春を待つ 15
不動産屋さんで働いていた開さんは、一度行方不明になったことで長期欠勤が続き解雇ということになった。無事戻って体調も安定してきた頃に、その三ツ葉ハウジングの社員さんから依頼をうけ、いわゆる片付けの業者さんの手伝いをすることになった。
三ツ葉ハウジングの人たちは開さんの霊感体質に理解があり、不動産業界ってそういうのもあるから頼りにもしていたみたい。
この日も開さんは遺品整理の仕事で山梨にきていた。
「山に来るのは久しぶりだなあ」
「そう、だな……」
「よっ、とと……ちょっと滑る」
俺と開さんと晶ちゃんの三人は傾斜をなんとか登る。晶ちゃんはちょっとおぼつかない足取りだけど、若さと持ち前の運動神経で先を行き、俺は開さんの手を引きながらうんせうんせと後を追う。
「玉ちゃん、開さん大丈夫?」
「だいじょうぶー」
「なんとか……」
おんぶしてやってもいいけど、晶ちゃんがせっせと登ってるところなので、開さんにも自力でがんばってもらおうじゃないか。
「玉ちゃんって意外と力持ち?」
「うん」
開さんを引っ張ってる方じゃない手をむむんと掲げてポーズをとった。
ようやく上まで登りきったところで、息を整えている開さんから手をはなす。
「悪いね晶ちゃん、修士論文とまったく関係ないのに付き合ってもらっちゃって」
「いいですよー、私のテーマは民間信仰全般ふくみますから」
きな臭い山間集落は大好物、と晶ちゃんは笑った。
古い家が残っているのが見えて、二人はああ見えてきたと胸をなでおろす。
村は三十年前の土砂崩れで多くの住民を失い、危険な地域だとわかったため残りの住民は引っ越して廃村となった。
でも、よくないものがいるなあ、とあたりを見回す。
晶ちゃんは周囲を見にいき、俺は開さんと一緒に家に入る。
「見つけたら早くでよう、この集落から」
「え……」
開さんは家の雰囲気には感づいたようだけど、村全体に潜む何かを察知はしていなかった。ので、背中をひと撫でしてこっそり告げる。
晶ちゃんのことも心配だなと思って足早に家を出ると、散策していた晶ちゃんと無事落ち合うことができた。
何かがこっちを見ていることに気づき、周囲に注意する。
「このお家は司祭人だったそうですね」
俺と開さんが入った堀米家は、毎年田祭りの頃に田の神をお迎えする家だったらしい。晶ちゃんに答えるようにして、開さんは神との婚姻の話を続けた。よく知ってたね、と笑いかけているところで晶ちゃんは村の人に教えてもらったと指をさした。
「私たちのこと夫婦だと思ったみたいで……」
ぬるりと薄暗い影が家から出て来る。
そして俺たちのことをじいっと見つめていた。
俺は二人の間に立って、手を回して抱き上げ前に跳ぶ。
勢いよくスタートしたので、二人はすごい驚いていたけどアレに捕まるよりましだろう。
村から出て、追っ手が来ないことを確認して下ろすと、ドッキンドッキンした二人はまだ俺にしがみついたまま固まっていた。
「ごめん、こわかった?早すぎたかな」
へなへなした晶ちゃんとくらくらしてる開さんを一応支える。
腕を回したところをぺんぺんすると、やがてはっと我にかえったようだった。
「……あ、ありがとう玉ちゃん」
「助かったよ、びっくりしたけど」
二人は自立できるようになったのでとりあえず手を引いてバス停まで急いだ。
「夫婦だと思ってたなら深追いはないだろうけど……」
「ああ、晶ちゃんに感謝だな」
バスの時刻は40分後なので、ガードレールに寄りかかって息をつく。
晶ちゃんはちょっと焦った顔で俺たち二人を見た。
「それじゃ普通に叔父と姪だとわかったらどうなってたの!?帰れなかったってことですか?」
「晶ちゃん……神とか妖魔とかいうものは人の心が作り出すものなんだよ。山奥とはいえ今時そんな強力なものが生き残ってるわけがないじゃないか」
ニコォ……と笑ってごまかす開さんを見つつ、目をそらした。なんとか言って、と俺に詰め寄ってこられたら困るからだ。
堀米家から持って来た包みを家に持ち帰ると、環さんが体調を崩した。
偏頭痛がひどい、と言うけれどおそらく開さんの持って帰ってきた包みが原因だろう。
「礼がいてもダメか」
「へ?」
俺はちょっとしたお清めマスコットらしい。どうしようかな、と開さんが顎を撫でた。
「これそのものを無効化はできないよなあ」
「うん」
「環姉さんについてれば姉さんが楽になるのかもしれないけど」
そしたら開さんが辛いんじゃないか?と思ったが多少の耐性はあるそうだ。
だからって環さんについてたら開さんと一緒にいられないのでお断りする。結論は、しばらく開さんが家を出ることになった。
持ち帰ってきたのは夫婦茶碗で、神様との婚礼に使う代物らしい。
依頼に来た堀米一己という人は、あの土地の神と呼ばれるものと結婚してたのだ。
その後戸籍を売られ、もう一人堀米一己という人ができてしまった。そのもう一人が結婚したため重婚となり、神様が怒っているらしい。
本当の堀米一己だけじゃだめなんかいって思ったけど、神様の考えっていまいちよくわからない。呪いとかって血筋についたりするから、神様にとっては戸籍も案外重要なのかね。
開さんがこの依頼を受けたのは、自分も過去神様と結婚しているからだそうだ。
そういえば二十年ちょっと行方不明だったというし、そういう経緯があったんだなあ。
偶然帰って来られなければ、俺とも会えなかったわけだし。
「開さんの縁談がいつもうまくいかないのって、もう神様と結婚してるからだったりしてね」
律の言葉にちょっとゾッとしているであろう開さんに、声は出さないけど俺もそう思うと同意しておいた。
夫婦茶碗を返しに行くのには、晶ちゃんを連れて行かなかった。
「開さんは短命かな」
「え、なんだよ急に」
山をうんせうんせと登りながら、開さんはびくっと震えた。
俺の純粋な問いかけは確かに物騒だ。でもまあ早死にしそうな生き方はしてるだろう。
ただ俺が言いたいのはそういう生き方のことではなく。
「神様と結婚したら、人ではなくなるっていうし」
「ああ……」
「一度結婚して、逃げたらハイ終わりじゃないんでしょう?」
「そうだな」
ほらがんばれ、あと少しだ。手を引いて山の上までやってくる。
以前来たときはかろうじて家の中に入れる体裁を保っていたけど、今はぐしゃあっとなってしまっていた。
預かった家の鍵と夫婦茶碗を約束通り、それっぽいところに置いて返したあと、開さんは家から離れる。前のように追いかけてこようとするものはいなかった。
「死んだら、またあの場所に戻るのかな」
「……戻りたいと思う?」
「まさか」
開さんは肩をすくめた。
深く聞いたことはないけど、時の流れの感じない場所だっただろう。
美人だったらしい神様とぼんやり一緒にいて、気づけば二十数年も経ってしまうほどの。
「まあ長生きする努力はするさ」
「うん」
「それでも、俺が死んだらどうする?礼は」
登りと比べて下りの足取りは比較的早い開さんを、後ろから追う。
追いついて手に触れれば、当たり前のように握り返された。
「ちゃんと死なせてあげる」
開さんの目がこっちを見る。
「開さんの魂は誰にも渡さない。死んでも、守ってあげるからね」
「……ああ───頼もしいな」
目尻に皺のついた、歳をとった男の顔がもっともっと老けて行くのを、俺はだれにも邪魔させる気はなかった。
人として寿命まで生き、魂が体を離れて天へ昇り、また新しい生を受けたり、大気となるのを、見届けてやろうと思った。
もしまた人間になったら、たとえ俺の姿が見えなくても見守ろう。
何度でも、何千年でも。
それが俺に唯一残された、人であれる道だった。
end
桜の妖精さんから犬っころになって最終形態はスーパーダーリン。見た目は女児。
とりあえず一旦終わりかなって思ってます。
April 2018