Sakura-zensen


春をさがす 03


晶ちゃんの友達の直子ちゃんとやらが事故に遭ったらしい。最近『死相』が見えていたので心配していたんだけどその事故は幸い命に係わる怪我には至らなかった。
だけど事故にあったことで行けなくなった仕事の代理として、晶ちゃんが抜擢されたのはイワクがあるのかもしれない、と思った。
本人も「呼ばれてる気がする」というので、俺は開さんの許可を得て出張護法神になることに。

うーん『死』が晶ちゃんにうつってないか?これ。
だって来て二日目にして、晶ちゃんはこの家の妖魔に目を付けられて攫われた。
棲家と思しき部屋で、首を切られる寸前に間一髪で救出。そして逃げて身を隠している間、さらに人が連れてこられること二回……俺が気を引いて晶ちゃんが彼らを助けた。

これ以上人を攫ってこられては困るから、俺は諸悪の根源たる妖魔を弱体化させておく。そんなに、知能や力が強いというわけではなかった。
───だけど、どうやらものすごく執念深いみたい。
晶ちゃん、そして厚木さんと福田さんとやらが連れてこられたこの場所は、家のようだった。でも外に出ても、俺たちの知っている外ではない。

「玉ちゃん……帰れそう?」
「異界かな、ここ。鳥を呼ぼう」

周囲は薄闇ばかりの風景で、何の目印もない。晶ちゃんははぐれまいと俺の着物の袖をつかんだし、虚ろな顔をしてた福田さんと厚木さんにも手を繋がせた。彼らは攫われた時からほとんど催眠状態で意識がない。外に出れば正気を取り戻すだろう。
「な、なにそれ?」
「バードコール」
俺が懐から出したのは名前の通り、ごく普通の鳥を呼ぶ道具だ。アイツら、ほとんどただの鳥だし。
具合を調節して捻ると、キュルキュルと擦れる音が出て鳥の鳴き声がした。
これだと他の妖魔は反応しないので丁度いいんだよな。

そして暫く待つと、ばさばさと羽音がして尾白がやってきた。その足には提灯が掴まれていて、よしっと頷く。あれがあるのとないのとでは、大違いだからな。
尾白は呼び出したことに小言を言うが、飯嶋家の者を護る使命を感じちゃってるので晶ちゃんを見て「家までお連れしまする」と胸を張った。



暫く異界を歩いていると、何やら香りのする煙が漂ってきた。
そして不思議な音が聞こえる。
「……ん?なんだろう、これ」
晶ちゃんに煙が絡みつくが、当然何をするでもない。
「誰かが招魂でもしておるようだな」
「招魂?」
尾白が煙を見ながら言う。
どうやら行方不明になった人を探し、死んだかもしれないと仮定して、呼び出そうとしてる人がいるようだ。
俺も恐る恐る煙に触れてみると、微かなぬくみを感じる。
「五十嵐教授は、術を使えたっけ」
「ううん、使えないはず」
晶ちゃんに念のため確認してみると五十嵐教授ではなさそうだ。であれば、俺が思い当たるのは渋谷サイキックリサーチの面々。
あそこに集められた霊能者たちの中で力を持っている人は他にいなかった。


音と煙は晶ちゃんの後、福田さんと厚木さんに纏わりついたけど、途中で無くなった。
まあ、それは予想していたが。
「あ~、途切れちゃった!」
俺たちはその煙を辿って帰ろうと方向転換をしていたので、途端に晶ちゃんが落胆の声を上げる。だけど俺も尾白も、その気配や匂いを覚えていた為すぐに迷うことはない。
晶ちゃんに大丈夫と言い聞かせて歩みを進めると、ふいに空気の流れが変わった。
どこからか風が吹き込んできたようで、俺たちの髪の毛を揺らす。
なんか、ちょっとだけカビくさい。あとは土とか埃の匂いもした。
「外が近いのかな」
「よしっ、福田さーん、厚木さーん、もう少しですよー!」
独り言ちるように言うと、晶ちゃんが声を弾ませる。
だがその先に一つの黒い塊が見えて、足取りが乱れた。
目を凝らすとそこにはぽつん、と黒ずくめの少年が立っている。
「?渋谷、さん、だよね?」
「渋谷さんは渋谷さんでも、違う人だな」
晶ちゃんが戸惑うのも良くわかる。彼は怜悧な美貌の持ち主だが、今はその顔に優しい微笑を携えていた。同じ姿をとってるようだが、表情が違うので別人と丸わかりで潔い。

───きっと、俺たちを迎えに来てくれたんだろう。
一歩また一歩と彼に近づくにつれて、匂いが強くなり、音も大きく聞こえるようになってきた。
壁を叩くような音、瓦礫を退ける音、そして人の声。

提灯の光が徐々に、何もない空間ではなく、壁や地面の質感をちゃんと照らした。
そしてとうとう人の姿が見えたとき、晶ちゃんがあっと声を上げて駆け寄っていく。

そこには家の壁を壊している最中の、渋谷サイキックリサーチ御一行がいた。





五十嵐教授は晶ちゃんの姿を見て腰をぬかした。きっと安心したのだろう。
厚木さんと福田さんは衰弱していた為、かろうじて立っていたのが外に出た途端バタバタと倒れてしまい、救急車で運ばれていった。
一番最初に失踪した晶ちゃんは元気なのが奇妙に見えるが……異界への耐性の問題だな。
大橋さんや職員の人たちがとても心配していたが、晶ちゃんは「それよりお腹すいちゃって!」と笑うので、皆にせっせと食べ物やお茶を貢がれていた。

「それにしても、本当によかったわよ、無事で」
「皆さん探してくださってありがとうございました」

松崎さんが向かいのテーブルで、頬杖をついて気取った風に言う。彼女だけでなく、渋谷サイキックリサーチの全員が勢ぞろいして晶ちゃんの食事を見守っていた。
今現在、屋敷に残っている霊能者は渋谷サイキックリサーチの人と、五十嵐教授だけらしい。
他の連中はビビったのと、ペテンがバレて逃げたとか。よくわからないけど、厚木さんと福田さんは見捨てられたってことか……。
「それで……えーと、皆さんお揃いで……?」
「あー……この家の霊はきっと若い人が狙いなんだろーってな。んでお嬢さんはなるべく人と居るか、屋敷から出たらいいんじゃないかと」
みんなしてここにいた理由はその心配からか、と納得。
「そうでしたか。でも、当分は大丈夫だと思いますよ」
晶ちゃんの声に、俺がボコったしな、と隣で頷く。
とはいえ、彼らにとってはわからないって話で。
「……広瀬さん、あなたはどうやって逃げてきたのですか?」
「命からがら、隙をついて、ですかね。もう夢中で」
聞かれると思っていたが、渋谷さんの追及に晶ちゃんはあっけからんと答える。
まあ嘘は言ってない。
「広瀬さんたちが現れた場所は完全に密室でした……ずっとそこにいたんですか?」
「いいえ。多分異空間を通って来たんだと思います」
渋谷さんは切り口を変えて突っ込んだ。
晶ちゃんの返答には思わず谷山さんが「異空間!?」と声を上げる。だけど皆に目を向けられて、むぐっと口を押えた。
「私たちが連れてこられたのはどこかの家───でした。外には背の高い生垣があって、そこを抜けても壁に囲まれてるみたいで」
谷山さんの反応にふっと笑った晶ちゃんだったが、気を取り直してゆっくりした口調で、見てきた光景を話し出した。
どうやら渋谷さんたちはこの家の持ち主である先代と、先々代についてをよく調べたらしくその母屋は先々代の『美山鉦幸』が住んでいた家だろうという。
背の高い生垣に囲まれた家で、病弱だった美山鉦幸はその家で療養していたとのことだ。
「そうですか……。家の中には隠し部屋があって、そこは一面タイル張りの、手術台や刃物、器具のある奇妙な部屋です。なにより異質なのは、バスタブがあることでした」
「……っ」
誰かの怯える、引き攣ったような息がした。
「私はそこで、首を切られそうになりました。───ほかの二人も。私たちが殺される前に逃げられたのは、護法神の力をつかって」
「へえ、護法神ねえ。お嬢さんは術師ってわけか?」
「いいえ。私は術が使えるわけではありません。今回はどうも良い予感がしなかったので親戚から借りてきた子なんです」
「……親戚、ですか」
「なんかどっかで聞いたことある話……」
滝川さんに続き、ブラウンさん、そして松崎さんが話に加わり顔を見合わせた。

「まさか広瀬は偽名で、実は飯嶋……とか言わない……?」
「あはは、偽名じゃないですよ~」

あ、な~んだ、って顔をした皆に一拍おいて晶ちゃんは続ける。

「───飯嶋は母の旧姓です」



end

テーマは「居 る よ(飯嶋が)」
晶ちゃんが浦戸に攫われたけどひょっこり帰ってくる話が書きたかった。
主人公が暗躍しているように書いたけど、多分晶ちゃんは一人でも帰ってこられると私は思ってる。
まあその場合、厚木さんと福田さんは連れて帰れないかもしれない。
鳥ちゃんの呼び出し方法は捏造。妖魔概念で仲良しなので、たまに融通を聞かせてくれる。正直もののけ提灯を持ってきてほしくて出しただけです……笑
補足すると異界から出たら尾白は先に帰宅しました。
かなり短くノリで終わらせたので、ナルとリンさんとの対面するところは今度書きます……(さきのばし…)
Nov.2023

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