春をつれて 04
綾子と真砂子と司さんが一度ベースに戻ってきた時には、ちょうどナルとあたしもそこにいた。うう、二人きりの時間は短かったな。っていっても、特にいい雰囲気なんかなかったけどさ。真砂子はナルの隣、司さんはあたしの隣、綾子は珍しく自分でお茶を入れている。
ふと、部屋の電気が消えた。え、なんで?
日中とはいえもう夕方で、電気がなければ途端に薄暗くなってしまう。全員がしんと静まりかえる。
「なに?」
思わず声を漏らしたあたし。
かたっとテーブルが震えた。
「きますわ……」
真砂子の、いつもより少しだけ低い声。
「全員動くな」
ナルは周囲に注意をよびかけ、あたしは思わず椅子から立ち上がってしまう。隣にいた司さんも立っていて、さっきまで眺めていた調書が挟まれたバインダーを胸に抱きしめていた。
「───」
真砂子は落ち着いて座ったまま、すうっと上を見上げた。天井から、ずるりと髪の長い女が覗き出る。
腰まで降りて来たところで、司さんが恐る恐るそちらを振り向いた。そして───。
「ッ、イヤーーー!!!!」
思わず、手が出ちゃったんだと思う。
たぶん振り向いたら近くて、気味が悪くて、まるで虫を追い払うように勢いよく……叩けるんだあ。
バインダーを振りかぶった風圧以上の風が司さんから起こった気がする。
それとも気のせいなのかな。とにかく彼女の長い髪はふわっと浮いたの。
女は司さんに弾かれて、びゅうっと逃げていくようだった。
その瞬間、血相変えたぼーさんとジョンがベースのドアを開けた。
マントラってやつを唱えようとして、途中であれ?と首をかしげたってことは多分、さっきの司さんの一撃で退散したみたい。
「な、なに?今の、先輩〜」
「大丈夫?司」
バインダーを抱きしめ直してキョロキョロしている司さんを、綾子がなだめる。
「見ちゃった?私見ちゃいました??」
「見ちゃったから叩いたんでしょ」
「いやあ〜!」
司さんは、嫌がりながらパイプ椅子に崩れ落ち、顔を覆う。
あたしは血に飢えたような女の目を見た。あの目は、間違いなく司さんだけを見てた。
「司さんを狙ってるんだ……」
「え?」
「なによ」
「あの女、この部屋じゃなくて司さんに現れたんだよ、司さんが危ない!」
「ちょっと麻衣」
「昨日、夢で見たの」
学校中に鬼火のある夢は、とても怖かった。いま見た女が、あれと同じだということがなぜだかわかった。見た瞬間に、すごく悪いものだと思うほど、ぞっとしたあの女の目で、司さんのことだけを見ていた。
ベースが騒然としていた同時刻、学校でもひとつの事件が起こった。
それは産砂先生が倒れて階段から落ち、病院へ運ばれたというものだった。
意識不明だというけれど、命に別条はないそうだ。
病院で調べた結果、階段で落ちた時の衝撃はともかく、貧血や栄養失調などの症状が同時に見られ、過労だと診断されたらしい。
笠井さんが翌日、ベースへ来て教えてくれた。
司さんはあたしがあんなことを言ったせいでとても怖がらせてしまったけど、身内だという少年が迎えに来たらほっとした顔を見せた。
少年が何かを耳打ちすると小さく笑って、何か手伝うことがあれば呼んでくださいと言って帰った。
弟さんなのかな、学ランを着てたから多分中学生くらいで、司さんと手を繋いでた。
かわいいなーと思って見送りながら、綾子が弟なんていないはずなのにと首をかしげていたのが気になった。
親戚とかじゃないのって言ったら、年が近いイトコならいるって聞いたけどあんな年が離れた感じのはいなかった!うそ、もしかして彼氏?やだ!!とか喚いてて、何がヤなのかわからないけど一人でご乱心だった。
「ぼーさん、これをどこでみつけたって?」
「例の机。気になってジョンと一緒に陸上部の部室も探して見たけど、もいっこあったわ」
「いずれも、場所に関する怪談があったな」
「だしょー?」
司さんが帰ったベースでは、全員があつまり、二体のヒトガタを見下ろしていた。
それは呪符と呼ばれるもので、呪いに使うものだという。
ベースに現れた霊のことを合わせると、神や精霊、悪霊を使役して行う呪詛で、厭魅とよばれるもの。元は陰陽道から来ているものらしい。
「悪霊は一晩で相手を殺す力を持たず、苦しめながら徐々に死に導く」
ナルの説明を聞きながらぞっとした。
「じゃあ司さんが危ないんじゃ」
「ベースに仕掛けた可能性もある。まだ彼女が狙われているとは判断できない」
「でも……」
「まあ、司なら多少は大丈夫よ」
「綾子」
ナルは興味深そうに、彼女にはなにが?と問いかけた。
「強運だからよ!」
「はあ?」
ぼーさんは一言で説明されたのに対して身を乗り出して声をあげた。
あたしもそれだけじゃ納得できないけど。
「さっきのも見たでしょ。あたしが司を助手にしようと思ったのは、自分の身を自分でまもれるからよ」
「さっきのったって、たまたまブッ叩けただけだろ?」
「無意識にそういうことができるのよ、あの子。強いわよ」
得意げに綾子は笑う。
ぼーさんは否定できないようだけど、肯定もできないみたい。もう本人はけろっとした顔で帰ってしまってるのでなんともいえないけどさ。
「とにかく、彼女の身の安全を思うならヒトガタを早急に探すんだ。そうすれば呪詛は止められる」
ナルは深く追求する気が起きなくなったのか、話を締めくくった。
「僕は犯人探しをする」
「あら、犯人なんてもうわかりきってるじゃない」
「か、笠井さんじゃないよ!」
スプーン曲げ騒動のことや、ベースに顔を出していること、司さんとも顔をあわせたことで一瞬疑いの目が向けられていたのでとっさに否定する。
「今回はその麻衣のカンに乗ってあげてもいいわ。犯人は産砂先生よ」
「へ?」
「司が悪霊を跳ね返した後、倒れたって聞いた。多分返ったのよ、呪いが」
すっと目を細めた綾子に、あれだけで?……とはいえずに口をつぐんだ。
結局あたしのも綾子のも勘だから、とにかくヒトガタを探せってことになった。
そしてとっぷり日が暮れるまで探し回ってやっと大量の人型を見つけ───なんと、閉鎖区域の野原にひとかたまりになって隠されていた───、それを燃やして灰を川にながした。
ヒトガタのなかには色々な人の名前もあったけど、一つだけおかしなものがあった。
たぶんだけど、飯嶋司という漢字が、木の板の上でバラバラになって崩れているもの。だれもが、これはもう呪符として効果がないとわかっていたけど、念のため一緒に火にくべた。
end
お迎え来たのも、ヒトガタまとめて置いといたのも全部たまちゃんのしわざ。呪詛返しは司ちゃんの無意識。
この後ナルが先生について調べてきて、笠井さんに裏をとって、目を覚ました産砂先生を説得(?)して終わる。
司ちゃんはたまちゃんにもう大丈夫(あと今夜は本家で宴会な)って言われたので、何も知らんけど大丈夫なのは信じてるしお酒飲みたいから笑顔で帰った。っょぃ。
次は緑陵で律の予定です。
May 2018