春を告げる 08
正十字学園に用があった俺は用事を済ませてから、門番をしてたクロを連れ出し旧男子寮に顔を出しに行った。「お、」
「出掛けてたんだ?良かったー戻って来た所で」
「売店にな、どうしたんだ?俺達に何か用か?」
先日から獅郎さんは軽〜く現場に復帰していて、彼が不在だからって双子の所に遊びに来た訳じゃない。そもそもちゃんと用があって来てて、時間が空いたから……顔を出したわけで……。
「遊びに来たよ!」
「はあ?……祓魔師って……ヒマなのか?」
「いやいっとくけど俺って結構引っ張りだこよ?」
「じゃあなんで俺達んとこ遊びに来てんだよ」
「家族みたいなもんじゃないのさ」
ばしばしと背中を叩いて寮の中に入ると、燐は衝撃に軽く目を瞑ってからきょとんとこっちをみた。
「家族?」
そ、そんなぽへって顔をしなくても良いじゃないか。
「お前ほんっとーに小さい頃遊んでやって記憶曖昧だな……短い間だけど、お兄ちゃん的な感じで居たんだけどなあ俺は」
「いや、あるぞ!あるにきまってんだろ!そっか、へへ、家族か」
にへっと笑った燐はどうやら照れているらしい。やだ、可愛い。
「っていうかさっきから何だ?こいつ」
にゃおーと時々鳴いてたクロに、燐は首を傾げる。
燐に反応して、クロはにゃおにゃお鳴いた。
「なんか、おみやげくれって言ってるぞ?」
「おみやげ?ああ、持って来たけど、燐ってもしかして言葉わかんの?」
「まあ、たぶん……俺悪魔だし」
口を尖らせた燐はちょっと視線を逸らした。
「名前はクロ、猫又で門番とかやってるよ。獅郎さんの使い魔だから燐に紹介しとこうかなって」
「へえ〜、使い魔!すげえ!!」
「言葉通じるなら仲良しになれそうだなー」
わっしわっしと燐の頭を撫でて、階段を上った。
「仲良しって……」
「クロと俺はあんまり仲良しじゃないからな」
「……なんか犬臭いって言ってるぞ」
「ああ、犬派だからなあ……俺」
勿論仲が悪いってわけでもない。
俺から離れないでくれる程度にはクロも良い子で、許してはくれてるんだけど。
まあクロは話が通じる奴で利口なんだ。
「お前、俺と仲良くしてくれんのか?」
クロはにゃーと鳴いて、燐の方に飛び乗った。なんでい、犬派の俺はやっぱりだめか!
「燐って猫派?」
「は?べつに?そういうんじゃねーけど」
「ただいまー」
「おじゃまー」
「おかえり……え、さん?」
ドタドタ部屋に入って行く燐についていくと、雪男が驚いた顔でこっちをみた。勿論アポなしなのでその顔は当然だ。
「なんで兄さんがさんと一緒に?っていうか、クロじゃないか……」
「燐にクロ見せとこうと思ってさ」
「ああ……なるほど」
「なんかもー、すっかり仲良しっぽい。俺は?俺は?」
「はは……クロとさんって何か合わないよね……」
「知ってる……」
そっと顔を覆っていると、雪男が小さく笑う。
「兄さん僕のミネラルウォーターは?」
「え?あれ!?」
「……」
「あっ、ゴメン忘れた……ホラ、水って……カゲ薄いじゃん……透明だから」
「どんな理由だよ」
俺は思わずつっこみを入れた。
「あ、俺のゴリゴリ君食うか?って、あ〜〜〜溶け出してるじゃねーか!」
「……いらない」
「俺がお土産もってきたから雪男それ飲む?」
「え、お土産?」
燐に懐いていたクロは、お土産の一言でこっちにしゅばっと飛び乗って来た。顔、顔。
むんずと掴んで引きはがすと、爪を立てることなく離れていくのでクロは本当にお利口さんだねえ。
「っていうかお土産はクロので、おまえたちには普通に差し入れ」
「またたびしゅ??」
燐が首を傾げた。そうか、クロはまたたび酒って言ってるのかな。
「くん特製カツオジュースもあるのよー」
水筒を二本クロの前に出すとにゃおにゃお〜と喜んでいるように見えた。多分。
カツオジュースっていうかスープみたいなもんだけど。今までもよく飲んでたから嫌いじゃないだろう。
またたびには勝てないけど、カツオジュースも健康的なんだぞう。
「はい、こっちが人間用」
リュックサックをがばっと開けて、1リットルのペットボトルを二本出した。男子高校生だからお茶や水じゃつまらないかと思って炭酸飲料とスポーツ飲料にしてしまった。
ミネラルウォーター飲むって雪男はどこまでストイックなんだ……。
いや、ミネラルウォーター舐めてないけどさ。
「わ、ありがとう」
「でもごめーん、冷えてないんだわ」
「いいよいいよ、氷あるし。さんも飲むよね?どっちがいい」
「え、じゃあコーラ」
「俺も!俺も!」
「兄さんはアイス食べてるじゃない……」
かちゃ、と眼鏡を直す雪男は心なし冷たい態度だ。ミネラルウォーターを忘れられたこと、根に持ってるな?いや、忘れたのは燐が悪いけど。
「さんのカツオジュースでも飲んでれば?」
「あ、燐飲んでみ?健康に良いよ」
「おまえらひでえ!!」
燐が涙目になってショックを受けているのをよそに、雪男はコーラを注ぎに行った。マジで燐の分入れて来ないので面白かった。
「候補生になってどう?」
「どうもなにも、勉強ばっかで訓練生とかわんねーよ」
勉強途中のようだけど、ちょっと休憩とばかりに三人で膝を突き合わせてコーラを飲んでいた。あの後、ぶうぶう言いながら燐は自分で入れて来たのである。
「しかもコレ見たら、候補生って下っ端じゃんか!」
「あたりまえじゃん……」
教本をばさっと掲げた燐に呆れた。
ぱぱっと上の階級にいけるわけないだろうが。一年も勉強してないくせに何をいってるんだこいつは。
学校やそこらの検定試験じゃなく、コレは一応職業というやつで、辞めなきゃ一生ものだ。このさき数十年仕事をする人達がいることを考えて、十五歳の燐が、ましてやつい数ヶ月前祓魔塾に入った燐が、容易く階級を得られるわけがない。
「お前らってコレのどの辺なの?」
「僕らは中一級」
「え、も?なんだよ、大した事ねーな」
「兄さんに言われたくないな。それに、さんは医者になる為に学業優先の時期があったから昇級しなかっただけで、実力は上一級レベルだよ」
「一級はない一級はない……」
俺は色々考えてたのであんまり聞いてなかったが、雪男がちょっと苛立った感じで声を上げていたのではっとして訂正する。
確かに俺は実習、研修、試験とかで忙しくて昇級はしなかった。階級に合わせた任務を振られるのは楽だし、いざとなったときに医師免許を持ってるってことで力を発揮できるシーンはある。だから別に中一級でも満足っちゃあ満足。
チッと舌打ちをした燐は、聖騎士になるためにはどんだけかかるんだって悪態をついてる。
「聖騎士はたった一人の祓魔師に与えられる最強の称号だ。誰にでも与えられるものじゃないし、第一兄さんに当分任務はさせないよ」
親父に追いつくって意気込んでる所は良いけど、聖騎士に限っては一人だってことは分かってなかったのかな?
それよりも、任務をさせないと雪男に言われたことで、燐はぎょっと驚いている。確かに燐は命令無視、独断行動も多いって聞いてるし、授業中や試験中見てて俺もそう思った。雪男の判断は正しいが、それを雪男が燐に言って聞くかどうかはわからない。
「それだけじゃない……戦い方が魔人の炎に頼りすぎる」
「あ〜」
俺は納得して声を上げる。たしかにすぐ剣を抜くのは悪い癖だ。
「だ〜もう、いいじゃねーか助かったんだから……親父みてーに説教すんな!やられそうになってた癖に」
「……兄さんのために言ってるんだよ……!ねえ、さん!?」
「え、俺にふる」
「僕たちは最近神父さんに会ってないけど、さんは会ってるだろう……?」
「まーね……燐が色々無茶してるってことは話してるし、あの野郎〜〜〜って言ってた」
にゃはははっと笑いながら燐を指さす。
「ゲッ、なんだよまで……知るかよ親父の説教なんて」
「いつまでそうやって反抗期やってるつもりだ!いい加減大人になったら?そういう態度と性格で危険な目にあってきてるんじゃないの?」
なんか兄弟喧嘩始まった。どうしよ。
すっかり炭酸の抜けた甘いコーラをちびちび飲む。
やっぱりもう泣き虫雪ちゃんじゃないんだなーとか思ってたら、喧嘩の内容がしょーもないことに発展した。はふう、平和だなあ。
「笑い事じゃねぇえんだよ……!!」
「あー燐、ちょっとお外行こうか?」
雪男は泣くどころかマジ切れ気味になったので、とりあえず止めることにした。
引き気味だった燐は俺が声をかけるとあっさりとついて来た。
ところがちょっとばつが悪そうにだんまりしている。
「まで俺に説教すんのか」
「んー別にしないけど、雪男にこれ以上負担かけないようにしようと思って」
「は?」
「雪男もまだ十五歳だしなあ」
「そうだよ!アイツ大人ぶりやがって」
燐に苦笑する。
まあ十五歳でもそれなりに分別はつくし、雪男の場合は頭が良い上に大人に囲まれた環境で育ち、燐の為、獅郎さんの背中を見て育って来たからあのくらいの精神になるのは当然かもしれない。でも十五歳の心にのしかかる重圧としては相応しくないと思う。───まあ、俺がとやかく言う話でもないが。
も〜おまえらどっかで足して二で割ってきて!
「俺は大人だから、燐が十五歳らしく反抗期なことも分かるよ。雪男はそれを頭で分かっていても我慢できないんだよ、まだ子供だし、何より自分と同年代の、兄さんに対してはさ」
「そういうもんか?ってか反抗期言うな」
「反抗期だろーが」
後頭部を掴んでわしわし掻き混ぜた。大声で笑い飛ばすと、燐がちらっと俺の顔を見た。
「でこのやつ、また出来たのか?」
「ん?ああ、まあね」
いまのは俺のでこに視線をやってたっぽい。
百豪の印について、もしかして雪男が何か言ったんだろうか。さっきみたいに喧嘩して。
雪男の言う事をあまり聞かない燐だけど、ちゃんと言ってることは分かってるし、気にしてることもあるようだ。
「俺のコレはさておき。雪男は人の心配ばかりしてるんだ……わかるだろ」
獅郎さんのこと、燐のこと、俺のこと。特に燐は心配してるだけじゃなく、助けないとと思っている節もあるもんだから大変だ。
「そういや、って滅茶苦茶強ぇーよな」
「あ?なに?俺の話聞いてた?」
こめかみぐりぐりしようとしたけど、修行をつけてくれ!っていうんで手を止める。
「剣を使わないで勝てば良いんだろ?頭使うってのは苦手だけど、とりあえず剣以外も鍛えてみようかと」
なんだやっぱり気にしてたんだ。
体術を教えるのは構わないけど、剣は別に使っていいと思う。炎をつかうなって話だし。
その場合シュラの方が剣には慣れてるからあっちに頼んで欲しいところだなあ。
顎を撫でながら迷い、仕事が無い日なら良いよと答えた。
...
クロはあんまり主人公に懐いていません。
燐の使い魔にならなさそうですよね。……獅郎さんがゆずるかもわからないけど、獅郎さんと離れて門番やってたんだし、燐と一緒に居ても良いと思います。門番の仕事はやめて燐の護衛とか。
主人公は獅郎さんの弟子なので、ちょいちょいにゃははって笑う。
Oct 2016