春は龍の玉 小噺 -雪見-
律は目が覚めて、掛け布団から身体を出した途端に感じる寒さに身を縮こまらせた。上着を羽織りながら部屋の外に出るとその寒さの理由を知る。
昨夜のうち降った雪が積もっていたのだ。
道理で寒いと思った……と独り言ちながら、足早に居間へと向かった。
居間には珍しく、朝から叔父の開が来ていて律を迎えた。
怠惰な生活を見られたのが気恥ずかしいような、今更のような気がしながら食卓に座り、朝から来るほどの用件や、玉霰の姿が見えない理由を尋ねた。
どうやら開は仕事の関係でしばらく遠方に行くそうで、そのために母親(律にとっては祖母)に顔を見せに来た。という名目で玉霰を本家に預けに来たらしい。
開は幼い風体をした自身の式神を、相変わらず子犬だと思っている節があると思う。
律は、マ手がかからないし、何なら鳥たちより役に立つから良いけど、と内心満更でもない。
「それで、当の玉霰は?」
律は朝食を食べながら、やはり玉霰のことを問う。なぜなら律義な玉霰のことだから、この家で唯一玉霰のことが見える律に、挨拶するはずだと思ったからだ。
すると開はしばらく表情を変えないまま意味深に黙り込み、やがて肩を落とした。
「来てすぐ、旦那のところに行ったよ……」
「───………………」
忘れかけていたダメージが二人にずしりとのし掛かった。
玉霰の旦那というのは、律の元護法神である青嵐のことである。
騙し討ちのようにして玉霰と結婚し、もう一年以上が経ったはずだ。
青嵐が飄々としていて、玉霰が気長なものだから、律は時折二人の婚姻関係を忘れそうになる……というか、考えないようにしている。
一見すると玉霰は純粋に青嵐に懐いている程度にしか見えないし、青嵐も時々意地悪をしながら可愛がっている程度にしか見えない。だがここ最近、やけに二人の距離が縮まったように感じられる。
玉霰が三ヶ月ほど留守にしていた後あたりからだろう、と律は考えた。
あの時律が揶揄するようにして離婚を仄めかしたら、青嵐は不機嫌そうにして飛び去って行った。そしたら夜には、玉霰を背に乗せて飛んで帰って来た。
律の発言に腹を立てて玉霰に乱暴なことをしていないか慌てたが、二人の様子からしてそれはないようで安堵したものだ。───とすると青嵐はもしかして、玉霰に離婚されるのが嫌で懇願しに行ったのか、という考えが一瞬過ったが、律は深く考えるのを辞めた。
「───ぃよ…………───して……から」
ふいに、廊下の先から声が聞こえてきて律は足を止めた。
父の部屋であり、祖父の書斎だった、青嵐の棲みかがその先にある。
今は開が言う通り玉霰がいるのだろう、とその声の正体にあたりをつけた。対して時折、父の声らしきものも聞こえてくるので、二人はやはり一緒にいるらしい。
律は玉霰に声をかけるべく、その部屋へと向かった。
「あ、た、食べないで……」
部屋の戸を開ける直前に、玉霰の声が聞こえてきた。
律は一瞬、青嵐がつい腹を空かせて玉霰を喰うのではないか、と考えて勢いよく部屋の戸を開けた。
「待っ───、え……」
「それ俺の指だってば!」
だが目の前に広がって来たのは父、孝弘の胡坐をかいた膝の上に背を向けて座る玉霰が、わはわはと笑っている光景であった。
どうやら皮をむいた蜜柑を青嵐にやったら、指まで食われたらしい。
手にかじりついていた父と、膝の上で暴れている玉霰は仲睦まじい様子である。おかしなことはない、はず、だが。
「あ、律おはよう、起きたんだね。しばらくお世話になります」
「う、うん……開さんから聞いた」
この口ぶりからして、玉霰は律が起きてこなかったからこっちへ来ただけだと思うことにする。
しかし律はやはり───仲良すぎじゃないか?───と、感じていた。
前から玉霰は青嵐に懐いているように見えたし、孝弘の身体にも無遠慮にじゃれついていたが、若干の違いがある。
以前の青嵐は玉霰をすぐに落としてしまうし、腹に腕を回さなかったし、玉霰だって蜜柑の皮をむいてやったり、それを手で食べさてやることなどなかった。
「さ、寒いから……!!」
「?雪降ったもんね」
誰に言うでもなく言い訳をした律に、玉霰はわけもわからずに答えて視線を足元の雪見窓の方へと落とす。
そしてゆっくり、孝弘を振り返って顔を覗き込む。
「青嵐は寒さに弱いもんな」
「お前が強すぎるだけじゃ」
律は二人の会話に思わず首を傾げた。この二人に寒いという概念があっただろうか、と。
もしかしたら孝弘の身体では確かに感じるのかもしれない。
しかしだからって───あの距離感でいる必要はきっとないだろう。
律は適当に話を切り上げて部屋の外に出て行った。
なんだか、さっきより寒さが厳しくなった気がする。
「───律」
すると、玉霰が部屋を出て律を追いかけてきた。
「どうした?」
「律ともお話したくて」
「そっか、じゃあ僕の部屋に───」
にこにこと笑う小さな子供の姿をした玉霰は、律の目には非常に純粋でかわいらしく映る。
だからこそ余計に、孝弘の膝におさまっていたり、青嵐に娶られている事を思うと、居たたまれなくなるのだ。
「玉霰は、いいの?あれ」
「?」
「青嵐とのこと……、大丈夫?」
律はしどろもどろに、青嵐のことを聞く。玉霰に、面と向かって青嵐との結婚についてを問うのは初めてだと気づいたからだ。
「夜には帰る約束だよ」
「あ、うん、そっか」
一瞬答えに拍子抜けしてしまったのは、きっと会話がかみ合わなかったからである。それもそのはずで、律の問いは、青嵐を放って来てしまったことを良いのかと尋ねたようにしか、聞こえなかったからだ。
「───寛大な夫でなによりだ」
「ウッ……!!!!」
「え、律……?泣いてる…………???」
だけど奇しくも、律の問いにも適う答えを玉霰はしていた。
end.
律視点でお送りしました。
律「解釈違いCPです><」
孝弘さんは父親の身体だし、母親の夫であるし、ただでさえ情緒が大変そうなのに、中身が主人公と結婚してるのでもっと大変そうだなって思います。(他人事)
この時点で二人を両想いとは思っていないけど、主人公の夜には夫の元へ帰るという発言にかなり衝撃を受けて泣いちゃった。強く生きてこ。
Jan 2024