春の旋風 17
夜間襲撃に応戦するというドタバタ騒動があったけれど、ぼーさんが最後に一発除霊を決めてくれて早朝にほっと一息ついた。警察沙汰にはなってしまったけど、広田さんというかゼロ班が対処してくれるそうなのでさほど不安はない。あるとしたら、ぼーさんが笹倉さんちに侵入する際に窓ガラスを割ったことは不法侵入にならないのかなーと言う事だ。見て見ぬ振りしてくれる可能性もなきにしもあらず。そもそも家の中は荒れていたのだから、大丈夫かな。
俺も渋谷さんも未成年とはいえ襲撃に実際対応した者だったので、状況説明をしなくちゃいけなかった。
カカシ先生には今朝事件自体は終わったけどこれからちょっと事情聴取があるという連絡はしてある。実況見分なんかは後日改めてになるようだけど、特に応戦していた俺と広田さんと渋谷さんは車にのって署まで行く事になった。運転はぼーさんで、リンさんや他の人達は家の片付けをやっている。
「え?……君が倒したの?」
「はあ、まあ」
渋谷さんが気を放ったことはあんまり言わなくて良いと思ったし、最終的に俺が三人ともふん縛ったのでありのままを言うと話を聞いていたおじさんはかけている眼鏡の位置を直しながら俺をまじまじと見た。
一番最初に相手した人を縛って転がした後、他の人に飛びついてたのが見えたので応援に行ったわけで、一瞬で三人捕まえたというわけでもない。
ちょっと疑わしいけど最初に相手した人が奥さんだからってのと、後は不意打ちで捕まえたってことなので現実味はあった。
俺の華麗な戦闘シーン語って聞かせることが出来なくて残念だけど、正直狭い家の中だったので最低限の動きしかしてないし、霊に憑かれて躊躇いが無い人間だったとはいえたかだか一般人取り押さえるなんて本当朝飯前。おなかすきました。
「ありがとうね、じゃあさっきの所で待っててくれるかな」
おじさんは若干拍子抜けしていたけどそう言ったので俺は待合室に戻る。渋谷さんはとっくに話し終えていたので足を組んで座っていて、その隣にはぼーさんがコンビニの袋を手にさげて待っていた。
「よ、おかえり。てきとーに飯買って来たぞ」
「ただいま、ありがとー」
広田さんは別室でしゃべっているのかその場にはいなくて、俺達はいつ帰って良いのか分からず、とにかく腹ごしらえを済ませた。
「なんか言われたか?」
「本当に君がやったの?って言われたけど、奥さん以外は広田さんと渋谷さんにつかみかかってる所を後ろから捕まえたから別に怪しまれなかった」
「へー。見たかったなあ、の活躍」
「さほど動いてないけどね。渋谷さんのが活躍してたよ」
もぐもぐとおにぎりをほおばって渋谷さんの方を見たけど、本人は全く我関せずだ。
皆、ジーンがアンプリファイアの役目をして渋谷さんの手助けをした事は知っている。たとえジーンが居たとしても負担はあったようで、所長は今大変疲れておいでだ。
ショック症状を起こす気配はないが、貧血気味ってくらいだろうか。そっと青白い横顔を見る。
熱を測るフリをして、不意打ちで俯いたまま殆ど動かないでいる渋谷さんの額に手をあてた。こっそり治療をすると、ぼんやりしていた渋谷さんは目をゆっくりと見開き顔をあげる。
「———いま、なにをした?」
「てのひら療法?」
師匠はまだ超えられないけど、俺だって優秀なお医者さんだったので手をかざして治療することだって出来る。傷もそうだけど、疲労回復とか。
「ははは、文字通り手当てってやつか」
ぼーさんは俺の隣で笑う。
多分すっと身体が楽になった渋谷さんの驚きは、ぼーさんには伝わっていないと思う。
「熱はないみたいだね、今日はゆっくりたっぷり寝るんだぞう」
わしわし、と頭を撫でたら不愉快そうに首をひねって逃げられた。
しばらくして、広田さんと一緒にやってきた刑事さんが、とりあえず今日は帰って良いと言うので三人ともベンチから立つ。広田さんも一緒に阿川さんちに戻るようで四人で署を出たところ、俺は外にあった人影にぴくりと反応する。目の良さは普通だけど、すぐにそれがカカシ先生だと分かった。
「せんせいだ」
「お?」
確かに警察署に居るとは言ったけど、と思いながら声を上げるとぼーさんが気づいて同じ方向を見る。
「迎えにきたよ、」
「あれ?……たしか、はたけ先生だっけか?」
「いやあ、どうもご無沙汰してます」
広田さんは誰だと首をかしげたまま、ぼーさんが先生に声をかける。
「長野に居る筈じゃあ……」
「いえね、が東京に一人って聞いたので」
「———引っ越して来たってぇわけか」
ちょっとだけ驚いた様子のぼーさん。
まあ確かに、仕事してる大人が急に長野から東京に引っ越すなんて出来ないから驚くだろう。
「谷山くんの保護者か?」
「ええ、そんなもんです」
「関係は」
広田さんは、目を垂直に裁つような傷を持つ先生が怪しかったようで、ちょっと胡散臭い者を見る目をして問う。マスクは珍しくはないけど、隠してるととられてもいい行為だし、実際先生はほとんど顔を隠してる。
「親族じゃありません。同郷のものでね、小さい頃面倒を見ていたものですから」
「親御さんの許可は……」
「俺、両親は居ないんだ、広田さん」
「……そうだったのか、それは」
ぼーさんは広田さんの後ろであちゃーという顔をした。別に気にしなくていいのに。俺の両親は別世界で生きてるハズだし、こっちの両親は写真でしか見た事がない。
「気にしないで広田さん、先生が居るから寂しくないし」
広田さんの肩をぽんぽん叩いてから、先生の隣に並んでにっこりする。
先生は俺の後頭部をやんわり撫でて同じように笑顔を浮かべた。
「ってことで、うちの子は連れて帰ってもよろしいですか」
「あーでも、後片付けあるよね」
「ふうん、じゃあオレも手伝おうか」
「———いや、このまま帰って良い」
渋谷さんは今まで黙っていたけど、ようやく口を開いた。
そして俺は三人と別れて、朝ご飯は食べたけどお昼と夜はどうしようかーとか、今までご飯どうしてたーとか話しながら帰る。
ぼーさんはまさか一緒に住んでるとは思ってなかったみたいで、あの会話を聞いて驚いたのだそうだ。
数日後オフィスに顔を出すとぼーさんにその話を聞いた綾子たちに再度事情を聞かれ、俺は先生と一緒に暮らしていることを説明することになった。
「なんか、意外だわ」
「え?」
綾子は俺が用意した紅茶の入ったカップを置いて一息つく。
「あんた、あんまり人に頼らない感じじゃない」
「別に先生を頼ってるわけじゃ……うーん、まあ頼ってるのか」
基本的に生活費は半分ずつ出してるので養ってもらってるわけじゃない。でも先生の存在が俺の助けになってるので頼ってることにもなるのかな。先生意外とマメだから食器洗ったり布団干したりしてくれるし。
「ていうか、今まで頼る人が居なかっただけで———あ、いや、皆のことを頼りにしてないわけじゃないんだけどね?」
「いーわよ、分かってるから」
綾子におでこをつんつんされて、印がちょっと晒される。
「僕はもうひとつ意外なことありますねえ」
「なーに?」
今までにこにこ聞いていた安原さんが、顎を撫でながら言う。
「谷山さんって、人と同居するの好きじゃなさそうだって思ってました」
「たしかにな、俺もそのタイプだと思ってた」
「ボクもです」
ジョンまで同意しちゃって、俺はきょどきょど三人の顔を追いかける。
「え?え?そんな神経質じゃないけど」
「だってお前、調査中ほとんど寝ないから」
「そうだっけ」
「寝てても、部屋入ったらすぐ起きちゃいますしね」
女性陣は当然知らないことなので、へえ〜という顔をしてこっちを見てる。
「それは調査中だからだよ。人が入って来たら何か用かなって思うし……皆が寝てるときは俺もすやすや寝てるよ」
そうじゃなきゃ身体やすまらんだろ、と思いながら弁解する。
基本的に普通の物音も聞こえてるけど、眠ろうと思ったら起きる事無く眠り続けるようになってる。殺気とか、嫌な予感とかがしたら起きるけどそれは調節っていうか訓練の賜物というか。
だからカカシ先生と一緒に暮らしてても、ストレスにはならないし、むしろ安心材料である。
「一人は楽っちゃあ楽だけど、それを凌駕するメリットがあったし」
ぽろっとこぼすと、ジョンが「メリット?」と拾って首を傾げる。
「二人も楽なんだよ、違う方面で。食べる人が増えれば料理しても無駄にならないし、家事も買い物も分担だし、光熱費割り勘で」
「まあねえ」
綾子は女性なので尚更その差が分かるみたいで頷く。
「ああ、あと身体が鈍らなくていいね」
「は?ナニソレ」
「やっぱ相手がいないと、勘って鈍るじゃん?その点先生が相手してくれるから本当助かる」
「……それは、ちょっと見てみたいですねえ」
安原さんは興味深そうに呟く。ぼーさんとジョンも、気になるみたいでこくこく頷く。
「はたけ先生も、格闘技が出来る方なんですの?」
「うん。俺より強い」
「待て待て待て、…………お前より?」
「先生のが速いし経験あるから」
目を丸めてるぼーさんにうんうんと頷いた。先生はコンクリート割らないけどな、と心の中でだけ付け足しておく。
「……見てみたいですねえ」
安原さんはもう一度呟き、今度は原さんと綾子までたしかにと頷いた。
end
よなよな(?)公園とかでカカシ先生とスタイリッシュアクションを披露してると思ったら胸アツ。
カカシ先生がお迎えに来るのと、一緒に住んでるってバレるのが書きたかったんです。本当はアクションシーンを入れたかったけど、これ一人称だと微妙だし、三人称でやっても多分ぱっとしないなって思って断念しました。
狭いお部屋の中で、武器を振り上げた関口(中身)の腕をぱしっと蹴り上げるかっこいい主人公を、私は勝手に妄想しています。楽しい。
カカシ先生との組手とかもいつか披露していただきたいものですが、機会がないなって思ったのでこんな話のみ。
ちなみに先生のお仕事は特に決めてないです。でも仕事しないで、二人でアクション大道芸でもやってたら稼げるんじゃないですかね、ようつべとかで(鼻ホジ)
どうトリップしたとか、どう戻るとか、どんな理由とか、特にありませんので原作が終わったところで終わりになります。
Apr 2016