ええーっ!!」
課長命令で捜査活動は免除、ひたすら練習に専念すべし!!と言いつけられた和田さんは愕然と固まり、門馬班長と重村さんは、ほんのり面倒臭そうな顔で諦観した。
課長も元柔道部で、かつて先鋒として活躍していた今もうるさい役員だそうだ。
そして、捜査に欠員が出ては不便だから一兵卒として捜査に参加すると表明した課長とコンビを組まされたのは和田さんのペアの柳さんではなく、大会に出るようプッシュしていた俺であった。

柳さんは小声で課長と組むのはイヤですよ……と班長に言っていたが、俺は和田さんのいない一ヶ月間課長と組むのがなんだかんだ楽しかった。
古臭い信条のようなものがあるけれど、それもまた良い経験だと思う。オッサンの武勇伝長いなって思う時もあったが。
「どうだった課長と組んで」
「面白かったです!今度班長とも組みたいです!」
班長に聞かれてほくほく、小学生並みの感想を述べた。
「班長にお前と一緒に聞き込みやらせる気かばかたれ」
「誰にでも懐くなあ、こいつ」
重村さんは文句を言いつつも笑い飛ばし、小松原さんには信じらんねえ、みたいな顔をされる。
「ていうかぼく、和田さんのお手伝いをしようと思ってたんですけど」
「和田ならもう二週間前に柔道部の練習に加わってるよ」
「そっかー。大会ももう明日ですもんね、応援いこーっと」
班長の言葉に安心したが、なんだあ組手とかやりたかったなあ、と心の中でぼやいた。


試合当日、俺は柳さんと桐島さんに挟まれて試合会場に来た。
応援いこーっと、と呟いたところ柳さんが反応したので誘い、応じてくれたのを見て桐島さんも行くと宣言したのだ。
俺はその日も女の子の格好をしていたが、特別にちょっといつもよりおめかしをしてみた。
「なんか今日かわいいな、どうした」
柳さんはしれっとかわいいと口にする。まあ褒めてるのではなくて、純粋にいつもの格好じゃないと指摘してるんだろう。
「応援ですからね!気合い入れてきましたよ!」
「どういう気合の入れかただ」
桐島さんはいつもと変わらない格好だし、柳さんはスーツじゃなくて私服。
まるでデートに来ました(ハート)という感じだが連れが男二人なので微妙なところだな。下手したらお姫様状態かもしれない。
世の女子たちの嫉妬をかき集めてしまいそうだがここは警察の柔道大会……風間くんファンクラブ以外、女子の影はとても薄い。

「和田さ〜ん、応援来ちゃいました!」
「お、花森───と、なんだお前らまで来たのか」
警視庁の面々に和田さんが見えて声をかけに行くと、俺の後ろにいた二人まで見て和田さんは苦笑する。
「花森!……お前、花森って本当か?」
「蘇我さん?」
和田さんとエヘヘーとしゃべっていたところ、柔道部監督の蘇我さんがのっしのっしと歩いて来て俺に詰め寄る。なぜ俺のフルネームを?
和田さんも蘇我さんの様子に驚いているようだ。
「そうです、ケド」
「まさかこんな───お前、なぜ柔道部に来なかったんだ!」
「あ〜」
がしいっと両肩を掴まれる。蘇我さんはおそらく俺が柔道経験者だと誰かしらから聞いたんだろう。このぱっと見標準体型では想像つかないだろうけど、それなりの成績は残していると自負してる。

蘇我さんのまさかこんな、の後にはおそらく、こんなピャラピャラした格好だったとは……みたいな言葉があったんだろう。噤まれたが。
「お前柔道経験者だったのか」
「高校生の時部活で。これでも強かったんですよ!」
「いやそれはんとなく想像つくけど」
桐島さんに驚愕の表情で見つめられ、柳さんは真顔で頷いた。
「お前被疑者捕まえる時、結構手が出るの早いじゃん」
「殴る方が手っ取り早くダメージ行くかと思いまして」
たしかにすぐぶん殴るのは桐島さんのように短気な元ボクサーかもしれない。柳さんは俺の持論に対して、被疑者の確保に必要なのはダメージじゃないからと、もっともな訂正をいれた。

「あの花森が警察官になったことは聞き及んでいた……しかし探しても探してもそれらしきやつがみつからない。何かの間違いだと思っていたんだ」
なるほど、名前だけ聞いて探しても実際見てみたら絶対違う見た目をしていて、確認せず同姓同名だと思ったとかそんなんだな。
あっはっはっは、と笑って刑事の仕事に専念したいので柔道部へは入らないとお断りした。

大会は順調に進み、決勝戦は予想どおり警視庁VS神奈川県警となった。
戦う前にトイレ行く桐島さんと、ちょっとジュース買って来ま〜すの俺は席を立ち、柳さんは荷物番のために残ってくれたので、俺は1人でふらふら出歩いていた。
「───花森さん、ですよね」
「へ?あ……風間くんだ」
二人のジュースも買ってこうと自動販売機のボタンをぽっちんしてたところで声をかけられる。
ガコンっと飲み物が落ちる音を聞きながら顔を向けると、神奈川県警の期待の星、ファンクラブ持ちの風間くんが立っていた。
「じ、自分の名前、知っててくださったんですか?」
「そりゃ有名だしーって、……あれ、俺の名前」
「自分は、高校時代の柔道部の大会で花森さんを見た時から憧れてて……!」
「え、わーありがとう」
柔道部だったのなんて随分前のことのように感じるが、今日はやっぱり柔道経験者が多いからそんな話題が沢山出て照れちゃうな。
「もしかして大会であたった?同い年?」
「1つ下です。自分は当時小柄でしたので対戦はありません。……同じ重量級に出たかったのですが、力及ばず」
「そっかあ、大きくなったね」
親戚のおばちゃんのような目で見返す。
俺は高校生当時、軽量級の体重でありながら重量級の試合に臨み優勝した、というちょっと目立つ経歴を持っていた。そういうわけで、1つ年下らしい風間くんは俺を知っていたし、当時軽量級で試合に出ていたらしい彼とはあたらなかったようだ。
しかし今では100kg級で戦うほどになった風間くんをまじまじと見てしまう。
「大学時代もどこか大会でお会いできるかと思っていたのですが、警察官になったと聞きました……それで、警察の柔道部に入りましたが見つからず……刑事になったと言う噂を最近耳にして。もう柔道はやめられたのかと」
「ああ、うん、もうやってないけど……今年は先輩が大会に出てるからその応援に」
「警視庁、ですよね」
「そう、決勝戦───よろしく」
「はい。───あの、花森さん!」
ジュースを取り出して軽く手を振り、別れようとしたところで引き止められた。
「この試合に勝ったら、自分と」

戦ってくださいって言われんのかしら……と思って緊張した面持ちの風間くんを眺めていたところ、桐島さんに遮られた。えええ、名前なんて初めて呼ばれましたけど。
「誰こいつ……神奈川県警?……あんま喋ってんなよ」
「桐島さん、風間くんですよ風間くん」
風間くんは桐島さんのあからさまに不機嫌そうな顔を見てたじろぐ。
「知らねーよ。ほら、席戻んぞ」
「はい。ごめんまた今度ね」
「今度ってなんだ今度って」
腕を引っ張られたと思ったら今度は腰に手が回って来て、急かされる。
まだ風間くんがここにいるんだから決勝戦だって始まらないはずだしい。
「なんか言いかけてたんですけど……大丈夫かな」
「この試合に勝ったら何させようってんだ、つーか試合の勝敗でお前が言うこと聞く必要なくねー?」
「なんか憧れてくれてるらしいので……腕前を見てくださいってことかと」
「なんだそれ」
席に戻りながらそんな話をしていたので、柳さんも交えて試合が始まるまでに風間くんと会った経緯を説明した。
「告白でもされるんじゃないの?」
「はあ?」
「風間くん、俺が男だってわかってますよ」
柳さんのニヒルな笑顔からこぼされたありえないもしもの話に二人して顔をしかめる。
いやそんなまさか。男同士を否定はしないが。まさか。

「藤川さんを応援しづらくなっちゃったなー」
「なんでだよ」
「本当は風間くんファンクラブに胸をえぐられたところで、女の子として声援を送ってやろうと思ってこんな格好できたと言うのに」
「ああ、だからかわいい格好」
「秘技"彼女ヅラ"なんですが、風間くんへの当てつけがましくないですか?」
「よし、やれ」
先輩2名にそろってゴーサインを出された。
今まさに、風間くんは黄色い声援を受けきらめき、藤川さんは心なし青ざめながら組み合っているところ。
応援はできないがかつて俺を見て憧れてくれた後輩に心の中で合掌。
すうっと息を吸って、客席から身を乗り出す。おろしている髪の毛がゆらりと揺れて、女の子っぽさを演出。
「藤川さ〜ん!!!がんばってー!!!ステキー!」
風間くんの戦意喪失とはならないだろうけど、藤川さんはこれで戦意を取り戻してくれるだろうか。ああ、女の子いっぱい連れてくればよかったかな、と今更後悔する。
藤川さんはきょとんと俺を見上げていたが、遠目に見てただの女の子に見えたらしくみるからにやる気を出し、見事に一本決めてくれた。わ、わあい……?
風間くんの方はあまり見られなかったが、視線だけはひしひしと感じていた。
もう一度心で合掌。



...

原作の中に主人公を入れた書き方と、主人公の話に原作を絡めた書き方があってですね。
基本後者ですが今回は特にそうなってますね。
主人公とファン(?)を書きたかった。そしてそのファンを目の当たりにする桐島さんも書きたかった。
Dec. 2018

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